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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第八章 伊勢太守編(国作り編)

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第百二十七話 大河内落城

天正二年十二月末。


志摩は、完全に芋粥の手に落ちた。


海は九鬼が押さえ、

国衆はすべて従い、

北畠の影は消えた。


残るは――

本城のみ。



明けて天正三年一月十二日。


鷺山は、秀政の許しを得て大河内へ兵を進めた。


冬の山は静かで、

その静けさが、

かえって戦の気配を際立たせている。


陣中。


日根野が地図を見ながら口を開いた。


「……申すまでもありませんが、

 力攻めはなさいませんな?」


鷺山は鼻で笑った。


「当たり前だ。

 蝮はな、噛みついて殺すんじゃない」


ゆっくりと本丸を見つめる。


「絞めて、息を止めて――

 力を奪ってから、

 丸呑みにする」


その目に、迷いはない。



大河内城は山城である。


水もあり、曲輪も多く、兵糧庫も備える。


周辺の国衆が健在であれば、

三月や半年は軽く耐える堅城だった。


だが――

今の北畠には、何もなかった。


志摩はすでに芋粥のもの。


九鬼は敵に回り、海は閉ざされている。


陸は鷺山が押さえ、

人の出入りすらままならぬ。


国衆は離れ、

民は芋粥へ流れた。


知らせは届かず、

援軍も来ない。


気づいた時には――

城は、孤島になっていた。



まず、兵糧の補給が途絶えた。


山道はすべて押さえられ、

荷駄は一つも通らない。


海からの補給も望めぬ。


九鬼水軍が目を光らせ、

北畠の船は一隻たりとも通さなかった。


忍びも動く。


使者は途中で消え、

密書は届かぬ。


城は、外界から切り離された。



次に、外郭が崩れていく。


ある夜、見張りが倒れた。


声も上げずに。


別の夜には、火が上がる。


兵糧庫が焼け、

水桶がひっくり返り、

混乱の中で兵が散る。


追えば伏兵にかかり、

退けば門が閉じられる。


誰が敵で、誰が味方か。


それすら曖昧になっていく。


外の曲輪が一つ、また一つと失われ、

やがて本丸だけが残った。



水も、塩も尽きていく。


水源は濁り、

口にすれば腹を下す。


塩は入らず、

兵の体は弱っていく。


曲輪内の畑は焼かれ、

逃げ出した農民は捕えられた。


城の中に残るのは、

痩せた兵と、不安だけだった。



そして、噂が流れる。


志摩はすでに落ちた。


九鬼は寝返った。


援軍は来ない。


北畠は終わった。


どこからともなく入ってくるその声は、

誰にも止められない。


降った者は食を与えられ、

また城へ戻される。


「向こうは食える」


その一言が、

何よりも強かった。



二月を越えた頃には、

夜になると人影が消えるようになった。


逃げたのだ。


止める力も、残っていない。


二月中旬。


ついに、北畠具教と雅千代は、城を出た。


霧山御所へ。


残された者たちは、

もはや戦う理由すら失っていた。



夜、門が、内から開いた。


音もなく。


芋粥の兵が流れ込む。


だが、戦いにはならなかった。


抵抗は、ほとんどない。


剣を交えることもなく、

静かに終焉を迎える。



大河内城は、陥ちた。


血ではなく、

飢えと疑いによって。


鷺山は、その報を聞いて、ただ一言。


「……よし」


それだけだった。


蝮は、獲物を呑み込んだ。



天正三年、二月中旬。


稲生館に大河内城落城の報が届く。


「よし!

 鷺山、やるな。


 大河内は堅城だ

 よほどうまくやらねば、

 ここまで手早くは落とせまい。


 良い将に育った」


思わず笑みがこぼれる。


「あとは霧山御所だが……。


 もうすぐ一年か。


 一年は北畠を放置するはずだったが、

 開発と並行して、

 その一年で北畠征伐が出来てしまった……。


 あ、そうだ。

 お悠の所へ行こう」



千種屋屋敷。


相変わらずお悠の勘定部屋からは、

算盤の音が激しく鳴り響く。


少し入るのに躊躇するが、

ゆっくりと襖を開ける。


奉行たちの隈はより深くなり、気の毒になる。


そして、もはや秀政の入室に誰も気づかない。


(早急に奉行を増やさねば、

 倒れてしまうぞ)


「姉様、これはこの計算で合ってますか?」


「うん、合ってるわ」


「ん!?」


よく見ると一人増えている。


明の隣で蘭も算盤を弾きながら、

数値を書き込んでいる。


時折、不明点を明に聞いている。


「あ、父様!」


明が気付く。


お悠、明、蘭が一度に秀政を見る。


余りの圧に、秀政も少したじろぐ。


「すまぬ。

 邪魔する。


 ……お蘭、お前も手伝いか?」


先ほど教えてもらった計算を覚えるのに必死で、

蘭は算盤から目を離せない。


代わりにお悠が髪を整えながら答えた。


「はい、明が手伝っているのを見ていたら、

 自分も手伝いたくなったようで。


 蘭も覚えが早くて助かります。


 明と同様、計算も早ければ、

 暗算も得意のようです。


 この二人は、

 仕事が丁寧で間違いもないので、

 即戦力です」


「そ、そうか。

 ますます芋粥家は安泰だな……。


 ところでお悠、少しだけ時間を貰えるか?

 話がある」


「あ、はい。承知しました」


明が顔を上げて、すぐに声をかける。


「母様、大丈夫です。

 任せてください」


「えぇ」


お悠は立ち上がって、秀政の元へ向かう。


隣の部屋で二人は向き合って座った。



「弥八様、お話とは何でございましょう?」


「先ほど大河内城を落としたと朗報が来た」


疲れが見えるが、お悠は笑顔で返事をする。


「まあ?それはおめでとうございます」


「一年だ。

 伊勢の大名になって間もなく一年になる。


 兵達の扶持を二十石にしてやりたい。


 今、石高はどれくらいになった?」


「あら、そうですね。

 よく働いてくださる皆さんです。

 それに相応しい扶持をお渡ししたいですよね。


 少々お待ちください」


そういうとお悠は立ちあがって、

一旦勘定部屋に入り、

複数の冊子を持って戻る。


そして資料を見ながら、

暗算で説明していく。


「五月の段階で、初期石高は六万石でした。

 金銭収入が二万石相当あったので、

 実質は八万石でした。


 現在は……。


 鈴鹿郡の新田開墾は八百町になっています。

 六千石の増加です。


 弥八様の肥料はとても優れておりまして、

 既存田も大きく増収が見込めます。


 肥料・二毛作・用水安定で一万石の増加です。


 この鈴鹿郡だけで一万六千石」


「おぉ!」


「あと、鈴鹿川の治水の折に、

 南條が河曲郡まで開発を広げたこともあって、

 新田で四千石。


 既存田も鈴鹿同様、三千石の増収です。


 河曲郡で七千石。


 南伊勢の田丸・大河内周辺は、

 戦で荒れておりますが、

 三万石ほどにはなりましょう」


「鳥羽と志摩はどうだ?」


「鳥羽は海産物や塩、税収で四千石。


 志摩はざっと一万五千石ほどはありますが、

 税や商業収入も含めると、

 芋粥の取り分は一万石といったところです」


「政親に任せた桑名の方は?」


「順調に復興しているようです。

 八千石程かと。


 あ、そうです。

 白子湊も大きくしたこともあって、

 五千石は増収です」


「そういえば義父殿も何やら動いていたな。

 あれは何だ?」


「はい、父は鈴鹿山麓に特産品を作ると言って、

 茶を作らせました。

 高級なかぶせ茶です。


 今は三千石相当の収入になっています」


「……さすが義父殿」


「合計すると十六万三千石です。

 倍以上の石高になりました。


 六千の兵に二十石の扶持を渡せますよ」


お悠の満面の笑み。


「おぉ……十六万石?!


 しかも一年で?


 織田家の中でも有力な方じゃないか?」


「大殿には滝川様と同様の控えめな検地で報告してあります。


 八万石です。

 南伊勢も二万石くらいでいいでしょう。


 芋粥家は公称十万石の大名です」


「良い、良い。

 甘く見られる方が良いからな。

 十万石でよかろう。


 意外と早く南近畿を落とせるかもしれんな」


(ブラック企業も腰を抜かすほどの無茶苦茶なノルマ設定だったが……)


お悠の顔をそっと見る。


「何かついております?」


「いや」


(それを果たせる人材が芋粥にはいる。

 喜ばしい事だ)


興奮する秀政だったが、

ちらちらと勘定部屋を気にするお悠を見て、

慌てて声をかけた。


「すまぬ、忙しいんだったな。

 もう戻ってもらっても構わない。


 まもなく鈴鹿館も完成する。

 奉行も増やそう。


 それまで倒れるなよ?」


「はい、大丈夫です。

 明たちも手伝ってくれてますから」


笑顔を見せて、颯爽と勘定部屋へ戻っていった。


(本当に……倒れるなよ)


「近々北畠には引導を渡す。


 その次は伊賀か……。

 ここまで育てば攻めに転じられる。

 開発を行いつつ、策を考えねば……」

第八章 伊勢太守編(国作り編)終幕

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