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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第八章 伊勢太守編(国作り編)

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第百二十六話 恋心

天正二年十二月下旬。


志摩は落ちた。


九鬼を軸とした志摩の国衆は芋粥の下にまとまり、

北畠に属する者たちは、拠点を次々に失っていった。


抵抗はあった。

だが、長くは続かなかった。


海は封じられ、陸は押さえられ、

頼るべき道は一つずつ潰されていく。


主なる者はほとんどが討ち取られ、

辛うじて生き延びるのは枝葉の先ばかりだった。


やがて、散々に打ち破られた志摩北畠の一族は、

命を繋ぐため、各地へと名を捨てて落ち延びていった。



桑名城、二の丸。


教高は客将として迎えられていた。


客と呼ばれてはいるが、自由はない。

護衛の兵が常に付き、出入りも限られている。


名目は保護。

実態は、動かぬように囲われているに等しい。


それでも――

命があるだけ、ましであった。

最後に残った娘のためにも、この屈辱を甘んじた。



同じ二の丸の奥。


御影は、さらに奥まった一室に住まわされていた。


こちらも侍女が付き、世話を焼く。

だが同時に、目を離されることはない。


庭に面した部屋。


御影は、縁に座り、ただ庭を眺めていた。


池の水が揺れ、風が枝を揺らす。


それを、ぼんやりと見ている。


何も考えていないわけではない。

ただ、考えすぎて、もう何も浮かばないだけだった。


その時。


障子の向こうから、静かな声がした。


「……よろしいでしょうか」


見えぬ位置から、控えめに。


御影は我に返り、姿勢を正す。


「……どうぞ」


障子が開く。


入ってきたのは、千種政親だった。


一礼する。


「お加減はいかがにございますか」


御影は小さく頷く。


「……はい」


短い返事。


政親は、それ以上踏み込まない。


無理に言葉を引き出そうとはせず、

ただ静かに続けた。


「志摩の方ですが……」


わずかに言葉を選ぶ。


「各地で争いが起きております」


御影の指先が、わずかに強張る。


「北畠に連なる方々も……被害を受けております」


やんわりと。


だが、十分に伝わる言い方だった。


御影は目を伏せる。


「……そう、ですか」


それ以上、言葉は続かない。


政親は、しばし黙った後、穏やかに言った。


「ですが――」


視線を合わせる。


「あなたは助かりました」


御影が顔を上げる。


「どうか、強くお生きください」


静かな言葉だった。


押し付けるでもなく、

ただ、そう願っているという響きだけが残る。


そして政親は、懐から小さな包みを取り出した。


「ささやかなものですが」


御影の前に置く。


中には、透き通る白い粒。


氷砂糖だった。


光を受けて、かすかに輝く。


御影は思わず手に取る。


「……きれい」


政親はわずかに笑う。


「堺より取り寄せたものにございます。


 南蛮渡りの甘味で……」


少しだけ、謙遜するように続ける。


「北畠家の菓子には及びませぬが……

 口に合えば幸いです」


御影はそっと一粒、口に含む。


そして――

目を見開いた。


「……こんなに澄んだ甘さ、初めて……」


思わず、声が漏れる。


その反応を見て、政親はわずかに目を細めた。


「それは何より」


さらに、もう一つ包みを差し出す。


「こちらは干し葡萄にございます。

 唐菓子からくだものの一つでして」


黒く小さな粒。


「日持ちします。

 少しでも、お慰めになれば」


御影はそれを受け取り、静かに頷いた。


政親は、もう一つ取り出す。


小さな香袋。


「心を落ち着けるには、香りが一番と申します」


御影がそっと受け取る。


袋を開くと、やわらかな香りが広がった。


「……いい香り」


「白檀にございます」


御影の表情が、ほんの少しだけ和らぐ。


その変化を見て、政親は穏やかに言った。


「あぁ、やっと笑顔が戻られました」


御影がはっとする。


無意識に、口元が緩んでいた。


「このようなものでよろしければ、

 またお持ちいたします。


 どうか、我が家と思っておくつろぎください」


深くは踏み込まない。


だが、確かに距離は縮める。


政親は一礼し、静かに部屋を後にした。



それから――

三日おきに、政親は訪れた。


同じように声をかけ、

同じように距離を保ち、

時に楽しい話、

時に異国の幻想的な話。


少しずつ、お土産を置いていく。


菓子。

香。

小さな飾り。

書物。


ある時は来ず、侍女を通して届けることもあった。


「政務が立て込んでおりまして」


と一言添えて。


御影はそれを受け取り、

気づけば、それを待つようになっていた。


来ない日が、わずかに長く感じる。


やがて――

御影の中で、何かが変わり始めていた。


それが何であるか、

まだ自分でも分からないままに。



ある日、いつものように政親が訪れる。


侍女が後ろに続き、白玉団子を運んでくる。


白玉粉は高級品で、

志摩ではまず口にできぬ品だ。


しかもそれに高級な黒蜜がかかっている。


質素だが、とても上品なお菓子だ。


「今日は白玉団子をお持ちしました。


 実は私の好物でして、

 御影様のお口にも合えば良いのですが」


とても美味しそうで御影も目を輝かせる。


そして、勇気を振り絞って御影の方から声をかけた。


「あ、あの、松次郎様。

 こんなに多くは私だけではいただけません。


 ご一緒にどうですか?」


顔を真っ赤にしながら返答を待つ御影を、

少しだけ焦らして、政親は笑った。


「はい、喜んで。

 お隣に座ってよろしいですか?」


「は、はい」


縁側に並び、間に団子の皿を置いて座る。


「ではお先にいただきます。

 これは蜜が垂れやすくて……おっとっと」


「あら……」


御影も自然と笑顔がこぼれる。


「御影様も」


「では、いただきます。あら……蜜が……蜜が」


「ははは、少々食べにくいのが難点ですな」


「……美味しい」


「喜んで頂けてよかった」


御影は一つ食すと、皿を戻した。


そして少しだけ間をおいて問いかけた。


「松次郎様、いつもありがとうございます。

 ですが、その……。


 私を励ますためとはいえ、

 こう頻繁に来ていただくと、

 奥方様が何か申されませんか?」


「あぁ、私はまだ独り身でして。

 私の義兄は人使いが荒くて……。


 仕事、仕事とかまけていたら、

 いつの間にか、嫁の来手もなくなりました。


 ははは。


 私は戦働きも出来ぬ柔な男ですので、

 好いてくれる女子もおりませぬ」


「そうなのですか?


 松次郎様はお優しく、

 まだお独りなのが信じられません。


 ……戦など起きない方が良いのです。

 私は松次郎様のようなお優しい方にこそ、

 惹かれます」


そこまで言って、言い過ぎたことに気づいて、

慌てて、団子を取る。


案の定、蜜が跳ねた。


「あ、あ、これ。手拭きを!」


慌てて政親が侍女を呼ぶ。


この騒動に先ほどの言葉が紛れて、

御影はそっと息をついた。



天正三年二月中旬。


桑名城が慌ただしく動いていた。


早馬が駆け込み、

その報は瞬く間に広がる。


鷺山――

北畠の本城、大河内城を落とす。


そして、北畠具教らは霧山御所へ退いた。


霧山御所は山中の小さき御所で、

守りは薄く、籠もるには心許ない。


それは、城ではない。


北畠の象徴――、

そして、終焉の予感。



教高も、その報を受けていた。


言葉はなかった。


ただ、静かに座したまま、

目を閉じる。


名門の終焉。


自らが背負ってきたものが、

崩れ落ちていく音を、ただ聞いていた。


やがて、ゆっくりと目を開く。


「……御影を呼べ」


声は、もう揺れていなかった。



二の丸の一室。


教高、御影、そして政親が対面していた。


しばし、誰も口を開かない。


先に沈黙を破ったのは教高だった。


「……いつまでも、ここにおるわけにもいかぬ」


低く、重い声で伝える。


「北畠の名を引く者として、

 これ以上、御厄介になるわけにもいかぬ」


一度、言葉を切る。


「隠れ里へ移る」


御影がわずかに俯く。


「人目を避け、

 名も捨てて生きるしかあるまい」


覚悟の言葉だった。


だが――

その覚悟は、どこか寂しかった。


その時、

政親が静かに口を開いた。


「……お待ちくだされ」


教高の視線が向く。


政親は、まっすぐに言った。


「私は、芋粥の中核におります」


間を置かず、続ける。


「御影様を――

 私の正室としてお迎えいたしたい」


空気が止まる。


御影が顔を上げる。


教高は驚き、目を見開いた。


政親は言葉を重ねる。


「私の家格が、

 北畠に及ばぬことは承知しております」


一度、頭を下げる。


「それでも――」


顔を上げる。


「御影様をお娶りすれば、

 教高様も御影様も、岳父と妻として、

 芋粥の内にお留まりいただけます」


静かに、だが揺るがず。


「この身の届く限り、

 お守りいたします」


沈黙。


教高は政親を見つめる。


その目は、値踏みでもあり、確かめでもあった。


政親は逃げない。


その視線を、正面から受ける。


やがて政親が少しだけ、

言いにくそうに続けた。


「……身の程を弁えぬ願いにございますが」


ゆっくりと御影の方を向く。


「御影様に、惚れ申した」


御影の瞳が大きく揺れる。


そのまま、政親を見つめる。


教高はゆっくりと、娘へ視線を移した。


「御影……」


問いではない。


確認だった。


御影はしばし俯き、

やがて、はっきりと顔を上げる。


「……はい」


小さく、しかし確かな声で伝える。


「私も、松次郎様をお慕い申し上げております」


教高は目を閉じた。


そして、短く息を吐く。


「……そうか」


ゆっくりと、頷く。


「家格の違いか……。

 どうせ隠れ里に入れば、

 家も名も消え、ただの百姓よ」


わずかに苦笑する。


「ここまで無様に生き延びたのも、

 すべては御影のため」


顔を上げる。


「その御影が選んだ男ならば――

 もはや何も申すまい」


政親に向き直る。


「千種殿」


力強く見つめる。


「御影を、頼み申す」


深く、頭を下げた。


政親もまた、膝を正し、頭を下げる。


「は」


顔を上げる。


「生涯、大切にいたします」


言葉は短い。


だが、その重さは、十分だった。


御影はその様子を見つめながら、

静かに息をつく。


外では、風が木々を揺らしていた。


時代は動く。


名門は滅び、

新しい縁が結ばれる。


その小さな一室で、

確かに一つの“未来”が生まれていた。

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― 新着の感想 ―
後々一悶着起こるんでしょうが、政親なりには芋粥家を想っての事ですし、秀政もその辺は斟酌出来る器量は有りそうですけどね。 厳罰は免れないだろうけど、最悪な事態は回避しそうではある。
あぁ御影様も巻き込まれてしまわれた 政親は妻子を巻き込んで打ち首になるのに、絶対に
政親、せいぜい御影さんに悼んでもらえるといいな?(既に滅んだ扱い
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