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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第一章 足軽組頭編

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第十二話 六十日の裁量

「今から評定か?」


秀政が聞く。

秀吉が服の皺を伸ばしながら返す。


「あぁ、そうじゃ。

 何か役目でも貰えるといいがのう。

 それよりじゃ、どうじゃった?」


「な、何がだ?」


「嫁をもらったんじゃぞ?

 昨夜のことだ!」


俺の顔が歪む。


「下衆なことを聞くな。

 ……悪くなかった」


にやける秀吉の顔に気づいてすぐに言いなおす。


「家を持つことが悪くないのじゃ。

 嫁が居るだけで、成り上がる気にもなる」


「そうかそうか」


下衆な顔の秀吉が続けた。


「おみゃーは女子を知らんでよかったのぉ。

 だからあれでも悪くないんじゃな、はははは」


(あぁ、醜女だと言いたいのか。

 残念だったな、秀吉。俺は大満足だ)


「じゃあ、行ってくるぞ」


秀吉は、にやけながら城へ向かった。




清洲城、評定の後。


呼び止められたのは、秀吉一人だった。


「猿」


低い声。


秀吉は反射的に平伏する。


「はっ!」


信長は、巻物を一つ、畳の上に放った。


「美濃前線だ。

 兵糧を加治田城へ運べ」


秀吉が顔を上げる。


「……兵糧、でございますか」


「三千貫文、預ける」


その言葉に、秀吉の目が見開かれた。


「……三千、貫?」


思わず聞き返す。


「恐れながら……

 それほどの額、まだ足軽組頭にすぎぬ猿めには過分では……?」


一千貫なら分かる。

無理をさせるにしても、せいぜいその程度だ。


三千貫。

信用と実績がある足軽大将に任せる額だ。


信長は、秀吉を見下ろしたまま、淡々と言った。


「お前には、神意が付いておるだろう」


秀吉の喉が鳴る。


「神意とは……芋のことですか?」


一拍。

信長はそれには答えず、

少しにやけた後、先を続けた。


「特別に、三千貫託す。

 裁量も任せる」


秀吉は、背筋が凍るのを感じた。


(……裁量)


それは信頼であり、

同時に――責任だった。


「期限は六十日」


「六十日、でございますか?」


信長は、わずかに口の端を上げた。


「早く終えても、褒美はやらん。

 だが――」


視線が鋭くなる。


「遅れたら――腹を切れ。

 それで釣り合う役目だ」


秀吉は、深く頭を下げた。


「……必ず、果たします」


信長はそれ以上、何も言わなかった。


急いで秀吉は秀政の屋敷に向かった。

秀政とお悠が待っていた。


「どうだった?」


秀政が聞く。


秀吉は、どさりと座り込み、秀政を睨みつける。


「なんじゃー!

 主のわしより、えぇとこに住んどるのぉ!」


「はぁ、この屋敷は義父殿にいただいたんじゃ。

 妬くな、みっともない、それで役目は貰えたか?」


「三千貫だとよ。

 兵糧の買い付けと美濃への運搬じゃ」


「……は?」


秀政の眉が動く。


「一千じゃないのか?」


「だよな。

 わしもそう思った」


秀吉は頭を掻く。


「しかもな、裁量も任せるってよ」


その言葉で、秀政の表情が変わった。


(……裁量?)


嫌な引っかかり。


「……期限は?」


「六十日」


その瞬間、秀政は確信した。


(運ぶだけじゃない)


秀政は、すぐにお悠を見る。


「尾張で米を買って、

 そのまま美濃に運ぶとしたら――

 何日かかる?」


お悠は、少し考えてから答えた。


「道が無事なら、

 二十日もかかりません」


秀吉が目を丸くする。


「……だよな?」


秀政は、腕を組んだ。


「六十日もいらん」


秀吉が、息を呑む。


「……芋。

 まさか」


「裁量を任せる、六十日」


秀政は、静かに言った。


「これは――

 “金を動かせ”って意味だ」


秀吉が、言葉を失う。


「……どういう意味じゃ?

 まさか商いでもせぇと?」


「いや、まさにそうだ。

 そこらの侍は買って運ぶしかせん。

 だが、三千貫も扱えるなら、

 少し商うだけで多大の益を出せる」


秀政が遠くを見つめる。


「信長は、やれる奴にしか金を渡さない」


「どうやるんじゃ?

 わしは侍じゃからわからんわ!」


(百姓だからわからんの間違いだろうが……)


言葉を飲み込んでお悠の方を優しく見つめた。


「一工夫できるか?」


お悠は、一瞬だけ目を伏せ――

そして、にっこりと笑った。


「任せてください」


秀吉も期待を込めてお悠を見つめた。


「三千貫で、そのまま米を買えば、

 三千貫分しか手に入りません」


お悠は、落ち着いた声で続ける。


「今、三河は戦続きで米が不足しています。

 尾張で米を買い、三河の米問屋に

 四千貫で売りましょう」


「……四千?」


「はい」


お悠は指を折る。


「その後、伊勢で四千貫分の米を買います。

 伊勢は戦がありません。

 米は、安く手に入ります」


秀吉が、思わず声を上げた。


「お、お悠!?」


「尾張は、一度三千貫分を買えば相場が上がります。

 買い戻すのは損です」


淡々と。


「美濃に届ける米は、

 伊勢の米問屋で買うのが最善です」


静寂。


秀吉は、口を開けたまま固まっていた。

恐る恐る問いかける。


「上手くいけば……

 尾張で三千貫分を買うよりも、

 どれくらい多く米を運べる?」


お悠は、少し首を傾げてから答えた。


「尾張で調達したとしたら、

 四千五百貫分の量にはなるでしょう」


「五割増しか?

 今までのどの足軽大将にも

 負けん大功じゃぞ?」


秀政は、背筋が震えるのを感じた。


(……やはり当たりだ)


秀吉は、しばらく黙っていたが――

やがて、大きく笑った。


「はは……!」


「殿は、ここまで見ていたってことか!」


秀政は、静かに頷く。


そして真剣な顔で秀吉に告げた。


「この六十日は、猶予じゃない

 ――試されておる」


秀吉の頬に汗が落ちる。


「後は間に合うかじゃ。

 これには少し案がある。

 続きは明日じゃ」



翌日

三人が秀政の屋敷に集う。


「おう、芋。

 一日待たせたんじゃ。

 良い策は浮かんだか?」


「あぁ」


俺は昨日、義父に米相場を確認した。

やはり本場の商人。大体の米相場は把握している。


「昨日、義父殿から尾張、三河、伊勢の米相場を教えてもらった」


相場表をお悠が開く。

それを指さしながら秀政が熱弁する。


「よぉ聞け。

 尾張で三千貫で買った米を三河で売った場合、

 よほどの大口の相場変動がない限り

 どんなに安く見積もっても

 四千三百貫以上にはなるそうじゃ」


秀吉が歓声を上げる。


「おぉぉ」


「そして四千貫を使って伊勢で買えば、

 予想通り尾張の四千五百貫相当の米が買える」


二人が秀政を見つめる。


「秀吉、今すぐ三千貫を俺に預けろ」


「あ?構わんが……ここに運ばせればよいか?」


「あぁ。俺はこの三千貫を義父殿に渡す。

 俺達はこのまま伊勢に向かって四千五百貫相当の

 米を受け取り、美濃へ運ぶ」


「金はどうするんじゃ?!

 お前に三千貫渡したら支払えんぞ」


「そこが商いという妖術よ。

 本来金と物が同時に動く必要があるが、

 信用という目に見えぬものと、

 証文という紙切れだけで、

 同時である必要がなくなるんじゃ。

 義父殿と伊勢の米問屋は既に信頼関係が構築済みじゃ。

 今回はそれに信長という後ろ盾もつく」


秀政が紙を畳に置く。

朱印はまだない。

だが文言は整っていた。


「義父殿は“取次”として証文に名を連ねる。

 金は信長名義の勘定で動かす。

 それを商いごとに、必ず記すことで

 信用が形になる」


「信用…‥」


「信用とはこんなもんじゃ。

 信用さえあれば、後は証文で、

 物が先に動く」


「難しいの。要するになんじゃ?」


秀吉が頭をガリガリと掻きむしる。


「伊勢の米問屋は四千貫が後から

 払われることを信用して、米を先にくれる」


秀政が説明しながら、不敵に笑う。


「そしてな、実際には伊勢の相場で四千貫だと

 尾張の四千七百貫相当の米が本来買える。

 それを俺らは四千五百貫相当の米で良いというのじゃ」


相場表を指さした。


「伊勢の米問屋からしたら、

 俺らは割高でも買ってくれる上客じゃ。

 大口取引となると値切るのが相場じゃが、

 俺らは逆を行くんじゃ。

 例え後払いになろうが、

 喜んで売ろうとするじゃろう」


「ん?ん?」


混乱する秀吉。


「そして義父殿にしてもだ。

 信長の金を“信用の核”にして動かせる

 この三千貫を使って、普段出来ないような

 大口の取引ができる」


お悠はその時点で原理に気づいて、

尊敬の眼差しを秀政に向けた。


「義父殿が三千貫で買った米は、

 三河で四千三百貫で売れるんじゃ」


秀政がにやりと笑う。


(あの義父殿ならもっと高値で売るかもしれん)


「義父殿は手に入れた四千三百貫の内、

 四千貫を伊勢の米問屋に後から払う。

 手元に残った三百貫が儲けじゃ。

 他人の金で米を転がすだけで、

 三百貫の儲けだぞ」


「お?!おぉ!!

 ようやく見えてきたぞ。」


秀吉が目を見開いて叫んだ。


「要するにじゃ。

 わしは、ただ伊勢から米を運ぶだけで

 他の足軽大将の五割増しの功績じゃ。

 殿に褒められるわい」


秀政が頷く。秀吉は興奮気味に続ける。


「伊勢の米問屋は四千貫の大口商いが行われ

 わしらが相場より割高で買い取る。

 その分が伊勢の米問屋の儲けじゃな?

 だからこそ、後払いでも受け入れるというわけか」


「その通りだ」


そしてお悠も興奮気味に続けた。


「そして父はいつものように尾張と三河間の

 米取引をするだけで三百貫の儲け。

 まぁ、四千貫を伊勢まで運ぶ労は増えますが

 三百貫を考えれば安いものかと」


秀政が自慢げに語る。


「まさにWin-Win」


「うぃ?」


「いや、南蛮の言葉で全員得をすると意味じゃ」


お悠が、楽しそうに復唱した。


「……ういんうぃ」


「では――

 先に伊勢で、買い付けをしにいくか」


「船だな?」


秀吉が聞く。


「あぁ、だが行くのは、秀吉、お前だけだぞ」


「……は?なんでじゃ?」


「ん?なぜ俺達まで行かないといけない。

 お前が受けた役目だろう。

 伊勢の米問屋には、既に義父から使いが飛んでいる。

 お前は何も心配は要らん」


「いや、待て、家来ならついてくるもんじゃろう?」


「は?俺とお悠は知恵を出したぞ?

 不足か?」


「……、わかったわかった。

 今回は夫婦になったばかりじゃし、勘弁してやる。

 お悠殿に免じてな。

 次からはちゃんと家来の役目を果たせよ?」


俺は鼻で笑いながら、虫でも追い払うかのように手を振った。


「うきぃ!」


秀吉が怒りの一声を上げながら屋敷の出口に向かった。

そこで立ち止まり、秀政の方を向く。


「おい、芋。此度の件、あっぱれな策である。

 もし成功した暁には褒美をやるぞ!」


秀吉がにたりと笑った。


「ははぁ、ありがたき幸せ!」


秀政が笑いながらそれに乗る。

秀吉と秀政、二人は笑いあった。


「よし、行ってくる」


――信長の試験であり、

――秀政とお悠が、この時代に根を張るための、

  最初の大きな一歩だった。


この役目は、後に大成功と評され、

秀吉は誰も文句を言えないほどの成果をあげた。

それも期限の半分、三十日でやり遂げた。


次の評定の場、皆の前で秀吉は、

褒美として脇差を二本、信長より下賜された。


その内の一本は秀吉からの褒美として、

後日秀政へ渡された。

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― 新着の感想 ―
三千貫を六十日、相場把握と信用取引の正攻法で功績挙げる秀政と比べたら近隣の米相場を破壊して転がして儲けた差額を着服する別世界の藤吉郎のなんと悪どい事かと。
義実家の規模がまだ分からないけどいいお嫁さん貰えて良かった。そして武将プレイのお供、懐かしき3千貫の米転がし
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