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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第一章 足軽組頭編

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第十三話 伍を預かる者

清洲城。


朝議が終わり、人が引いていく中――

信長はそのまま立ち上がらなかった。


「……猿」


その一言で空気が変わる。


秀吉は即座に平伏する。


「はっ!」


信長は机の上に広げられた地図を指で叩いた。


「美濃境界だ」


指先がなぞるのは木曽川沿い。


「猿啄城の付属砦――

 坂祝砦が攻められておる。援兵が必要だ」


秀吉が息を呑む。


坂祝砦。

美濃側からの小競り合いが絶えぬ川沿いの前線だ。


「既に、百を入れて守らせておる」


信長は淡々と続ける。


「卒長は――

 足軽大将・安藤弥三郎」


名を聞いた瞬間、秀吉は理解した。

武功もあり、経験もある。

“無難な”指揮官だ。


「そこへ――」


信長の指が地図の外へ滑って碁石を摘まむ。

それを坂祝砦の文字の上に置いた。


「猿、お前に五十を預ける。

 お前が援兵を率いて行け」


「はっ!」


「芋」


秀吉のお供として傍に控えながらも、

気を抜いていた秀政が急に呼ばれて慌てて畏まる。


「はっ……!」


「そちも足軽組頭に任ずる」


一瞬、思考が止まる。


「案ずるな、猿」


信長は続けた。


「芋は猿の与力として認める」


秀吉が驚いたように顔を上げる。


「と、殿……!」


「指揮は弥三郎に任せる」


信長の声が低くなる。


「猿と芋は出しゃばるな。

 だが――」


視線が鋭く二人を射抜く。


「砦が落ちるようなら、

 その場で最善を考えよ」


「……はっ!」


「それぞれ一両ずつ率いよ。

 合わせて五十」


両――五つの伍。

すなわち、二十五名ずつ。


「坂祝砦を死守せよ」


「「はっ!!」」


二人の声が重なった。



清洲城下。


命を受けた二人は、

その足で兵の集まる一角へ向かった。


「……五十、か」


秀吉が数を確かめる。


多くもない。だが――

軽く扱える数でもない。


「両ごとに集めろ」


秀政が言う。


「まずは伍長だ」



集められたのは十名。


秀政は自らの五つの伍を束ねる伍長たちと向かい合う。


年嵩の古兵。

百姓上がりの若者。

目つきの鋭い無口な男。

声だけはやたらと大きい者。

算盤を腰に差した、異質な一人。


秀吉も同様に自分の伍の伍長達を一人一人を見回した。


「わしは木下藤吉郎」


一歩前へ出る。


「此度、援軍五十を預かる」


十名の伍長の視線が集まる。


「砦では百が守っておる。

 将は安藤弥三郎殿だ」


名を出すと何人かが小さく頷いた。


「わしらは援兵。主役ではない。

 だから――」


秀吉は続ける。


「死ぬ気もない」


何人かが思わず顔を上げた。


「伍長」


秀政が口を挟む。


「お前たちは五人を預かる。

 戦場で迷ったら、“伍を生かす”ことだけ考えろ」


無口な伍長が低く問いかけた。


「……それで叱られませぬか」


「叱られる」


秀政は即答した。


「だが、死ぬよりましだ」


しばらくの沈黙が流れる。


その一言で伍長たちの背が伸びた。



少し離れた場所で、お悠は既に地面に布を広げていた。


話を終えた秀吉と秀政が心配になって訪れる。


米袋。

干し飯。

味噌。

水桶。

塩。

薪。


「……多くありませんか」


若い伍長が戸惑い気味に言う。


お悠は首を振る。


「足りないよりはましです」


紙を一枚取り上げる。


「五十人。

 行軍二日。

 到着後に合流して三日」


指先が止まらない。


「百五十人分の消費を、

 最初から想定しています」


秀吉が思わず声を上げた。


「まだ着いてもおらんぞ?」


「砦では考える時間がありません」


淡々とした声で続ける。


「腹が減れば、判断が鈍ります」


伍長の一人が息を呑む。


「……そこまで考えるものなのですか?」


「考えないと夜に揉めます」


静かな一言だった。

だが、その場にいた全員が理解した。


戦の前に崩れるのは、いつも腹と不安だ。


本来、戦の準備には時間がかかる。

秀政はお悠が計算した結果で、兵糧奉行と話をするだけで済んだ。

何もかもが妥当に考え尽くされている。


(……準備は整った)


伍長は伍を把握し、兵は腹を気にせず進める。


「秀吉」


「なんじゃ?」


「五十はもう数じゃない」


秀政は静かに言った。


今まで秀政にとって、兵士とはただの数字だった。

ゲームではただ減っていくだけの数字だ。

しかし、今は目の前に生きた人がいる。


「責任だ」


秀政の力強い一言で秀吉は兵を見渡した。


伍長たちは既に自分の伍へ戻り、小声で段取りを伝えている。


「芋……重いか?」


「重い。だが俺達は今後もっと重い物を背負う。

 まずは預けられたものを守る」


秀政は答える。


「こいつらと砦を、だ」



出立の合図がかかる。


五十人が静かに動き出した。


槍の先が揃い、足音が一つになる。


お悠は最後尾から全体を見渡した。


(……弥八様、生きて帰ってください)


そう願った。


秀政は遠目にお悠を見つけた。


(お悠、功をあげて成り上がってみせよう。

 俺に嫁いだことを後悔させぬようにな)


「芋、功に焦るなよ?」


「ん?」


「顔に書いてある。

 焦らずともわしらなら大功を立てられる。

 まずは生きて勝つぞ」


「あぁ」



砦には既に百がいる。


指揮官もいる。


問題が起きるとすれば、それは――

指揮が崩れた時だ。


五十人はまだ知らない。


砦を「預けられる」ということの本当の意味を。

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