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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第八章 伊勢太守編(国作り編)

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第百十七話 動き出す鈴鹿

南の脅威に対しては、

新鋭の鷺山利玄が睨みを利かせた。


そのため、秀政たちは鈴鹿の居住区建設に集中することができた。


二ヶ月。


誰もが不可能と考えた期間で、

鈴鹿が立ち上がる最低限の準備が整った。


「なぁ、南條殿。

 不可能ではなかったでしょう?」


松之助が得意げに話しかけた。


手拭いで汗を拭きながら南條が答える。


「えぇ、やり切りましたね。

 あとは皆の到着を待つばかりです」


天正二年五月中旬。


那古野の朝は、

いつもより早く騒がしかった。


芋粥軍団四千――

家族を含めれば一万を超える人々が、

伊勢鈴鹿へ向けて国替えの行軍を開始する日である。


槍を束ねる音、荷車の軋む音、馬のいななき。


町全体が、巨大な生き物のように蠢いていた。


「行列、三里に及びます!」


先頭に立つ足軽組頭の男が大きな声で宣言した。


「慌てるな。列を乱すな。

 今日は国が動く日だぞ」


全ての引継ぎを終えた軍権家老の浅野清隆が声を挙げた。

その声に、兵たちは自然と背筋を伸ばした。


浅野はこの行軍の先鋒を務める。


秀政は先に鈴鹿入りしているため、

総大将は芋粥長政。


ただし、元服したとはいえ、

子供は子供。

この軍の指揮は全て浅野が執っている。



行列の中央には、家財を積んだ荷車が延々と続く。


鍋、布団、米俵、農具、木箱、

子どもを乗せた籠、鶏を入れた籠、

さらには家の柱まで積んでいる者もいた。


「お父ちゃん、伊勢ってどんなとこ?」


「海があってな、魚がうまいぞ。

 鈴鹿は風が強いらしいがな」


子どもたちははしゃぎ、

母親たちは不安げに荷車を押す。


「荷が落ちるぞ、気をつけろ!」


村瀬新九郎が声を張り上げた。


新陰流の達人でありながら、

こうした雑事にもよく目が届く。


「新九郎様、車輪が割れました!」


「予備を使え。五十歩先で合流させろ」


的確な指示に、荷車は止まらず進む。



行列の後方では、芋粥長政が兵の点呼を取っていた。


秀政の傍で政務を学ぶために先行していたが、

今日は軍団の“顔”として尾張に戻り働いている。


「遅れるな! 荷車の間隔を保て!」


その横で、竹内小四郎が慌てて走り回る。


「長政様、こちらの家族が列に入れません!」


「順番を守らせろ。

 焦らせるな、小四郎」


佐治兵九郎は弓を背負い、

周囲を警戒していた。


「長政様、前方異常なし。

 ……しかし、これだけの人数が動くと壮観ですな」


「国が動くというのは、

 こういうことなんだろうな」


長政の言葉に、佐治は深く頷いた。



行列が那古野を離れる時、

町の人々が道の両側に並んだ。


「芋粥様、伊勢でもご武運を!」


「また戻ってきてくださいまし!」


「長屋の皆さん、元気でな!」


兵たちは手を振り、

子どもたちは泣きながら町を見つめた。


尾張を離れるという現実が、

ようやく胸に迫ってくる。



数日後、鈴鹿の地が見えてきた。


「見ろ……道がまっすぐだ」


「本当に二ヶ月で作ったのか……」


「井戸があるぞ!」


「長屋が並んでる……!」


兵も家族も、言葉を失った。


そこには、

二ヶ月で作られたとは思えぬ“町の形”があった。


升目に区切られた道。


規格化された長屋が整然と並び、

井戸の水は澄み、

炊事場には煙が上がっている。


浅野が静かに呟いた。


「……これなら、すぐにでも戦えるな」


政成は深く頷いた。


「いや、戦うためではない。

 ここから国を作るのだ」


長政は、広がる鈴鹿の町を見つめた。


「ここが……我らの国になるのか」


その言葉に、兵たちは黙って鈴鹿の町を見つめた。


こうして芋粥軍団四千の国替えは、

混乱もなく、滞りもなく、

まるで一つの巨大な軍団が呼吸するように

鈴鹿へと移り住んだ。


南を守る鷺山軍団の働きがあり、

鈴鹿の町を作り上げた者たちの努力があり、

そして四千の移住の覚悟があった。


この日、

芋粥家は尾張の一勢力から、

伊勢の国を動かす“大名家”へと変わった。





引っ越し完了当日に、

政成、浅野、村瀬、長政、松之助、泉川、荒木、南條、木曾は稲生館に呼ばれた。


疲れた顔も見せずに全員が秀政の前で平伏する。


「面をあげよ。移動ご苦労であった」


皆が頭を上げる。

疲れを見せる者は一人もいない。

四千の大移動を終えたばかりとは思えぬほど、

全員が背筋を伸ばしていた。


そしてすぐに秀政が切り出した。


「ゆっくり休めと言ってやりたいところだが、

 そうも言ってられん。

 鈴鹿の開発は途上だ」


秀政の声は静かだったが、

その奥にある緊張と熱は、

誰もが感じ取った。


「湊の整備と開墾を、

 明日からでも行わねばならん」


家臣たちは一斉に姿勢を正した。


「まずは湊だ」


秀政は白子湊の図を広げ、

海岸線を指でなぞった。


「白子は浅瀬が多い。


 船が座礁しやすく、

 荷揚げに時間がかかる。

 まずは“浚渫しゅんせつ”だ。


 海底の砂を掘り、

 船が通れる深さを確保する」


政成が頷く。


「浚渫は人手が要りますな」


「だからこそ、明日から動く。


 潮の満ち引きを利用し、

 干潮時に砂を掘り、

 満潮で海が砂を運び出す。

 人力だけでなく“潮”を使うのだ」


浅野が感心したように目を細めた。


「潮を味方にする……なるほど」


秀政は続けた。


「次に“防波堤”だ。


 白子は波が荒い。

 このままでは船が横付けできぬ。

 ゆえに、海へ突き出す形で石垣を築く」


木曾が図に線を引く。


「桑名湊のような形にするのですな」


「そうだ。

 桑名は北伊勢随一の湊だ。

 白子も同じようにする。


 ただし石垣は時間がかかる。

 ゆえに先に“木杭の仮防波堤”を作る」


泉川が驚いた顔をした。


「木杭で……波を止められますか?」


「止めるのではない。

“弱める”のだ。

 木杭を並べれば波の力は半分になる。


 その間に石垣を積む。

 仮防波堤があれば、船はすぐに横付けできる」


政成が深く頷いた。


「つまり、

 浚渫で船を通し、

 仮防波堤で荷揚げを安定させ、

 その間に本防波堤を築く……

 段階的に湊を育てるのですな」


「そうだ。


 湊は一気に作るものではない。

 “動かしながら育てる”のだ」


秀政は図の東側を指した。


「さらに、湊の脇に“荷置き場”を作る。


 屋根付きの倉だ。


 雨で荷が濡れれば商人は来ぬ。

 倉があれば、商人は勝手に集まる」


浅野が笑った。


「白子が桑名のような湊になる日も近いですな」


「いや、桑名を越える。

 白子は伊勢の玄関口になる。


 次に開墾だ」


秀政は鈴鹿川の図を広げた。


「鈴鹿川は暴れ川だ。


 だが逆に言えば“水が豊富”ということだ。

 水を制すれば、田は勝手に実る」


南條が身を乗り出す。


「治水から始めるのですな」


「そうだ。

 まずは“分水路”を掘る。


 川の水を二つに割り、流れを弱める。


 その分水路を“幹”として、

 左右に“枝”となる用水路を伸ばす」


木曾が図に線を引く。


「升目の町と同じく、田も升目に区切るのですな」


「その通りだ。


 升目にすれば管理が容易だ。

 水の流れも読みやすい。


 そして――“水門”を作る」


荒木が驚いた顔をした。


「水門……木製の扉で水を止めるのですか?」


「そうだ。

 水門があれば、田に入れる水を調整できる。

 干ばつにも洪水にも強い田になる」


南條が感嘆の声を漏らした。


「……これなら百町の新田も夢ではありませんな」


「夢ではない。

 百町どころか三百町でも作れる。

 人手さえあればな」


「村瀬」


「はっ」


「お前には別の役目がある。

 桑名にある新陰流道場を、鈴鹿へ移せ。

 そして――“剣豪隊”を増やせ」


「剣豪隊……お気に召しましたか?」


「あぁ、刀は戦では主流ではない。


 だが、治安を守る抑止力にはなる。


 鈴鹿はこれから国になる。


 治安も、威信も、武も必要だ。

 剣の達人を集め、鍛え、

 “鈴鹿の剣”を作れ」


村瀬は深く頭を下げた。


「承知。

 鈴鹿を剣の都にしてみせます」


「長政」


「はっ」


「お前は明日から、俺やこの者たちの働きをよく見て覚えよ。

 政も、軍も、開発も、すべてだ。


 伊勢を治める者は、机上では務まらん。


 現場を見て、汗をかき、民の声を聞け」


長政は拳を握りしめた。


「必ずや、学び取ってみせます」


「最後に――」


秀政は全員を見渡した。


「湊と開墾は、別々に進めてはならん。

 “同時に”やる」


政成が目を見開いた。


「同時……でございますか?」


「そうだ。


 湊で荷を揚げ、

 その荷を荷車で開墾地へ運び、

 開墾地で出た土を湊の埋め立てに使う。

 湊と田畑を“循環”させるのだ」


浅野が笑った。


「殿らしい……芋粥流の策ですな」


「人も物も、止めるな。


 常に動かせ。

 動けば国は育つ。


 止まれば国は死ぬ」


秀政は静かに言った。


「二ヶ月で町を作った。

 ならば――

 一年で国を作る」


その言葉に、誰もが息を呑んだ。


だが、誰一人として否定しなかった。


秀政が言うなら、できる。

それを知っているからだ。


「政成、浅野、新九郎、長政。


 明日から忙しくなるぞ」


「「「はっ!!」」」


こうして、鈴鹿の湊と田畑を拓く

芋粥家の急速な開発が始まった。


湊は海を呼び、

田畑は民を呼び、

民は町を作り、

町は国を育てる。


秀政の描く未来は、

すでに動き始めていた。


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