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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第七章 伊勢惣奉行編(躍進編)

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第百十話 策の裏目

九月初旬に始まった長島大戦は、

十月十七日、ついに決着した。


史実の第三次長島一向一揆では、

戦は二ヶ月半に及ぶ。


それと比べれば――

およそ一ヶ月の前倒しである。


理由は明白だった。


伊勢湾。


その制海権を、芋粥が早期に握ったからである。


長島は水に囲まれた要塞だ。

海を失えば、兵糧も退路も失う。


包囲は急速に締まり、

門徒は短期間で追い詰められた。


だが、その戦果の陰で――

芋粥家は一人の柱を失った。


井口甚右衛門長実、新右衛門長勝親子である。


白子水軍を率いて長島を追い詰めた男たちである。


その存在感は大きく、

そして喪失もまた大きかった。


それでも世の中は動く。


長島の論功行賞は、

翌年一月二十五日と定められた。



年が明けた。


天正二年、正月。


秀政は那古野に留まっていた。


井口を失い、

深く落ち込む万丸を励ますためであり、


あの戦場の惨劇を、

目の当たりにしたお悠の心を支えるためでもあり、


久しぶりに、

子供達と過ごすためでもあった。


伊勢の政務は松親に任せている。


伊勢惣奉行代理として桑名城を預かる松親は、

神崎を伴い、着実に統治と復興を進めていた。


表向きは、すべて順調だった。



南伊勢。


北畠家では、

現在に至るまでに、

静かな変化が起きていた。


秀政から知恵を授けられた具房が、

領内の改革を進めていたからである。


荒廃した村々の復興。

年貢の整理。

志摩湊の拡張。

交易の拡大。

家臣団の再編。


次第に北畠領は整い、

具房の評判も上がっていった。


それを見て焦り始めたのが、

茶筅丸の陣営だった。


そんな中――


天正元年十月。


織田軍が長島を攻めていた頃、

具房に嫡男が生まれる。


雅千代まさちよ


その誕生は、

北畠家中で大いに祝われた。


だが同時に、

茶筅丸陣営の危機感を強く刺激した。


嫡子の誕生は、

家督争いを決定的にする。


それは見過ごせない出来事だった。



芋粥と北畠を繋ぐ目的で、

南伊勢に常駐していた田丸行家も、

その誕生を祝う一人だった。


だが――


彼はすでに、

松親の毒に侵されていた。


田丸は善意から、無意識にも、

雅千代の正統性を各地の北畠家臣へ伝えていた。


知己の武士たちへ、

頻繁に文を送る。


「雅千代様こそ正統の後継に相応しい」


その訴えだった。


しかし、その動きは、

すべて松親の掌の上にあった。


田丸と芋粥を繋ぐ連絡役は松親だ。


それゆえに田丸が密書を届けるために使うのは、

松親が用意した伊賀忍びだったからである。


当然、文の内容も動きも、

すべて松親の耳に入る。


松親はじっと待った。


田丸の熱が高まり、

動きが表に出始めるのを。


いつしか具房の筆頭家老、

具教の従弟である北畠清周が、

雅千代を推す派閥を密かに作り上げた。


そして――

十二月末。


松親は動いた。


田丸行家は松親の勧めで、

具教対策として、

芋粥家の忍びと祐筆を用いていた。


具房に迷惑がかからぬようにと。

これも田丸の善意である。


松親は田丸に伏せて、忍びに命じた。


田丸と清周とのこれまでのやり取りの密書の宛を廃棄させた。


また密書の中身に関しても、

田丸が関係していると読み解ける物は、

これも廃棄させた。


宛や筆跡から人物を特定できない状況にした上で、

密書の中身を松親が検める名目で、

忍びに密書一式を桑名へ届けさせた。


伊賀忍びの動向を、

別の配下である甲賀忍びを使い、


わざと――


茶筅丸の家臣に漏らした。



伊賀忍びは討ち取られた。


そして、田丸と清周の密書が、

茶筅丸陣営に知られることとなる。


清周が誰かと結託して、

雅千代を立てる準備をしていることだけは伝わった。


だが、宛の誰かは重要ではなく、

その内容だけで十分だった。


隠れた火は、一気に燃え上がった。


それと同時期、田丸行家は遊行中に落馬し、命を絶った。


大人しい馬がいきなり暴れだして田丸を跳ね飛ばしたという。


その不幸な事故の陰に甲賀が忍んでいた。



一月十六日。


伊勢で事件が起きる。


茶筅丸、そして織田への謀反を企てたとして、

茶筅丸の家臣団が具教と具房を呼び出した。


表向きは評定。


だが――

狙いは暗殺だった。


しかし、史実とは異なる展開となる。


具教は襲撃を受け、深手を負う。


それでもなお、

剣の達人である具教とその家臣団は、

幼い雅千代を助け、

その危機を脱出した。


一方――

具房と清周は、

その襲撃の中で命を落とす。


茶筅丸派による暗殺は、

目的を完全には果たせなかった。



逃げ延びた具教は、

すぐさま反撃に出た。


雅千代を後継と定め、

再び北畠の旗を掲げる。


そして――

茶筅丸を襲撃した。


南伊勢の諸勢力は動揺し、

茶筅丸の勢力は一気に崩れる。


茶筅丸は命からがら、

南伊勢から逃げ出した。



こうして、具教のもとに、

再び南伊勢はまとまる。


だが、その選択は、

織田と敵対する道だった。


南伊勢は織田に反旗を翻す。


そして――

北畠は織田包囲網の一角となった。


その報を聞き、松親は心の中で呟いた。


(なるほど、結局はそうなったか。

 これでは南伊勢が荒れるな。

 だが、義兄上の勲功の肥やしと思えばよいか。


 何より義兄上には、嫡流を無視することで、

 問題が起きることを自覚する必要がある。


 そういう意味では十分に南伊勢は成功した。


 良い例だ。


 田丸行家には感謝せねばな)



すぐさま滝川が兵を向けて牽制するが、

具房によって国力が回復し、

力を取り戻した北畠に対し、

長島戦で疲弊した織田は攻めあぐねた。


結果として、一月二十五日の論功行賞は見送られた。



岐阜城、一月二十日。


論功行賞が延期となり、

先行して集まっていた諸将も、

一旦任地へ戻る。


そんな中、偶然居合わせた丹羽長秀が、秀政に声をかけた。


「芋粥殿、久方ぶりでござる」


「これは丹羽殿、お久しゅうございます」


長秀は温和な表情で世間話から入る。


「なかなか、こう皆が集うことはありませんな。

 ですが、それこそが織田が拡張していることを実感できます」


「はい、真にその通りで」


「ところで万丸は息災でしょうか?」


「はい、元気にしております。

 ですが、丹羽殿からお預かりした大事な将の井口甚右衛門を……

 先の戦で喪ってしまいました。


 大変申し訳ありませぬ」


「いえいえ、戦には犠牲は付き物です。

 それもあの長島であれば致し方なく。


 ついては、別の守役を我が家中からお送りしましょうか?」


焦って秀政が遠慮する。


「いえいえ、丹羽殿も大変な状況で、

 これ以上貴重なご家臣を頂くわけには参りません」


「しかし、それでは万丸が」


秀政が一拍おいて真剣な表情になる。


「万丸は今年で十四になります。

 元服させて、それがしの手で立派な将に育てます」


丹羽が一瞬驚いた顔をしたが、再び笑顔に戻る。


「そうか、あやつももう十四か。

 名は長政でしたな。


 そうかそうか。

 芋粥殿が直々に育てて頂けるなら、

 立派な将になりましょうな」


「はい、お任せください」


丹羽は笑顔を浮かべて考え込む。


(他意は無さそうだな。


 嫡男が生まれ、万丸が邪魔になり、

 その過程で井口を排除したかと思うたが、

 ……どうやら考えすぎか。


 芋粥殿はこの乱世を生き抜けるのが、

 不思議なほど人が良い。


 この裏表のなさこそ、

 わしも倅を預ける気になったわけだが。


 もう少し様子を見るか)


「いや、戦場で立派になった倅と会えることを、

 楽しみにしています。


 それでは、拙者は任地に戻ります」


二人は会釈をして別れた。


(井口の事はずっと違和感が残る。

 田丸殿も事故に遭われた。

 万丸を守る者がおらん。


 丹羽殿から頂いた大事なお子、

 万丸は俺の手元で育てた方がよい)



結局、北畠とは膠着状態となり、

一旦は双方兵を退き、

睨み合うこととなった。


延期していた論功行賞が、

三月一日に執り行われることが決まった。


松親は松丸のために井口親子を排除し、

田丸を切り捨てた。


だが、それは――

万丸元服と秀政との繋がりを強くする結果を招いた。

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― 新着の感想 ―
これは松親の大金星かもしれないですね。 長島が片付いたら、順序よく土地に根差す名門大名が自ら滅ぶ大義名分を提供するかたちになりました。 伊勢の織田支配は、正史より俄然強い織田と相まって、鉄筋コンクリー…
おっと、内乱ぐだぐだ説明を一話で(笑) 松君はどんな風に育ってるんかなあ?松君サイドも読みたい。むちゃくちゃいい子??
なんか松親が銀英伝のアンドリュー・フォークに見えてきました
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