第百十話 策の裏目
九月初旬に始まった長島大戦は、
十月十七日、ついに決着した。
史実の第三次長島一向一揆では、
戦は二ヶ月半に及ぶ。
それと比べれば――
およそ一ヶ月の前倒しである。
理由は明白だった。
伊勢湾。
その制海権を、芋粥が早期に握ったからである。
長島は水に囲まれた要塞だ。
海を失えば、兵糧も退路も失う。
包囲は急速に締まり、
門徒は短期間で追い詰められた。
だが、その戦果の陰で――
芋粥家は一人の柱を失った。
井口甚右衛門長実、新右衛門長勝親子である。
白子水軍を率いて長島を追い詰めた男たちである。
その存在感は大きく、
そして喪失もまた大きかった。
それでも世の中は動く。
長島の論功行賞は、
翌年一月二十五日と定められた。
*
年が明けた。
天正二年、正月。
秀政は那古野に留まっていた。
井口を失い、
深く落ち込む万丸を励ますためであり、
あの戦場の惨劇を、
目の当たりにしたお悠の心を支えるためでもあり、
久しぶりに、
子供達と過ごすためでもあった。
伊勢の政務は松親に任せている。
伊勢惣奉行代理として桑名城を預かる松親は、
神崎を伴い、着実に統治と復興を進めていた。
表向きは、すべて順調だった。
*
南伊勢。
北畠家では、
現在に至るまでに、
静かな変化が起きていた。
秀政から知恵を授けられた具房が、
領内の改革を進めていたからである。
荒廃した村々の復興。
年貢の整理。
志摩湊の拡張。
交易の拡大。
家臣団の再編。
次第に北畠領は整い、
具房の評判も上がっていった。
それを見て焦り始めたのが、
茶筅丸の陣営だった。
そんな中――
天正元年十月。
織田軍が長島を攻めていた頃、
具房に嫡男が生まれる。
雅千代。
その誕生は、
北畠家中で大いに祝われた。
だが同時に、
茶筅丸陣営の危機感を強く刺激した。
嫡子の誕生は、
家督争いを決定的にする。
それは見過ごせない出来事だった。
*
芋粥と北畠を繋ぐ目的で、
南伊勢に常駐していた田丸行家も、
その誕生を祝う一人だった。
だが――
彼はすでに、
松親の毒に侵されていた。
田丸は善意から、無意識にも、
雅千代の正統性を各地の北畠家臣へ伝えていた。
知己の武士たちへ、
頻繁に文を送る。
「雅千代様こそ正統の後継に相応しい」
その訴えだった。
しかし、その動きは、
すべて松親の掌の上にあった。
田丸と芋粥を繋ぐ連絡役は松親だ。
それゆえに田丸が密書を届けるために使うのは、
松親が用意した伊賀忍びだったからである。
当然、文の内容も動きも、
すべて松親の耳に入る。
松親はじっと待った。
田丸の熱が高まり、
動きが表に出始めるのを。
いつしか具房の筆頭家老、
具教の従弟である北畠清周が、
雅千代を推す派閥を密かに作り上げた。
そして――
十二月末。
松親は動いた。
田丸行家は松親の勧めで、
具教対策として、
芋粥家の忍びと祐筆を用いていた。
具房に迷惑がかからぬようにと。
これも田丸の善意である。
松親は田丸に伏せて、忍びに命じた。
田丸と清周とのこれまでのやり取りの密書の宛を廃棄させた。
また密書の中身に関しても、
田丸が関係していると読み解ける物は、
これも廃棄させた。
宛や筆跡から人物を特定できない状況にした上で、
密書の中身を松親が検める名目で、
忍びに密書一式を桑名へ届けさせた。
伊賀忍びの動向を、
別の配下である甲賀忍びを使い、
わざと――
茶筅丸の家臣に漏らした。
*
伊賀忍びは討ち取られた。
そして、田丸と清周の密書が、
茶筅丸陣営に知られることとなる。
清周が誰かと結託して、
雅千代を立てる準備をしていることだけは伝わった。
だが、宛の誰かは重要ではなく、
その内容だけで十分だった。
隠れた火は、一気に燃え上がった。
それと同時期、田丸行家は遊行中に落馬し、命を絶った。
大人しい馬がいきなり暴れだして田丸を跳ね飛ばしたという。
その不幸な事故の陰に甲賀が忍んでいた。
*
一月十六日。
伊勢で事件が起きる。
茶筅丸、そして織田への謀反を企てたとして、
茶筅丸の家臣団が具教と具房を呼び出した。
表向きは評定。
だが――
狙いは暗殺だった。
しかし、史実とは異なる展開となる。
具教は襲撃を受け、深手を負う。
それでもなお、
剣の達人である具教とその家臣団は、
幼い雅千代を助け、
その危機を脱出した。
一方――
具房と清周は、
その襲撃の中で命を落とす。
茶筅丸派による暗殺は、
目的を完全には果たせなかった。
*
逃げ延びた具教は、
すぐさま反撃に出た。
雅千代を後継と定め、
再び北畠の旗を掲げる。
そして――
茶筅丸を襲撃した。
南伊勢の諸勢力は動揺し、
茶筅丸の勢力は一気に崩れる。
茶筅丸は命からがら、
南伊勢から逃げ出した。
*
こうして、具教のもとに、
再び南伊勢はまとまる。
だが、その選択は、
織田と敵対する道だった。
南伊勢は織田に反旗を翻す。
そして――
北畠は織田包囲網の一角となった。
その報を聞き、松親は心の中で呟いた。
(なるほど、結局はそうなったか。
これでは南伊勢が荒れるな。
だが、義兄上の勲功の肥やしと思えばよいか。
何より義兄上には、嫡流を無視することで、
問題が起きることを自覚する必要がある。
そういう意味では十分に南伊勢は成功した。
良い例だ。
田丸行家には感謝せねばな)
*
すぐさま滝川が兵を向けて牽制するが、
具房によって国力が回復し、
力を取り戻した北畠に対し、
長島戦で疲弊した織田は攻めあぐねた。
結果として、一月二十五日の論功行賞は見送られた。
*
岐阜城、一月二十日。
論功行賞が延期となり、
先行して集まっていた諸将も、
一旦任地へ戻る。
そんな中、偶然居合わせた丹羽長秀が、秀政に声をかけた。
「芋粥殿、久方ぶりでござる」
「これは丹羽殿、お久しゅうございます」
長秀は温和な表情で世間話から入る。
「なかなか、こう皆が集うことはありませんな。
ですが、それこそが織田が拡張していることを実感できます」
「はい、真にその通りで」
「ところで万丸は息災でしょうか?」
「はい、元気にしております。
ですが、丹羽殿からお預かりした大事な将の井口甚右衛門を……
先の戦で喪ってしまいました。
大変申し訳ありませぬ」
「いえいえ、戦には犠牲は付き物です。
それもあの長島であれば致し方なく。
ついては、別の守役を我が家中からお送りしましょうか?」
焦って秀政が遠慮する。
「いえいえ、丹羽殿も大変な状況で、
これ以上貴重なご家臣を頂くわけには参りません」
「しかし、それでは万丸が」
秀政が一拍おいて真剣な表情になる。
「万丸は今年で十四になります。
元服させて、それがしの手で立派な将に育てます」
丹羽が一瞬驚いた顔をしたが、再び笑顔に戻る。
「そうか、あやつももう十四か。
名は長政でしたな。
そうかそうか。
芋粥殿が直々に育てて頂けるなら、
立派な将になりましょうな」
「はい、お任せください」
丹羽は笑顔を浮かべて考え込む。
(他意は無さそうだな。
嫡男が生まれ、万丸が邪魔になり、
その過程で井口を排除したかと思うたが、
……どうやら考えすぎか。
芋粥殿はこの乱世を生き抜けるのが、
不思議なほど人が良い。
この裏表のなさこそ、
わしも倅を預ける気になったわけだが。
もう少し様子を見るか)
「いや、戦場で立派になった倅と会えることを、
楽しみにしています。
それでは、拙者は任地に戻ります」
二人は会釈をして別れた。
(井口の事はずっと違和感が残る。
田丸殿も事故に遭われた。
万丸を守る者がおらん。
丹羽殿から頂いた大事なお子、
万丸は俺の手元で育てた方がよい)
*
結局、北畠とは膠着状態となり、
一旦は双方兵を退き、
睨み合うこととなった。
延期していた論功行賞が、
三月一日に執り行われることが決まった。
松親は松丸のために井口親子を排除し、
田丸を切り捨てた。
だが、それは――
万丸元服と秀政との繋がりを強くする結果を招いた。




