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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第七章 伊勢惣奉行編(躍進編)

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第百八話 悲劇

長島一向一揆の総本山たる願証寺は、

孤立しつつあった。


軍事指揮を執っていた下間頼旦は、

一つの賭けに出る。


非戦闘員の門徒たちを逃がすため、

海路での退路を切り開く。


長島が保有する全ての水軍力を使って討って出る。


戦闘用として整備された小早は二十隻。


さらに漁船・渡し船・荷船など、

動く舟という舟を軍用に転用し、

三十隻あまりがこれに続いた。


合わせて五十隻。


長島が持ちうる最大の水軍力である。


さすがに白子水軍だけでは、

この数を正面から相手にするのは厳しかった。


だが、秀政はこの出撃の可能性を想定しており、

対策を井口に授けていた。


すなわち――退く。


白子水軍は正面決戦を避け、

長島水軍を深みへと誘導する。


水路の先には、伊勢湾――

九鬼水軍が待ち構えている。


伊勢湾で、長島水軍を殲滅する作戦だ。



白子水軍が見える高台。

そこに千種松親が居た。


その隣には、秀政が伊勢入りする際に、

新たに雇い入れた伊賀忍者の一人。


水蜘蛛の弥九郎。


水上潜行・舟団偵察など、

“水戦”に特化した戦力。


白子水軍を松親が任された際に、

同時に預かった芋粥家の裏の戦力。


松親が白子水軍を、

冷たい目で見つめながら命じる。


「動き出したか。

 弥九郎、先ほど命じた通りだ。

 抜かりなくやれ。


 殿のため、そして芋粥のために。


 迷うな」


「は!お任せください」


そういうと、弥九郎は川に入り、

まるで魚のように泳いでいく。



一方、白子水軍、井口。


「殿が仰せの通りだ。

 敵が全軍で退路を作りに来おった。


 一旦退くぞ!」


関船の上から陣太鼓を叩く。


白子水軍が一斉に退却を始めたその時、

二番隊隊長・井口新右衛門の小早の船尾に、

水中から黒い影が忍び寄った。


弥九郎である。


弥九郎は水底を這うようにして船腹へ取りつくと、

そのまま船尾へと滑るように移動した。


小早の命綱――舵櫂ともがい


その根元を支える楔に、

細工した金具を静かに差し込む。


てこの要領でひねり上げると、

乾いた音もなく楔が外れた。


次の瞬間、舵櫂がぐらりと傾き、

小早は船首を大きく振って横方向へ流され始めた。

漕ぎ手たちが必死に操櫂を動かすが、

方向を失った船は制御不能だった。


弥九郎は泡ひとつ立てず、

水底へと沈むように離脱した。


「ん!? おかしい」


小早の船頭が叫ぶ。

新右衛門が心配そうに問いかける。


「どうした?」


「いえ、さっきまで動いていたのに、

 急に舵が効かなく……」


退却際、関船の上で、それに気づいた井口が不審な顔をする。


「おい、あの船はどうした?

 新右衛門の船か?」


白子水軍の者がその小早を見つめる。


新右衛門の船頭が身振り信号で関船に伝える。


「井口様、大変です。

 新右衛門様の小早の舵が壊れたようです。


 このままでは退却できないと」


井口の顔に焦りが出る。


「何だと?!


 うぅむ、他の船はそのまま、海に向かえ。

 この船で新右衛門たちを助けに参るぞ。


 これは関船だ。まだ人は乗れる」


「は!」


さすがの井口も息子の命を無視できなかった。

大将である前に、やはり父親だった。


井口の関船が急遽回頭して、

取り残された新右衛門の小早の元へ急ぐ。


敵が訪れる前に接弦し、

縄を落として新右衛門達が関船に乗り込んだ。


「よし、救うたぞ! このまま退け!


 急げ!」


だが井口の関船は船底にいくつも鈎爪がはめ込まれていた。


これは松親によって、

この直近に仕掛けられたものだ。


白子水軍のような弱小水軍が関船を持つこと自体が珍しい。

建造費も維持費も、相応にかかるからだ。


敵威圧と作戦の幅を広げる目的で、

松親によって、千種屋に無理して用意させたものだった。


そして旗艦として井口に与えられた。


表向きは井口の戦力強化であるが、

裏向きとしては井口が乗る船を固定することにあった。


仕掛けを仕込むためには井口専用の船が必要だったのだ。


井口が退却に転じた。


水路が狭まり、

底が浅くなる地点に差しかかった時、

その鈎爪が岩に噛んで、関船は急に速度を失った。


ここは退路としては通行必須な水路であり、

井口の記憶では、関船でも十分通行可能な浅瀬だった。


「くぅ、早く退くぞ!

 敵が来る!


 過剰に人が乗るとこうも速度が落ちるものか……」


船上の井口の頬を汗が一筋流れる。


ついに井口の関船は、数十隻に及ぶ小早に取り囲まれた。


「えぇい! 迎えうて!

 退路を作れ!」


矢や槍が関船に降り注ぐ。


井口は奮闘した。


やがて火矢も注がれ、関船から火の手が上がる。



川から上がった弥九郎、林の中の小さな小屋に入る。


その周りにはなぜか人の気配がなかった。


この周り一帯には見知らぬ忍びが点在し、

人を遮断したからだ。


その見知らぬ忍びたちは、

松親が神崎の伝手で極秘に雇い入れた甲賀衆だった。


甲賀衆は六角家の縁で動く。

松親直接ではなく、神崎の顔を立てて従っている。


小屋の中には、松親とその家来が待っていた。


「果たしました。

 ……しかし、よろしかったのでしょうか?」


弥九郎が心配そうに確認した。


「あぁ、お前は芋粥のためによく働いてくれた。

 義兄上も本当は松丸君に家督を譲りたい。

 だが、大殿や井口殿がそれを許さないのだ。


 だからまずは井口殿を排除することに決められた」


「なるほど、そういうことでしたか」


「芋粥家は忍びへも褒美は惜しまない。


 これは美濃物の名刀だ」


松親は一本の脇差を持ち出して鞘から抜く。


「この刃紋を見よ、美しかろう。

 お前への褒美だ」


「な、なんとそれを頂けるのですか?」


「あぁ、お前はそれに見合う働きをした」


鞘に戻して、隣にいる家来に脇差を渡す。


家来が弥九郎にその脇差を差し出した。


受け取ろうと手を伸ばす。


その瞬間、家来によって抜き放たれた脇差は、

弥九郎を斬りつけた。


血しぶきが舞い、そのまま倒れ伏して動かなくなった。


その家来も甲賀忍者の一人だった。


甲賀忍者にとって、伊賀忍者は同業であっても仲間ではない。

口封じのために斬ることに、ためらいはなかった。


「とどめを刺しておけ。ぬかるなよ。

 長島の手の者に討たれたように見せて川に流せ」


「は!」


「井口殿、恨むなよ。

 これは芋粥のためだ。


 万丸ではなく松丸君こそが芋粥を継ぐべきなのだ」



秀政のもとに織田家の伝令が走る。


願証寺から出た水軍は全て九鬼水軍が駆逐した。

これより総攻めを行う。


その知らせだった。


「そうか。井口は上手く誘導できたようだな」


だが、すぐに別の伝令が走る。

芋粥家の者だった。


「先の長島水軍との戦いで……」


「ん?どうした?」


伝令はうつむき、声を詰まらせた。


「第一隊の関船が討ち破られ……

 井口甚右衛門様、新右衛門様、お討ち死に」


「は?」


秀政が目を丸くする。


「なぜだ?九鬼水軍が長島水軍を……」


「子細は分かりませぬが、関船が浅瀬にはまり、

 敵に取り囲まれたようです。


 関船には故障した小早から乗り替えた新右衛門様も、

 御同乗されており……。


 お二方は水軍の大将と見なされて、

 門徒どもに執拗に狙われました。


 救援に駆けつけられた白子様の目前にて、

 お二方とも討ち取られ……焼かれました。

 

 白子様も危のうございましたが、

 間一髪その場から退却なされました」


「馬鹿な?!井口が?


 ありえんだろう。

 あいつは通れぬ浅瀬くらい把握しておる」


秀政の膝が崩れ落ちそうになる。


「井口……」


秀政が慌てて白子水軍の元へ向かう。


芋粥軍がこの局面で動かずとも、

織田の総攻めは成立し、

長島は落ちた。


下間頼旦含め、男女二万人余りの門徒が、

犠牲になった。


こうして、長島一向一揆は終結した。

あとがき


兵士から人気者だった井口親子の追悼画像出力です。

真面目で努力家で有能。


井口長実追悼

挿絵(By みてみん)


井口長勝追悼

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
前線で兵を鼓舞する武将が少ない芋さん家の貴重な人材を削る愚か者。そりゃ芋さんも膝を折ってしまうよ。
ここのところおとなしいと思ってたら、松親やっちまいましたか 井口さんが何したってんだ!松親地獄に落ちろ!
ここまで派手に動くとバレない筈ないのだが、才能に溺れたか。 このまま行けば芋粥家を潰す事になるのだが。 織田さまが、間接的に許した井口さん達を謀札した上、そんな人物のいる家の者を紹介した織田家夫妻の顔…
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