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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第七章 伊勢惣奉行編(躍進編)

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第百七話 包囲の果て

包囲は、日ごとに締まっていった。


湊は封鎖されており、

九鬼水軍、白子水軍が、

伊勢湾に張り付き、

一隻の船も通さない。


街道も封鎖された。


柴田、丹羽、秀吉、佐久間。


四方から陣を張り、

見張りを置き、

昼も夜も道を断つ。


水路も閉ざされた。


木曽川、長良川、

そして無数の細い水路。


そこを巡るのは――

白子水軍。


小早が絶えず動く。


隙間はない。


そして、密輸が消えた。


長島は閉じ込められた。



門徒は飢え始めた。


最初は余裕があった。


米蔵、干物、味噌。

だが七万の軍勢に囲まれた島である。


兵糧は減る。


日ごとに、

確実に、

粥が薄くなる。


ついに――

空の釜が増え始めた。


疲れも出る。


夜襲を試みても、

包囲線は崩れない。


槍、盾、柵。


鉄の壁だった。


士気が落ち、焦りが広がる。

そして門徒は決断した。


「海だ」


脱出路は、そこしかない。


小早で構成される長島水軍が、

水路を抜け、包囲の隙を探る。



だが、そこには――

白子水軍がいた。


関船。


その上に立つ男、

井口甚右衛門長実。


第一隊の大将である。


関船の周囲には、

六隻の小早が固める。


井口が声を張る。


「来るぞ!」


水路の向こうから、

長島水軍の小早が現れる。


速い。


水路を縫うように進んでくる。

だが、井口は動じない。


「弓、構え!」


矢が放たれる。


一斉射。


矢は船を狙わない。


船頭や漕ぎ手を狙う。


一人。


また一人。


船頭や漕ぎ手が倒れる。


小早の動きが鈍る。


井口が叫ぶ。


「鉤縄!」


縄が飛ぶ。


鉄の鉤が敵船に食い込む。


一斉に引き、船が寄る。


その瞬間に井口の声。


「突け!」


船縁に立つ足軽から、

槍が突き出される。


長槍が水路を横切る。


門徒が落ちる。


船がぶつかる。


白兵戦、短刀を持った兵が乗り込んで、

制圧する。


だが、残存する長島水軍は諦めずに逃げようとする。


その時、水路の横の中洲の陰から――

小早が現れた。


第二隊の井口新右衛門長勝。


五隻の小早が高速で回り込み、

長島水軍の退路を塞ぐ。


挟撃。


門徒の小早は包囲された。


逃げ場はない。

新右衛門が叫ぶ。


「逃がすな!」


小早がぶつかる。

鉤縄が飛ぶ。


船が引き寄せられる。

芋粥足軽が飛び移る。


乗り込んでの、船の上で組討ち。


短刀が光る。


門徒が水へ落ちる。


水面が赤く染まる。


長島水軍は崩れた。


逃げる船を第二隊が追う。


槍、弓、鉤縄。


一隻、また一隻と小早が沈む。


長島水軍は――

全滅した。



非戦闘員の門徒が乗り込む小舟が続く。

漁船や小舟による必死の脱出。


だが、頼りの長島水軍は既に白子水軍によって、

打ち倒されていた。


水路の出口には、白子水軍が待っていた。


矢が飛び、船頭が倒れる。


小舟が止まる。


「止まれ!」


槍が突き出され、門徒は捕らえられた。


あるいは――

川へ落ち、絶命した。


脱出路は消えた。

長島は完全に閉じ込められたままだ。



関船の上で、

井口は川面を見つめていた。


二ヶ月前。


芋粥兵は船の上で立つことすら出来なかった。


船酔い、揺れる足場、

槍を振ればよろけた。


だが努力家の井口は止めなかった。


毎日、船に乗せた。


波に慣れさせた。


槍を振らせた。


そして今、

芋粥兵は船と一体になっていた。


井口が小さく笑う。


「……やれるものだな」


白子水軍は、

すでに立派な戦力になっていた。


長島包囲は、

さらに締まっていく。



織田軍は長島へ力攻めを仕掛けない。


だから――

削る。


時間をかけて、

確実に。



まず狙われたのは、

長島外縁の拠点だった。


中江砦。

大鳥居砦。

二の江砦。


さらに久我屋敷。


武家屋敷ではあるが、

周囲を柵と堀で固めた、

事実上の砦である。


そして――


法泉寺。

蓮生寺。


寺院でありながら、

門徒の軍事拠点でもあった。


そのほかにも、

小砦や寺院の防衛拠点が

十数か所点在している。


長島は一つの城ではない。


無数の拠点が連なる、

巨大な要塞だった。


織田軍は無理に攻め込まない。


代わりに――

水を使う。



島は堤防によって守られている。


つまり――

堤を切れば、水が来る。


丹羽長秀と羽柴秀吉が

土木兵を率いて動いた。


堤を削る。

杭を抜く。

土を崩す。


やがて。


堤が切れた。

濁流が流れ込む。


湿地が広がる。

中洲が沈む。

砦の周囲が水に変わる。


柵の外は、

一面の泥と水。


兵は動けない。

物資も運べない。

砦は、孤立した。



そして各所で兵糧が尽き始める。

門徒の顔色が変わる。


「米がない……」


「まだ援軍は来ぬのか」


「舟は出せぬのか」


だが、舟は動かない。


水路は織田が押さえている。


逃げようとすれば

矢が飛ぶ。


槍が来る。


戻るしかない。


飢えは、確実に広がっていった。



さらに水が追い打ちをかける。


水位は日ごとに上がる。


低地の家が沈む。


畑が水に呑まれる。


寺の周囲まで水が迫る。


子供が泣く。


女が叫ぶ。


「水が来る!」


「堤を直せ!」


だが堤は、

すでに織田軍の手にあった。


門徒は水の中で、

立ち尽くすしかない。



やがて――

火が使われた。


砦の外縁。


家屋の密集した場所。

木造の寺院。

火矢が放たれる。

屋根に火が移る。


炎が立ち上る。


風が吹く。

火は広がる。


門徒が叫ぶ。


「火だ!」


「水だ!」


逃げ場はない。


前には水。


後ろには火。


煙が上がる。


外縁の砦が、

一つ、また一つと焼け落ちていく。


長島の周囲は、

煙と炎に包まれた。



高台の上、そこから長島が見えた。


煙が上がっている。


黒い煙、灰色の煙、

いくつもの火柱が空へ昇っていた。


風が吹くたび、炎が広がる。


水に沈んだ家、燃える寺、崩れ落ちる柵が

遠くからでも分かる。


叫び声、泣き声、人が走る、水に落ちる。


煙の向こうで、

小さな人影が動いていた。


秀政は黙ってそれを見ていた。

隣にはお悠、同じ景色を見つめている。


しばらく、言葉がなかった。


やがて――

お悠が顔を歪めて小さく呟いた。


「……ひどい」


声は震えていた。

秀政は答えない。


ただ、長島を見続ける。


炎は広がる。

水は増える。

煙が空を覆う。


やがて秀政がお悠の肩を優しく引き寄せ、口を開いた。


「これが――戦だ」


短い言葉だった。


だがそれは、

いつもの声ではなかった。


お悠は黙ったまま頷く。

視線を逸らさない。

逸らしてはいけない気がした。


あの中で、

人が死んでいる。


それに自分たちも加担し、

ここから見ている。


「俺は伊勢惣奉行として少しでも、

 犠牲を減らしたかった。


 それは織田だけでなく、

 長島の門徒たちもだ」


ゆっくりとお悠が秀政の顔をみる。

炎の影の中で無念を滲ませる秀政の顔が見えた。


「それは――

 叶わなかった」


高台には風が吹いていた。


「これから本丸たる、願証寺攻めが始まる……」


秀政が呟いた。


さらなる血の惨事が二人の頭をよぎった。


お悠がようやく視線を外し、秀政の胸元に頭を寄せた。

秀政は黙って、優しく抱き寄せた。

あとがき


久しぶりにゲーム風画像を描いてもらいました。


お悠さん、戦場版です

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
包囲網は順調、後は窮鼠猫を噛む後先考えない自滅覚悟の特攻。 史実じゃ織田は痛い目にあいましたが、主人公はどうするのか。 松親くんは、お悠さんがこき使って根性入れ替えれれば或いはw
普通戦場に出ることの少ない女性でなおかつ武家の生まれでもないお悠さんにとってはショックな体験でしょうね この辺りの「人死を厭う」感覚は多分旦那の芋殿が一番近いと思われるので、夫婦の絆的には良かったのか…
こういった経験を共に積んだ絆は堅いもの。もはやお悠が利害ゆえに秀政より千種家を優先させることはないでしょうね。情においては父よりも。ましてや弟の存在など秀政に比べれば塵芥のようなものかも。
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