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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第七章 伊勢惣奉行編(躍進編)

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第百三話 大戦の胎動

個室での非公式な会談を終えた後。


秀政は一度控えの間へ下がった。


やがて小姓が呼びに来る。


「芋粥殿、上段の間へ」


今度は、公の場。


岐阜城本丸・上段の間。


居並ぶ重臣たち。


柴田。

丹羽。

佐久間。

明智。

前田。


空気は張り詰めている。


秀政と前田利家は並んで座した。


やがて、信長が姿を現す。


「此度の豊川の戦。


 芋粥備前守秀政。

 前田又左衛門利家。


 両名の働き、見事であった」


静かな声。


だが、上段の間に響く。


合図とともに、甘利兵部少輔信房の首が差し出される。


丁重に包まれた布が解かれる。


どよめき。


赤備えの将の首。


ただの戦果ではない。


象徴だ。


「武田は退いた。

 赤備えは大きく削がれた。


 織田の威は、天下に知れ渡った」


信長の言葉が、重く落ちる。


「よって両名の武功、正式にこれを認める」


秀政は深く頭を垂れた。


利家も同様に。


そして。


「さらに――」


信長の目が光る。


「本年九月。

 長島へ大軍を向ける」


場が静まる。


「一向一揆に、けりを付ける」


宣言。


これは決定だ。


信長は続ける。


「豊川の勝利によって、

 包囲の動きは鈍った。


 今が好機よ」


誰も異論を挟まない。


決まった。


長島大戦。


歴史が動く。


会見は終わった。


秀政が岐阜城を後にしようとした時。


背後から足音。


「芋粥殿!」


振り返る。


前田利家だ。


顔が紅潮している。


「武田との戦い、

 芋粥殿のもとで戦えて光栄でした。


 またご縁がありましたら、

 共に武名を轟かせましょう!」


豪放な笑み。


秀政も笑い返す。


「前田殿の騎馬の働きが、

 勝利に繋がりました。


 此度は本当に助かりました。


 また機会があれば、

 馬を並べて戦に臨みましょう」


利家は満足げに頷き、去っていく。


その背は、戦場と同じく大きい。


次に歩み寄ってきたのは、明智光秀。


静かな足取り。

気付いた秀政が頭を下げてから、

笑顔で語り掛けた。


「明智殿。

 情報、ありがとうございました。


 役立ちました。

 まさにお調べになった通りでした」


秀政が礼を言う。


光秀は柔らかく微笑む。


「いえいえ。

 お役に立てて光栄に存じます」


だが、その目は冷静だ。


(芋粥……。


 まさか、ここまで勝利するとは。


 殿はこの者を、

 いずれ方面司令に据えるやもしれぬ)


一瞬の沈黙。


(敵か、味方か。


 見極める必要がある)


「長島でも、

 またご一緒できればよろしいですな」


光秀が言う。


「えぇ、その時はまた」


秀政は答える。


二人は軽く会釈し、別れた。


岐阜城の石段を下りながら、秀政は思う。


(家老格……。


 長島……。


 歴史は、確実にずれ始めている)


鬼備前は、今や家中の視線を集める存在となっていた。



那古野へ戻ったのは、その日の夕刻であった。


城門をくぐると、空気が違う。


岐阜とは違う。


ここは、己の城。


子らが駆け寄る。


明は報告をせがみ、

蘭は静かに隣に立ち、

松丸は「ちちさま!」としがみつく。


一通り抱き上げ、

笑わせ、

額を撫でてから――


「続きは後じゃ」


秀政はそう告げ、奥の間へ向かった。


奥の間。


政成。

お悠。

浅野。

村瀬。


芋粥の中核が揃う。


秀政はゆっくりと腰を下ろした。


「面を上げよ」


静かに言う。


皆が顔を上げる。


「功を認められた」


一瞬、空気が変わる。


「長島の働き次第では――

 家老の地位も夢ではないやもしれん」


沈黙。


そして。


「おぉ、それはめでたいことでございます」


政成が代表して頭を下げる。


浅野も、村瀬も続く。


だが、秀政の表情は浮かれていない。


「此度の戦勝により、世の中が大きく動く」


ゆっくりと言葉を選ぶ。


「殿は、本年九月、

 長島一向一揆に蹴りを付けると仰せだ」


「遂に……」


浅野が低く呟く。


長島。


何度も跳ね返されてきた相手。


「我が芋粥は伊勢惣奉行として、

 兵站を責任もって整えねばならぬ」


秀政は続ける。


「おそらく七万規模の大軍勢となろう」


七万。


室内の空気が、重くなる。


「この戦は負けられぬ。

 織田の威を天下に示す戦だ」


村瀬が腕を組む。


「兵站か……地獄を見るな」


「だからこそだ」


秀政の目が鋭くなる。


「食わせねば勝てぬ。

 動かねば勝てぬ。

 途切れれば終わる」


その時。


お悠が静かに口を開いた。


「弥八様」


皆の視線が集まる。


「私も、桑名に参ります」


一瞬、秀政が固まる。


「……お悠?」


「はい」


揺るがぬ声。


「私は芋粥家二番家老にございます」


お悠は真顔だ。


「兵站とあらば、

 私の得意とするところ。


 米。

 銭。

 火薬。

 船。


 この戦は商人の戦でもございます」


政成が静かに頷く。


「確かに、兵站の肝は勘定にございますな」


秀政は眉を寄せる。


「子たちはどうする」


「半年ほどでございましょう?


 父もおります。

 乳母もおります。


 ……もう、待つだけは嫌なのです」


お悠の目が、真っ直ぐ秀政を見る。


「御迷惑でしょうか」


秀政は息を吐いた。


「いや」


正直な言葉。


「お悠が来てくれるなら、心強い」


少しだけ苦笑する。


「だがな……」


お悠の顔を見る。


覚悟の顔だ。


戦場に立つ顔ではない。


支える者の顔。


「……言うて聞く顔ではないな」


お悠が微笑む。


「はい」


秀政も、諦めたように笑う。


「頼む。

 お悠が来てくれれば万全だ」


「はい!」


その声は、誰よりも力強かった。


秀政は政成を見る。


「この半年、子らを頼む」


政成は深く頭を下げる。


「お任せください。

 千種の総力をもってお守りいたします」


浅野が口を開く。


「尾張のことは我らにお任せください。


 殿は奥方様、村瀬殿と共に、

 伊勢で存分に力をお奮いくだされ」


村瀬も頷く。


「遂にあの長島を終わらせるか」


秀政は一同を見渡す。


静かに告げる。


「長島を終わらせるぞ」


奥の間に、重い覚悟が落ちた。



その夜。


秀政は政成とお悠だけを奥の間に呼んだ。


不思議に思った政成が問う。


「何か、あの場では語れぬことが?」


「うむ。お蘭のことだ」


「大殿にご相談なさったのですね?」


「そうだ。

 了承を頂いた。


 ゆえに蘭の許嫁は松親ではなく、

 松太郎とする」


「承知いたしました」


政成は落ち着いて頷く。


お悠が静かに口を開いた。


「松親に、不満が溜まりませんでしょうか?」


「……溜まるだろうな。

 いくら大殿の命とは言え」


秀政は低く答える。


その空気を読んだように、

政成が静かに続けた。


「殿、一つだけ手があります」


「手?」


「殿は我が愚息松親を、随分と買ってくださっております」


「あぁ、あいつは使える男だ」


「それでしたら、この政成から一つ、

 我儘を申してもよろしいでしょうか」


「なんだ?」


「もし松親に褒美をお考えいただけるのであれば、

 蘭ではなく、殿の“政”の字を頂きたく」


「偏諱か」


「はい。

 千種次郎松親の名を改め、

 『千種松次郎政親』と致します」


「ほぉ」


「一門ではございませぬが、

 殿より格別のご信任を賜った証になります。


 家中での立場は格段に上がりましょう」


秀政は顎に手を当てる。


「名など、安いものだ」


政成は静かに続けた。


「一門に加えることは出来ませぬ。

 もし松親が不手際を起こせば、

 芋粥家に累が及びます。


 ですが偏諱であれば、

 万が一の際には名を戻し、

 松親本人に責を負わせることができます」


「なるほどな」


秀政はゆっくり頷く。


「千種は俺のために働いてくれている。

 疑ってはおらぬが……備えは必要か」


「御信頼、痛み入ります。

 ですが、念のために」


「良い案だな。

 蘭ではなく偏諱か」


小さく笑う。


「伊勢へ戻るのが少し気が引けていたのだが、

 これで気が楽になった。


 義父殿、やはりお前は頭が回るな」


「恐れ入ります」


秀政は立ち上がる。


「よし。明日は伊勢だ。

 お悠も一緒だ。寂しい想いはさせぬ」


「まぁ、弥八様……」


お悠が微笑む。


後顧の憂いは断った。


芋粥は、伊勢へ向かう。


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― 新着の感想 ―
お悠さんは、仕事しすぎて他の家臣の妻どおしの人脈形成ができてなくて何処かでつまづきそうな予感。
松親改めて政親くん、はやく周囲からの懸念と愛情に気づいてほしいですね。 君は沢山のものを持って生まれ、才能、それを活かす機会にも恵まれた大勢のひとから羨まれる立場だということに。 自分の心掛け次第でい…
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