第一話 芋粥秀政、爆誕
芋粥 秀政は、自分の名字が嫌いだった。
いもがゆ。
初対面で必ず一拍、間が空く。
そして大抵、笑われる。
「珍しい名字だね」
そう言われる時は、まだマシな方だ。
小学生の頃は給食のたびに言われた。
高校ではあだ名になり、大学では自己紹介をやめた。
外に出る理由は、もうなかった。
代わりに秀政が引きこもったのは、戦国時代だった。
『信長の野望』。
新武将作成。
名字は必ず――芋粥。
能力は盛らない。
現実的な数値にする。
それでも、秀政は毎回、天下を取った。
笑われる名字ほど、縛りプレイは燃える。
どう勝つかを考えるのが、楽しかった。
ゲームをしていない時は、本を読む。
東海地方の戦国史。
桶狭間だけじゃない。
名も残らない小競り合い、落城、調略。
足りない時は、Wikipediaだ。
細かい合戦、城跡、家臣団の動き。
気づけば時間が溶けていた。
その日、親はいなかった。
夕方になって、腹が鳴った。
カップ麺もない。
冷蔵庫は空だ。
「……コンビニ行くか」
久しぶりに玄関を出た。
外の空気が、妙に冷たかった。
道路に出た、その時だった。
飛び出した猫。
それを避けようとして、
トラックがハンドルを切るのが見えた。
――そこまでは、覚えている。
*
次に目を開けた時、
秀政は野っ原の真ん中にいた。
アスファルトはない。
電線も、家もない。
風に揺れる草。
遠くに見える、低い丘。
「……は?」
声に出して、ようやく分かった。
ここは、現代じゃない。
「まさか……異世界転生?」
そして――
新武将、芋粥 秀政。
戦国時代の現実世界に、爆誕である。
戦国時代に、爆誕。
……いや、そんな軽い話じゃない。
目を開けると、遠くに赤い光が見えた。
火事だ――そう思った。
違う。
村が、焼けている。
黒煙が空に伸び、
火の粉が風に流されている。
「……は?」
足が動いた。
無意識だった。
近づくにつれ、
それが“火事”なんて生易しいものじゃないと分かる。
人が逃げている。
倒れている。
斬られている。
虐殺だ。
あれは――旗。
見覚えがある。
「……今川?」
頭が追いつかない。
映画のロケか?
ドッキリか?
そんなはずがない。
今川の騎馬隊が、
村を蹂躙し、
何事もなかったように走り去っていく。
静寂が戻った。
嫌な静けさだ。
村に入った瞬間、
血の匂いが鼻を突いた。
現実か?やっぱりマジみたいだな。
吐き気をこらえていると、
向こうから一人、農民が走ってくる。
「弥八!
大丈夫だったか!」
……え?
「みんな死んじまった。
お前のおっ父も、おっ母もだ!」
言葉が、耳を素通りする。
「俺んとこももうダメだ。
おらぁ、清州に行くだ!
また今川が来るかもしんねぇ!」
男は一息にまくし立て、
振り返りもせず去っていった。
「待て!今年は何年の何月だ?」
「永禄三年の五月だぁ。弥八、大丈夫け?」
そこまで言うと逃げるように走り去っていった。
……弥八?
俺が?
頭の中で、
嫌なピースが、きれいに噛み合った。
ああ。
そういうことか。
「……これが、
噂の戦国転生ってやつか」
辺りを見渡す。
知っている顔はない。
俺を知る者も、もういない。
家族も、
村も、
全部、消えた。
――ふっ。
思わず、笑いが漏れた。
「よし」
腹の底から、声を出す。
「俺は、芋粥秀政!」
野っ原に向かって、叫ぶ。
「天下人だーーー!」
誰も聞いていない。
だが、それでいい。
新武将・芋粥秀政。
初期イベントは最悪だ。
――だが、
いつもの芋粥プレイなら、ここからだ。
桶狭間直前の織田領。
出世の匂いしかしない!




