言い訳「ただ死なれるのは、後ろ髪引かれるから」――青の供述
青は薔薇にとって奇跡の色のようだな。それでもって、嘘吐きの意味でもあり。
エミリにとって俺は奇跡だったのだろうか? 嘘吐きだったのだろうか?
やぁ御機嫌よう、今日は予想通り、エミリを裏切る話をしようか。
エミリだけじゃない、オルカや皆さえも――。
俺は徐々に侍女への恋を拗らせていて、どうしても侍女の名前すら判らないのは、エミリの所為だと思い込むように焦れた。
駆け引きならまだしも、これは駆け引きですらない――ただの狩猟だ。
元来、獲物を追い詰めていく過程をそこまで楽しめない性質だったから、早く早くと、仕留めるのを願った。
そこへ、あの事件だ――オルカも皆も知っている、赤の公爵令嬢毒殺事件。
犯人に目星はついていても、俺は敢えて口にせず、ただただ話の流れを見つめていた。
皆が話し込んでいる時に、侍女と目が遭う――それだけで俺は意思を決めた。
「オルカ、お前の国は確か死者を閉じ込められたな? お前の国を経由して、天国や地獄に行くんだよな?」
「そうですが……ルシェル?」
「なァ……エミリは死なせるには惜しい人物だとは、思わないか?」
「どういう――……まさか、ルシェル……エミリを私の国に軟禁しようと?」
「だってそうしたらエミリはお前に夢中になるだろう、俺が保証するよ。
俺はお前たちの為に身を引くよ。
皆もエミリが死んだら、困るはずだ。まだエミリと仲良くしたい、そうだろ?」
目に涙や悔しさを込めて、真摯にオルカに訴えれば周囲も同調する。
そうしよう、とか。エミリはまだ必要だ、とか。
オルカは気付いてない、皆が純真にエミリを慕っているのだと思っている。
俺が言えた義理じゃあないんだが、オルカ以外胸くそ悪いったらない。
さァ、一つ薔薇の会議を終えたら、侍女を部屋に呼ぶ――。
暗い室内、時間は夜だから月の薄明かりしか入ってこない。
灯りをつける気分にはなれず、ただただ蒼い夜を堪能していた。
俺のように、蒼くて残酷な夜を――。
ノック音が響くので、許すと侍女が部屋に入り、緊張した面持ちだった。
侍女をついに捕らえた!
俺は歓喜に震えて、侍女の肩をすっと撫でる。侍女は抵抗しない。
顎を捕らえてじっと見つめても抵抗しない――抵抗されないという、受け入れられるというだけで、俺の中で何もかもがどうでもよくなる。
これほどの歓喜を味わった覚えが、かつてあるだろうか?
エミリを口説く時には味わえない愛しさだ――!
「ねェ、受け取ってくれるよな――? この薔薇を」
俺は四本の赤い薔薇を、侍女へ渡す。侍女は俯きながら薔薇を受け取り、そっと薔薇を撫でる。小さく呻いたのでどうしたのだろうと思えば、侍女の指先に棘が刺さったようだ。
こんな時ですら侍女に威嚇するのか、と俺はこのムードを台無しにされた気持ちになるが、侍女の指先をゆっくりと口元に含む。すると侍女が顔を赤らめるので、満足いく反応に俺はうっとりとした。
「……酷い人、あの方と同じ本数を私に向けるのですね」
「死ぬまで想いは変わらなかった、俺はエミリを愛していない――正しい意味だろう?」
「……一つ、条件があります」
「ああ、判っているよ、だからあの場であんな提案をしたんだ。
エミリを殺した犯人を言わない、当てない。エミリに会いに行かない――だろう?」
俺が賢く口にすると、侍女は小さく頷いて、名前を口にする。
名前は、ああやって初めて知ったから、俺だけに知る権利があるから教えられない。
それからの日々は幸せだった――愛する女性と一緒だったんだ。
一つの罪を懺悔しよう、俺は愛してるふりをしながら、本当はエミリを愛していなかった。
親友に、エミリを押しつけた。
それも、死んでからの女性を――亡霊を。
自分でも最低だと思う。
だから、たった一つ何があっても実行しようと思ったよ。
罪滅ぼしに、オルカが困っていたら何を犠牲にしても助けようと――。
さて、これにて罪の披露はお終い。俺の話はこれくらいかな。
――さァ、臆病で卑怯な男女の話をしよう。
臆病で卑怯な男女は、俺を含めて五人。
それぞれに言い訳があるから、飽きずに聞いてくれると嬉しい。
聞いてくれて有難う、では次の言い訳を聞いてやってくれ。
好きじゃ無いけど嫌われたくもない。
だから偽善を押し出し、自分だけが嫌われない方法を模索する。




