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言い訳「一番欲しい物が手に入らないなら……」――黒の供述

 僕は昔から欲しい物がありました。

 エミリではありません。エミリよりもずっとずっと欲しいものがありました。

 だからこそ、若い娘が話す運命の赤い糸よりも、外の世界に焦がれたのでしょう。

 それ故に、美しい庭に拘ったのでしょう。

 四季折々の花が庭からは窺えて、とても僕は嬉しかったのですが――満足ではありません。

 僕は死者の王。どうあっても、この王位を任せられる人がいないのですよ。

 僕は王位なんて、欲しくない――自由が欲しい。

 だから、自由をあっさりと手にするエミリが欲しくなった、なんて懐かしい話。



 本日もお日柄宜しく――綺麗な晴天でして。

 僕の気持ちは、エミリが死んだことで今にも押しつぶされてしまいそうだというのに。

 エミリがこの国へ来たときの話をしましょうか。


 エミリの体は、綺麗に火葬されました。

 遺骨はとても綺麗で皆静かに泣いて故人を惜しむ、盛大な葬式だったように思えます。

 思えます、というのも僕は実はその時のことを覚えていないのです。


 覚えているのは、エミリがこの国へやってきたときのこと。


 いつも通り死者を送り出す書類を造り、その中にあるエミリの書類を見つけた。

 僕はそっとその書類を持ち出して、全てその日の仕事が終わったことにする。

 僕に口出しする馬鹿な臣下はいません――いえ、賢い臣下はいません。

 僕以外は死者なので、僕が少しでも愚か者の烙印を押せば消えてしまう、などと考えてる様子です。

 でも今はこうしてエミリを閉じ込めているから、あながちその妄想は嘘ではありませんね。

 僕は執務室を出て、エミリの為に用意した部屋へ向かう。

 廊下は基調の黒とは違う、赤いカーペットが連なっている。かつかつと靴を鳴らして、廊下を何メートルか歩いた先の部屋に着く。

 扉をノックする、扉はいきなり色の変更はできなかったが、部屋の色はエミリのために真っ赤にしたんです。

 ベッドも、クッションも、真っ赤。カーテンはピンク。猫足のソファーはオフホワイト。

 女性の好きそうな物全てかき集め、用意し、花だって沢山の薔薇を用意した。

 アクセサリーという呼称がついている、宝石の連なりだって、用意して少しでも悲しませないように、と。

 けれど――。


 エミリはひたすらに泣いていました。

 どうして、とか。何がしたいか、とか。兎に角生きることへの欲求、死への絶望を只管に嘆いていたのです。

 僕は、可哀想に、と慰めていました――。


「ねぇ、此処にずっといればいい。そうすれば、貴方は生きたままだ。

 この国では貴方は生きているんですよ」

「本当? 私は、生きているの? 生きられるの?」

「はい、この国ではね? 皆だって会いにきてくれますよ、きっと」

 絶対とは言えない――。


 エミリの笑みを見つめ、僕はほっとしておりました。


 まさか――まさか、誰一人としてエミリに会いにこないなんて。

 僕は気付かなかったのです。

 皆はエミリを生かしたがっていると信じ過ぎていた、盲目的に。

 何か一つでも、「もしかしたら」と考えればいいのに。


 エミリはほっと安心すると、僕の頬に手を伸ばします。

 瞳は潤み、媚びる目つきと手の仕草――顔の角度は計算済み。

 僕に対して、絶対向けなかった顔の角度。

「皆がくるまで傍にいてくれる?」

 僕は驚きました。

 それまでエミリは、僕に対してこれほど不安さを見せたところも無く。

 僕に追いすがって助けを求めたこともなくて――嗚呼、嗚呼何と言うことでしょう。

 僕の背筋から一直線に脳裏に過ぎった物は――笑顔で隠して、僕の思惑は全て消す。

 そっとエミリの手を握り、その手に口づけを。


 エミリは、もう、――僕のモノだ。僕のモノにしていいと、エミリが言っている。

 僕は、自分の死の国による権力を忘れて、そんな勘違いをしていました。

「エミリ、聞いて欲しいことが」

「何?」

「僕はずっと貴方のことが――」

「有難う」

 嗚呼、なんて小賢しく、愛おしく、酷い女。

 美しいのに棘があることにふと気付かせる、素敵な可愛らしい女性。

 高貴な赤薔薇に相応しい。


(愛してるや、好きの一言でさえ言わせてくれないのですね――。

 でもそれでも構わない。僕にだって、大事なものは貴方以外あるんだ。

 僕が一番欲しい物をこの世界はくれない。なら、僕は貴方を欲しがる夢だって見たい)


 残酷な貴方。

 だというのに、僕の心を捕らえて離さないのですね。

 そういう貴方だからこそ、僕は全てをこの先捨てることになろうとしても、欲しくなる。

 手籠めにして、僕のモノにしたくなる。

「傍に、いてね?」

 蠱惑的な声が響く、目を閉じると頭の中で反芻できる。

 うっとりと夢中になる。

 僕のモノになるまで離さないよ――。



 ずっと閉じ込めよう、黒いドレスを与えて。

 赤かった薔薇は、黒く染めてしまおう――。

 ――さァ、臆病で卑怯な男女の話をしましょうか。


 臆病で卑怯な男女は、僕を含めて五人。

 それぞれに言い訳があるはずなので、どうかごゆるりと、この国の滅び行く様を見ていてくださいね。


 聞いてくれて有難う、では次の言い訳を聞いてくださいね。



一番に欲しいものが手に入らないのならば、

二番目に欲しい物を強請っても悪ではないはずだ――というヤンデレ思考。

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