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ここが世界の中心の都?なんかイメージと違うわね


「あなたのどこが宮廷魔道士なんですか?そもそも本当に錬金術師なんですか?」

アレッツォはレオニオロス爺に聞く。


彼がレオニオロスに弟子入りしてから1カ月ほど経っている。


その間、アレッツォは市場へ買い出しに行く以外、外出をしなかった。


それなのに、レオニオロス爺が外に出たところを見たことがない。宮殿へ行くどころか、ずっとこの穴蔵のような半地下に篭って研究だ。


いっそ換気穴を全部塞げば、レオニオロス爺といえども外へ出るんじゃないかなと思ったりしたが、そんなことしたら家から出る前に魂が肉体から出てしまうだろう。


なんの研究をしているかと聞けば「液体が出やすくする筒を考えておる」なんて良く分からないことを言う。


「宮廷魔道士なんていう役職はないが…確かに宮廷の為にやっていることはおおいがの。どうしてじゃ?」


「いえ…あなたを紹介されたとき、その紹介した人が、宮廷魔道士で世界一の人物だと言っていたので…でも実際やってることは…」


「穴蔵生活というわけか?知っておるだろう。世間は悪魔祓いに忙しい。錬金術師なんて名乗れたものじゃないんじゃ。特にこのキリスト教の中心の帝都ではな」


「でも、それじゃ宮廷が錬金術師を抱え込むなんてことしないんじゃないんですか?」


「頭が固いのぅ。知っておるだろう。かつて偉大だったこの帝国はもはや都と半島にしか領土がない弱小国じゃ。建前は建前、本音は悪魔の力でも借りたいんじゃよ。わしらみたいな悪魔のな。だから、宮殿へ行く時はこっそりじゃ」


で、結局この爺さんは何を研究しているんだろう。巧みに話が反らされた!もういっかい聞こうとすると第三の声が聞こえてきた。


「ねぇ、二人共私を忘れてない!?」

腕を腰に当て、ムスっとして黒髪が揺れる。自称悪魔の謎の少女ティリアだ。


「あぁ、ごめん。いたんだ」


「錬金術師って研究のことになると、こんな可愛い少女が居ても目に入らないわけ?いいアレッツォ!今日は私と帝都観光の日よ!」


「え、そんな予定あったっけ?」


「うん、今さっき決めたから、予定はあったのよ!早く支度!」


「そうじゃな、行ってくるんじゃ。たまには外の空気を吸わないと病気になるもんじゃ」

レオニオロス爺、あんたに言われたくない、といいつつ流れに押されてアレッツォはティリアを連れて行くことにした。


ちょうど自分の買い物の予定もあったし、そういえば来てから街の観光をしようと思って、一回もしていない。まあたまにはいいか。


ティリアは下着の上からダルマティカを着て準備がもうできている。


服は買ってあげたのだが、あの時応急で着させたダルマティカ(キリスト教の聖職服)が気に入ったらしく、最近よく着ている。


聖職服としては残っているけど、ファッションとしてはもう数百年も前に廃れた古めかしい衣装だ。今はイタリアン、特にヴェネツィアが流行りの最先端。


アレッツォは流行の最先端者という自負もあり、青地の黄色いラインのついた上着にズボンという先端ファッションを好む。


一緒に歩く女が、例えこんな絶世の美女でも、古臭い服を着るのはちょっと気が引けるのだった。


自称でも悪魔なら、聖職服を好んで着るなとも思ったが、少なくともティリアは別に気にしていないようだ。


言ってもどうせ聞き入れられないし、美女には変わり無いからいいと自分を納得させて、アレッツォは出かける準備を整える。


「いってきます。レオニオロスさま」


アレッツォがそういっても、レオニオロスは何も言わず机に向かっている。ただ、邪魔者が消えるという思いからか、ウキウキした表情になっている。


半地下の錬金部屋を出て、扉を開けると外は午前中の寒さが少し残る新鮮な空気で溢れていた。


アレッツォが背中を伸ばしていると、ティリアは聖職服をひらひらさせて表通りへ向けて走り出していた。


「あっ、待って!ティリア!」


ティリアに引っ張られるようにして街を巡る。特段買い物以外に目的が無いから、まずはぶらぶらと散歩だ。


かつて世界最大の街だった帝都は、今でも面積が大きく、城壁は立派で、宮殿や大聖堂はそびえるように堂々と建っていた。


それでも歩いてみれば分かる。衰退の風を。人の少なさ、街の大きさに対して活気の無い市場。そしてところどころ崩れるに任せた空家や公共施設。


市場から離れたら、一気に人は減る。古めかしい服装をした市民が何をするわけでもなく、庭先で佇んでいる。


ティリアは哀愁も何も感じないようで、どこでもキャッキャやっていたが、アレッツォはかつて世界の中心だった都が廃れていく様に心を打たれていた。


「あれ、ティリア?ティリアはどこ?」


ティリアがいない!ちょっと目を離した隙にこれだ。


なんだか市場通りの近くで人々が群がってきている。まさか!ティリアのやつ、自分が悪魔だと公言でもして取り囲まれているんじゃ…


どうしよう、そしたら他人のフリして逃げるか。自称悪魔の女なんかに呼びかけられでもしたらたぶん一緒に処刑される!


…なんて覚悟までしていたアレッツォの期待は、いい意味で裏切られた。


「おお!まるで教会のレリーフにある天使さま!のお姿じゃ!」


「聖職者さまでいらっしゃいますか!なんと愛おしいお姿でございますの!」


「神に仕える者よ!私達を異教徒(サラセン)どもからお守りくださいますよう!」


人々が次々にそんなことを言っていた。

なんだなんだと覗いてみれば、輪の中心にティリアがいて、ひらひらと聖職服を揺らしている。


(なんてこった!悪魔憑きに思われなかったのは良かったが、これじゃ目立ってしまう)


とアレッツォは思ったが、既に時遅しでついにはチュニックで固めた兵士らしき人まで出てきて交通整理を始める始末だ。

なんとまぁ、整理するはずの兵士まで胸に手を当てて敬礼しているではないか。


兵士たちによって円が解散させられたあとも、路上に這いつくばって両手を胸の前に合わせて祈る者が新たに出てくる。


「あー!アレッツォ、何してたの!?ちょっと早くしてよ」

とティリア。


いやいや、むしろ待ってたのはこっちだぞっと…。


あまり聖職者らしくない口調に、周囲の人が若干びっくりしていたようだが、相変わらず尊敬の眼差しで見つめられていた。


人気の無い市場はずれに連れていき、ティリアに注意するとあーだこーだ言われて結局おざなりになった。


(まぁ、でも仕方ないよな…この国は祈ることくらいしかできないほど衰退してしまっているんだから)


「ねぇ、ここは何?」


とティリア。混乱の中進んだから、気がつかなかった。ここは…


「…港の方面だよ」


「そうなんだ。ねぇいこっ!」

とティリアが進んでいくとそこを守る兵士に誰何(すいか)されて止められた。


「通してよ!」


「聖職者さまですかな?こんなところに何か御用でも?ちょっと手続きが要りましてね」


「僕はヴェネツィア人だ、それでこの娘は僕の…」

とまで言いかけて、ティリアをどう説明しようかと思って詰まった。すると。


「私はこの人の妻です。何か問題でもありますか?」

とティリアが急に似合わず丁寧な言葉で、そして兵士を喰らうかの如き目つきで睨んで言った。


兵士は魂を抜かれたような表情になったと思うと「…えぇどうぞ」とあっさりティリアを通してしまった。


「ちょっとティリア!妻ってどういうこと?」


「口実には一番いいでしょ?さぁ夫婦なんだからそれっぽくしてよね!」


「えっと…どういうことを?」


「…冗談の通じない男ね!もう私についてくるだけでいいわ」

アレッツォはたくましい肉体を持つ秀麗な顔立ちであるにも関わらず、錬金術という日陰の仕事からか、かなり奥手なのだ。

こういうとき、どう返していいか分からない。


(それにしてもさっきのアレは…兵士を(とりこ)にでもしてしまったのかな?だとするとホントに悪魔かも…いやでも、兵士もただ気圧されただけなのかな?)

などと考えているうちに、街の様子が変わってきた。


港の周辺は荒くれの海の男たちに混じって、先端イタリアン・モードのファッションに身を包む人々が見える。

そう、ここは帝都の一角にあるヴェネツィア共和国租借地(そしゃくち)だ。


港はほとんどイタリア人たちに占拠されていて、世界の富はここに集積し、決して帝国や市街を潤すことはなくイタリア各都市へ直送される。

大きな倉庫や商館が立ち並び、市街と違って活気が港にはあった。


低めの海側城壁を越えて下ると、そこは大きな港になっている。


海上を行き来する大型船は、ほとんどイタリア諸国の船で、本来主であるべき帝都の市民は漁師らしき人らがひっそりと港の端っこを使うばかり。帝国海軍のガレー船は半分くらいが未整備のまま放置されている。


「ここは、活気があるのね!私、帝都はすごい活気があるって聞いてたのにそうでもなかったから、騙されたと思ったわ!」


ティリアは駆け足で海に浮かぶ大きな船や大事そうに積み込まれる香辛料の箱、黒海方面から来たであろう毛皮を満載した荷車など目新しいものを見てはしゃぎまわっている。


聖職服を風に揺らし、聖職者らしくない勢いで駆け巡るティリアを見たヴェネツィアやピサなどから来たイタリア人たちは少々奇異の目で見ている。が、誰ひとりこの娘が悪魔を自称するなんてこと、想像もしないんだろう。


「ねぇアレッツォ、あれなに?」


「ん、あれは確かブーコレオン宮殿だっけ…あれはえっと」


「ちがう、その下!」


ティリアが指差す先は港の横にひっそりと、しかしちゃんと整備されて置いてある帝国海軍のガレー船。船首に何やら金属製の筒のようなものが付いている。


「不思議な形よね。他の船とは違うモノが付いてるわ。あれは何かしら」


「うーん、僕にも分からないな。あれは初めて見るものだ」


「まあいいわ。錬金術師だって、知らない金属くらいあるものね」


そう言われてアレッツォは大いに傷ついた。しかし、実際あの筒は初めて見るものだ。ヴェネツィアの元首の屋敷で極秘に研究されていた「大砲」と似た形だが、それにしてはかなり小さい。あんなもので石を飛ばすことはできないだろう。


それからティリアは海辺のブーコレオン宮殿を見たり大宮殿の前に屯していた兵士にちょっかい出したりして聖職者らしからぬ振る舞いをして驚かせ大いに楽しんで帰宅した。


「あぁ…買い物忘れた」


アレッツォは目的を見失っていた。あたりはもう暗く、市場はどこも閉めかかっている。目的の店はもう1時間も前に閉じたそうだ。


「あぁ…僕はついにお使いすら出来なくなったぞ」


しょんぼりして帰るアレッツォを尻目にティリアは朝にもまして底知れぬ体力でグイグイとアレッツォを引っ張っている。


「ただいま」


この錬金術部屋で数少ない利点が見つかった。


お使いはどうだったとか、買ったのかなんて聞かれない。無関心にずっとレオニオロス爺は自分の研究をしている。良くも悪くも、失敗はいくらでもできそうだ。部屋を吹っ飛ばさない限りは。


「あー!これ!港で見たやつ!」


とティリア。


横3メートルほどの金属製の筒だ。今までずっと部屋に置かれていたはずなのに、目に入らなかった。


「ほう、港へ行ったかの?ふむ、知的好奇心と発見する能力はティリア、お前のほうがアレッツォより上じゃな」


と笑いながらレオニオロス爺はちらっとアレッツォを見る。


あぁもう今日はなんていう日だ!


あまりに自尊心が傷つけられ、「これはなんなんですか」とも聞けないアレッツォ。しかし、知りたい!なんて面倒くさい生き物なんだ錬金術師はと自嘲する。


「これは何に使うの?」


(いいぞティリア!お前は僕の最高の助手だ!これであれが何なのか聞けるぞ!)

自尊心も知識の欲求も、どちらも満たしてくれるとアレッツォは安心した。


「ふむ、質問するのは良いことじゃ。ティリア、いっそ錬金術師になってみるのもよいぞ。じゃあこっそり教えてやろう。彼の居ないときにな。残念ながらアレッツォは興味ないようじゃ」


「レ、レオニオロス様!それはあまりにも!」


「あまりにもなんじゃ?聞きたいならちゃんと聞かないとならんのじゃ。ティリアのようにな」


「うう…レオニオロス様、あの筒は一体なんなんでしょうか!!」


「うむうむ。興味を持つこと、質問することが弟子として大事じゃ。よし二人に教えてやろう。神の守護者の帝国が錬金術(まじゅつ)を使って手に入れた力をな」


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