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番外其ノ一:オエリシアのメイド奮闘記

番外編では、本編で明かされない系の情報開示とかをしていくつもりですが、本編本筋には関わらない程度の情報のつもりです。



 使用人の朝は主よりも早くあれ。

 お父様から賜った「従者の心得」によれば、そういうことらしい。

 その言葉に従い、私は、まだ日の光が差し込んでいない時間帯から目を覚ます。

「……おはようでございます」

 誰にでもなく、私はそう挨拶をした。

 部屋はお父様が作ってくださった、私のための部屋。

 人間サイズで見れば多きなクローゼットがあるが、中にある服の種類は少ない。

 使用人たるもの、主が望まない限り多様な服を持つべからず、である。

 とりあえず立ち上がると、ハンガーに引っかかっているエプロンドレスを手に取った。

 早速だが、朝食に取り掛からねばならない。

 いついかなる時も、主たる相手の生活を第一に考える。

 そして、安全の内で最も生活に関わる事柄の一つが、食事である。

 体が健康状態でないというのは、それだけで問題があるのだ。

「そうは言っても、もはやあのお方は食事を必要としないのでしょうが……」

 脳裏に浮かべるは、優しそうな、どこか頼りない青年の顔。

 しかし、私は知っている。

 彼が見た目に反して、大いなる力を振るうものであることを。

 たとえかつての力を持たざるとしても、お父様が認めるだけの器を持つ人間であったことを。

 そんな彼が、私の料理を食べる時に微妙な顔をしていたことを思い出す。

「……でも、何か食べていただかないといけないでございます」

 たとえ栄養など必要としない体になってしまったとしても。

 ヒトの矜持がある以上、生活習慣くらい守ってもらいたい。

 それが私、オエリシアが出した結論である。





「魔王様、お食事の準備が出来たでございます」

 そう言って、お父様の部屋の戸を叩く。

 中からは、胡乱な返事が一つ。

 また椅子の上で寝ぼけていらっしゃることが確定したので、私は扉を開けようとする。

 しかし、ドアは固定されたように開閉できない。

「この扉、施錠機構は搭載されていなかったと思ったのでございますが……」

 改造でもしたのか、オリハルコンの錠前で厳重な施錠がなされていた。

「……しかし、使用人を舐めすぎでございます」

 普通の魔族ならば、確かにこれだけのことをされれば進入の糸口すらつかめないだろう。

 しかし、私は違う。お父様や彼同様、破壊神様の加護を受けた身だ。たとえ僅かながらでも、私は彼に比肩する存在なのだ。

 本気になれば、扉一枚、壁一枚は障害になりえない。

 ということで、魔法を使って私は扉の向こうに転移した。

 案の定、机の上に突っ伏した魔王様が眠っている。

「……うぅ」

 徹夜でもしたのか、机の上は散らかっていた。

 未完成の、模型のような何か――製作途中のダンジョンは、今まで見たことのない奇怪な形状をしていた。が、とりあえず彼にお披露目されるまで、詳細を知るのはお預けだ。

 私は、魔王様の襟を掴んで持ち上げた。

 普段なら不敬にあたる行為なのだが、そんなことより、生活リズムを崩されるほうが宜しくない。

 ヒトとしての矜持を捨て去るのは、悪だ。

 だからこそ、右手に破壊神様の加護と魔力を集中させて。

「魔王様、朝でございます、起きないと朝食の時間からずれてしまうでございます」

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 悲鳴を上げる彼を無視して、往復ビンタを敢行した。

 これに懲りて、夜はちゃんと寝てもらいたい。





「……思うんだけど、往復ビンタで起すのはやめてもらいたいんだよ」

「いえ、あれくらいしないと魔王様は起きないのでございます」

「そこまで寝つきが良いわけではないと思うけどなぁ……」

 ため息をつきながら、魔王様はサンドイッチを齧る。

 それを見ながら、私も手元のそれを頬張った。

 場所は、妙に広いところである。

 お父様の趣味で、どこか人間たちの王宮のような雰囲気が漂った作りだ。

 正式な名称は存在しないのだが、私は暫定的に「食事部屋」と呼んでいる。そのまんまなのは仕方ない。物事は、分かりやすさ重視なのだ。

 ちなみに、お父様が存命の頃「魔族長会議」を行ったこともある場所なのだ。お父様こと「竜王」、その他に「獣王」「鬼長」「深海王」「妖精王」「空族長」「森姫」「幽汽官」「雷帝」などが、一同に介したあの会議を今でも鮮明に覚えている。人間との戦争、その戦局を圧倒的に変化させたお父様を、魔族の長として祭り上げることが決定したあの会議を。

 それが、お父様を追い詰めていったきっかけであることを、私はしっかり記憶している。

 それが、勇者にお父様が打たれる遠因であったことを、私はしっかり記憶している。

 そんな、ある意味因縁の場所であるこの部屋であるが、その場所で、お父様を討った相手と一緒に毎日食事をしているというのは、何とも微妙な巡り会わせと言わざるを得ない。

「……この肉って、何の肉?」

「ボルガウルフでございます」

「ああ、なるほど。通りで懐かしいわけだ」

 私ほどではないものの、農夫上がりとは思えないほど綺麗に食事を取る目の前の青年。

 私はお父様の願い通り「魔王様」と呼んでいるが、その正体はお父様を殺した張本人、「勇者」エースその人である。

 何故そんな相手と私が一緒に居るのか、というより彼が何故「魔王様」なのかと言うと、全てはお父様の遺言に他ならない。

 お父様が勇者と一騎打ちをしたあの日。

 屋敷を出る際に、私宛に書かれた一通の手紙。

 当時の私は異大陸で魔術の修行中であったため、勇者パーティーと直接会っていたわけではない。

 ようやく修行が終わり帰宅した私を待っていたのは、生命の気配を感じない屋敷と、お父様の手紙一通、そして横たわる「竜王」の亡骸の一部だけであった。

 事態を飲み込めなかった私は、ただただ唖然とするばかりで、気が狂ってしまいそうだった。

 しかし、どうにかこうにか辛うじて安定を取り戻した私は、お父様のしたためた一筆に目を通した。そして、また愕然とすることになる。

『親愛なる我が娘へ』

 そんなありきたりな文章からはじまった手紙には、次のようなことが記されていた。

 まず、人間と魔族の文化、というか国のあり方の違いについて。

 私達にとって国とは、単なる多種の部族の集りに過ぎない。竜なら竜、妖精なら妖精。そういった異なる種族がまとまっているだけの状態なのだ。そこに魔族というカテゴリーを持ち出して、シンボルとしての「王」を置くことで、初めて国の体裁が成り立つに過ぎない。

 だが、人間たちは違う。部族で集っているというよりも、地域でまとまって生活しているという認識の方が強いのだ。それは魔族と異なり、それぞれの地域ごとの団結が恐ろしく強いということを示す。そしてそれは、王という一つの統治者を置くことでより強固なものになる。

 この違いを、お父様は知らなかった。だからこそ、彼は失敗した。どうあがいても、このまま行けば戦争を止めることは出来ないと判断した。

 だからこそ、彼は勇者と一騎打ちをすることを決心した。彼と戦い、負けることを良しとしたのだった。

 次に書かれていたことは、予想外どころの騒ぎではない。勇者の人柄についてである。

 かの勇者は、現在王国を統治する国王よりも、はるかに竜王たる自分の立場に近い。その気質は浮世離れしている部分も少なからずあれど、おおむね、共感できる精神をしていたらしい。そして何より、彼もまた、己の心を殺して物事に当たらねばならぬほど追い詰められた立場だったということだ。

 勇者と言えば、我々魔族の間での評判は複雑怪奇なものであった。ある時は人も魔族も分け隔てなく助け、またある時は人間に襲われている魔族をたすける。ある時は逆に人間を助け魔族を殺し、またある時は私たちの部族(つまり竜族)の数を激減させもしたらしい。

 人間の味方であるはずの勇者が、何故魔族の味方をする? 彼は我々の賛同者なのか? 否、違う。彼は魔族を撃ち滅ぼすものなり。魔族でも有力な力を持つ竜族を殺しだしたのだ、そうに違いない。いや、しかし人間に襲われていた魔族の男達が逃げるのに協力を――。

 錯綜する情報に辟易していた私であったが、お父様の手紙に書かれていた勇者は、何というか……そう、ただの気の弱そうな、どこにでも居そうな男でしかなかった。お父様の故郷を滅ぼした男と同一人物とは思えないほど、本当に、普通なのだ。

 むしろ一緒に書かれていた、勇者の仲間達の方が規格外に思えるほどに。

 だからこそだろうか。お父様は「恨むな」と書かれていた。

 つい数週間前の私の心境を、何と言い表せば良いだろうか。

 それどころか、である。

 お父様は、勇者に「破壊神様の加護」を授けるつもりらしかった。

 一体、これはどういうことか。「破壊神様の加護」は、我々魔族においても得られる奇跡だというのに。私でさえ、一部の魔力強化程度を得るのに二百年はかかったのだ。

 それを、あろうことか人間の勇者に授けようと言うのだ。私でなかったら、彼の気が振れてしまったと考えるだろう。

 だが、手紙に綴られた彼の言葉は、間違いなく私の良く知るお父様そのものであって。

 それが今現在も、ますます私を混乱せしめるのである。

 そして、最後に書かれた一文で私の混乱は頂点に達した。

 すなわち――彼は“魔王”の器であると。

 魔王とは、何だ?

 エース様から聞かれることではあるが、正直、私にもよく分からない。

 文字通り考えれば魔族の王に他ならないのだろうが、それならお父様がなさっていたことと何ら変わりはない。ならば、お父様は手紙に「統率者」だとか書くはずなのである。

 それが、言うに事欠いて“魔王”?

 結局、私も勇者も、お父様の意図を理解しきれてはい。

 私は、目の前の青年とどう接するべきなのか、計りかねている。

 だが――。

「ボルガウルフは、よく食べていたでございますか?」

「うん。一時期手持ちの食べ物がない頃にねぇ……。焼いてもあんまり美味しくはなかったんだけど、これはどうしてか美味しいね?」

「単体で味はあまりないのですが、煮込むと逆に味が染みやすいのでございます」

「なるほどなるほど……」

 お父様の遺言である以上、私は彼の従者に他ならない。

 今日も今日とて、彼に仕えるだけである。

 そこに、私情は挟まない。

 それが、お父様から教わった従者の心得、王佐の嗜みなのだから。





 ここ数日、一緒に過ごして分かったことだが。

 魔王様……いや、勇者エースは思ったより勤勉だった。

 その身は私とお父様の手によって、死した身体から半精霊になって蘇った。既に人間とは比べ物にならないほど凄まじい存在となっているのだが、それに胡坐をかくような性格ではないらしい。

 お父様が生前に書き記した、半精霊の能力の使い方。その研究書を手渡せばわずか、二日で読み終わり(ちなみに枚数は軽く四千は超えている。どれだけ本が好きなのだろうか)、まだ不完全ではあるもののあらかた能力をモノにしていた。本人いわく「だいたいわかった」とのことだが、普通そんな短期間でおおよそを把握できるものではない。他ならぬ私がそうだったのだから。

 そして現在は、ダンジョン製作に取り掛かっている。これも破壊神様がお父様にお与えになった能力であり、どういうわけか彼も使えるようになったらしい。

 そこで、一日かけてお父様が私に教えたダンジョン製作のコツをみっちりと叩き込んで差し上げた。若干きつめになってしまったのには、多少私怨も混じってはいる。しかし、少しくらい痛い思いをした方が物覚えが良いはずなので、私は手を緩める気はなかった。

 だが、完成したダンジョンはいまいち芳しくないものであった。

 本人いわく「何だか、本来のダンジョンの使い方と少し違う気がする」とのことだ。

 その言葉にむっとしたわけではないが、ここ数日、彼にはずっと部屋でダンジョン製作をさせている。別に「教え方が悪い」と言われたわけではないのだが、何故か少しイライラしたのは事実だ。

 今日も今日とて食事が終わった直後から、部屋に引篭もってこまごまと作っているらしい。部屋の前を通れば、彼が「ああでもないこうでもない」と騒いでいるのが聞こえていた。扉の前で掃除しながらも聞こえる声は、何というか、悲鳴に近いニュアンスも含まれている。

 ……「自由に作ってみたらどうか」と挑戦するように言った私が悪いのだが、そのせいなのか、彼は連日徹夜続きのようだ。もっとも、だからといって昼まで寝かせておく私ではないのだが。

 もしこれが普通の魔族であるなら、流石に朝は寝かせておこうと考える。

 しかし、彼はお父様と同じく半精霊なのだ。

 半精霊にとって、睡眠は食事と同じくらい必要のない行為らしい。

 だとするならば、多少寝かせてすぐ起しても問題はないだろう。私はそう考えることにしている。

 お昼寝くらいは大目に見ているが、夜きちんと寝ないぶんはきっちり罰則を受けさせていた。

 あら、罰則?

 いけない、いけない。

 これは主たる魔王様の生活を思っての、使用人たる私からの心を痛めた平手なのだ。

 その姿勢を崩したら、彼が言った「君、もしかして加虐趣味?」という言葉を肯定することになってしまう。危ない、危ない。

 そうなってしまうのは、何というか、色々と痛手だった。

 一体何が痛手なのかは、自分でもよく分からないけど。

 ただ、そういうのとは別にして。

「……頑張ってください、でございます」

 彼がどんなダンジョンを作ってくるか、それはそれで楽しみな自分が居たのも事実だった。





 屋敷の仕事は、基本的に私一人でまかなうことになっている。

 元々は私以外に多人数の魔族がこの城で働いていたのだが、勇者たちに城を壊滅させられた際、ほとんどが死に絶えたらしい。逃げ延びた後も行方は知れず。おそらく戻ってくることもないのだろう。

 本当だったら新な魔族の使用人でも雇えばよいのだが、二つの理由で不可能なのである。

 一つは、この城の立地と特性である。まず低級の魔族では城にたどり着くことすらままならない。たどり着けたとしても、この城が放つ強大な魔力に、生半可な相手では押しつぶされてしまうのだ。

 以前の城の使用人は、もし竜王城で働いていなければ、他の種族の領地で一騎当千の活躍をしただろう者たちばかりだった。だからこそ、彼らは難なくこの城に来ることができたのだ。だがしかし、現在それを望むのは難しいだろう。

 第二に、城の主たる魔王様が未だ支払い能力を持っていないことだ。魔王様自身は、存在自体がほぼルール違反のような強さを持っているものの(実際に戦闘をしていないので本人は無自覚だが)、元々城に貯蔵してあった金品関係は、ほぼ強奪後なのである。もっともそれをしたのは勇者パーティーというよりは王国の連中だったようだなのだが、しかし、結果としてこの城に今現在、食料意外の支払い能力は殆どないのだ。

 来るのもやっと、働くのも大変な職場に、わざわざ食料くらいを目当てに雇われに来る酔狂なやからが、果たしてどれだけいるものか。

 もっとも、幸いなことに私は掃除も魔法でこなせるので、一人で屋敷の運営くらいなら出来るのだ。そういう意味では、魔王様の側近に私が居るのは不幸中の幸いなのだろう。

 私にとってどうなのかはともかく。

「さて、と。……後はお夕飯でございます」

 夕暮れ時、全ての魔灯(マジックランプ)を点灯させ、屋敷内を明るくする。

 日の照っていた時間帯とはまた別な色合いを持つ屋敷は、初めて見るものならば新鮮な驚きをもつことだろう。壁に立てかけられた絵画も、圧倒されるような造形も。

 しかし、かれこれ二百年は住んでいる私からすると、慣れっこな上寂しさすら覚える。以前ならば、やはり他の使用人たちが慌しく働いていたのだ。

 そして、ふと思う。

 私は、勇者を恨んでいるのか?

 お父様や、この屋敷の使用人、中には私の友人も居たのだが、そういった彼らを殺しつくした彼に、どういった感情を抱いているのか?

「……わからない、でございます」

 私が何か考えるよりも先に、従者の心得が私の意識を先行する。

 彼に対してどんな感情を抱いているか、それを考える前に強制的に中断させられてしまう。

「……これでは、一種の呪いでございますね」

 お父様が私に施した教育は、従者の教育であり、王佐の教育であった。

 以前『お前は統治に向いていない。我輩、確信した』と言われたことがあった。

 その時から、私への教育方針はそのような方向に固定されることとなる。

 そうして百数十年生きてきたためか、私の心は、自分で思っているよりがんじがらめにされているらしい。

 そんな自分が少しもどかしい。

「……でもまあ、それは一旦置いておくでございます」

 そう言いつつ、私は(フレイム)(キャンサー)の解体を始めた。

 そんな時である。

 屋敷に侵入者が現れた。

「……どなたでございますかねぇ。不届き者は」

 この城の所有者は魔王様なのだが、彼は城の構造や機能について完璧に把握なさってはいない。

 そのため、この特徴的な音の意味を理解していないことだろう。

 いや、それ以前に半精霊と言えど元は人間なのだから、この音が聞こえていない可能性もある。

 この城は、いくつかの異常が起こった際に特徴的な音を鳴らす。

 角笛に似た音ではあるが、しかしあちらよりもよりシステマチックである。

 例えば不審火。例えば地震。例えば大嵐。そして例えば――侵入者。

 慣れれば、音色を聞くだけでどういった異常が起きたかが理解できる。

 それによれば――侵入者は、十数名。

 重装備ではないが、決して盗賊のように軽装というわけでもないらしい。

「となると、一般の傭兵か軍人か魔術師か……、何用でございますかね?」

 炎蟹の足を全て切断し終えてから、私は玄関口に向かった。

 かつて勇者を色々な意味で苦しめた、重力強化素材で出来た床を持つ玄関口である。

 扉を術で完全に封鎖していたというのに、破壊して入ってきたのだ。間違いなく玄関から進入しただろうという考えだ。たぶん間違ってはいない。

 予想通りと言うべきか、無駄に広い玄関口で、何人もの魔族たちが地面に頭をつけていた。

 体に掛かる重力を反転させる魔法を使い、私は彼らの前に現れる。

「……一体、あなた方は何でございます?」

「な……ッ! お、オエリシア様!」

 オエリシア?

 ああ、私の名前だ。

 別に忘れているわけではない。私の本名はオエリシア。

 しかし、久しく他者からそう呼ばれていなかったため、なんだか妙な感覚に襲われたのだ。

 そういえば、私は魔王様に「エミリーと呼んでくれ」と言っていたのだ。呼ばれるわけがない。

 しかし私をそう呼ぶということは、お父様存命時代に私と面識があるということか?

 倒れ伏す彼らの顔をよく見てみる。

 一本角の鬼族が数人。獣人族の大男が二人。後はみな嘴を持つ空族だった。

 それぞれがそれぞれに、同一系統の軽装備を身につけている。

 おそらく戦争に参加していた兵士たちなのだろうが、一体何用だろうか。

 一応重力場の魔術を緩めて、座り直らせた。

「城に来た目的を述べよ、にございます」

「お、恐れながらッ! 私は鬼族が精鋭部隊の一人、ミカツラにございます」

「答えよ、にございます」

「はっ――」

 私の言葉に、彼はさらに平伏して続けた。

「ここ数日、人間の王国で竜王様の呪いにより死した勇者にかわり“新たな勇者”を選定するという報告が、蛇人間たちから入ったためにございます。それゆえ、我等魔族も、今、再び団結する時だとい――」

「手短にせよ、でございます」夕食の準備が遅れる。

「はっ――。つまり、我等ら旧態然とし適当に構えている部族の長たちに代わり、新たな“統率者”の選定を求める一派にございます。そのため、まずは竜王の城に遺言が残っていないかを探しに来たのでございます」

「左様にございますか」

「しかし、オエリシア様。まさか、貴方様がご存命とは――」

 彼らの意図は分かった。同時に何故、入り口から入ってきたのかということも。

 城の主が死んでいれば、城の機能はほぼ意味を成さない状態にあるからだ。当然、罠も作動しない。今回のように城がちゃんと機能しているのは、魔王様が城の所有者として君臨していることと、私が毎日設備調整を行っているからだ。

 しかしそれにしても、実際に彼から真実を聞いた私からすれば、色々と突っ込みどころ満載な王国の政治模様のようだ。

 新たな勇者を選定する? 聖剣もないのに?

 ということは、勇者を選定する必要があるということ。

 王国は、魔族と再び戦争をするつもりなのだろうか。

 それは、あまり宜しくない。

 お父様が「人間との戦争、我輩、飽きたから止めるぞ?」と冗談交じりに言ったときにも、案外反発はあったのだ。竜王の圧倒的暴力を前にしても、人間との戦争を中断するのを私情が許さない魔族は少なくないのだ。現在の小康状態が奇跡なくらいに。もし人間側から魔族を襲い始でもしたら――。

 それは、断じて止めねばならない。

 お父様の意志に背くわけにはいかない。

「さて、その遺言書に私が現在従っていると言ったら、あなた方はどうするのでございます?」

 そしてもう一つ。彼らに問いかけることが必要だ。

 彼らが統率者を求めるのは、一体どういった理由からであるのか。

 平伏していた男……名前は聞いたのだが覚えていない、その男は、歓喜に震えて言う。

「おお! ということは、やはり竜王様は我等を裏切ってはいなかったッ! 貴方様がこの場所で君臨なさっているということは、つまり、そういうことなのでしょう?」

「……? きちんと述べよ、でございます」

「無論、貴女様が我等を率い、身の程知らずの人間どもに制裁を加えるのですよッ!」

 ここで全員が、下げていた頭を上に上げた。

 その目は興奮とともに、自分達の考え方に対する狂信が垣間見られる。

 これは、危険な兆候だ。

 野放しにしておくと、危ないやもしれない。

 彼らの話を信じるのならば、旧態然とした族長たちは、バルドスキーがうまくやってくれたのか新たな統率者を選定しようとしていない。それはつまり、自分達のことは自分達で守るくらいに考えているということだ。戦争の火種を率先して生み出そうと考えているわけではない。

 しかし、目の前の彼らは異なる。

 戦争ではない。人間を滅ぼすことこそ、我等が大望と考えている。

 そして、それを他者に強要するのだ。目を見れば分かる――彼らは、自分達の意見にそぐわない相手にはすぐさま牙を向くだろう。例えそれが竜王の娘であっても。

 だから、私はこう言った。

「お断りする、でございます」

「な……ッ! 何故――」

「あなた方は、竜王が何故統率者を引き受けたか、その真意を理解してすらいないのでございます。そんな好戦的な輩と共に行くなど、命がいくらあっても足りないのでございます」

 軽い挑発であったが、しかし、事実だ。

 その言葉に、話していた鬼族とは別の鬼族が口を開く。

「し、しかし恐れながら、竜王は遺言を残されて――」

「その残された遺言が、何故あなた方の思ったとおりの遺言だと核心しているのでございます? それに、私はそれを教える気は毛頭ないでございます」

 まさか『もし勇者が人間側で殺されたら、それを拾ってきて破壊神の加護を授け、以降はそれに仕えよ』なんて書かれていたとは口が裂けても言えまい。言ったところで信じられないだろう。

 そんな私のことを理解せず、周囲の意見は次のような一致を見せたらしい。

 つまり――本当は竜王の遺言などないのだと。

「恐れながら、オエリシア様。もし本当に竜王が遺言を残されていたのだとすれば、それを我等にも拝見させて頂きたく――」

「無理でございます。見たところで信じられない内容でございしょうし……、竜王は、争いを望んでは居なかった。そしてこれ以上、私はあなた方を城に入れる気はございません」

 私の放った殺気に、何人かの男が尻ごみをした。

 しかし、空族の男の一人が我慢の限界に達したらしい。

「この、小娘ッ! いくら竜王の娘といえど、頭に乗るなッ!」

 緩めたとは言え重力がかかっているこの状態、そこから立ち上がり槍を向けるとは、なかなかに高い身体能力と言える。

 もっとも、私には意味を成さないが。

 刃が私の喉元を掻っ切る前に、重力の設定を初期設定に戻した。

「ぐぅおおお!」「がはっ!」「……ッ!」

 様々なうめき声が上がる。中には突然のことに失神しているものも居た。あら嫌だ、床が汚れて後片付けが面倒。

 そう思っていると、しかし、さっきから私と会話していた鬼族の男が叫ぶ。

「貴女様はっ! 悔しくないのですかッ! 惨めでないのですかッ! 我等魔族が、あんな低俗な生き物ごときに蹂躙される様がッ! 我等が長が、貴女のお父上が、その低俗な生物の代表に殺されたことがッ!」

「直接見ていないのも大きいのでしょうが、現実感が薄いのですよ。それに、お父様が望むことであるならば受け入れ、望まないことであるなら受け入れないだけでございます」

「この――、痴れ者がッ!」

 そう言って、彼は地面に短刀を叩き付けた。

 その刀から、彼らを押さえつけている魔法を軽減させる何かが放射された。

 術式妨害陣――スペルジャマーとは、珍しい。

 しかし、そうも言っていられない。

 立ち上がると、彼らは一斉に私に槍を向けてきた。

「死ねいッ! 哀れな娘よッ!」

 全く彼らは、私の正体が竜であることを失念しているのでしょうかねぇ?

 本気で姿を変化させれば、立ち向かうどころの話しでも大きさでもなくなるというのに。

 あ、でもそうか。彼らはこの城の主が私だと勘違いしているのだ。だから城の大きさがこれということは、私の本来の姿の大きさもこれだと勘違いしているのだ。

 それは、何というか……腹立たしい。

 でも、殺しはしない。

 というか、殺すまでもない。

「……なん、だとッ!」

 今更何を驚いているのでしょうか、あなた達は。

 私の体に刃が触れる寸前、それぞれの刃の延長上に黒い穴が出現したことに気付いて居ないわけがないだろうに。

 あ、もしかして、そんなことに気付けないほど動体視力は弱いのだろうか?

 なら仕方ない。――城にやってこれるだけの力はあったかもしれないけど、城で働き続けるだけの能力は、恐らくないのだろう。

 それぞれの穴に挿入された刃は、その穴に入った瞬間、彼らの足元に出来た別な白い穴から出現し、彼らの足を切り裂いていた。

「これ、は……ッ!」

「単なる闇魔術でございます。……研鑽を重ねれば、この程度のことは出来るようになるでございますよ?」

「ふざけるなッ!」

「ほら、破壊神様の神話にもあるでございますよ? 破壊神はとく、魔族に世界を渡る力を与えたと。しかし幼なかった魔族たちは、その力を充分に使いこなせなかったとも、でございます」

 そう、これこそが私が破壊神様より賜った加護の正体。

 自分の使う闇魔術を、完璧な形で――破壊神様が我等魔族に与えた当初の形で再現する、その技術。空間を直接操作する、埒外一歩手前の魔術。

 扱いやすい四大元素のような形に変化させず。

 文字通り、空間を統べる魔術。

 私は目の前に、先ほど彼らの前に出現させた黒い穴を作り出した。そこに握った拳を、勢い良く突っ込む。すると、彼ら全員の目の前に白い穴が現れ、全ての穴から私の拳が出現した。

 出現した拳は――魔力の込められた拳は、彼らの顔面を殴り飛ばす。

 その予想外の攻撃に、彼らの大半は意識を奪われる結果となった。

 そのうち、威勢よく私の重力場を破った鬼族だけが再び起き上がる。やはり、珍しい術を使えるだけあって、魔術に対してもそれなりに強いのでしょう。

 しかし、二度も同じ鉄を踏むことはない。

 足元に穴を作り、短剣を持つ彼の手を蹴飛ばした。飛んだ剣を手に取り、再び重力場を作る。

 全く動けず――言葉すら発することの出来ない彼らに、私は封印術を施した。

 それぞれの右腕に、スペードを模したようなマークが浮かび上がる。

「これは、あなた方の魔術使用を制限する術でございます。中級の簡単なレベルまでなら使用可能でしょうが、上級魔術は使用不可能でございます。当然スペルジャマーや――“飛行”も同様でございます」

「あ……、あっ」

「これで、もうあなた方は二度とこの城へ来ることも叶わないわけでございます。いや~、大変でございました。この城に現れた不届き者の中では、なかなか優秀な方だったと思うでございますよ? でも――」

 彼らの足元に、黒い穴を出現させる。

「――あなた方、私のことを舐めすぎなのよね」

 さようならと一礼をし、彼らを城の外の海に放り出した。





「……疲れたでございます」

 流石にこの姿でも全力で戦闘をすると、いくら私だって多少疲れる。

 しかしそれでも、夕食をきちんと作る自分は従者の鏡だと思った。

「……まあ、空間転移なんてそう何度も使いたくはないですねぇ」

 空間転移にかかる魔力の消費量は、実はそんなに大したことはない。

 だけれども、同時にいくつも展開するとなると、案外集中力を要求される。

 おまけに、魔術制限の封印術だ。

 アレは元々、人間が使うことを前提に開発された、人間が使う術なのだ。

 魔族である私が使うとなると、どうしても、膨大なほどの魔力ロスが出てくる。

 だからこそ、こんな無駄に疲れる戦い方はしたくない。

「……でもまあ、後悔はないでございますが」

 でも、今回の目的は別にあった。

 彼らに、圧倒的な力の差を理解させること。

 私を担ぎ上げようとすることが無理であっても、決して殺すことは出来ないのだということ。

 それと同時に――魔王様の存在を、しばらく隠しておくこと。

「そう、魔王様――いえ、勇者エースが今ここに居ることを」

 少しだけ、思い出す。

 彼らと話した時のことは、嘘ではない。

 目の前でお父様が殺されたわけではないのだから、現実感が薄く、あまり恨みという風にならないのも事実なのだ。

 しかし、何も感じていないのかと言うと、それは違った。

 先ほど彼らと話して、それをなんとなく理解した。

 確かに、私の中にもお父様を殺された恨みはある。

 だがそうであっても、お父様の意志を曲解して、理解せず、利用して滅茶苦茶にする輩に、腹が立った。……それと同じくらい、私を甘く見ていたことにも腹が立ったけど。

「でもそういう意味では、あの人はお父様の意志を継ぐ立場の人ですから、仇でも嫌悪感はそこまでないのかもしれないのよねぇ」

 我ながら、どれだけお父様大好きなのだというくらいである。

 でも、もはやそれは仕方ないだろう。私にとって、世界とはお父様だけだったのだから。

 キッチンから転移し、お父様の部屋――いえ、魔王様の部屋の前に立つ。

「魔王様、夕食が出来上がりましたでございます」

 扉を叩いても、反応はない。

 今度は施錠されていないので、お昼寝しようとして夜まで寝たのだろうか。

 城が、私が、軽く襲われていたというのに。

「全く、図太いというか何というか……。まあ、苦戦はしなかったでございますが」

 肩をすくめて、扉を開ける。

 驚いた。彼がベッドで眠っていた。

 ここ数日は昼寝していても、そんなこともなかった。

 ということは――机の上を見ると、展開されていたダンジョンがなく、ダンジョンスイッチだけが置いてあった。

「遂に、完成したでございますね。……ふふ、明日にでもお手並み拝見でございます」

 少し微笑みながら、彼の眠るベッドの上に腰をかける。

 振り向き見た彼の顔は、起きている時よりも頼りなく、どこか悲痛そうだった。

「…………」

 そんな横顔を見て、私は想う。

 何故、彼に本名を名乗らなかったのか。

 それはおそらく、自分自身に対する意地。

 お父様を討ち果たした勇者に仕えて居るのはエミリーという名前の魔族であって、そのことに色々な感情を持っているオエリシアは、今は眠りについているのだという言い訳。

 そうでもしないと――私は、彼を蘇らせることは出来なかったろう。

 だからこそ、私はエミリーなのだ。

 竜王亡き後、その意図を汲んで新たな王を誕生させ、そこに仕える一人の従者。

 そこには、従者の心得、王佐のたしなみ以外は存在しない。

 たとえ相手側に不思議がられようと、不気味がられようと。

 もう、そうやって生きると私は決めたのだ。

「ま、この人ならお父様の言うとおり暴君にならなそうなので、安心は出来るんですけどねぇ」

 ふと気が付くと、私は彼の顔を撫でていた。

 自分でも驚いたが、まるで長年寄り添った夫の頬でも撫でるように、愛しげに。

 何をやっているのだろうと思いつつも、私は何故か、それをやめなかった。

 おそらく――彼の寝顔に、お父様を重ねたのだろうか。

 あるいは、そうでないのか。


 勇者に出会って、お父様は少し変わられた。

 人間に、多少興味を示されるようになった。

 だったら私は――、彼と出会って何か変わっているのだろうか。


 結局、何故お父様は私を後継者に選ばなかったのかは分からずじまい。

 それに文句があった訳でないのだけれど、でも、どうでも良いような気がしてきた。

「……って、何をやってるのでしょうかねぇ」

 さて、と。

 私は、毛布の上から彼に馬乗りになった。

 第三者が見れば色々勘違いしてしまいそうな体勢だったが、私は怯むことはない。

 横向きだった彼の顔を起し、その両方の頬を掴んで正面を向ける。

 一瞬寝苦しそうに眉間に皺がよったが、かまいやしない。

 私と彼の顔は、わずかな距離しかない。

 そして私はそのまま――。


「魔王様、夕食の準備が出来たでございます。起きてくださいでございます」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああッ!」


 いつものように、軽く往復ビンタを叩き込むのだった。



オエリシアの心境は、ストックホルム症候群とかではありません。

何かもっと恐ろしいものの片鱗だと思います。

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