番外其ノ二:巡り出会うはずの何かがある
ストワ『べ、別にホワイトナイトメアの宣伝じゃないんだからねッ!』(ディ○イドライバーの声で)
何かと何かに対する伏線と、何かに対する問の回答になってると幸いです。
『おっとうさ~ん』
変な発音で、伊織は俺のごろ寝している足元に群がってきた。
俺の体に背中を預けて本を読む、いつもの感じだ。
正直重たいからやめて欲しいところだが、まだ骨折するくらいじゃないし、スキンシップが足りてない自覚はあるからこれは諦めていた。
『何だ? どうした伊織』
背中を向けつつも、息子の目がこちらを向いているのが分かる。その表情が、何か疑問を解消したいというものであることくらい、親なら容易に理解できる。だからこそ、俺は質問を促した。
『おっとうさんさ、お仕事、何回か変わってるよね。何で?』
微妙に人の心を抉ってくる我が息子だった。
正直なことを言えば、あまりつっついてほしくない部分のことなのだが、まあ仕方ない。
全部が全部、話して理解できるとは思えないが、それでも出来る限り真面目に答えてやろう。
『あー、まあ何だ? お前、友達とかとケンカしたことあるだろ?』
『?』
何故そこで不思議そうな顔をする。
『何だ、ケンカとかしないのか?』
『友達って、ケンカとかするものなの?』
これは文字通りに受け取って友達との関係が良好ととるべきか、それともケンカしない相手のことしか友達と思っていないと見るべきか。……後でカミさんに相談だな。なんだか今後の息子の将来が心配になる一言だった。
『友達だからこそ、ケンカをするってのもあるな。例えば、友達がいじめっこのリーダーだったりしたら、止めるだろ? 止められなくても、少しは止めようと何か行動するだろ』
『ん~?』
『それはつまり、いじめが悪いってこととは別に、友達が悪いことをしてるのが駄目だと思ってるからじゃないのか? 友達との間に友情があるからこそ、そういう心境になるんだろう』
『そーゆー考え方もあるんだね』
何をこまっしゃくれたこと言っていやがる。
ちなみにお前はどう思うんだと聞いたら、なんともまた珍妙な答えが返ってきたのだが……。いや、珍妙というより義務的というか、システマチック的というか。あんまり友情とか、そういうのが分かっていないような感じの言い回しだった。
あれ、こいつ友達いないのか?
考えてみれば、休日ほとんどは家でマンガとか本読んでるか、アニメ見てるかしかしてないな。
たまに遊びに行くこともあるが、その面子も二、三人固定。何回か顔を合わせているため、自然と覚えてしまった。
なんだろう、カミさんに相談するべき事柄が雪だるま式に増えていってる……。が、それはとりあえず保留だ。
『で、まあ相手とこちらとがケンカになる。その時、相手とこっちが対等なら、殴りあったり言い合ったりするんだが……。相手が強い力を持っていたら、勝てっこないだろ? お前の金は、俺のもの。俺の金は俺のものって感じだ』
『ジャイアニズムだね』
『そんな言葉どこから覚えてきた……』
なんとも頭の痛い息子だった。
まあ、手間がかかる以上に愛しているのだが。
『で、そうなった時に立ち向かえないなら、逃げるしかない。そんな感じの理由だ』
『なんで、おっとうさんは立ち向かわないの? しゃっちょさんに』
不覚にも、しゃっちょさんに笑いそうになったのをこらえた。
『まー、立ち向かうのも結構大変ってことだ。またそのうちな』
これはまだ、言っても理解できないだろうから、何年か経ったら教えてやろうと思った。
戦うってのは、エネルギーを必要とする。精神的エネルギーだったり物理的エネルギーだったり、社会的な知名度や信頼関係、交友関係、金銭、ありとあらゆる膨大なものが必要となる。それらを結集してはじめて、自分より強大な相手に対して「勝利できるかもしれない」というところまで行くのだ。
曲がり間違っても、平穏な家庭に心血を注いでいる間に出来ることじゃない。そっちにエネルギーをとられて伊織やカミさんに苦労をかけるわけにも行かない。だからこそ再就職は必死になってやるんだが……。
伊織は、俺の言葉に何度か頷いて(本当にわかってるのか?)、そしてこう質問した。
『じゃあさ、それでも立ち向かわなきゃいけないときって、どうしたらいいの?』
それに対して、俺は軽く答えた。
少なくとも、俺の人生経験から導き出した一つの真理を教えた積もりだ。
※
「……微妙に暑いな」
空に昇る太陽。石造の遺跡の一角でそう呟いて、俺は瓶の水を一口含んだ。
遺跡は広大だった。広大といっても、一つの建築物としては、という意味合いだ。大きさの規模で言えば、東京駅の地下街くらいの坪があるかもしれない。上下左右ともに広く、ボロボロであるにも関わらずもとの建物が強固であったことを見ているものに知らしめる。どこかヨーロッパとかにありそうなこの場所は、しかしヨーロッパにあるわけではない。
フォースメラ大陸の一角を占める、王国。
正式名称はあるが、基本的にはみな王国と呼んでいる。
この王国の南方には、どういうわけだかこういう遺跡が集中している。中には竜王が作り出したダンジョンに繋がるものもあるため、警戒するにこしたことはない。ここのように開けた空間であることの方が、圧倒的に珍しいのだ。
だがまあ、その性質からか魔術師や錬金術師やらにとって、ここは聖地も同然ではあるのだが。
新しい魔術開発には、古い技術の更なる研究は必須である。
最新技術の研究といっても、過去にあった例を突き詰めて実践したり、別なアプローチを考えたりと言ったやからが大半なわけだ。いわゆる天才ってやつみたいに、素っ頓狂なことを言い出すのは少ない。
温故知新。
巨人の肩の上に座っている身としては、そういった技術の集積地であるここは確かに重要拠点のひとつであることに違いはない。
無論、錬金術師マダラ・メイクト――まあ俺だが、それは俺にとっても同様だ。
ただし、正直言って夏場はあまり来たい場所ではない。
「……暑い」
日本と比べて四季の気温高低差が少ないこの国だが、この場所だけは何故か妙にむんむんしている。軍人が訓練してるわけでもねぇのにどういうことかと考えてみれば、ひとえに人口密度が多すぎるのだろう。
「聖地というより、バザーだなこりゃ」
もう何年も経験していることなのだが、思わず俺はそう呟いた。
相変わらず人の多いこの場所は、オルコッパンのように研究者が集う場所ではない。どちらかと言えば俺のような、流れの錬金術師や術師、冒険者なんかが多い。それらから金を巻き上げるためか、商会がキャラバンを開いていたりするわけで、その結果が現状の有様だ。
遺跡を侵略しない程度に人が多く、テントが張られている。その下では武器が売っていたり食事所があったり、野菜が置いてあったり肉が叩き売りされていたり、中には医療関係者やら占術師やらがいたりと、もはや何を目的にしてるのかもわからない具合だ。
とりあえず、俺も何か買おうと考えて、馬用の冷風魔法具と水の予備を購入した。馬車についているものもそろそろ寿命なので、付け替え用に買ったわけだ。水に関しても同様だ。何、野菜? 人参とかなら腐るほどある(腐らせはしないが)し、いざとなったらトレインボアの肉を食わせればいいだろう。肉食草食関係なく、異様な回復力を齎す食品の代名詞だ。味も悪くないので、干したものを常備していた。
「といっても、俺も店側なんだけれどなぁ……」
そう言いつつ、自分のテントの下に戻る。俺のところの馬はアホみたいに項垂れていた。それを見ると、この生物が本当に賢いといわれているのかどうか妖しく思うところだったが、他の奴等の馬はぴんしゃんしているので、飼い主に似たというところか。普段から俺がこんなんだと思うと、色々悲しいところがあった。
まあいい、とりあえず道具準備だ。
「あ、錬金術師のおっちゃん! おはよう!」
「本名覚えなくてもいいから、その変な形容やめてくれ」
俺に声を掛けるのは、三件となりの店のボウズ。この大陸では珍しい丸刈りヘアスタイルに、シャツと短パンという軽い格好。これで粗暴かつ鼻でも垂れてたら完全に昔の俺だったが、幸い(?)そんなこともなく躾けも行き届いているらしかった。
軽いジョークのジャブをかわした後、ボウズは俺に商品をねだる。
「ポーション一個、銅貨四十!」
「五十より下にはしねぇって言ってるだろ。竜王死んでから、スリングライムの収穫率落ちてるんだぞ?」
「そこをなんとか! お願いします!」
「五十だ」
「四十五!」
結局、最終的には四十八で落ち着いた。十枚で一つの大型コインになる銅貨を渡され、俺は勘定した。
さて、じゃあ仕方ない。作るか。
馬車の方の金庫から数種類のハーブを取り出し、干しスリングライムをとってくる。
「うぇ……。いつ見ても、スライムの乾物って見た目酷い……」
「そんなにグロいか? まあでも、コアなしのだっただけ有りがたく思えよ? コア有りだと、顔がこう、苦悶の表情に歪んでだなぁ――」
「やめて! 聞きたくない! 早く調合しちゃってよ!」
まあ、子供を苛める趣味はないので、言われたとおり調合することにする。
さて……。この世界に突然飛ばされた十数年前。いろいろ遭って魔法を覚えることになった俺だが、その中でも一番最初に覚えさせられたのがこれだ。
四大元素――すなわち動態、固態、液態、気態の四つだ。それぞれ単体で魔力を使って集めると、火、土、水、風の性質を持つそれらを、操る感覚を掴むまでかなり苦労させられた。だが流石に十年もやってると、かなり簡単に扱えるようになるわけだ。
専用の小型鍋を取り出し、“動態”の元素を活性化させて鍋を加熱する。その中にオリーブの油と水、数種類のハーブを投入する。
次に、スリングライム……というか、スライムを解体していく。
こちらは水をかければ元通りになるのだが、節約のため“液態”の元素のみを活性化させる。
内側の水分量が膨れ上がったことを確認してから、包丁で切れ込みを入れる。
鍋の中が良い具合に温まってきたら、そこにスライムを絞る。切れ込みから垂れ流される液体――「元素溶解液」がハーブと化学反応(?)を起して、青色だった液体をエメラルドグリーンのものへと変質させた。
いつ見ても毒々しい光景だが、これが結構いい薬だというのだから世の中間違ってる。
出来たそれを、“動態”と“固態”の元素を組み合わせて洗練する。この肯定で手を抜くと、一気に品物が粗悪品となってしまう。いくら五十枚という安い金額であっても、最善を尽くすのが職人だろうと俺は思っている。
そんなわけで、ポーション(品質:まあまあ)が完成。
瓶詰めの感じからして、そこまで良いものではないと思う。
どうやら今日の気候だと、あんまり良いのができないらしかった。
こういうのは職人の腕意外にも、色々な条件が重なってしまうので仕方ない。
「ありがと、おっちゃん!」
「俺は別にいいけど、他の奴らにはもっと丁寧な口調使えよ! 恐いのいるからな!」
ポーションを持って意気揚々と去るボウズの背中に、お節介だろうが俺は言葉を投げかけておいた。多少気にしていれば、無用なトラブルを避けることも出来るだろう。もっとも。あの年代の子供ってのは大人がついていないと何言ったって聞きやしないのだが。
自分の子供の姿を少し思い出し、少し鬱々とする。
興奮してる子供ってのは、何を言ったって暖簾に腕押しだ。
夜中、遠足に行くといってはしゃいでいたあの楽しそうな姿が、脳裏を過ぎる。
結局翌日、事故に遭って死んでしまったときの俺とカミさんとを一体どう表現しようか。
そのカミさんも、俺より先に逝っちまう。気分はまるで抜け殻だ。
錬金術師になったのも、思えばあの時にもしこんな薬さえあれば、どんな傷でもどんな病気でも治せるのに、というものを作ることができるかもしれないという、希望にかけてだったか。
……まあ、今更詮のない話だ。
そう言い聞かせて、俺は道具を片付けた。
※
どうしてこうなった。
今の俺の正直な心境が、まさにそれだ。
ここまで困惑したのは、たぶん息子が死んだ時や、俺がこの世界に飛ばされたとき以来だ。
『王宮よ! 我等は帰って来た!』
そんな大声を上げる岩……、岩? いや、モアイだな。色黒で目元が赤く発光している、そんなモアイが「どっしんどっしん」と押し寄せてきている。
やって来たモアイたちは、器用に俺達やら冒険者やらを避けつつ、「ストーンワイズの王宮」へ向かっていく。人の大きさよりちょっと大きいくらいのモアイの顔だけみたいな、そんなもんがキビキビ動いて嬉しそうな声を上げる様は、いわく何とも名状しがたいものがあった。
奴等は唐突に現れた――そう、唐突に。
適当に錬成道具の整備をしていたら、何の前触れもなく地震が起きた。宗教的な理由からか、周囲の奴らが祈りを捧げていた。そんな最中、奴等は出てきた。
「地底の女王よ、静まりたま――」
『ええい、邪魔だ「日の下を歩くもの」共よ!』『我等の慰安よ』『退け! ぶつかるぞ!』
あー、何と言うか、非常に感想に困る光景だった。
シュールってやつか?
開いた口が塞がらないことだけは間違いない光景だ。
しかもその、モアイ? たちの声が妙に渋くて、その渋い声が妙にハイテンションに飛び跳ねているもんだから、もうこの場は混沌一色だった。
「ま、ま、マダラのとっつあん……!」
「泣くな。気持ちは分かるが泣くんじゃない」
隣の薬屋の弟子が涙目でこちらに訴えかけるが、そんなもん知ったこっちゃない。
むしろ泣きたいのはこっちだぞ。訳が分からなすぎて。
あっちの世界の知識があるぶん、シュール極まりない。
いやでも、逆に事前知識(?)めいたものがあるから、そこまで混乱してないのかもしれない。そこのところは自覚が薄いので、何とも言えないところだ。ただ少なくとも、こちらに来て十数年間の経験で一度たりとも見たことのない光景であることに間違いはない。
魔族とは、何度か遭遇した。身ぐるみをはがされない代わりに、割安で商売したりすることもあった(何故強奪とかでなく商売できたのかはイマイチ不明だったが)。モンスターに襲われたり、ダンジョンに進入したりすることもあった。そこで得体の知れないモンスターに襲われたりもしたが、あくまでそれらは、生き物の範囲を超えちゃ居ない。
曲がり間違っても、石がしゃべるなんてことはない。
それが、これだ。流石に頭が痛い。
『我等を迎え入れよ、王宮よ!』
今、俺の横を通り過ぎたモアイが叫ぶ。
次の瞬間、遺跡から何かが伸び……、へ?
いや、あー、何だ? 石畳から、石畳が伸びた。んー、何を言ってるんだ俺は。説明が難しい。
強いて言えば、丸まったレッドカーペットがころころ転がる感じだ。もっとも画的には、地面にめり込んでいた石畳がモアイの言葉に呼応して、地面に出てきたって感じだったが。
雑草が生茂る地面が突如変貌し、隣の弟子が「ヒッ!」と裏声を上げた。
どっしんどっしんとのしかかるモアイ共のせいで、張られたばかりの石畳が地面にへこむへこむ。
と、そんなモアイの動きにぶつかりそうになって、避けるボウズ。
「ぎゃッ」
少しぶつかり、ポーションを落とした。さっき俺が売ってやったヤツだ。
ちょっと悲しそうにしたボウズ。あー、まあアレだ。事故に遭ったようなものだから、後で半額くらいでもう一つ、作ってやろうか。何だかんだで、ボウズの親のところは羽振りが良いし。多少優遇しておいても、損はないだろう。
『うぬ? 大丈夫か、若草よ』
そしてモアイも、変な呼び方でボウズを呼称して立ち止まる。
そのままボウズを覗き込んでいる姿は、道行く人とぶつかって転ばせてしまった後「大丈夫ですか?」と気を使う動作そのものなのだが、いかんせん真っ黒に赤く輝く瞳のモアイ顔だ。ボウズが軽くビビッていた。
「ちゃんとコミュニケーションはとれそうだな……」
突然現れた得体の知れないモアイについて、少し思考をめぐらせようとする。
だが、そんなことを考えている時に事件は起こった。
正直、場のシュールさにかまけていたのが原因かもしれない。
「せ、せがれえええええぇぇ! ウチの倅に何するかああッ!」
三軒隣の店の店主のドワーフ(低身長に髭面、目にはサングラス)が、ボウズを心配しているモアイに魔法をぶっ放した。
元素球という、最も原始的な魔法の一つ。
周囲の元素を集めて、玉状にして打ち出すという術だ。
属性は……、あー、液態と固態が混じってるから、自然属性か?
自然属性は、第二段階の融合属性。特性は状態変化や成長を促したりする感じだ。
相手が岩(岩?)なら、状態変化の促進効果でダメージが入ると考えたのだろう。考え方としては、岩→砂という流れだ。
果たしてその親バカな一撃は――モアイの後頭部にクリーンヒットした。
『ぬ、ぬぎゃッ』
いや、ヒットしたどころの騒ぎじゃない。こともあろうに、通常の元素球ではなく回転まで仕込んでやがった。結果的にその一撃は、ドリルのような性質を伴ってモアイを貫通した。
一撃の威力におされ、モアイはその場で横倒し。
親父はそれにわき目も振らず、倒れたボウズのもとに走った。
「……お、おいおい、まずいんじゃねぇのか?」
思わず、俺は声が出た。
だがボウズの親父は、そんなこと気にする余裕がないらしい。
「だ、大丈夫か! ケントリヒッデバロニアスミシアリウスマリウリトン」
待て待て待て、ボウズそんな名前だったのか?
長すぎるだろ、幾らなんでも。
ケントとは聞いていたが、まさか略称とは……。
ファーストネームとかファミリーネームとか、そんなの含めてない長さでそれだろ?
明らかにおかしい……。苗字がないのが基本的なこの国だから、確かに識別のために個性的な名前は必要なのだろうけど(例えば「ニアリー」という名前なんかは、「一郎」みたいなニュアンスの名前だ。割と一般的)、それにしたって長すぎる。センスを疑う。
名付け親誰だ。
「と、父ちゃんフルネームで呼ぶなよ!」
「何を言う、俺とかみさんが必死こいて考えたいい名前なんだぞ?」
ああ、そうかい夫婦揃って考えた名前だったのか……。
それはそれは、何とも……。ボウズの将来に、軽く手を合わせておく。
しかしこうして見ると、ハーフドワーフといえど、ボウズの見た目の性質にはあまり出ていない。割合、母親の血が濃く出ているのかもしれない。ハーフと言っても、出方は様々だ。
「じゃなくて、何やってんだよ父ちゃん!」
「大丈夫だ、お前を襲った石の化け物はもう――」
「いや、襲われてないし! ポーション壊れる原因だったけど、何いきなり魔法ぶっ放してるし! 危ねぇし!」
あー、そして問題はそこなんだよなぁ。
倒れているモアイが、『ぐぬおぉぉ……』みたいな、痛々しいうめき声を上げていた。
遠目だから細部までは見えなかったが、ドワーフの親父、結構なダメージをあのモアイに当てちまったんじゃないのか?
そして、直感的にそれを見た瞬間、この後起こりそうなことが脳裏を過ぎった。
『ぬぅ?』『大丈夫か?』『なんと! 貫通しているだと?』
あー、ほら、やっぱりというべきか。
倒れたモアイの周辺に、他のモアイが集ってきた。
本来は傷ついた人を気遣って「大丈夫か?」と声を掛けたり手を差し伸べたりしているような光景なんだろうが、生憎と強面が連なっているだけなので怖いこと怖いこと。
そしてこの「ヒトに置き換えると」って考えが、たぶん親父さんには出来ていない。まあ確かに、そんなことを考えてたら狩猟も出来ないし解体とかやってられなくなっちまうわけだが、なにぶん知性ある相手と話し合うときには、最低限必要な能力なんじゃないだろうか。
その結果が、
『むぅ……』
幾数体のモアイたちが、俺達を警戒するという状況となったわけだ。
あー、なんだか面倒くさそうだな……。正直このままトンズラしてしまいたい。
だが残念なことに、モアイたちも警戒を強めているのか、迂闊に動けない空気がある。
下手すると、無関係のこちらが襲われるかもしれない。そう思わせるだけの何かがあった。
ちなみに俺の得意な属性は、動態と固体。錬金術師としては基本的な属性であるが、ドワーフの親父みたいに戦うのは難しいだろう。
なにぶん、トラブルは避けてもらいたい。
周囲の注目がモアイに集る。
『貴公、なにゆえ我等が同胞を撃った?』
「な、何言ってやがる! ウチの倅殺そうとしやがって」
は? 俺的にはそうは見えなかったが。
「というか大体、お前等何だ! 突然ヒトの商売場を邪魔しやがって」
『住まう場所に帰還する。何ら不自由も不可分もない。何がおかしいか?』
あー、何だろう、モアイたちの使っている言語のニュアンスが、俺達の言語ニュアンスと違うのだろうか。あるいはちょっと古臭い言い回しをしているためだろうか、いまいち意味が伝わり難い。でも要するに、これは「家に帰ってきて何が悪い?」みたいなことを言ってるんだろう。
ん、家?
てことは、こいつら――。
「冗談じゃねぇ! わけのわからない石の顔の化け物が、ヒト様の邪魔してんじゃねぇ!」
親父は続けざまに、元素球を撃とうとした。
しかし、今度はモアイたちもやられていない。
『かき鳴らすは――』『――蠢き呼ばうは――』『――我等が盟主の太陽――』
モアイたちがそういった瞬間、周囲の元素の流れがおかしなことになった。
目に見えて確認できるわけじゃないが、こういうのは感覚でつかめるものだ。
だからこそ、普段はフワフワ浮いている元素の感覚が、まるで巨大な洗濯機の中に入れられたようなスクリューを描いているのは、明らかにおかしい。
「な、何を――」
『――我等は罪なし――』『――汝らの、その驕りよ――』
吹きすさぶ元素は、やがて奴等の頭上(?)で一つの形を成す。
白く輝く――あれは、太陽?
『――白きほころびの炎にて、焼きつくさん!』
あれは、まずい。
長文詠唱に見合うだけの何かを秘めている、直感で俺はそう覚った。
いや、というか白い炎って完全に聖火じゃねぇか。毒素抜いたり、元素混乱している奴正気に戻したりするときに使う。精霊化とか儀式にも使われるやつだが、聖火は絶対まずい。本物の太陽よりはマシだが、そういう問題じゃない。
威力と燃え広がり方が、通常の火の比じゃない。
あと、有機物無機物関係なく燃やす。只一点「火」という現象を、魔力のみで再現した術。
最悪、ここら辺一帯の俺達みんな消し炭になってしまいかねない。
俺のように気付いたらしい周囲の冒険者やらが「やめろ!」とモアイたちに襲いかかろうとするが、他の暇しているモアイたちの術によって、阻まれている。
「あー、クソ」
ポケットから、俺は「偽聖剣の欠片」を取り出す。ダンジョンモンスターの落すアイテムの一つで、欠片一つにつき魔法一回発動無効というお得な代物だ。市場取引価格は高い。
だが、相手は複数体による詠唱。
正直、こいつ一つで無効化しきれるとは思えない。
だが正直、俺も死にたくはない。最悪威力だけでも弱められれば御の字だ。
「ええい、ままよ!」
そう叫びながら、俺はフリースローで欠片をモアイたち目掛けて投げた。
※
白い光が、俺達を包んだ。
やはり、あの術を止めることは出来なかったらしい。
せめてもの生存を願って、俺は目が焼かれないよう目を瞑ろうとしたが――。
「はいはい、ストップね~」
奴は、そんな時に現れた。
少し聞き覚えのある声だったが、その時の俺は、そんなのに気を回せるだけの状況ではなかった。
「エミリー」
「心得てる、でございます」
そして次の瞬間、聖火の光がだいぶ弱まった。
見れば、なんだか透明な壁みたいな何かで、火の浸食が阻まれているように見えた。
それを見つつ、男はなんだか変な道具を取り出し、二度かちかちとボタンを押す。
そして、その押さえられていた聖火は、跡形もなく目の前から消失した。
『ぬぉ、これは――』
ストーンワイズたちの困惑する音を最後に、場を静寂が満たした。
場の誰もが、それこそモアイたちも含めて、言葉を失った。
「……は?」
辛うじて俺が出せた言葉は、そんなもんだったと思う。
凍りついた場で目立った俺の言葉だったが、誰も反応しない。
というより、反応できるだけの余裕がなかったのかもしれない。
それだけ、目の前で繰り広げられた光景はわけがわからなかった。
いくら魔法といえど、俺の個人的な研究が正しければ、そこまで極端な物理法則の湾曲を行うことはできない。当然爆発物みたいな化学反応に対して対処するためには、中和するか脱出するかくらいだ。だというのに、男と少女はさも平然と、まるでアニメとか漫画とかゲームみたいな感じで、軽々とそれを逸脱しやがった。
俺は、二人を注視する。
一人は青髪のメイド。顔はまあ可愛いもんだが、絶望的に表情がない。
青年の方は、なんというか、見覚えがあった。ちょっと長めの黒系の髪に、なんとなく日本人ぽい雰囲気がある。先祖に俺みたいな異世界人が居るのかもしれないと、あの時は思っていた。実際この世界の文献を探すに、そういった事例もままあるらしい。
だがしかし、この男に対する印象は二つだ。
「……確か、イオリだったか?」
その名前は、俺にとってあまりに特別なものだ。
二度と出会えない相手の名前であり、俺と妻とが失った名前でもある。
初めてその名前を見た時には、なんとも懐かしい気分になった。そして同時に、ある種の皮肉を覚えたものだ。今は亡き……、もう二十数年くらいになるか? それくらい昔になくした息子と同じ名前を持つ、どこか日本人のような雰囲気を持つ男。
異世界に迷い込んでからであった巡り合わせに、苦笑いがこみ上げた。
イオリはかつて魔族領域付近で会った冒険者だった。剣士のねーちゃんに「お願いします、お願いしますから本を一冊、せめて一冊買わせていただければ幸いですこの私めが」とか土下座しながら懇願していた男の姿に相違ない。格好はあの時より多少上質そうな身なりになっていたが、そいつの左手に「王子珍道中」の最新巻があったのを俺は見逃さなかった。これだけ条件が酷似しているのだから、決して見間違え、覚え違いではないだろう。
そのイオリは、モアイたちを一瞥すると、ドワーフの親父の頭にチョップを入れた。
「な、何をしやがるッ」
「それはこっちの台詞ですよ。貴方こそ何やってるんですか、道行く相手にぶつかった後、ちょっと気を使って足を止めた善良そうなモアイに」
何でモアイって言葉をこいつが知ってるんだ?
この世界、確かそういうのってなかったろ?
過去の異世界人が、何かしるしていたりするのだろうか。
ドワーフの親父は「モアイ……?」と疑問を浮かべていたが、それが誰を指し示しているのかを理解して、イオリに食って掛かる。
「何を言う! 明らかに襲っていたじゃないか!」
「本当にそう?」
ボウズにエースが問いかけると、ボウズは「違う」と返答を返した。まあ、当たり前だよな。
「別に、ただ倒れただけだし」
「ということだそうだけど、そこのところどうかい? お父さん」
「くどい! 若造は黙っとけ!」
「あくまでそこに拘るか……。んー、でも面倒だ、ちょっと少し黙っとこうか」
エースが後ろの少女に指示を出すと、少女は目にも留まらぬすばやさでドワーフの両手両足を縛った。……は? ちょっと待て、今どうやった、冗談抜きで一秒もかからなかったぞ。
折り目正しく頭を下げる彼女に、何故か周囲が喝采の拍手を浴びせる。
イオリは次に、モアイたちを見やり足を進めた。
「貴方達も貴方たちですよ、いくらモアイだからって、やっていいことと悪いことがありますよ! 何を平然と周囲一帯焼け野原にしようとしてるんですか、どうせモアイならもっと良いモアイ目指してください!」
『モ、モア……? 我々のことを言ってるなば違う。我等はストーンワイズ、叡智を宿し石人ぞ』
モアイの言葉に、周囲が思わず息を呑んだ。あー、やっぱりだったか……。王国の歴史書に乗っているわけではないのだが、この場所は、古い伝承だと「岩石の巨人が己の叡智を分け与えたものたちが栄えていた場所」とされている。そして彼らは、岩石の賢人 “ストーンワイズ”と呼ばれていたらしい。それがある日突然居なくなったのか、あるいは滅んだのかは知らないガ、ともかく彼らの居住区のみが残ったのだろう。それが、ここ「ストーンワイズの王宮」なのだろう、というのが俺の考えた見立てだ。
そんな場所に「帰って来た」なんて言う奴等がいるとすれば、そりゃもうストーンワイズ以外ありえないだろう。
「もう何でもいいですよそんなの。長いからストワでいいです」
『ストワ!?』
「ストワさんたちが何を目的としたかは知りませんけどね、あんな大規模殺戮術を使おうなんて、正気じゃありませんよ。何やってんですかッ! ようやく買えた、ようやく買えた『王子珍道中』が燃えるじゃないですかッ!」
憤る理由、そこなのかよ。無表情だったお嬢ちゃんがため息をついた。……何と言うか、この男相変わらずのようである。
そんな彼の言葉に、理解できない単語があるのか微妙に困惑しながらストーンワイズは答えた。
『我等が同胞に傷を穿ったのは、そこにいる亜人なり』『我等は個で全』『全で個』『その傷に差分はなく、我等が使命と約定に不備なし』
イオリは眉間をつまんだ。……逆にこいつらの言ってることも、イオリには微妙にわからないらしいが、それでも、イオリは続ける。
「それでも、さっきの術はやりすぎだってことは理解してます?」
『……』
あ、押し黙った。
逆ギレしてこないあたり、こいつらの方が結構理性的であるらしい。
まあドワーフの親父はパニクっていたのも理由だろうが……。ちなみにその親父は、息子のボウズが抱え起している状態だ。猿轡されていて喋れないためか、ことの推移を見守るようだった。
「詳しくは知りませんけど、なにやら楽しそうに来たってことは、さしずめ慰安旅行とか久々の里帰りとか、そんな感じのことなのかもしれませんけどねぇ。最低限、周囲に気を配ったりする必要はあったんじゃないですか? 仮にも、ワイズってついてるんですし」
『……すまなかった』
しゅんとする渋い声。
なんとも、こう、シュール極まりない光景だった。
イオリは、親父の猿轡を外してやった。
「とりあえず、彼らは被害者です。多少の接触事故くらいはあったかもしれませんけど、この場で多数決取ったって事故と言われるでしょう。というわけで、悪いのは貴方です。彼らに謝ってください」
「何で俺がそんなことを――」
「うるせぇ謝れって言ってんだ! いい大人が駄々こねてるんじゃねぇ!」
叫ぶイオリの鬼気迫る姿に気圧される親父。
「いい加減こっちは早く本読みたいんだよ!」
その理由でぶち切れるのがおかしいってことくらい、商家の息子でなくても分かることだろう。
というか直前の発言と組み合わせると、見事なブーメランが形成されていた。
いや、でも動機はなにであれトラブル解決に尽力するというのなら、まあそれは悪いことではないだろう。とりあえず、俺は黙っていることにする。
「ストワさんたちも、この場の全員に謝ってください。そっちは言わなくても分かりますね」
「『……』」
少し押し黙った後、両者はそれぞれ、思い思いに謝罪した。若干の苛立ちが見え隠れしていたのは気のせいではないだろうが、それでもイオリに逆らうのは分が悪いと思ったのだろう。
それを確認すると、イオリはこう続けた。
「じゃ、そもそものトラブルの解決をしましょう」
「あん?」
『何をする気だ? 我等が盟主の「同類」よ』
何やら変な言葉が聞こえた気がするが、そこは置いておこう。イオリはボウズのもとへ足を運び、全身をちらっとチェックした。
「足に擦り傷がちょっと。あとは尻餅くらいかな……? でストワさん。それって直せる?」
『その程度ならば造作もない』
さっきボウズに向かっていったストーンワイズが、何やら変な呪文を唱える。
それにより、あっという間にボウズの擦り傷が消えていた。
「なっ――」
「これで、貴方が怒る理由はありません。じゃあこのトラブルは終わり。で、今度は貴方がストワさんの一人を傷つけたことについてですが……」
ちょっと、と言い、ストワたちの間を抜けてエースが倒れている奴の様子を見に行く。
『くおぉぉぉ……』
「えっと、これってどれくらいやばいダメージですか?」
『頭部横は、足と、魔術だ』
は? 何言ってるんだ?
あ、いや、もしかすると、そこに足(というか移動手段?)とかを操作するための器官みたいなのがあるのかもしれない。そして、魔術?
イオリは彼らに「それは治せるのか」と確認を取る。
『上位の回復術があれば、不可能ではないかもしれない。あるいは精密な術を組める術師か……。しかし、どちらにせよ――』
「魔術回路みたいなのが、やられてるってこと? となると……、う~ん……。かなりまずいんじゃ……。親父さん?」
エースは、少女によって拘束が解かれたドワーフ親父に声を掛ける。
「これから、この場で回復術が使える人をつのりますけど、その料金負担を任せます」
「なっ――」
「拒否権はなしですよ。一歩間違えれば、ここら辺一体誰一人として生き残れなかったんですから。少なくともそれを止めた俺には、落しどころを決める権利くらいあるでしょう」
周囲の雲行きが、段々怪しくなっていく。
まあ確かに、なんとなくやり方が詐欺師じみているような気はする。
商人たちの間には、こんな話があるくらいだ。盗賊に襲われて、それを倒した冒険者が、盗賊を倒した分の金を必要以上にせびる。後にそれが、双方ともグルであったマッチポンプだと判明するというようなものだ。
なんとなくそれを想起してもしかたないかもしれない。実際違うかもしれないが、なんとなく納得できない空気がそこにあった。
だが、イオリは言う。
「逆に聞きましょう。ここで彼らの保障を全くしなかった場合、どうなると思いますか? 原因は? 誰が保障すべきなのでしょうか?」
「そ、そんなの憲兵が捕まえて――」
「人間でも、亜人でもない何かに、ヒト用の法律が通用すると思ってますか? あー、法律なんて適応させなくていいとか言わないでくださいよ? 下手すりゃ魔族との戦争どころの話じゃなくなると思いますから」
うっ、と親父が黙る。
周囲も、イオリたち二人の使った魔法を問い詰めるよりも状況に流されていた。そりゃまあ当然か。そして、イオリのいうことにも一定の説得力があった。あれだけの短時間の詠唱で、爆発しそうなほどの「聖火」を発生させるやつらだ。単純な話、敵に回していいわけがない。
そんな風に黙った彼らと、未だ何かをはかりかねているストーンワイズに、イオリは言った。
「第三の選択肢を求めましょうよ。そうすれば、何か見えてくるかもしれません」
その一言に、俺の頭は真っ白になった、
「逆に考えましょう。ここでみんなが良好な関係を築けたほうが、メリットも多いんじゃありませんか? 例えば、ストワさんたちの持ってる知識とか、何かあるでしょ? こんなオバテク施設持ってるくらいなんだから――」
イオリが話を続けているが、それが耳に入らないくらい、俺は狼狽した。
その言葉は――嗚呼、その言葉は。
『どうしてもって時には、前提を覆すんだ。なにも相手と同じ土俵で戦ってやらなくてもいい。言うなれば――第三の選択肢を探せってところだ』
『おっとうさん、よくわからない』
記憶の中にある、俺の言葉を聞いた伊織の不思議そうな微笑と、冒険者イオリの姿が重なる。
容姿で似てるところなんざ、髪色くらいだというのに。だというのに、嗚呼。
一体これは、何だっていうのだ、一体――!
「んあ……、でも、どっちにしてもそれなりの術者が居ないと、ストワさん修復できないのかなぁ……。本当、誰かいませんか? 石材関係とかに強いヒトでも――」
俺は。
俺は、自然な動作でイオリの前に立った。
人が名乗り出たことに安堵したイオリだったが、その後、眉間をつまみ難しそうな顔をした。
「あー、んー……? あれ、え、錬金術師のオッチャン?」
「覚えていたみたいだが、名前くらい覚えて置けや。……駁目行人だ。忘れるんじゃねぇぞ? ひよっこ冒険者」
本当なら静馬行人と名乗るべきだったが、何故か俺の口からその名前は出てこなかった。
肩をすくめつつ、横倒しになっているモアイに向けて、薬を降りかける。
煙を上げつつ、モアイの即頭部は回復していった。
「え……、それは?」
「特注品だ。一点もので在庫希少。といか、俺も未だ一本しか作っていない」
「いや、そんな高価なもの使われても、そこの親父さんが払えるか――」
「そういうのが目的じゃないだろ? お前」
俺は、ある種の確信をもって言う。
「この場が丸く収まるなら、それで充分のはずだろ。だからまあ……、全額負担しろとまでは言わないさ」
イオリと伊織とを重ねている、というつもりはある。
さっきの言葉だけでなく、物事の優先順位が微妙におかしいところも、なんとなく伊織を思い起こさせる。
だから、肩を持つのもこっちの自己満足だ。
ただ俺の言葉を聞いたイオリが寂しそうに笑ったのを見て、少しだけ気が晴れた。
そういえば……、イオリは俺の日記の写本を持っていただろうか。
この世界に来てから研究書もかねて、日本語で日記を付けていた。
イオリと初めてあった時、剣士のねーちゃんの後ろからコイツは『とにかく読み物何か撃ってくれないか』と叫んでいたことは、よく覚えている。
読めるとは思っていなかったが、それで日記の写本を見せた。退屈そうに「まあ、暗号文でも解読するつもりで読む」と言って購入していたはずだ。
もし、解読できていたのなら――俺が今使っただろう薬のことも、知っているかもしれない。
もちろん、エスメラ語と日本語対応表なんてものはない。だから一年足らずで解読されるなんざ、思っちゃいない。
ただそれでも、イオリの表情は、何かを察しているかのようだった。
「……すみません」
頭を下げたイオリは、俺の背後に回って周囲のヒトビトに何か指示を出している。
『これは……、「回帰薬」だと? 馬鹿な、現世では失伝しているハズだ!』
「失われてるというよりは、材料が本当にとれなくて作れないってだけだったぞ? 伝承もかけてるとはいえ、まあ、砂漠の方に回答があったくらいだしな」
俺の言葉に、ストーンワイズたちは信じられないというような声を上げた。
やることもなく、俺は目の前でストーンワイズの傷口が修復されるのを、ただ見ていた。
回帰薬は、死んでさえいなければ、どんな傷でもどんな病でも回復させる薬。
時間なんて巻き戻せないというのに、ただただ後悔と虚無感に襲われて作り続けた薬。
異世界で、ただ生きる目的として作り続けた――おそらく、もう二度と作れはしない薬だった。
※
多少潤った懐で、イオリとその連れのお嬢ちゃんを飲みに誘った。
ドワーフの親父も冷静になったのか、それとも息子が説得したのか。おそらく彼に払えるだけ、最大限の金を渡してきた。
とにかく俺は、その金で飲みたかった。
もともと酒は苦手なのだが、他の選択肢は何故か思いつかなかった。
「ほら、お前も飲めよ」
「いやですよ。というか、俺だってトキターしか飲めないし」
「まずまず、でございます」
「エミリーもいくらザルだからって、多少は遠慮しろっての」
「貴方様が飲まないないから、飲むのでございます。言うなれば、二人で一人分でございます」
「いや、その理屈はおかしい。もうとっくに瓶三つ開けてるし……、あの、すみませんマダラさん」
「まー、もう少しくらいなら大丈夫だ」
はっはっは、と笑いながら、俺は二人を見る。
無表情ながらもとんちんかんな言動をする娘と、天然の入っているようなツッコミを入れるイオリの二人は、それなりにいいコンビだといえるかもしれなかった。
「そういえば、あの剣士のねーちゃんはどうしたんだ?」
「いろいろあって逸れちゃって、探してるところです……」
「あー、王都の方行ったんだったっけか? まー、勇者殺されたりして、今色々大変だからなー」
勇者の顔も知らない俺が言うのも変だが、そういう事情でこの国は現在ぴりぴりしている。
竜王殺しの勇者が、竜王の後継者に暗殺されたという情報は、こうしたキャラバンを組めるくらいの商会が背後についているやつなら、瓦版が回ってくる前に正確な情報をしることくらい出来た。
そしてあくまで人聞きだが、勇者暗殺後の王都では、時折夜逃げするヒトビトが出ているらしい。
彼らいわく、「竜王の後継者がいつこの場所を襲撃するかわかったものではない」ということらしい。確かに竜って言えば空を飛べるんだろうしなぁ。
まあそれは極端な例にしても、騎士隊の巡回やら憲兵のパトロール増強とか、冒険者の入出制限なんかも出てきていることだろう。ま、そこはせいぜい頑張ってくれというところだ。
「大体、酒が苦手な人に強要するのはマナー違反じゃないですか?」
「それでも飲みに誘われたら、多少は付き合うべきだろうよ」
「そういう説もありますかね。俺は知らないけど」
何をこまっしゃくれたこと言ってやいやがる。
いや、といってもこいつ既に成人だったっけか……? 微妙に童顔っぽいのも、なんとなく日本人を思わせる気がしないでもない。が、まあそれも先入観だろう。
既に俺は、こいつと息子の姿を重ねている。
まったく、今更そんなこと思ったって、どうしようもないってのに。
「というかマダラさんも苦手なら、無理に煽らなくていいじゃないですか。あー、ほら、顔真っ赤ですし……」
「大きなお世話だい」
「最終的に俺達で介抱するのとか嫌ですよ? 本読めないし」
「お前、こんな時でもそれかよ」
「当たり前じゃないですかッ! こちとら無表情系メイドさんに監視されてるは、仕事場抜け出そうにも出られないわ、サボれば『ぎるてぃ、でございます』とか平手が飛んでくるわ!」
「まだまだじゃれあいの平手でございますよ?」
「往復ビンタの上位って何だよ……」
困ったような声を上げつつ眉間を押さえるイオリ。と、ふと俺の顔を見て、なにやら思案する。
「あのー、済みません、ちょっと……」
「?」
どこからともなく取り出したネクタイ……? みたいな何かを、イオリは俺の頭に巻いた。
……何だ? 何がしたいんだ? この大陸には、酒の席を囲ってる相手の頭にターバンでも巻くような文化風習でもあるのか?
さもなければ、これは仕事帰りの飲んだくれサラリーマンにしか見えない装備だろう。
赤ら顔の酔ってる男の頭部にコレだ。この世界にも、そういう風習があるのか?
だが、イオリはそんな俺の姿を見て、目を見開いた。
突然、イオリは眉間を押さえた。
何がしたいんだろうか。
そんなことなどおかまいなしに、俺はイオリのジョッキに酒を注いだ。
「……マダラさん、少し話を伺いたいんですけど」
「あ、何だ?」
この後話された内容については、別に日記に記すまでもない。
単にこの後、俺に雇い主が出来たというだけのハナシだ。
その雇い主――後に魔王“娯楽主義者”と呼ばれるようになる男が、どんな災難を撒き散らすかについては、また別な機会に記すこととしよう。
ただまあ何というべきか……。後の俺にとって、この時の再会が決して無駄でなかったことだけは、記しておこう。
さて、次の日記帳にはまず何を書くべきか。
エースの根幹は、現代の小学五年生です。
生まれ変わって世界をまたいでも、それまでの経験は決して覆りません。




