第97話【番外編】プロポーズの裏側(後編)
「はじめて王都をご覧になっているときは、かなり興奮しているご様子ではありました。セルフィナの羽根養護院のバザーに参加なさったときも、市井を少し見て回りましたが、街歩きはお好みのようでした」
ルーファスの質問に、カーターは迷うことなくスラスラと答えた。
その淀みのなさが、ルーファスの胸をモヤモヤとさせていた。
(いや、カーターは聞かれていることに答えているだけだ)
「やっぱりお忍びでの市中のデートは王道ですわよね」
カーターの答えにイリーナは満足したように、手を叩いた。
自分の経験にでも重ね合わせているのか、何やらうっとりとした目で「ショッピングも良いのではないですか? お姉さまがお好きなアクセサリーをプレゼントなさるとか! いまペアアクセサリーも流行っているのですよ」
「ペアアクセサリー」
その言葉にイリーナの腕に輝くブレスレットが、ディオンの腕にもあったような気がした。ルーファスの反応に、イリーナはペアアクセサリー探しに決定とばかりに、流行りの店をいくつか教えてくれた。ルーファスはイリーナの市中デートおすすめスポットのメモを見ながら、イザベルを思い浮かべていた。
「お食事はこのお店はどうですか? イザベル様好みのデザートもありますし」
イリーナの問いかけに、カーターはそう答えた。
イリーナはカーターの提案に満足していたが、ルーファスは真逆の反応をした。
(なんで、カーターがイザベルの好みを分かっているんだ)
自分でもわかるほど、イライラが顔に出始めていた。
(いや、カーターは職務に真面目に取り組んでいるだけだ。何を狭量な……)
カーターは無理矢理引きつった笑みを浮かべた。
そして、イザベルとのお忍び市中デートを想像した。
(イザベルと二人、市中でお忍びデート。いつもよりも動きやすいワンピースに着替えたイザベル。うん、絶対に可愛い。おすすめのアクセサリーショップへ行く。きっとイザベルは驚きに目を輝かせる。うん、絶対に可愛い。ロマンス小説では、そういうとき女性は選べないかもしれないし、遠慮するかもしれない。そしたら店のアクセサリーごと買い占めればよいのだったか? いや、でも、そんなことをしてイザベルは喜ぶのか?)
イザベルとのお忍び市中デートの妄想が、ルーファスの限界に達した。
「お兄さま? どうかなさいました?」
難しい顔をし始めたルーファスを、イリーナとカーターは心配そうに覗き込んだ。
(しまった。想像に集中し過ぎた)
「いや、すまない。相談に乗ってもらっているのに。ちょっと考え過ぎてしまって……。非常に参考になった。もう少し自分でも考えてみようと思う。イリーナ、カーター、助かった」
そういうとルーファスは、翌日から一人でカーターとイリーナが提案してくれた場所を下見に行ってみた。二人が勧めてくれた場所は、どこも女性受けしそうな場所だった。
(このデートで、初めてのキスをするとしたら……)
さすがにイリーナやカーターに、その相談まではできなかった。
が、ルーファスは「初キスを最高のシチュエーションで」という超重要なミッションもあった。ヴァルハルド帝国に戻ってから“充電”の時間だけでは物足りなくなっていた。
(本当はもっと触れ合いたいが……日常でのさり気ない口づけが初キスで良いものか。いや、普通の出会いならそれで良いのかもしれないが……。私の場合は、誓いのキスを省くという失態を犯したことを挽回しなければいけない。そうなると……)
ルーファスが乗る馬車の中に、夕陽が差し込んだ。
(折角の休みだというのに、一体一日何をしているんだ。イザベルとゆっくりと過ごすことができたのに……)
真っ赤に燃えるような夕陽を見て、ルーファスはイザベルの温もりを思い出していた。
(ああ。早く抱きしめたい……。そのためには、早くデートの場所を……)
◇◇◇
「お嬢様がお好きな場所ですか?」
ドリスはきょとんとルーファスを見た。
ルーファスは屋敷に戻ると、こっそりとドリスを呼び出した。
「うーん……。奥さまがご健在のときは、乗馬もお好きなようでした」
「乗馬!? そういえば、ヴァルハルド帝国でも」
「ええ。ただ、奥さまが亡くなられてからはそういう機会もなくなりましたし」
「剣の心得もあるようだったが」
「ええ。あれも幼少期だけですけれど」
「その……ショッピングとか、そういうものはどうなんだ?」
「ショッピングですか? うーん。お嫌いではないと思いますけれど、あまり市中に行くこともありませんでしたから」
フォートレル侯爵家では、屋敷に籠ってばかりの日々だったようだ。
ドリスも好きな場所を聞かれても、中々浮かばないようだった。
「分かった。もういい」
「お役に立てず申し訳ございません」
申し訳なさそうなドリスに、ルーファスは慌てて「いや、違う。とても参考になった」と言った。そのルーファスに、ドリスは小さく微笑み、「光栄に存じます」と頭を下げた。
アビーが戻って来たからというもの、ドリスの表情も少しずつ豊かになっているような気がする。
(そうだ。ずっと屋敷に閉じこもっていた日々だったのなら、外へ出掛けても良いかもしれないな)
ルーファスはドリスの言葉にヒントをもらっていた。
(ハート湖が良いかもしれないな。あそこであれば、邪魔者も排除できるし)
ハート湖は、公爵家と王家の共同領地だ。
そのため、一日くらいは一般非公開にすることはできる。
(どうせなら二人きりがいい。そうだ。なんだか市中デートがしっくり来なかったのはそういうことか)
市中では二人になることはできない。
どこへ行っても誰かがいる。でも、デートのときくらい、人目を気にせず二人の時間を過ごしたい。
そのことに気付いたルーファスは、ずっと埋まらなかったピースがどんどん勝手に埋まっていくような感覚がした。
(ハート湖でのんびりと過ごして、サンルームで婚約式をやり直そう。あそこはステンドグラスが綺麗だから、夕陽に映える景色も喜びそうだ。そうと決まったら指輪の準備だな)
ルーファスはイリーナに紹介された宝飾店で、イザベルへの婚約指輪を用意することにした。婚約式で渡したものは、使用人に用意させたものだった。互いの髪や瞳の色を意識するものだと言われたから、ルーファスの瞳の色を思わせる色にしただけだ。何の感慨もない。でも、今だったら。
ルーファスは、イザベルの瞳の色を思い浮かべた。
そう。今だったら、お互いの好きな色を入れるのもいい。
中央にはイザベルの瞳を思わせる色を、両サイドには彼女が好きだと言ってくれた自分の瞳の色を思わせる色でもいい。
エメラルドとアメジストが並ぶ指輪をイメージして決定する瞬間、ルーファスの頭にもう一人相談してもよい人物を思い出した。
(たすくは……すぐ戻ると言っていたが……)
イザベルがたすくの帰りを待っているのは、よく分かっていた。
すぐに戻ると言ったというが、中々すぐには戻っては来なかった。
ルーファスはたすくの小さな黒目がちな瞳を思い出した。
「こちらで宜しいでしょうか?」
デザイン画を見せる店員の言葉に、ルーファスは「いや」と思わず答えていた。
(イザベルが待っているのなら、たすくの色も入れるか)
そして、両サイドに並ぶアメジストを、1粒黒のオニキスへと変更した。
指輪は、エメラルドを挟み、アメジストとオニキスが仲良く並んだ。
(まあ、こういう感じも悪くないな)
ルーファスは、デザイン画を確認するとこの指輪でオーダーをすることに決めた。
この後、完成した指輪を手にしたルーファスが、イザベルをデートに誘った。
「来週、外に出かけませんか?」
「え? 外に、ですか?」
ルーファスの提案に驚くイザベルに、一瞬ルーファスは自信を失う。
「……だめですか」
「いえ。そんなこと! 嬉しいです。最近ルーファス様お忙しそうだったので」
「すみません。バタバタしてしまっていて。もう落ち着きましたから」
「そうですか」
「それで、外でピクニックでもと考えているのですが」
「ピクニック!?」
驚いたイザベルの反応に、ルーファスは「失敗したか」と慎重になった。
しかし、ルーファスの心配は杞憂だった。
「楽しみです!」
イザベルはそういうと、ルーファスに最高の笑顔を見せてくれた。
その笑顔を見て、ルーファスもようやくほっと息をついた。
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