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井上真理:バレバレ

私――井上真理は、にんまり笑っていたらしい。


タブレット通話だけでは歯に何かが詰まった感じがしていたけれど、先週の木曜日は初めて対面で会って、その夜、アリシアと念話ができるようになった。

それから毎晩毎晩、念話で本音を話し合えている。日本にも魔法という概念はあるけれど空想上のものとして語られていること、今の日本で魔法があったらやってみたいこと、もし日本に最初から魔法があったらどういう社会になっていたか‥‥魔法に関する込み入った話はアリシアが赤荻さんから止められていたらしく、魔法の話をたっぷり聞けるのが楽しかったし、私も思いついたことはどんどん話した。

もちろんタブレット通話でも話している。念話でいろいろ話しすぎたので、赤荻さんに怪しまれないよう、翌日の通話では何をテーマに話すかあらかじめ決めてから別れるようにしている。もちろんその日学校でなにかがあったりすればその話題に変えたりもする。アリシアがすごく気を使っているので、私も手伝う。アリシアだけでなく私にとっても幸せな時間だった。


そして今朝、異世界のお菓子だというものを初めて食べた。火曜日に机の引き出しの中で受け取って、こっそり持って帰って、水曜日ベッドから目覚めたらすぐ食べた。お菓子の外見は、おはじきのような形にコーディングされたチョコのようなものだった。食べるとチョコ味そのまんまではないけれど、砂糖と苦みがぎゅっと詰まったような味だった。アリシアの味がした。

ふふ。ふふふふふふ。アリシアってこういうもの食べてるんだ。ふふふふふふ。


「あからさまだとばれちゃうぞ」


そう耳打ちされ‥‥私はばっとそちらを振り向いた。咲希が耳打ちしてきていた。

え、待って、今のどういう意味?


「え、えっと、ばれるって何がばれるのかな?」

「まりまりが何か隠してるってことだよ~」


反対側から萌仁花がずいっと顔を出してくる。

あーそっか‥‥ここは学校の教室。ショートホームルームの前の予鈴待ちのところ。机に座った後もしばらくぼーっとしているところだった。あ、かばんがそのままになってる。いけない、中身を引き出しにうつさないと。


慌ててカバンを開けて教科書を取り出しながら‥‥私は萌仁花の質問に答える。


「私、何も隠してないよ!」

「じゃあもうちょっと普通でいてね」


咲希からそう言われる。


‥‥まさかバレてないよね、アリシアと会ったり話したりしてること。赤荻さんからも国家機密って言われてるんだよね。バレたらもうアリシアさんと会えなくなるのかな。それだけは嫌だ。咲希も萌仁花も長い付き合いなのにごめんね、と心の中で謝っておく。


「分かった!」


咲希も萌仁花も、それ以上は聞いてこない。ぽんと私の肩を叩いて、自分の席に戻っていった。

と、同時に先生が入ってくる。


「あ、起立!」


学級委員長として慌てて立ち上がるけれど‥‥よく見たらクラスメイトはまだざわめいていた。雑談している人すらいる。

‥‥しまった? 担任が苦笑いしながら「まだ予鈴も鳴ってないよ」と言ってくる。

笑い声が聞こえる。ぼうっとしてしまった。恥ずかしい。


   ◇


1時限目が始まる頃になると少し冷静になった。

‥‥結論から言うと、咲希と萌仁花にはばれているんじゃないかと思う。ばれたうえで、私がこれを秘密にしていることも分かっていて聞かないようにしているんじゃないかな。


だって私が自宅待機を解除されてから、登下校が変わった。咲希と萌仁花のどちらかまたは両方が必ず付き添ってくれるようになっただけでなく、変な視線を感じるようになった。

今朝の登校時も浮かれていたので、萌仁花に抑制してもらっていたとはいえ、‥‥視線には見られていたかもしれない。そうなったら何をされるか。


そして先週病院に行った時に感じたこと。

アリシアが、徹底的に監視されていると言っていたこと。


確かに政府はアリシアの秘密を守りたいのかもしれない。だからアリシアに接触した一般人である私のことも気にしてるんじゃないかと思うんだけど。

それにしてはちょっと厳重すぎない?

私、アリシアとちょっと話しただけの一般人だよ? いやちょっとところじゃないかもしれないけど。しかもアリシアは学校に編入するっていうから、アリシアの友人はこれからどんどん増えるよね。


‥‥ものすごく今更すぎるんだけど。


「ねえ咲希、私、何とは言わないけど監視されてるの?」


アリシアはともかく、私をそこまで監視する動機なくない? いやアリシアの件も心配だけど。私も監視されてるとなると、いざという時に動けないかもしれない。

そう思って、昼休みのはじめにトイレ近くで2人になったので小声で聞いてみたけど‥‥。


「あはは、犯罪者でもないのに監視だなんて、そんな小説みたいなことないよー」

「でもちょっと視線を感じるんだけど‥」

「あのね、週刊誌記者が真理のことを狙ってるの。ほら異世界人と話した生徒って2人しかいなかったでしょ。だから真理がどがどがって押し込まれないように政府が守ってるんじゃないかな」

「そっか」


‥‥‥‥多分それだけじゃないと思うんだけど、これ以上突っ込むのは野暮な気がしてきた。


「でも咲希、部活の顧問遅刻に厳しくなかった? 大丈夫?」

「ああ‥‥ハゲならよく分からないけど真理を助けるならいいって」

「え、そうなの?」


陸上部じゃない私の耳にも届くくらい遅刻嫌いは有名だったと思うんだけどなあ。


「まあ、そのうち落ち着くんじゃない? それよりそれより!」

「それよりそれより?」

「今日の食堂のメニューはカレーだよ!」

「いえーい!」


咲希と一緒に握りこぶしを高く上げる。ふふっ、はははっ。


   ◇


と思ったら食事後、3年生の森岡先輩から体育館裏に呼び出されていた。

ああー、このシチュ分かる。体育館裏ってベタでしょ。私たちの教室は西棟にあるんだけど、体育館は中央棟のピロティを挟んで東棟の裏にあるから、体育館裏ともなるとさらに距離がある。シチュ優先ってのは分からなくもないけど4時限目の直前だし(※宿河原高校は1コマ70分、午前3コマ、午後2コマとなる)、呼び出される方の都合を考えてほしいな。


「去年、体育祭で同じチームになった時から気になってました。俺と付き合ってください」


この宿河原高校で体育祭は9月開催だから、今日は6月入ったばかりだから9ヶ月前、私が1年生だった時からか。なんとなくそんな気はしてた。体育祭が終わった後も何かと声をかけられていたんだよな。

でも私はぺこりと頭を下げて謝る。


「ごめんなさい、私には他に好きな人がいるんです」

「‥‥それって、誰?」


そう言われて私ははっと気付いた。

これ自体は告白を断る常套句だからつい口に出しただけ。でも‥‥今の私には、好きな人に実体がいる。かもしれない。よく分からない。


「‥‥自分でもよくわからないです」


あ、思わず声に出してしまった。

でも仮にその人が好きだとしても、‥‥あの人は国家機密だから口にできない。

いずれここに編入する予定だけど、それでも私は何も言えない。

いや、別に好きって決まったわけじゃないし、国家機密はただの言い訳かもしれないけど。


‥‥ああそっか、私はアリシアのことが恋愛の意味で好きなんだ。

いや、今の段階では気になってる程度かもしれないけど。


うつむいてしまったけど‥‥先輩は食い下がる。


「ねえ、よく分からないんだったらさ‥‥しばらくだけ俺と付き合ってみるのはどう?」

「‥‥ごめんなさい」

「だからさ、そのさ‥」


どこかから「おい」という男の声が聞こえるが‥‥それより先に飛び込んできたのは、萌仁花だった。両手で私の手首を握ってくる。


「ねえ~まりまり、次移動教室だよ~」

「あ、うん、そうだったね」


別に移動教室ではないけど、萌仁花に感謝する。

ていうかどうして萌仁花がこんなところにいたんだろう。ずっと見てくれたのかな。ありがとう。


「というわけでごめんなさい、先輩とは付き合えません」


再びぺこりと頭を下げた後、「あ、おい」という声を無視して、今度は自分が萌仁花の腕を引っ張って走る。


   ◇


‥‥どうだっただろう。今日は、朝にアリシアの世界のお菓子を食べたせいもあって浮かれてしまったけど、‥‥ちゃんと隠せてたかな。

浮かれ過ぎはよくない。だってアリシアのことをもっと知りたいから。いちいち浮かれていたらすぐばれちゃうよね。


よし、今日もひとつ勉強した。明日も頑張ろう。


あ、その前にアリシアとオンライン面談と念話だね。宿題は早めに片付けるようにしよう。

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