アリシア:所有権
わたくし――アリシアは、ため息をついていました。
水晶玉をわたくしたちが使わせてもらうための条件があまりに厳しかったのです。
『返却』ではなく『貸与』です。
わたくしたちにとって大切なものを取り上げられ、実態もそうですが、名目上も日本の所持物にされるということです。
そして使用条件も細かく決められました。
使用できるのは、政府の指定した施設の中で、政府関係者の目の前でおこなうこと。
水晶玉を一時的に手渡した後、政府関係者や研究者の視界から隠すようなことをしないこと。
研究に協力すること。
使用のたびに事前申請し、承認をもらうこと。
使用目的、使用手順、転移するメンバー一覧、所持品などを全て明らかにすること。
使用者は常にアリシアであること。アリシア以外で特段の事情がある場合は審査するがおそらく認められない。
そして、最初に申し出た1年より早く帰還しないこと。
また安全確保の観点から、可能なら事前にテストを実施すること。
使用時に異常現象が発生した場合はただちに転移を中止し原因究明に協力すること。
使用結果は必ず外部記録に残すこと。
ただし協力状況に応じて使用条件を段階的に緩和する可能性はある。
いくら交渉しても、これ以上は譲ってくれなかったのです。
「‥‥水晶玉無しで帰還することはできますか?」
『理論上は可能ですが厳しい旅になります。水晶玉は私たちと元の世界をつなぐ糸の終端のようなものです。それがなくても異世界へ転移することはできますが、ここや元の世界とは全く違う世界に転移する可能性もあります。日本ですらこうなのですから、現地の住民に何をされるか‥‥。もっとも日本は元の世界と位相が近いので可能性はそこまで高くないですが‥‥次期国王である殿下の身の安全を考えれば必須と思います』
そうエレナがわたくしの念話に返事し、そして最後に。
『おそらく私たちが圧倒的な軍事力を見せつけて日本政府を脅迫するほうが早いです』
「‥‥それは本当に最後の手段にしましょう、ね。まだ1年あります。ですが、その手段も念頭に置いたうえで、確実に1年で帰れるということをわたくしから皆さんに約束いたします」
そうでないとペトロナを説得できる自信が、さすがにないのです。
ですが、わが王国を救うためには、最終手段を取るのが難しいのです。
最終手段をとるとしたら、それこそわが国の滅びを受け入れて、王族として国と運命をともにするということなのです。
できることなら傷つけたくありません。この日本は聖女の故郷であり‥‥‥‥真理さまの故郷でもありますから。
真理さまと仲良くなるほど最終手段を取れなくなるというジレンマがあるのは理解しています。
わたくしの世界でも、そうやって婚約者という名の人質を差し出す国はたくさんありました。
日本政府もおそらくそのつもりで真理さまを出しているのでしょう。
‥‥ですが真理さまにはあまり日本のことを悪く言いたくないです。
「水晶玉の交渉について、マノラの見解をお聞かせください」
『‥‥この問題の本質はさ、日本があーしらの力を恐れているんだ。だから制御する力が欲しい。単に日本があーしらと戦ったら負けるという意味だけじゃなくてさ、これからもっと凶暴な奴らが転移する可能性を考えると、あーしらに勝手に帰られるのも困る。そういう矛盾した気持ちで交渉してきてるんだと思う』
「‥‥‥‥」
『日本は主導権を欲しがっているんだ。まあここは日本の領土だし、少しは仕方ないと思う。平和的にやりたいんだったら、水晶玉も、今はいったんあきらめて信頼の印として預かってもらったほうがいい。あーしらが勝手に帰ったり何かを持ち込んだりしないって、今は信じてもらうしかないんだ。でもさ日本が既成事実化しないよう、交渉は建前だけでも継続。これはいい?』
「‥‥‥‥はい」
『でも外交するんだったらさ、あーしらも魔法研究に協力はするけどさ、核心になる魔法はもっと仲良くなるまで出さないというやり方でいくしかないよ。思いつくものとしては、魔法を防衛する手段、魔法使用を検知する手段。これらは日本が一番欲しがっていそうなものだ』
「教えないのですか?」
『全く教えないというのも態度を硬化させる。だからエレナが王都を滅ぼせる範囲で初歩的なことは教えるけど、これ以上は高度すぎて安全面でもリスクが大きいとか適当にごまかす。主導権をある程度こっちに残しておくんだ』
「‥‥わかりました。ペトロナにはわたくしからうまく言っておきます」
『助かるよ、それとさ、真理にも聞いてほしいけどさ』
‥‥真理さまと念話できたことはエレナとマノラ3人だけの秘密にしています。下手に広めて漏れるのも困るので、こちらも信頼できる人だけで共有したほうがいいですね。モニカには話す機会がなかっただけで、後で伝える予定です。
『日本政府や日本国民があーしらの魔法で具体的に何を欲しがってるか、真理にそれとなく聞いてみることはできる?』
「‥‥真理さまを利用するのですか」
『他に手段ある?』
「‥‥‥‥善処します」
やむを得ません。
‥‥この時点で、真理さまは『日本政府にとっての戦略資源』から『相互に板挟みにされる戦略資源』になってしまいます。ストレートに言えば、日本だけでなくこちらも、真理さまの好意を外交に利用することになります。
もちろん、仮に、仮に王妃になるとして、王妃も含めて王族はそういった争いの場に晒されます。国王も、王妃を隅から隅まで全部守ることはできません。王妃になるなら学んでほしいことです。それは分かっていますが‥‥彼女は今はただの一般の少女。わたくしは求婚すらしていません。今の時点で巻き込むのは‥‥心が痛みます。
真理さまはわたくしを助けたいと言ってくださいましたが、わたくしこそ真理さまに何かをしてやりたい。ですが贈り物はおそらく赤荻さまに却下されるでしょうし、困りました。




