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井上真理:ガラス越しの初対面

「‥‥えっと、家を出て左手に曲がって‥‥」


赤荻さんに言われた通りのルートを小声で復唱しつつ歩いていく。さらに右手に曲がれば‥‥あ、あった、青い車だ。そばにはちょっと地味な私服を着たおじさんが立っている。赤荻さんから言われた特徴通りだった。


「おはようございます」

「おはようございます、じゃあ乗って」

「はい」


乗らせてもらって、車は走り出す。‥‥といっても都内は車が多いし、スピードはお察しだ。といっても、仮に電車だとしても乗り換えが複雑なので、車と時間は変わらないかもしれない。

運転席のほか、助手席にも人がいるようだった。助手席の人は「大丈夫、トイレとかない?」と尋ねてくるほかはノータッチだった。


‥‥赤荻さんから電話が来るまではてっきり電車で行くものだと思っていたけど、移動手段まで指定してくるんだ‥‥。

‥‥待って、今までもアリシアとの会話の内容を制限されたりはしてたよね。私でさえこうなんだから、アリシアはもっと統制されて‥‥いやいや考えすぎか。普通に病院に入院してるだけ? だったらいいけど。

でも異世界の人だから、政府も少しはアリシアの護衛とかを考えるよね。マスコミが群がりそうだし、外国のスパイもいそうだし、政府はアリシアを外敵から守ろうとしてるのかな。だから私との面談でも、後をつけられないよう気を使ってる。特に帰り道は心配ってことだよね。うん、そうだね、絶対そういうことだよね。私はそれ以上考えるのをやめた。


でも、アリシアが高校の同級生のような『普通の友達』とは違う存在なんだと改めて認識させられる。

普通じゃないって何だろう。アリシアも、タブレット越しでしか話してないけど普通の女の子で、私と同じような感情があって、何にでも興奮してしまう純粋な子で、好奇心があって、きれいでかわいくて‥‥あ、最後は余計か。


この車は外から見ると窓は真っ黒に見えたが、中からはよく見える。私はなんとなく窓にあまり近づきすぎないようにして、静かに車窓を眺めていた。


   ◇


「体調は大丈夫ですか? 今朝体温を測りましたか?」

「はい、平熱でした」

「ありがとうございます。今日はこれから30分ほど、アリシアさんとの面談です。室内は2人のみですが、私と関係者は別室でモニタリングして、必要に応じてスピーカーでお声がけすることがあります」

「はい」

「最初のオンライン面談の時にご記入いただいた誓約書ですが、ご認識なさっていますか?」

「はい」

「本日も同様に、病院内で見聞きした内容についてはご配慮をお願いします」

「はい」


などということを‥‥赤荻さんと確認していた。

赤荻さんは親戚で毎年正月に会っている。時々電話で話す仲でもある。だから、電話やオンライン会議越しだとまだ平常心でいられたけど‥‥実際に対面すると、ものすごく違和感がする。でもできる限り行動には出さないようにして‥‥「了解しました」と自分なりに丁寧に対応してみる。


「ではお入りください」

「はい」


と言われて入ってみると‥‥


いる。


座ってる。


赤荻さんに事前に言われたら心の準備ができたのに、最初から部屋にいるなんて全く思ってなかったから。心の準備が。えっと、その。もう少し、その、部屋には誰もいなくて、私はアリシアが来るまでどきどきして深呼吸しながら待つ‥‥というのをイメージしてたんだけど、もう目が合ってしまった以上は仕方ない。


ドラマで見る警察の面会室は薄暗いけれど、こっちの面会室は真っ白で明るかった。窓から光が差し込んでいる。

それに横から照らされたアリシアは‥‥天使だった。

美術品のシャンデリアのように美しく輝く金髪は、あの時学校で出会ったときより何杯も何倍もきれいで美しい。

華奢な体は、面談カウンター越しだから下半身は見られないけれど、上半身だけでもよく磨かれた人形のような完璧な造形になっているのが、水色無地長袖のトップス越しに見えてしまう。

口は、病院の中なのに化粧しているかと思ってしまうようなきれいなピンク色の唇で彩られている。


どれも全部、オンライン面談では絶対に見られない色だった。


そんな宝石を具現化したような子と、目が合ってしまった。


「真理さま‥!」


‥‥もう後戻りはできない。

緊張する。‥‥でも。


「アリシアさん、お元気で何よりです」


緊張する。話そうとしていたことを全部忘れそうになる‥‥無理にぺこりと頭を下げて‥‥今、手の位置がよくなかったんじゃないかな。でも頭を下げ直すのも変だし‥‥座ろう。とりあえず座ろう。座ろう座ろう座ろう。

だだだっと駆け足にならない程度の駆け足で椅子に座って、改めてアリシアの顔を‥‥っ。


「ど、どうしましたか、大丈夫ですか?」


自分が今うつむいていることに気付いて‥‥ちらちらと顔を上げる。

ガラス越しに、美しい顔があった。

絵画と言われても文句は言えない、美の象徴が、目の前にある。

学校で会ったときは突然のことだったけど、今の私はそのときよりも落ち着いている。


「‥その、間近で見るときれいです」

「っ」


アリシアは頬を赤らめる。それから「‥そうでしたね、この距離は初めてでしたね」と頬を赤らめながら、私と視線を合わせてくれない。


‥‥‥‥頬を赤らめている。

私の頭もあたたかい。

‥‥あれ、私、危険なライン踏んでないよね。私は男と恋愛する普通の女の子だよね。あれ、普通ってなんだろう。いや今好きな男の子は特にいないけど。なんだか危険なことをしているような気分にすらなる。

それを自分でごまかすように。


「よく雑誌できれいなモデル‥‥あ、きれいな女の人の写真を見るんですけど、モデルを実際に見てるみたいだなって‥」


オンライン面談の映像では絶対見られない、瞳の細かい動き。映像越しだとテカったり強い逆光になったりすることもあるんだけど、それがない自然な光が、アリシアをよく際立たせている。


「わたくしも、真理さまがこれほどきれいな女性だとは思いませんでした‥‥ふふ、冗談です。背はほとんど一緒なのですね」

「背っていうか‥ちょっと立ってみましょう」

「え、座ったままでも分かりますよ」

「座高といって、人に゙よって脚の長さが違うので、座高が同じでも身長が同じとは限らないんです」


2人とも立ち上がって身長を比べてみると‥‥「わたくしのほうがちょっと高いですね」とアリシアが言う。

‥‥よかった。最初は変な空気になっちゃったけど、一度体を動かしたら落ち着けたかもしれない。半ばほっとしながら着席する。


「私は16歳ですけど、アリシアさんは何歳ですか?」

「17歳です。ひとつ上ですね」

「ふふ、誕生日はいつですか?」

「‥‥日本の暦ですと、7月くらいですね」

「それなら本当に私よりひとつ上ですね。私は12月です」


これまでも散々面談しているのに、今更何を話しているんだろう。‥‥でもこれを今まで話していなかったくらい、今までの面談はどこか私とアリシアの間にクッションのような柔らかい壁のようなものだあって‥‥今はガラス越しとはいえ、現実味が出てきたのだと思う。

こんなことになるくらいならオンライン面談の時にもっときちんと自己紹介していればよかった‥‥せっかくの初対面が自己紹介で潰れてしまう‥‥と思うと同時に、これを話すのが今で良かったとも思った。


「アリシアさんの世界では挨拶はどのようにしますか?」

「はい、このような場合はカーテシーをおこないます」

「カーテシー‥?」

「実演してみますね」


アリシアは立ち上がった。長いスカートの色は黒だった。それを持ち上げて頭を下げる所作が‥‥美しかった。


「デュトロン王国の第一王女、アリシアでございます」


片方の足を下げて、上品に、うやうやしく目の高さを下げる。

ここまで美しくするのに、どれだけの訓練をしたのだろう。素人の私でもそう考えてしまうくらい、ダンサーのように整った動きだった。


思わず拍手してしまったけど‥‥「あ、ごめんなさい」という言葉がぽろりと出てしまう。これは見世物ではなく、アリシアが日常でやっていることだ。


「ふふ、真理さまから見ていかがでしたか?」

「とても美しく整っています。その服がまるでドレスみたいです。‥‥実際は模様の入ったドレスですよね。いつかドレス姿のアリシアさんも見てみたいです」

「ふふふ‥‥」


アリシアは‥‥その続きを言うのをためらっていたような気がした。そうか、実際に会うとか約束する系は赤荻さんに止められるよね。私も少しは学習した。でも、少し寂しい。


「日本ではどのような挨拶ですか?」


‥‥それ聞いちゃう? 赤荻さんとよく話していたんだったら、頭を下げる仕草が挨拶だと思わないのかな。でもあれはフォーマルだし、もっとカジュアルな挨拶を求めているんだと思う。


「ビジネスのシーンでは頭を下げるのですけど、友達同士だったら手を振ったり、普通に笑顔だけだったりします」

「あっさりしているのですね。でもわたくしの国の平民同士の挨拶によく似ています」

「雰囲気は一緒なんですね‥‥ええと、つかぬことをお聞きしますが、王女が日本では平民の中で暮らすのですよね。抵抗感はありませんか?」

「ありません。日本の文化に合わせるのが礼儀だと思っております。我が国と日本では法律も習慣も異なりますが、わたくしはその垣根を越えて皆様と仲良くしたいと考えております」


‥‥‥‥すごくよくできている。人としてできている。私が恥ずかしいと思ってしまうくらいまぶしい笑顔だった。


   ◇


『井上さん、アリシアさん』


はっと気がつくと、スピーカーから赤荻さんの声が聞こえてきた。私ははっと思い出して立ち上がり、時計を見る。11時41分。しまった。約束の時間過ぎてしまった。


「ごめんなさい、赤荻さん」

『いえいえ、お気になさらないでください。会話が途切れるタイミングを見ておりましたが、少しお時間を過ぎてしまいました。いい形で面談できていたようで何よりです』

「‥はい。アリシアさん、短かったですが今日の夕方もオンライン通話ですよね。楽しみにしています」

「わたくしも楽しみにしております。またお会いしましょう」


お互いぺこりと頭を下げて、部屋を出る。あ、目の前に、ここへ来るまでの自動車の中で助手席に座っていた男の人がいる。この人について車に乗って帰るのかな‥と思っていたら「赤荻さんから話があるので少し待ってくださいね」と声をかけられたので立ち止まる。

少し気がはやってしまったみたいだ。恥ずかしい。


「楽しめましたか?」

「はい、それはとても」


軽く話した程度で沈黙‥‥普通は気まずさや退屈を感じるものだけど、この時ばかりは、赤荻さんが来るのが遅れてほしいと思った。余韻に浸っていたかった。

アリシアが暮らしているこの病院の隔離病棟は‥‥普通の病院と見た目は似ているけど、人がほとんどいないように見える。本当に特別な場所なのかな。

‥‥と思っていると赤荻さんが来た。


「井上さん、お待たせしました」

「いえいえ、今日はありがとうございました」

「ひとつお伝えすることがございます。アリシアさんを含め異世界からいらっしゃった7名は、6月下旬に井上さんの高校への編入に向けて調整中です」

「‥‥っ」


思わず言葉に詰まった。ずっと面会でしか会えないと思っていたので‥‥まさかあの子がもっと身近な存在になるとは思ってなかったので‥‥。


「率直に、どう感じていますか?」

「はい、願ってもないです」

「ありがとうございます。まだ調整中ではありますが、井上さんと同じ2年生として受け入れていただく見込みです。詳細はこれから詰めていきますが、学級委員長としてのご対応もお願いすることがあるかもしれません」

「はい」

「それから今後、アリシアさん以外の異世界人との面会もお願いする可能性がございます。日程などはまた連絡しますね。それから、編入の内容についても、取り扱いにご注意ください」

「はい、分かりました」


今後のことを簡単に聞いてから、家まで車で戻る。

また気持ちが冷めなかった。

アリシアのカーテシーがとてもきれいだった。オンライン通話では見られる範囲は限られているから絶対に見ることができないものだった。

アリシアのことをもっと知りたいと思った。


‥‥でもアリシアは、素人目で見ても、日本政府に保護されている特別な人だと思う。私がこんなことを思うのはおこがましいのかな。


‥‥でも、もうちょっとだけ知りたい。

なんなら、アリシアの周りにどういう人がいるかも知りたい。全部知りたい。

私って欲張りなのかな。もうちょっと控えめな子のつもりだったんだけどね。

あさって月曜日より20時10分またはそれ前後の更新に変更します

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