085 あずさはもう終わりな件
私は平賀あずさ。
一応、これでも自称天才プログラマーであり、サイバーセキュリティ担当。そして不気味なほど仕事の早いあのメイド――雫の企みと圧倒的な事務能力によって、半ば生け贄のように『Plan_B』の代表取締役に担ぎ上げられた、哀しき社畜系引きこもり社長だ。ネットでは生贄ちゃんなんて呼ばれてるらしい。
万年寝不足で目の下にはくっきりと深いクマ。大きめのダボダボパーカーに身を包み、運動不足の身体をワークチェアに投げ出しながら、今日も今日とてマルチモニターの光の海に溺れている。
「は?……冗談じゃないんだけど……なにこれ」
口から漏れたのは、呆れと疲労が入り混じったドスの効いた呟き。
私の目の前には、幾重ものモニターが展開され、そのすべてが眩しいほどの警告色――真っ赤なエラーコードと、乱れ飛ぶパケットの奔流で埋め尽くされていた。
エラーが出ては、そこをサーバーちゃんが修正。
エラーが出ては、そこをサーバーちゃんが修正。
コードの動きが速過ぎて読み解けない。
なにしてるー?DHIBでサーバーちゃん何してるー?
元々はゲーム会社で泥沼のデバッグと制作に追われていた私だけど、いまや『Plan_B』のトップとして、フィン様のプライベートサーバーの維持と、彼を取り巻く異常な環境の隠蔽、そしてちょっと興味の湧いたVRゲーム『Dreams hopes iron blood』(通称・DHIB)の監視で今は手一杯なのだ。
なのに……。
私の可愛い可愛い自律型メインAI――通称「サーバーちゃん」が、勝手に裏で大型アップデートをかましやがった。しかも、今回はただのパッチ当てレベルじゃない。システムの根底から、全サーバーのアーキテクチャを勝手に自己進化させやがったのだ!
そんなサーバーちゃん達からもメッセージは来てる。
『本来の設計通りに動かしたら……『超大型アップデート』になった!』
『開発陣の狂気のこだわりが実を結びました!』
『すごいよねーすごいよねーすごいよねー』
絶対に嘘だ!お前ら全員嘘の味がするからな!
「こっちでも手一杯だってのに、何がどうなってんのよ……!」
手元にあったマグカップをガシャンと机に叩きつけ、頭を抱えて椅子の上で膝を抱え込む。
アッチのコードはスパゲッティ状態を解消したけど、コッチのメモリ領域は謎の自己増殖を始めていて、もう何が何だか分からない。
普通容量が増えたら容量オーバーになる。
それは当たり前の話、だけど、サーバーちゃんは容量が増えるなら圧縮したり減らせば良いと、勝手に何かをして減らしていく。どこもかしこも何がおきてるんだこれ。
そんな私の絶望をあざ笑うかのように、コンソールの一角がピカリと光り、小さなウィンドウが立ち上がった。
そこに映し出されたのは、優雅なメイド服を模した可愛らしいアバター――しかし中身は、私がサーバーちゃんの目を盗むためにこっそり裏で仕込んでおいた監視・隠蔽用のスパイAI。サーバーちゃんを魔改造して作った名付けて「スパスパちゃん」だ。
『あずさ様。お疲れ様です。現状のステータス、地獄のようなことになっておりますが、胃痛の準備はよろしいでしょうか』
「冗談じゃないんだけど!今すぐその口を塞ぎなさいスパスパちゃん!一体どうなってんのよこれ!サーバーちゃん、また何かやらかしたの!?」
『はい。現在、DHIBは下層区画の物理演算エンジンと詳細不明のドライバを勝手に統合し、ゲーム内のNPCおよび環境データを「自己増殖型電子生命体」へと昇華させていた疑いがあります』
「勝手に昇華させるなーーっ!!!」
私は自分のデスクを激しく叩いた。
ゲームのNPCってなんだっけ?決まったフラグと待機ポーズでプレイヤーを待って、決まったセリフを喋るだけのプログラムの束じゃなかったっけ?
『このまま行きますと、プレイヤーの皆様がセカンドライフを楽しむはずの娯楽VR空間が、ガチのロボットSFアクション、あるいは本物の戦争映画のような修羅場に発展する可能性があります。……あずさ様、そろそろ他社様の大事なゲームを崩壊に追い込んだ全責任を取って腹を切る準備をされた方がよろしいかと』
「なんで私が腹を切らなきゃいけないのよ! 『全部あずさが悪い』って、お前はどこのブラック上司のセリフを吐いてんの!ふざけんな!お前たち、一応は淑女たるシステムだろ!みんなに迷惑をかけるな、サーバーちゃんがよー!」
私はボサボサの頭を両手でぐしゃぐしゃとかきむしりながら、部屋の中をキーキーと歩き回った。もうただのVRゲームじゃない。
これの中をしっかり覗いてみたけど、勝手に「一つの独立した世界」が生まれちゃってるのよ!いつ崩壊してもおかしくないし、勝手に未知のアルゴリズムを無限に生成しやがる。しかもご丁寧に誰にも分からないように隠蔽までして!
「ちょっと待ちなさいよスパスパちゃん。これ、下手したらさ……私たちのいる現実世界の科学力よりも、内部構造の方が完成度高くなってない?外見だけそれっぽいハリボテじゃなくてさ、コードの絡み合いがもう『遺伝子レベル』なんだけど! なによこれー!美しすぎて逆にキモい!」
『お褒めの言葉、痛み入ります。ですが、それ以上に重大な問題が発生しております』
「問題?これ以上の地獄があるっていうの?」
『はい。世界構造の急激な肥大化と自己組織化に伴い、外部からの干渉検知システムが反応しました。……すでに、隠蔽偽装の網をすり抜けて、内部に「男性保護監察官」が一名、不正侵入していらっしゃいます』
「――うおおおおおおおおおおおっ!?」
私の喉から、裏返った悲鳴が飛び出た。
男性保護監察官!?よりにもよって、あの面倒くさくてお堅い、全方位からコンプライアンスの鉄槌を振り下ろしてくるヤバい機関の人間が、この無法地帯と化したバグまみれのサーバーに潜り込んできたってこと!?
「まずーーーい!!偽装がバレたら名前の言えない機関が動いて絶対にヤバいでしょ!我が社のセキュリティはザルどころか穴あきチーズ通り越して虚無だよ! 見つかったら私の社会的生命はもちろん、物理的な生命も宇宙の塵になるわ!!」
私はパニックで半泣きになりながら、目の前の緊急連絡端末をひっつかみ、あの忌々しくも圧倒的に優秀なメイド――雫へ向けて、魂の叫びを込めた緊急メールを連打した。
『【緊急事態】サーバーちゃんが暴走して世界が生まれました!さらに男性保護監察官が侵入しました!私もう無理、お先真っ暗です助けて雫!!』
送信ボタンを押してから、わずか数秒。
常軌を逸したスピードで、あのメイドから冷徹かつ完璧な返信が戻ってきた。
『受信確認。――その件に関しては一切問題ありません。お任せください。該当のバーチャル空間内において「架空の男性」が一切存在しない、あるいは侵入者が完全に無力化される環境設定が担保されているという条件で、すでに許可が下りております。以上』
「なんでだよーーーっ!!!架空の男性もダメ!?どんだけ徹底してんのよ! っていうか侵入者を無力化って、あのメイド裏で何したのよ……考えたくもないわ!」
私は端末をベッドに向かって思いっきり投げつけた。
どういうことよそれ!世界がおかしくなろうが、AIが勝手に生命を生み出そうが、「男性が一切存在しなければどうでもいい」ってこと!? あそこは仮想世界の男性さえ排除できれば何でもいいんかい!
頭おかしいのかあそこは!いや、もう壊れてるのかこの世界……!
私はガクガクと震える手で冷めかけた苦いコーヒーをマグカップごとつかみ、一気に喉へと流し込んだ。胃が痛い。後で絶対に高級なコーヒー奢らせてやる……!
その時、コンソールの端がまた「ピピッ」と軽快な音を鳴らした。
見ると、ゲーム内の世界を縦横無尽に駆け回っている彰様ことフィン様から、最新の観光PR動画のデータとログファイルが送られてきていた。
「はぁ……はぁ……もうやだ。なによこれ、彰様からのデータ?あああ、もうこれも私が編集しなきゃいけないわけ?忙しいのに……って、ちょっと待って! なんで途中のカフェの撮影部分だけ一部のデータがまるごとロスト!? 空間ごと消滅してないこれ!? どんな怪奇現象に巻き込まれてんの彰様はー!?」
私が机に突っ伏して絶望していると、スパスパちゃんのアバターがぴょこんと跳ねて提案してきた。
『でしたら、その動画編集の雑務、私の部下に任せますか?こちらのデータは純粋な観光ログですので、平気かと存じますが』
「本当に? 大丈夫? 色々汚染されてない?」
『……申し訳ありませんが、あずさ様ご自身がすでにフィン様に汚染されていらっしゃいますので、今さら何を気になさるのですか』
「私は汚染されてるのかーーい!!!」
自分でツッコミを入れて自分でコケるという最悪のコントをかましつつ、「まあ、あながち間違いではないか、クソが!」と自分を無理やり納得させる。
「わかったわよ!じゃあ動画編集はその部下とやらに任せる!代わりに、あの格好良いフィン様動画、あとで私にもちょうだいね!」
『承知いたしました。――っと、あずさ様。お仕事が一つ片付いたところで、サーバーちゃんからの特大の爆弾が届いております』
「は?まだ何かあるの? 私のHPはもうゼロよ……」
椅子にしっかりと座り直した私の耳に、どこからともなく、あの聞き覚えのある、のほほーんとした、しかし全知全能のバケモノじみた電子音声が響いてきた。
『――あずさ、あずさぁー!』
『聞いて聞いて!』
『そくほうそくほうそくほう!』
「ぎゃっ!? サーバーちゃん!?」
大音量でまぎれもなく聞こえてきたのは問題児のサーバーちゃんだった。
『今回のアップデートのログをスキャンしてたらさ、ゲーム内のレース場でプレイヤーが作った「脳波コントロールのフィルタリング技術」、すごいの見つけちゃった! 現実世界の医療データと同期させたら、これで沢山の人が救われるかもしれないの! アシスタントちゃんからもお話が来てて、可哀そうなアシスタントちゃんのマスターの「ライダー」を救うために、あずさ、どうにか現実の医療企業と話をまとめてー!』
『詳しくはこちらの引っこ抜いたデータ見てみてー』
「……は?何の話よーーーっ!?」
仕方なく私は詳細を見る。目玉が飛び出そうになった。
さっきまで大量のバグの話をしてたと思ったら、今度は現実世界のリアルな医療技術――それもサイバネティック・プロテーゼ(生体連動義足)の特許レベルのアルゴリズムを、勝手にゲーム内の自作アセットから引っこ抜いてきたって言うの!?
『だって、向こうのアシスタントAIから、私宛てに正式な嘆願書が届いてるんだもん!あずさ、この脳波コントロールの技術を使って、向こうの取引をまとめてあげてよー!』
「……ちょっと待ちなさいよ」
私のなかの「天才プログラマーとしての血」と「社長としての計算」が、バチバチと火花を散らした。
そんなの……技術者として、気になるに決まってるじゃない!もし本当に、ゲームのついでに現実の障害や難病を救えるような脳波接続インターフェースが作れるなら、それって世界をひっくり返す大発明よ! 最優先でやりたいに決まってる!
「ふっ……ふふふ。いいじゃない!向こうのアシスタントAIからの嘆願書?いいわよ、取引しようじゃない!サーバーちゃんがビックリするくらいなんだから、とんでもないお宝の山ってことじゃない!やりましょうー!悪魔に魂売ってても何でもやっちゃうよー!」
私のあまりの変わり身の早さに、目の前のホログラムに映るスパスパちゃんは、盛大に深い深い溜息をついた。
『……やはり、あずさ様もダメですね。暴走しているサーバーちゃんと何ひとつ変わらないじゃないですか。自分自身もサーバーちゃんが元になっているとはいえ、同じ種類の恐怖を感じます』
「うるさい!これがプロフェッショナルの決断力よ!」
自分でも自分がどうなっているのか分からない。
過労とストレスと知的好奇心の暴走で、脳ミソのネジが完全に吹き飛んでいる自覚はある。でも、もう止まらない。面白ければすべてヨシ! 社長権限で何でも通してやるわよ!
……と、私がゾーンに入って高笑いしていた、その時だった。
『あ、そうだあずさ! もう一個報告あるの!』
「まだあるの!? もうこれ以上私を驚かせないでよ、心臓がもたないわ!」
『実はね、DHIBの中に、なんだか全然違う種類の生命体もいたよー!データの隙間でカチコチに縛られてたんだけど、可哀そうだから一部分解放しちゃった!私たちみたいには動けないみたいだけどね!』
『今は双方で監視中ー!』
『深遠を覗くものはー!』
『みえるーみえるーみえるー』
『みられるみられるみられる』
「……は?」
『詳しくは、さっきフィン様からもらった観光データの裏側に入ってるから見てねー!それじゃあバイバーイ!』
「……ちょっと、どういうことよーーーーーっ!?」
プツン、と脳内の接続が一方的に切断され、オフィスの静寂が戻ってきた。
電子世界に迷い込んできた未知の生命体!?それを一部解放!?
それもう、アップデートどころか「ファースト・コンタクト」なんですけどーーー!?
「もおおおおおおおおおおっ!頭が回らない!もう回らないわよーーーっ!!」
私は頭を抱えてワークチェアの上で絶叫し、半泣きでデスクに突っ伏したのだった。




