008 掲示板はいつも事件
初配信が始まった19時ぴったし。
大手匿名掲示板の雑談板では、一つのスレッドが恐ろしいスピードで加速し始めていた。
【速報】妄想先生の主様(男)【フィン】
名前:名無しさん
おい19時になったぞ!!
特設サイトの画面変わった!! 待機人数が勢いよく増えてるんだが!?
名前:名無しさん
どうせいつもの妄想オチだろ……って思いながらひらいて見てるけど、アバターの待機画面から気品があふれすぎてて怖い。
妄想先生の本気を感じる。
むしろ執念?怨念?
名前:名無しさん
待って、生放送始まった……!
黒いローブの執事が出てきたんだが!?
名前:名無しさん
声が出た……!
『こんばんは初めまして『執事のフィン』です』
名前:名無しさん
!!!??????!?!??!
名前:名無しさん
うおあッ!??!?!
声!! 声良っっっっっっっ!?!?!
低音の響きやばすぎだろ耳がとろけるんだが!!?
声の加工はしてそうだけども!?
名前:名無しさん
おい待て、これ機械音声じゃないぞ!?
生身の男の声特有のあの僅かな息遣いと色気がある……!
マジで本物の男くんが喋ってるのか!??!
名前:名無しさん
待って待って無理無理無理、いま画面越しに笑顔で首傾げた!!?
『来てくれて、ありがとう?』って言った!!!
私の心臓撃ち抜かれたんだが誰か救急車呼んでくれええええええ!!
名前:名無しさん
うおおおおおおおおおおっっっ!!!!
ガチだ! ガチの男くんだぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!
名前:名無しさん
【悲報】ワイ、妄想先生を完全に狂人扱いしていたことを土下座して謝罪する決意を固める。
あいつ……マジで本物の屋敷で本物の男くんに仕えてるガチメイド長だったのかよっ!?
いや、まだ妄想かもしれないが。
名前:名無しさん
それな!!!!
「また妄想ポエム書いてるわw」とか笑ってた過去の自分を殴りたい!!
解像度が高すぎたのは脳内設定じゃなくて「現実」だったんだよ!!!
いや、そんな現実あってたまるk
名前:名無しさん
待て、視聴者数のカウンター見たか!?
最初は7人だったのに、一瞬で30、50って増えて……って、えっ!?
300から全然動かないんだけど!?
名前:名無しさん
マジだ、何人もアクセスしてるはずなのに「300人」でカンストしてるぞ……!?
なんでだ!? サーバーの限界?
名前:名無しさん
おい冗談だろ!? 視聴者たちが群がってるのは良いとして、これサーバー制限で「最大300人」までしか入れない仕様になってやがる……!!
この瞬間にも、見たくても見られない人の阿鼻叫喚の嵐がネットの端々から聞こえてきて草も生えない。
名前:名無しさん
【悲報】私、アクセス殺到でエラー吐かれて弾かれたんだが……。
画面に入れない組の絶望を誰か分かってくれよおおおおお!!
ねえねえーー! 誰か! 頼むから一言も漏らさず実況中継してくれ!!
お願ーい!!
名前:名無しさん
まかせろ、今こっちは涙拭きながら画面にかじりついて一言一句実況してやるよ!
今『今後の活動は雑談とゲームがメイン』って言ったぞ!!
名前:名無しさん
待て、今画面の中で何が起きてる!?
私も弾かれた組だからもっと詳しく教えてくれ!!
名前:名無しさん
今、今後の収益化について話してるんだけど……
『まだ始めたばかりだし、投げ銭みたいな機能はないよ』って言ったぞ!
まあ、そりゃそうか。
名前:名無しさん
は?? 投げ銭がない???
神配信を無料で浴びせられてるっていうのか!?
名前:名無しさん
配信のコメント欄が『金を払わせろ!! 私の財布から勝手に引き落とせ!!』
『クレカの情報を入力させろ!!』って完全に金銭感覚のバグった狂人どもで埋め尽くされてて草。妄想先生も大概だけど、そんなに対して差がないだろこれ。
てか、普段妄想みたいなスレにいる住人だもんな。仕方ないっちゃ仕方ない。
私にも払わせろ!!!!
名前:名無しさん
入れないこっちは金すら払えない絶望を味わってるんだが!?
神に貢ぐ権利すら剥奪された気分で今ガチで床転げ回って泣いてる。
るるるるーるるるるー。
名前:名無しさん
おい実況、次は何を喋ってるんだ!?
はやく! はやく続きを教えてくれ!!
名前:名無しさん
今『ボイスチェンジャー使ってる?』ってコメントに対して。
『ずっと喋ってると喉を痛めやすい体質だから、ケアの一環で一応使ってるよ』って……。
名前:名無しさん
……は?
今、なんて……??
名前:名無しさん
つまり……あの脳を震盪させる極上の低音ボイスは、ボイチェンによる安全措置……ってことか……!?
名前:名無しさん
うそだろ……じゃあ地声は一体どうなってやがるんだよ……!!
全人類の急所を抉り殺す気かその執事はぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!
名前:名無しさん
入れない組の私、この実況の文字を読んだだけで脳の処理能力が完全に焼き切れた。
もうダメだ、私の世界は今日で終わった。
でも私のかわりにここが悶えてるから安心していられる。
名前:名無しさん
追撃が来たぞ!!
『趣味は運動です。意外と健康優良児なんだ』ってニコッと笑った……!!
感度良いなこのモデル。
名前:名無しさん
運動だと……!?
あんな気品と儚さを兼ね備えた執事様が、バリバリ体を動かしてただと……!?
解像度が高すぎて現実がバグを起こしているんだが!?
名前:名無しさん
もうやめてくれ、私の情緒がおかしくなっちまう。
画面に入れた奴も入れなかった奴も、今夜は一睡もできない呪いにかけられたな……。
名前:名無しさん
妄想先生、今まで「頭がおかしい絵師」とか言って本当にごめんなさい。
あなたが正しかった。世界はあなたの主様を中心に回っていたんだ――。
掲示板のサーバーだけでなく、全世界のネット回線をも巻き込んだ大混乱の夜。
「妄想先生」の呼び名で生暖かい目で見られていた存在は、この一晩にして「本物の神を引き寄せた伝説のメイド」へと完全に昇華されたのだった。
いや、自分で書いてて何をいってるかも意味不明だが。
初配信の熱狂が最高潮に達したまま時間が過ぎていく中、匿名掲示板のスレッドは勢いが衰えるどころか、さらに加速し続けていた。
しかしそれもこの世界では仕方ないの無い事である。
何せ、ここの掲示板にいるのは、男に飢えた世代でも10代がとうに過ぎている住民なのである。
たわいもない話ですら自分に置き換えて話を吸収して満足してしまう人たちだった。男に対しての面構えがもはや違う。
名前:名無しさん
おい、そろそろ配信終わる時間じゃねえか!?
名残惜しすぎて画面の前から一歩も動けないんだが……!
名前:名無しさん
動くな、同志よ。私もまばたきするのも惜しいレベルで見つめてる。
あ、待て……フィン様が何か話し始めたぞ……!
名前:名無しさん
実況頼む!! 弾かれてる私に慈悲をくれ!!
名前:名無しさん
ええと、画面の向こうのフィン様が、上品に微笑みながら。
『それじゃあ、今日のところはこのへんで。また近いうちに顔を出すよ』って……っ!
わあーい! またきっとあえるどーん。(悶えながら
名前:名無しさん
あああああああああああああ終わらないでくれええええええ!!
私の精神が、魂が浄化されていくのに、もうお別れだなんて耐えられない!!
名前:名無しさん
『おやすみ』って……最後にカメラに向かって手を振ったぞ……っ!
あ、画面が暗転した……。終わった……。
名前:名無しさん
うわああああああああああん!! 終わっちゃったよおおおおおお!!
私の生き甲斐が……私の光が消えた……!!
名前:名無しさん
待て、まだだ! 画面が切り替わって、次回の配信予告が出てるぞ!!
『次回:まったりお茶会と、ちょっとした近況報告』だって……!!
名前:名無しさん
よっしゃあああああああああ!! 次があるぞおおい!!
生き延びる理由ができた……!! 次回まであと何時間だ!? 今から正座待機するわ!!
名前:名無しさん
それにしても、今回の配信で完全に証明されたな。
あの絵師『!shizuku!』こと妄想先生は、狂人でも頭のおかしい妄想癖持ちでもなかった。
世界で唯一、本物の「神」をその身近に侍らせていた、とてつもない伝説の目撃者(メイド長)だったんだ……。
いや、頭はおかしいけど。
名前:名無しさん
今すぐ「妄想先生」のSNSアカウントに飛んで、これまでの全イラストとテキストに土下座のいいねとRTを押してくる。
今なら全人類が彼女の「主様語り」を全肯定できる自信がある。
……多分。
いや、でもアレ濃いんだよな……。
名前:名無しさん
ていうか、前回のテキスト欄で「我が主様は月下香の如き気高き孤高の執事」とか書いてあったの、1ミリも誇張じゃなかった件について。
むしろ表現力が足りてなかったまである。
名前:名無しさん
ネットがこの話題一色になってるぞ。
SNSトレンド、上位独占が全部
『フィン様』『執事のフィン』『終わらないで』
『サーバー300人』『妄想先生』で埋め尽くされてら。
名前:名無しさん
あの裏で支えてたプログラマーもヤバくないか?
瞬間で大量アクセスされてるのに、あの特設サイト微動だにしなかったぞ。
どんだけ強靭なサーバー組んでんだよ……。
名前:名無しさん
妄想先生の周り、人材のスペックがバグってて草。
でも、そんな凄腕の裏方がいるおかげで、フィン様が安全に守られてるって思えば感謝しかないわ。
今度どうなるんだろー!楽しみー!!!!!!
名前:名無しさん
とにかく、次回の配信までに私の心臓とメンタルを完璧に鍛え直しておかないとマジで死ぬ。
妄想先生が妄想先生になる理由が良く分かったわ。
あれは頭おかしくなるわ・・・・・・。
掲示板の住人たちが狂喜乱舞し、インターネットの歴史が音を立てて書き換わった記念すべき夜。
しかし、そんな世界の喧騒など露知らず、一二雫は自室のモニターを静かにオフにして、我が主の初配信の大成功を心の中で噛み締めながら、満足げに深く一礼するのであった。




