078 諦めた件
VRゴーグルを頭から外し、椅子に深く倒れこむ。
視界に広がるのは、見慣れた我が家の白い天井。
「……はぁーっ。疲れた……けど、めちゃくちゃ面白かった!」
私は思わず深いため息と一緒に、笑みがこぼれてしまう。
ここ数日、私は暇を見つけてはVRゲーム『Dreams hopes iron blood』に飛び込み、あの人型兵器のコックピットに籠もりきりになっていた。
……まあ、結果から言うと、地獄を見たのだけれど。
地上での歩行、それと基本形となる接地状態での格闘・射撃チュートリアルは、なんとか形になった。
左右独立した油圧フットペダルと、手のスロットルレバー、さらには頭部の視線トラッキングを連動させるあの狂気的な操作感。最初は一歩踏み出すたびにあたふたしてたけど、慣れというのは恐ろしいもので、何度も転んでいるうちに「あ、ここでペダルを少し戻して荷重を移動させるのか」というのが感覚で掴めるようになってきたのだ。
だが——問題は、その後に待っていた「飛行システムチュートリアル」だ。
「鳥になって来い!って、アシスタントちゃんあれは無理だよ!」
思わず天井に向かってツッコミを入れてしまった。
スラスター全開でいきなり空へと垂直打ち上げられ、高度1000メートルへ。
そこから三軸ジャイロと慣性キャンセラーをミリ単位で調整しながら滑空・ドッグファイトを行うという鬼畜仕様。
ちょっとペダルの踏み込みを間違えれば即座に「失速」のアラームが鳴り響き、機体は錐揉み回転を起こして地上へ一直線。
地面に向かってドカンと大爆破して、何回爆散したことか。
アシスタントちゃんの「機体制御補助モード」をオンにすれば、完璧な姿勢制御を代行してくれるから一気に快適になる。……なるのだけど!
やっぱりゲーマーとしての変なプライドが邪魔をするのだ。
「ここまで歩行をフルマニュアルで掴んだんだから、飛行チュートリアルくらいは自力でクリアしたい!」
その他の実践戦闘チュートリアルや基本ミッションは、まあそこまで極端な操作精度を求められるわけじゃなさそうだったから、集中的に練習するのは一旦後回しでいい。
それとは別に、あまりゲームばかりに没頭して自分の生活や配信をおろそかにするわけにはいかないからね。
「よし、今日のところはこれくらいにして、少し体を休めるか」
身体を起こし、机の脇に転がしていたスマートフォンを手にとった。
画面をスワイプしてSNSアプリを開くと、タイムラインのトレンド欄は予想通り、ひとつの話題で埋め尽くされていた。
『DHIB』
『ハイパーモード』
『鳥になって来い』
『アシスタントちゃん尊い』
画面をスクロールするたびに、プレイヤーたちの悲鳴と歓喜の投稿が怒濤の勢いで流れていく。
『ハイパーモードの操作感ヤバすぎる!』
『スラスターの出力調整失敗してぶつかった件について』
『アシスタントちゃんに仕事の愚痴言ったら優しくしてくれた!』
『質問:「鳥になって来い!」って言われて10秒で爆破するんだけどどうすればいい?答:散れ』
「あはは、みんな同じところで苦戦して楽しんでるなあ」
思わず口元が緩む。
SNSでも、プレイヤーたちが思い思いのスタイルでこの過酷で魅力的な世界を遊んでいた。数日前まで、サービス終了の危機に瀕していたインディーズゲームだったらしいけど、今やゲーマーを熱狂させる一大ムーブメントになっている。
まさか、私のリプレイ動画から始まって、こんな大ごとになるなんて思いもしなかったな。
スマホを操作して、メッセージアプリを開く。
通知欄には、事務所の社長であるあずささんや、開発会社である『ヴィジョンアドベンチャー』さんからの連絡が届いていた。
『あずさでーす。彰様。DHIBのアップデート大成功でーす!こんな面白い玩具の原石を掘り当ててくださり、本当に感謝してまーす』
『ヴィジョンアドベンチャー開発チームです!フィン様のおかげで我が社のゲームが息を吹き返しました!今後ゲーム内部で何かお困りのことや、ご要望などがございましたらいつでもお気軽にご相談ください!』
どちらも、文章から溢れ出るような熱気と感謝が伝わってきて、胸が温かくなる。
本当に良いゲームだからこそ、こうして報われて良かったと心から思えた。
さらにメッセージを読み進めていくと、あずささんからもう一つ、重要な報告が入っていた。
『伝え忘れてたので追伸でーす。ヴィジョンアドベンチャーと共同開発してた「配信者用VRツール」が完成したので。これでVチューバーがVR空間内にアバターを保持したまま自由に撮影・配信できるようなります。だーけーど、ゲーム内の世界観維持とセキュリティ保護のため、配信権限には個別の厳重な審査を設けてますのでご注意。勿論フィン様は除くけど!というわけで、外部の配信者のテスト導入や審査の基準作成にあたり、誰か信頼できるオススメのVチューバー様はおりません?個人勢・企業勢問いませーん!』
このメッセージをもらった時、私の頭の中にパッとひとりの顔……というか、アバターが浮かんだのだ。
「誰かオススメかぁ……。うん、というか、知ってるのはシンディしかいないな」
私がお薦めしたのは、個人勢のVチューバーとして活動している『シンディ』だった。個人勢で真面目で、とにかく一つのゲームを黙々とやり込む職人肌の配信者だ。
早速あずささんに「個人勢でシンディっていう子がいるんですけど、どうですか?SNSのアカウントは……」と詳細を返信しておいたところ、あずささんから「お?面白い子いるの!?私、気になっちゃうから打診してみますねー」と返事が来ていたのだった。
そこで自分がしたことがちょっと不味いことだというのを忘れていた。
男性からそういうのを言うのは不味かったかもしれない。
あれはあずささんなりの冗談だったのかも……。
私は直ぐに事後報告として、シンディのSNSに個人メッセージを送った。
kojinyou_fin『シンディ、突然ごめん!実はPlan_BとDHIBのコラボで配信用VRツールのテスト協力者を探してて、勝手にシンディの名前をお薦めしちゃった。もし興味あったらうちの会社から連絡いくと思うからよろしく!』
すると、少ししてシンディから返信が届いた。
sindoi_Cindy『DHIB……?今話題になってるVRゲームだね……。懐かしい……かも。わざわざ紹介してくれて……ありがとうフィンさん……ふひひ』
メッセージの文章からも伝わってくる、相変わらずのテンション。
闇を抱えたような、乾いた笑い声が聞こえてきそうな口癖。
そして続くようにメッセージが返ってきた。
sindoi_Cindy『あのVRゲーム……遊んだことがあるんだ……。でも、最近話題になってる「ハイパーモード」っていう新しいやつは……まだ遊んだことがないから……。せっかく声をかけてもらったし……埃かぶってるVR機材が使えたら復帰してみるよ……ふふふ』
「へえ、じゃあシンディって復帰勢になるんだ?意外だなあ」
画面を見ながら独りごちる。
シンディといえば、普段の配信でクラフト系ゲームや、黙々と素材を集めるような地味な作業配信を好んでやっているイメージがあった。
あんな過酷で骨のあるロボットアクションゲームをやっていたなんて、なんだかギャップがあって面白い。
「ん?……待てよ?」
私はふと、シンディの過去の配信映像を思い出して首を傾げた。
「何十時間もかけて狂気的なまでに『石』を一人で積んでいたよね。寸分の狂いもなく綺麗に積み上げる謎の技術を持っていたような……」
あんな風に、石を緻密に積める集中力と指先の感覚があるなら……。
「もしかして、人型兵器のあの狂った油圧ペダルや微細な操作、めちゃくちゃ上手かったりする?」
「……いやいやいや!なわけないか!」
私は自分で考えつくしておかしくなり、頭を振って笑ってしまった。
「いくら石を積むのが得意だからって、二足歩行ロボットの荷重移動とは全然関係ないよね!多分、昔遊んでいたのも『鉱石の採掘』とか『資材集め』の要素に惹かれてやってただけじゃないかな」
まあ、でもDHIBの世界に復帰してくれたら、それはそれで賑やかになって楽しそうだ。今度ゲーム内で会えたら、飛行チュートリアルのコツでも聞いてみるか……いや、シンディのことだから、私と同じように空中爆発して「難しすぎるよ……ふひひ……」とか言って頭を抱えているかもしれないけれど。
……………
……………
……………
……………
「——っと、そういえば」
スマホでSNSを見るのに夢中になってて、私は大切なことを思い出していた。
「配信トラブル、直ったんだっけ」
詳しくは分からないけれど、色々あったらしい配信の件は、あずささんから、『トラブルの元を綺麗にお掃除しておきましたー!もうバッチリ使えまーす』という元気すぎる報告が届いていた。
トラブルが解決して、さらにDHIBとの公式コラボも動き出している。
しかも配信用VRツールも完成したとなれば……そろそろ、テスト配信か何かを行ってもいい頃合いなんじゃないだろうか?
「あずささんからは『好きに配信してくれて構わないけど、やるときは事前に聞いてね』って言われていたっけ」
思い立ったが吉日だ。
私はスマホの連絡先からあずささんの37564番号を選び、発信ボタンを押した。
コール音が二回鳴ったところで、カチャリと電話が繋がる。
『はい、こちらあずさ。彰様、何か用ー?』
電話の向こうから聞こえてくるのは、いつも通りのフランクな声。その後ろで、キーボードを叩くカチカチというタイピング音も聞こえる。
「あ、あずささん! お忙しい所すいませんー」
『んー? 何かしらー?』
「DHIBの配信なんですけど、配信トラブルも直ったみたいですし、せっかくなら今から配信してみてもいいのかなーと思いまして」
『ブッフォーッっ!!??』
「……うわっ!?」
電話から響き渡った、凄まじい「液体を盛大に吹き散らす音」に、私は思わずスマホを耳から遠ざけた。
「あ、あずささん!? 大丈夫ですか!?」
『ゲホッ!ゴホッゴホッ……!!くそ、私のコーヒーが……!』
「だ、大丈夫ですか!?」
『大丈夫じゃない!ゲホッ……!ちょ、ちょっと彰様ー?』
電話の向こうで、あずささんがハンカチか何かでデスクを猛烈に拭く音が聞こえてくる。そして、呼吸を整えたあずささんが、悲鳴のような大声を上げた。
『なんで!急に!そういう事を!しようとするわけ!』
「いや、なんか配信がもう使えるって聞いてたのでー、アリかなと……」
『それはそう!そうだけど!そうなんだけども!こっちにも準備というものがあるでしょう!ライブ配信となると、調整とか、ヴィジョンアドベンチャーへの事前告知とか、宣伝ラインの確保とか、いろいろ段取りとか!』
「あー……そうか。いきなり生放送だと『またか』ってなっちゃうのか」
『よくわかりましたね。えらいですねー彰様。それでもフィン様なら仕方ないよねってなるけど……真面目に今のDHIBの同接数で彰様が「今から遊ぶよ〜」なんて突発ライブ配信を始めたら、プレイヤーが一斉に押し寄せて面倒になるからね』
「そ、そんなに……!?」
自分の影響力をいまいち自覚しきれていない私は、あずささんの勢いに押されて苦笑いするしかなかった。
「それじゃあ、生のライブ配信じゃなくて、あらかじめ収録したやつとかで……『初心者さんのためのDHIB紹介動画』みたいなのなら、僕でも大丈夫だったりします?」
『……あ』
あずささんの荒い息遣いが、少しだけ落ち着いた。
『……フィン様の観光録画?』
「はい。王国内部をぶらぶら歩いて、どんな世界なのかとか、基本の操作感をカメラで撮影して、それを編集して動画として投稿するんです。それならサーバーの負荷もかからないですし」
『……んー、確かに、ありかなー、ありかもー』
電話の向こうで、あずささんが一度綺麗に咳払いをした。
『……収録動画の制作。それならフィン様でもまあ大丈夫。先方も泣いて喜ぶ素晴らしい企画。でも、ライブ配信はちょっと待ってほしい。それは先方にも確認を取りたいから!』
「じゃあ、まずは動画撮影からやってみますね」
『そうですねーって。あ、そうだそうだ!彰様、ちょうどいい機能があるわ』
「ちょうどいい機能?」
あずささんの声が、一転してドヤ感の漂う楽しげなトーンに変わった。
『実は今回のアップデートに合わせて、『フィン様専用シークレットモード』っていうのを実装してみましたー!』
「フィン様専用……シークレットモード?」
『そう!それで王国内部でも収録観光がてら回ってみたら?誰にも気づかれないからオフラインみたいで平気だし。NPCには話しかけてもしっかり回答してくれるから安全安心!』
「それはいいね。まさに観光とか紹介動画の撮影にぴったり」
『ふふん、でしょう?finのアカウントで入って、設定画面を見てみて。そこに『フィン様専用』っていう項目ができているから、それを押してみてー』
「へー!それだけでいいんだ」
『そうそう。これを押すと、誰にも気づかれずにゲーム内部を散策できるのと、動画もそのまま録画してくれるから。一応ヴィジョンアドベンチャーが用意してくれたことになってるけど、実際に作ったのは私だから感謝してね!』
「へー! ありがとー! さすが、あずささん!」
『ど、どういたしましてー!』
電話越しでも、あずささんがちょっと照れているのが伝わってきて、思わず笑みがこぼれてしまう。普段はテキパキしているのに、こういうストレートな感謝には弱そうなんだよね。
『それじゃあ、そんな感じで。あと、ログインするとヴィジョンアドベンチャーの方には通知がいくから、何か困ったらそっちの会社に聞くか、その辺でウロウロしてそうな雫に聞いてー。それでは失礼しますー!』
それだけ言い残すと、あずささんは電話を切った。
「相変わらず忙しそうな人だなあ」
スマホの電話機能がオフになったのを見て、私は天井を見上げて大きく息を吐いた。
『フィン様専用シークレットモード』。
誰も自分の姿に気づかない、静かなDHIBの世界。
混雑する王国の街並みや、巨大な格納庫、さらには壮大なフィールドを、誰にも邪魔されずに散歩しながら動画を撮影する……。
「うん、これは面白そうだ!」
地獄の飛行チュートリアルで打ちのめされた心が、一気にワクワクとした高揚感で満たされていくのが分かった。
プレイヤーたちが大騒ぎしているあの熱気溢れる世界を、裏側からそっと覗き見するような感覚。
「よしっ!」
私は楽しそうに両腕を高く突き上げ、グーッと背筋を伸ばした。
「じゃあ、ちょっと雫に温かいお茶でもいれてもらって。それを飲んで一休憩挟んだら、さっそく潜ってみようかなー」
新しく生まれ変わった『Dreams hopes iron blood』の王国が、私を待っている。




