066 私は良くも悪くもメイドが絞められる件
……さて。
昨日はあれから、次に遊ぶVRゲームの候補を色々と探してみた。
話題の新作から隠れた名作まで、面白そうなタイトルを片っ端からメモアプリに書き出していたら、いつの間にか夜が明けていた。
パソコンを閉じ、ひとまずベッドに潜り込んで仮眠を取る。
朝の日差しで起きてからは、日課の運動を専用の部屋でしつつ。
体をほぐして、一旦シャワーを浴びて。
そして、配信部屋に戻った時にはすっかり昼過ぎになっていた。
スマートフォンを手に取り、日課であるSNSのチェックを始めたのだが――
「……ん?」
画面に並ぶSNSのトレンドワードを見て、私は思わず目を擦った。
『フィン様』
『強襲用型カラドボルグ』
『宇宙の悪魔』
『カサカサフィン様』
『公式神リプレイ』
「……なにこれ」
タイムラインを開くと、タイムラインは完全に私の話題で持ちきりになっていた。
特に目を引いたのが、昨日遊んだあのロボットVRゲーム『Dreams hopes iron blood』の公式アカウントが投稿した一本の動画だ。『【公式】謎のプレイヤー「fin」戦場における単騎無双リプレイ』と題されたその動画は、投稿から数時間しか経っていないというのに、再生数が恐ろしい勢いで跳ね上がっている。
動画を再生してみると、そこには漆黒と深紅のロボットが、まるでゴ……いや、疾風のごとき動きで戦場を縦横無尽に駆け巡り、敵機を次々とスクラップに変えていく姿が映し出されていた。
「あー……。やっぱりあのチュートリアル、途中からオンライン戦場に繋がってたんだ……」
あまりの変態挙動にコメント欄は大荒れ。
『これが噂のフィン様か』
『動きがカサカサしすぎて追えない』
『神機動』
『何で初期装備のチュートリアルからこの機体が出てくるんだよwww』などと、大騒ぎになっていた。
そんなSNSの惨状に頭を抱えかけていた、まさにその時だ。
コンコン、と部屋のドアが優しくノックされた。
「どうぞー」
「彰様、失礼いたします。お茶をお持ちいたしました」
ドアを開けて入ってきたのは、我が家のメイドである雫だ。
いつも通りピシッと完璧なメイド服を着こなしているが、心なしかその瞳は、何かを抑えきれないようにキラキラと輝いている。
「ありがとう、雫。……ねぇ、雫。ちょっとこれ見てほしいんだけど」
私が困惑顔でスマホの画面を向けると、彼女の顔が、パーッと満面の笑みに染まったように見えた。
「これはお戯れでございますね、彰様!昨夜は大変だったご様子、拝見しておりましたよ」
「あ、やっぱり知ってた?いやね、VRゲームが色々とあったから試してみたんだけど、面白いゲームがたくさんあって迷っちゃってさ。その中のひとつ、SFっぽいロボットゲームがあったから遊んでみたんだけど……これ、やっぱり途中からオンラインになってたみたいなんだよね。不味かったかな?」
私が苦笑いを浮かべながら尋ねると、雫は興奮を隠しきれない様子で、お茶を置いてから、ビシッと胸の前で両手を組んだ。
「そんなことは滅相もございません!むしろ最高の展開でございます!」
「え、そう?」
「はい!さすがは彰様でございます!見てください、この目にも留まらぬ速さで敵陣を駆け抜け、一撃で粉砕するこの雄姿……!これはもう、『執事フィン』のお戯れとしては最高の喜劇かと存じます!」
……喜劇ってなんだっけ。
敵を粉砕して大騒ぎになっている様を『喜劇』と言い切る雫に、私は引きつった笑いを返すしかなかった。悲劇の間違いじゃなかろうか?
雫の中で、私の評価はいったいどうなっているのだろうか。
「それにですね、彰様」
雫は満足そうに頷きながら続けた。
「今回使用されたあの機体――人型兵器『強襲用型カラドボルグ』ですが、ゲーム運営側から彰様のアカウント『fin』宛てに、正式にプレゼントとして付与されているようでございます。もしお気に召したようでしたら、ぜひまた遊びに行かれてはいかがでしょうか?」
「へえ、あのロボット貰えたんだ。制御が難しかったけど、ロマンがあって面白かったからなぁ……」
そこまで言って、私はふと、ある違和感に気がついた。
ん?こいつ、もしかしてまたやった?
にっこりと微笑みを浮かべたまま、私は首をかしげる。
「ねぇ、雫ー」
「はい、なんでございましょうか?」
「ちょっと聞きたいんだけどさ……雫って、僕のVRゲームのアカウント、確認したー?」
「勿論でございます!」
雫は全く悪びれる様子もなく、胸を張って満面の笑みで答えた。
「彰様がどのようなゲームを、どれだけの時間お遊びになられていたのか、すべて把握済みでございます!」
「…………」
私は笑顔のまま、すーっと雫との距離を詰めていく。
「……それ、駄目でしょうー」
「は、はい?」
「僕のアカウントの中身勝手に見ちゃ、駄目でしょう?」
「あ……」
「わかるかな?駄目だよね?ご主人様のプライバシーって、知ってるかな?」
じり、じりと圧をかけながら顔を近づけていく。
さっきまでドヤ顔だった雫の顔からスーッと余裕が消え、みるみるうちに青ざめていった。
「ひ、イヒッ……!も、申し訳ございません!彰様の安全と健康を管理する立場として、つい……!」
「管理と覗き見は違うと思うなぁ?」
「ひ、平に! 平にご容赦を――!」
「見たかったら先に言ってくれれば良いのにー」
パニックになって挙動不審になる雫を横目に、私はスマホを片手に持ち替え、ある人物に発信ボタンを押した。
プルルル、と二回ほど呼び出し音が鳴ったあと、スピーカーモードにして明るい女性の声が響き渡る。
『はい、こちらあずさ。彰さーま、何か用ー?』
電話の主は、私が所属しているVTuber事務所?の社長であり、友人でもある、あずささんだ。
「あ、あずささん。お忙しいところすみません。ちょっとお願いがありまして」
『んー?何かしら?』
「実はですね、最近、雫がどうも調子がおかしくなっちゃってるみたいでして。すみませんが、お友達として、ちょっとお話してもらえます?」
私の言葉を聞いた瞬間、電話の向こうから「ゲホッ!ゴホッ!」という、コーヒーを思い切りむせる凄絶な音が聞こえてきた。
『ゲホッ……!またー!?うーん……。もうそのメイド、一回ネジ締め直さないと駄目かも。了解ですー!社長としてしっかり絞っておきますので、うちの友人がご迷惑をおかけしましたー!』
「よろしくお願いしまーす」
電話が切れると同時に、雫は絶望に満ちた表情で床に膝をついた。
「彰様!すみません!本当に申し訳ございません!ですが……ですが、彰様の知りたい情報を止められないんです!彰様のすべてを知りたいというこの探求心だけは……!どうかお許しをー!」
必死に平謝りする雫の姿があまりにも哀れで、そしてどこかおかしくて、私は思わず吹き出してしまった。
「ははは、まあ、雫が楽しいなら良いんだけどね。でも、あずささんにはしっかり怒られてね?」
「うぐぐ……はい……」
それから数時間後。
あずささんから、こってりと絞られた雫が、私の部屋に戻ってきた。
「……彰様。大変失礼いたしました」
ドアの前で深々と一礼した雫は、まるで別人のようにキリッとした表情を浮かべていた。背筋は定規を入れたように伸び、余計なスキは一切ない。
「今後はこのような失態を犯さぬよう、身を正して業務に邁進いたします。私の不徳の致すところ、重ねてお詫び申し上げます」
「あ、うん。しゃっきりしたね」
完璧なメイドの鑑のような立ち振る舞いだが、私は心の中で「まあ、普段からこんな感じだったのに、最近はふにゃふにゃ揺れてたもんなぁ」と少し同情してしまった。あずささんの雷が相当効いたらしい。
すると、雫は姿勢を崩さないまま、「そういえば」と思い出したように言葉を繋いだ。
「あずさ『様』から伝言を預かっております。本日、例のVRゲームの開発会社様から、弊社宛てに感謝のメールが届いたそうでございます」
「感謝のメール?あの会社から?よくうちのメール分かったね?」
「それは……彰様の登録メールアドレスが会社のメアドでしたので、そこからかと思われます」
「あ、そうか。そういえばそうだった」
「はい。『フィン様のプレイにより、破産寸前だった我が社が救われました』とのことで……あずさ『様』的には『なにその面白い会社!』と早速ご連絡を入れた上で、大変意気投合されたご様子でして」
「あずささん、また面白がってるなぁ……」
嫌な予感がしつつも話の続きを促すと、雫は真面目な顔で衝撃的な内容を口にした。
「そこで、あずさ『様』とゲーム会社のヴィジョンアドベンチャーの間で話がまとまりかけたようなのですが……。彰様のご許可をいただければ、そのゲームのネームドボスキャラとして、『フィン様の親衛隊』をコラボ企画として実装したいとのことです。いかがいたしましょうか?」
「……えっ?」
思わず素の声を漏らしてしまった。ネームドボス?親衛隊?
「あー……うん。VRゲームが盛り上がるなら、コラボ自体は面白いかもしれないけど……。でもさ、その『親衛隊』って、一体誰がやるの?会社の人?」
「いえ。なんでも、フィン様の公式ホームページのサーバーを管理している『サーバーちゃん』のデータを元に、AIエネミーとして実装する計画のようでございます」
「…………」
私は想像した。
私の公式サイトで、いつも健気にそして時に狂気的にサーバーを守ってくれている、あの謎のキャラクター『サーバーちゃん』。
あずささんの話では現在、配信調整中なのもこのサーバーちゃんが何かしちゃったせいだとか……。
それが巨大なロボットゲームの中で、ネームドボスとしてプレイヤーたちに立ちふさがる姿の?大丈夫それ?プレイヤー生き残れる?
「……大丈夫なのか、それ……?」
ゲームのバランス的な意味でも、世界観的な意味でも、色々と嫌な予感しかしない。けれど、タイムラインで今も盛り上がっているユーザーたちの熱狂と、あのゲーム会社の奇跡のような復活劇を思い出すと、どうしても「やめておこう」とは言えなかった。
「……まあ、面白そうだし、いっか。任せるよ。あと気になってるけど、あずさ『様』の部分が棒読みなのはなんで?」
「……申し訳ありません彰様。私なりの最後の抵抗で御座います」
うーん。まだまだ調整が必要そうなメイドだった。
こうして、私の知らないところで、またひとつ新しい「嵐」の芽が育ち始めていたのだった。




