022 三回目の配信にて重要な件
「アー。あー。
あーーー」
マイクチェック良し。
音量チェック良し。
静まり返った自室の配信用のデスクで、私はマイクの位置を微調整し、PCの画面に映るカメラのプレビュー映像へと視線を向けた。
ボイスチェンジャーの効果を有りにして、左耳にイヤホンをつける。
『声が聞こえたらokっていっみて』
「ok」
『ok問題なし』
イヤホンから、裏方の頼もしい声が聞こえる。今回からしっかりサポートしてくれるあずささんだ。
画面に映し出されているのは、仕立ての良い執事服を纏い、どこか気だるげで整った自身の姿だ。深呼吸ひとつ。ネクタイの結び目を軽く正し、フッと言葉にならない息を吐き出す。
よし、と心の中で小さく気合を入れ直して、私はマウスを握る手に力を込めた。
配信開始ボタンをクリックする。
緑色のインジケーターが点灯し、画面の向こうで待ち構えていた無数の気配が、一斉に視聴者がなだれ込んできた。
一瞬だけ画面が固まって復帰する。
そこにどれだけの負荷がかかったのか。
イヤホンの音声が一瞬「ちょっとまt」といってブツりと切れた。
多分、こちらに迷惑にならないように自分で声を切ったのだと思う。
大丈夫なんだろうか……。ちょっと心配である。
それでも平然と私は話し始める。
「こんにちわ、フィンです。今回で3回目の配信になります。みんな元気ですか?僕は元気です」
ふっと穏やかな笑みを浮かべ、マイクに向かって声を落とす。途端に、画面の端で流れるコメント欄が、爆発的なスピードで文字の奔流と化して暴れ始めた。
『きたああああああああ!!!』
『いやったあああああああああ!!!!』
『勝った!大勝利!』
『今日のフィン様も美しすぎて目が潰れる』
『今日もボイチェン助かる。いつか生声も聞きたい』
『フィン様今日も顔面国宝すぎる無理』
『3回目待ってましたぁぁぁぁぁぁ!!』
『息ができない、酸素をくれ』
『すげー!生配信ってこんなんなんだ!』
『アーカイブと違い過ぎる!』
『解像度が凄!』
『待機所からずっと正座してました』
『ありがたやありがたや』
コメント欄の凄まじい勢いに軽く目を丸くしつつ、私は軽く苦笑いを浮かべて言葉を続ける。
「今回は視聴制限を出来る限り増やす事ができました。……おかげさまで、コメント欄が凄いことになってますが」
滝のように流れるコメントを追っかけるだけでも手一杯だった。
凄まじい量の熱量がコメント欄を流していく。
『コメントの流れが凄い事に』
『天国かな?』
『コメントが早過ぎて笑う』
『文字がはやすぎてフィン様が追えてない気がする』
『MAX6000人なの!? 三回目の配信なのにすごいな一瞬で埋まったのやっぱりバグだろ』
『ログイン入室戦争ガチで勝ち抜いたわ誇っていい?』
『フィン様、今日はいかがお過ごしですか!』
『尊い』
『フィン様の声は万病に効く』
『あんまり流れが早いと、フィン様に迷惑だぞ』
『アッハイ』
『みんな静かにー!』
『学校かな?』
『朝礼みたいだな』
ファンの色んな声が沢山流れきて私は少し気持が楽になった。
「みんな元気で何よりです。今日は色々とやりたいことがあったのだけど、みんなに大事な話があるので、そちらを優先しますね」
私はデスクの上で軽く指先をトントンと叩き、少しだけ表情を引き締める。
「まず、SNSで質問を頂いた件ですが……。ニュースになっていることに関しては、僕は一切関係ないので安心してください」
健やかな顔でにんまりと笑顔。
自分で言っててどの口が?
とでも言いそうだが、打ち合わせのときに軽く聞いてみたのだが、裏側でサポートしてくれるあずささん曰く。
『大丈夫だ問題ない続けろ』
とのことだった。
本当に大丈夫らしい。
『何の話だ?』
『うん????』
『前にニュースになったやつかな』
『フィン様が関わってないなら全肯定する』
『関係ない把握』
『安心して声明助かる』
『僕はって言ったぞ!ここ大事!』
『妄想先生の明日はどっちなんだこれ』
『某M先生案件だとはおもうけどなぁ』
『フィン様がそういうならこの話題はここまで!』
『ソウダネキットソウダネー』
視聴者たちの不穏な推測を華麗にスルーしつつ、私は本題へと切り込んだ。
「それと、ここからが大事なことなんだけれど。思いのほか反響が良くて、現状、配信に入ってこられる視聴者人数に限界があり、これをなるべく取っ払うために……今現在のところから、もっと大手のサイトにお引越しすることになりました」
『え、お引越し!?』
『大手サイトってどこ?』
『まさかのプラットフォーム変更?』
『人数制限取っ払われるのありがたすぎる』
『難民救済きたああーーー!』
『今現在でも入れない人が大量にいるの怖い』
「そのお引越しの作業が、また結構時間がかかるらしくてですね。数週間ほど、配信をお休みすることになりそうです」
『えええええええええええええ!?』
『数週間お預け食らうのガチで辛い』
『生きがいが……消える……一時的に』
『やだやだー!来週もお声を聞きたいー!』
『お引越しかー。でも何処にいくんだろ?』
『企業勢からお声がかかったとか?』
『企業……は無いね。男性は企業と良い話ないからなぁ』
『待つ!いくらでも正座して待つから!!』
『フィン様の声は万病に効くのに……辛い』
コメント欄の悲喜こもごもを眺めながら、私は柔らかな笑みを崩さずに言葉を紡ぐ。
「待ってもらう分、もうちょっとクオリティを上げて、また皆さんに会えるようにしますので、よろしくお願いしますね」
軽く紅茶をいれる仕草をいれて、一呼吸置いて、私は話を続ける。
『優雅なティータイム』
『でたー!』
『その動きどうなってるの』
『素敵すぎーー!』
『私も紅茶入れて欲しい』
『紅茶助かる』
『紅茶助かる』
『紅茶助かる』
『紅茶助かる』
『湯気まで出てる。本当に意味不明』
『仕草がいちいち洗礼されてて尊い』
『紅茶助かるってなんだよ。紅茶助かる』
「移転先のサーバーはOuroborosっていうところらしいです。ここなら落ちることも無くて、回線も安定するってことで」
私がサラリと言いのけた瞬間、コメント欄の流速がガクンと一段階跳ね上がり、そして直後に激しい動揺の嵐が吹き荒れた。
『待て待て待て』
『Ouroborosってまじ?』
『おうろぼろす?』
『ウロボロスか!』
『すっごいところいくな!?』
『Ouroborosってどこだっけ……』
『海外の超大手サーバーだよ! 主に国家機密を扱う企業とか、世界的な配信者が借りるような場所だぞ!?』
『ここを攻撃したらその国に直接喧嘩売るレベルのヤバい所じゃなかったっけ』
『フィン様、国外にいっちゃうの……?』
『世界進出は草』
『フィン様世界に飛ぶ』
コメント欄が「世界進出」の二文字で埋め尽くされかけるのを、私は軽く手を振ってなだめるように微笑んだ。
「あ、それと安心してほしいけど。基本的に国内でしか配信は見れないので、海外勢は今のところコメントに表示もされないし、入れないから気にしないでね」
その言葉の意図を理解した瞬間、今度は別の意味でコメント欄が爆発した。
『草』
『大草原不可避』
『おまwwwそれはいけないwwww』
『おま国wwwwwまさか個人Vチューバーで「おま国」発動するやつがいるかwwww』
『おま国ってなに?誰か教えて』
『『おまえの国でサーバー借りて動かしてるけど、おまえの国からはアクセスさせねえからな!』っていう、ガチの治安維持系スラング用語だよ……』
『えぇ……』
『Ouroboros君、世界最高峰のセキュリティを誇りながら、実質フィン様の下地にしか使われないの不憫すぎんか』
『Ouroboros使ってるのに、Ouroborosの公式にも多分名前載らないやつ』
『世界最強の隠れ家じゃねえか』
『個人サーバー感はしっかり継続してるの草』
『凄そう』
『国外いっちゃう?でも国内?』
『ほな、国外ちゃうかー』
世界的な要塞サーバーを借りておきながら、国内限定の隠れ家に仕立て上げるという贅沢すぎる仕様に、リスナーたちは盛大にツッコミを入れつつも、どこか安心したような空気を漂わせているのだった。
それから私は他愛もない天気の話や、これからゲームとか色んなことしたいよねとか、1時間ほど話して今回の配信をしめることにした。
「そろそろ時間かな。やっぱり6000人規模になるとちょっと負荷がかかってるみたいで厳しいみたい」
『それはそう!』
『若干重いね』
『フィン様の動きに少しブレがみえてきました!』
『やはりフィン様が美し過ぎて無理だったか』
『いかないでー!』
『もっと配信してー!』
『次の配信楽しみにしてます!』
『SNSとかの告知まってますね!』
『どこまでもついていきます!』
「ありがとうみんな。あと、配信できない変わりに今回は有料コンテンツになるけど、ASMR? みたいなものを別のところで置いておくので是非気になったら購入してみてください。価格もワンコインにして普段のちょっとした声が収録してあるだけの物だけど」
その言葉を聴いて、コメント欄は阿鼻叫喚になってサーバーは強制終了した。
しまった。最後まで言えなかった。まあ、良いか。
本日の業務はここまでとして私はパソコンを閉じた。
後にあずささんから、サーバーが完全に吹っ飛んで、ASMRの購入すらできないといわれて、私は戦慄した。まあ、数日すれば復旧できるでしょ。多分きっと。
ここまで読んでくれて本当にありがとうございます。
暇つぶし程度に読んでもらえれば幸いです。
[日間]コメディーに
ランクインも本当にありがとうございます。




