102 練習も大事でアシスタントも類を呼ぶ件
「よし……集中、集中……!」
私こと、アルファはコックピットの中で小さく息を吐き、操縦桿のグリップを強く握りしめた。
視界の先――演習場の広大な荒野に、次々と無機質な赤い標的が浮き上がってくる。距離、およそ三百メートル。
呼吸を整え、一定の正確なリズムで引き金を絞る。
確かな反動の手応えとともに、自機の両腕に固定された標準型機銃から三発一組の銃弾が吐き出された。
乾いた破砕音に遅れて、放たれた実弾の軌跡が空気を裂き、標的の中心を正確に貫いて粉砕する。
次。左上、距離四百。
機体を僅かに旋回させ、流れるように引き金を引く。三連射の火線が的を捉え、赤い光の破片を散らした。
さらに次。右下、障害物の裏から出現した的へ。
銃口が火を吹き、遅滞なく目標が砕け散る。
『――演習時間終了ですね!スコア:1000点!命中率:100%!全弾、見事に目標に着弾しましたよ!』
「ふぅぅぅ……!お疲れ様、自分……!」
全方位モニターに表示された完璧なリザルト画面を見て、私はシートの背もたれに深く体重を預けた。
額からどっと吹き出す汗。VRゲームとはいえ脳の疲労感が半端ではない。
「よし……!レガシーモードとアシスタント補正の組み合わせなら、ノーマル機体での三点バースト射撃、百発百中は出せるようになってきたわね」
胸を撫で下ろしながら、思わず安堵の独り言が漏れる。
そう、いま私が乗り込んでいるのは、我が愛機でもなければ、あの悪名高き棺桶型歩行兵器でもない。すべてのプレイヤーに初期支給される、最もベーシックで最もクセのない標準型汎用人型兵器だ。
本当なら、私だって大型アップデートで追加されたあの超高難易度の『ハイパー・モード』をバリバリに乗りこなして、愛機で戦場を駆け回りたい。
……のだが、現実は非情である。
数週間後には、あの大人気Vチューバー・フィン様も参加するかもしれない合同コラボイベントという大舞台が控えている。
それなのに、あのハイパー・モードときたら歩くだけで足首のアクチュエータの油圧調整が必要で、ちょっと油断すると陸に上がった魚みたいに転倒してピクピクするハメになる。
コラボ本番で、全プレイヤーや新兵の前で、王国軍親衛隊『アルファ小隊』のリーダーである私がダサく転倒してスクラップになるなんて……そんなのプライドが許さない。
(いくら普段の仕事で、分刻みのスケジュールを管理したり、あれこれ指示を出すのに慣れている私だって……あのマニュアル操作を手に入れるには物理的に時間が足りなさすぎるのよ!)
だからこそ、今の私の選択は基本に立ち返ることだった。
まずは操作補正の利く『クラシック・レガシー・モード』で、大型アプデによって超リアル化したコックピット内の手作業を完璧に身体に叩き込む。
残弾が切れたら、コンソールにある空マガジン排出ボタンを押し、装填レバーを引き、コッキングのスイッチを叩く。
機体を直接動かさなくていいぶん簡易化されてはいるものの、この一連のせわしないコックピット内の現場作業を、自らの手でやらなきゃいけないのだ。
射撃自体はアシスタントちゃんの補正サポートでどうにかなっても、このリロードの手順や計器の監視だけで、脳のメモリが持っていかれまくっている。
「はぁ……。慣れてくれば、これをハイパー・モードに応用して『手動リロードしながらドリフト旋回』とかも行けるはずなんだけど。時間との勝負ね、本当に」
私が思わずコックピットの中で愚痴をこぼすと、スピーカーから透明感のある可愛い声が元気よく響いてきた。
『アルファ様!お疲れ様でございます! バイタルデータにて負荷が上昇しております!よろしければ、マガジン再装填のアシスト率を手動からフルオート補正に変更しましょうか!?私にお任せいただければ、装填時間をコンマ三秒まで短縮可能ですから!』
「ううん、ううん!気持ちはすごく嬉しいよ、アシスタントちゃん!でもね、それをやっちゃうと私自身の手作業スピードが育たないじゃない」
『左様ですか!アルファ様の向上心には深く敬服いたします!ですが、もう少し私という相棒を頼っていただいても、システム的には何ら問題ございませんよ? もっと私を使ってください!』
「わかってはいるんだけどねー……。土壇場でサポートが切れた時、自分の手でさっとリロードできないと不安なのよ。ほら、私って変なところで生真面目だから……」
通信画面の隅で、前のめりになるようにピコピコと光を明滅させているアシスタントちゃんを苦笑いしながら宥めていた、その時だった。
演習場のコンクリート床を激しく揺らす、重厚で豪快な金属の駆動音が近づいてきた。
一切の静寂を考慮しない、そのダイナミックな機体の歩みは――。
「あー!やっぱりアルファだー!こんなところで何やってるの?」
モニターの脇に表示された外部通信ウィンドウに、見慣れた顔がポップアップする。我がアルファ小隊の誇る弾幕愛好家、ノーベンバーだ。
「ノーベンバー!ちょっと、演習場に入る時はちゃんと射爆場シグナルを確認しなさいって言ってるでしょ!……って、あんたその機体どうしたのよ!?」
モニター越しに見えたノーベンバーの機体を見て、私は思わず目を見開いた。彼女が乗っていたのは、重武装・重装甲のゴツい愛機ではなく、私と同じ味も素っ気もない標準型汎用機体だったのだ。
「なんかアルファが演習場に籠もってるって聞こえたから見に来たんだけどさ。あれ? アルファも愛機使ってないし。どしたの?」
「どしたの、じゃないわよ!あんたね、メンテ明け初日に格納庫爆破したり、薬莢を頭にぶつけてペナルティ喰らったりして散々だったでしょ!基本の操作と安全確認をイチからやり直さないでどうするのよ!」
私はコックピットの中で腕を組み、ビシッと通信画面を指差した。
「私たちはこれでも、王国軍の精鋭部隊『アルファ小隊』なんだからね!コラボ本番で新兵の女の子たちの前で醜態晒したらどうするの!だから私はこうして、ノーマル機体で三点バーストの射撃精度とリロード手順を復習してるの!」
「えーっ、アルファ真面目すぎだよー!でも言われてみれば、このノーマル機体ってなんか新鮮かも。よーし、じゃあ私も基本のやり直し、お付き合いしちゃおっかなー!」
「えっ、あ、やる気になってくれたのは嬉しいけど……あんた、ちゃんと三点バーストの射撃演習だよ?ガトリングガンとかロケットランチャー持ってきちゃダメだからね!?」
「分かってるってば!今、同じ三点バーストの機銃セットしたから!よーし、一分間のスコアタ演習スタートー!」
ノーベンバーは言うなり、隣の射撃レーンに自分のノーマル機体を並べ、さっさと演習開始ボタンを押してしまった。
(ま、まあいいわ……。ノーベンバーも少しは『狙って撃つ』という精密射撃の尊さに目覚めてくれれば……)
そして私が期待を込めて隣のモニターを注視した、次の瞬間だった。
空間を埋め尽くすような、けたたましい連続破砕音が演習場に轟いた。
「なっ……!?」
私の思考は完全にフリーズした。
隣のレーンから響き渡ったのは、およそ三点バーストの枠を逸脱した、地獄のような斉射の音だった。
指が壊れるほどの超高速で引き金を連打しているのだ。機銃の砲身が摩擦熱で真っ赤に発熱し、排出口から滝のように吐き出された空薬莢が、硬質な金属音を撒き散らしながら床にうずたかく積み上がっていく。何してんのこの子。
「ちょっと待ちなさいよノーベンバー!!何やってんのよ!三点バーストの指切り連射でガトリングガンみたいな音出さないで!!銃身が焼き切れるわよ!!」
「わーい!たのしーーーっ!撃て撃てーーーっ!」
「話を聞きなさーーーい!!」
相変わらずの物量狂いっぷりに頭を抱える私。
どうせ的に当たるはずもない。あんな乱暴な連射をしたら反動で銃口が跳ね上がり、弾丸は天界の雲でも撃ち抜いているに決まって――。
『――演習時間終了ですね!ノーベンバー!スコア:1000点! 命中率:100%!全弾目標の頭部に着弾しましたよ!』
「……は?」
モニターに表示されたアナウンスを見て、私は素で間抜けな声を上げた。
千点……?全弾、頭部着弾……?
「う、嘘でしょ……!?」
私は自分のモニターとノーベンバーのスコア画面を何度も二度見した。
あの、『弾幕はパワー』『命中は二の次』『画面を弾丸で埋め尽くせれば幸せ』を座右の銘にしているようなノーベンバーが。
あんな狂ったような連射をしておきながら、反動を完璧に抑え込み、すべての銃弾を的の中心へブチ込んでいる。
「す、すごい……!すごいわノーベンバー!いつの間にそんな神業のような反動制御と偏差射撃を身につけたの!?あの物量狂いのノーベンバーが、しっかり的に当ててるなんて……!!」
私が本気で感動し、熱い眼差しを隣の機体に向けた時。
通信画面のノーベンバーが、ヘラッと能天気に笑って言った。
「え?ううん、私なんにもしてないよ?」
「……はい?」
「トリガーをカチカチ連射してるだけ!照準を的に合わせるのも、連射の跳ね上がりを抑える反動制御も、全部アシスタントちゃんに『全部教えたからよろしくねー』って丸投げしてるもん!」
「……」
静寂が、コックピットを支配した。
「いや、丸投げかい!!!!!!」
私の絶叫が演習場に木霊する。
「ちょっと!それアシスタントちゃんの超高度オートロックオンと反動補正機能じゃない!あんたの腕じゃなくてアシスタントちゃんの腕じゃないのよ!!」
「えー?でもでも、当たるんだから良くない?ボタン押したら全部当たるんだよ? 最高じゃない!」
「良くないわよ!それでも王国軍の精鋭、アルファ小隊のメンバーかーーーっ!! 自分の手で狙撃してこそ親衛隊のプライドでしょーーーっ!!」
「え〜、だって全部教えたら楽なんだもん」
ドヤ顔で言い放つノーベンバーに、私の頭の血管がブチ切れそうになる。
(くっ……!まあ、普段の彼女の仕事だって、何十トンもある本物のジェットエンジンのボルトをトルクレンチで正確に締め直したり、ミリ単位の金属疲労を検査する超精密作業なんだから、ゲームの中くらいラクしたい気持ちは分からなくもないけど……!でもそれとこれとは別でしょ!!)
だが、ノーベンバーは私の説教などどこ吹く風で、目を爛々と輝かせながら身を乗り出してきた。
「ねえねえねえ!アルファ!これってさ、すごいことに気づいちゃったんだけど!」
「なによ……」
「このアシスタントちゃんの自動照準と補正を全開にしたままさ、私の大好きな多連装ロケットランチャーとか、機関銃とかぶっぱなしたらどうなると思う!?」
「……え?」
「全弾自動追撃で、敵の頭に直撃するんだよ!?当て放題!爆発し放題!全自動で高精度な大火力弾幕の完成だよ!!超楽しそうじゃない!?」
ノーベンバーの興奮が頂点に達している。
だが、その言葉を聞いた瞬間、私の背筋に冷たい汗が伝った。
(ちょっと待って……それ、絶対駄目なやつじゃない……?)
大型アプデ後のこのゲームは、物理演算が狂ったようにリアルになっているのだ。
重火器の反動も、爆発の衝撃波も、すべてが本物に近い挙動を示す。
そんな超重量級の兵器を、全自動補正で連射ぶっぱなしなんてしたら……。
「い、いや……ノーベンバー……。それって流石に、システム的に大丈夫なの……? ゲームバランスというか、安全装置に引っかからない……?」
不安になった私は、自分のコックピットのスピーカーに向かって問いかけた。
「ねえ、私のアシスタントちゃん。今ノーベンバーが言ったみたいな重火器の全自動補正連射って……やっぱりダメよね?システムに過負荷がかかるとか、警告が出たりするわよね?」
私のアシスタントちゃんは、ほんの少しの沈黙の後、困惑の混じった声で答えた。
『――お答えいたします!本来、私たちアシスタントの演算リソースは、パイロットの安全確保および基礎操作の補助に割り当てられるべきものです!重火器の反動計算および多目標同時ロックオンの全演算をアシスタントに丸投げする行為は……工学的視点から申し上げますと、極めて推奨されざる運用法でございます!!』
「ほらー! やっぱりダメじゃない!」
私が胸を張ってノーベンバーに向き直ろうとした、その時。
私のアシスタントちゃんが、どこか歯切れの悪いトーンで言葉を続けた。
『……ただ、その……大変申し上げにくいのですが』
「え? なに?」
『システム上のセーフティ・リミッターが発動するかどうかにつきましては……あちらのアシスタントが、その状況を楽しんでいるか否かに依存するため、私からは一概には言えません……!』
「……は?」
私は耳を疑った。
「楽しんでいる……?誰が?」
『あちらの機体に搭載されている、インターフェース・アシスタントちゃんです!』
「ちょっと待って。アシスタントって……個体差とか感情とかあるの……?」
『……公式な仕様としては均一なサポートプログラムとなっております!ですが、皆様と一緒に遊……いえ、皆様の普段の操作傾向や会話を記録・学習する過程におきまして……極めて稀に、担当プレイヤー様の癖に特化した個体変化を起こす事例が報告されております!』
「個体変化……!?」
『あちらのアシスタントちゃんにつきましては……私はこれ以上の言及を差し控えさせていただきますが、おそらく……大変、たくましい性格に進化されているかと……!』
私のアシスタントちゃんの声が、心なしか引きつっているように聞こえるのは気のせいだろうか。まるで触らぬ神に祟りなしとでも言いたげな雰囲気が漂っている。
気になりすぎる。
個体差があって、しかもノーベンバーのアシスタントがたくましいってどういうことなのよ。
「ね、ねえノーベンバー……」
「なーにー? アルファ?」
「そっちの……あんたの機体のアシスタントちゃんって、一体どんな感じなの……?」
「えー?そっちのアシスタントちゃんと違うの?聞いてみる?……あ、アシスタントちゃ〜ん!アルファがお話聞きたいんだって〜!」
ノーベンバーの機体の脇で、小さな光の球体がぴょんと跳ねるように明滅した。
『――了解いたしました、ノーベンバー様! 外部通信ラインを最大で接続いたします!!』
ノーベンバーが呼びかけた瞬間。
スピーカーから響き渡ったのは、私のアシスタントちゃんの少し控えめな声とは似ても似つかない――どこか無駄にハキハキとした、元気すぎるボイスだった。
『初めまして、アルファ小隊長様!私はノーベンバー様の専属アシスタントです!本日はどのようなご質問でしょうか!何なりとお申し付けください!!』
「あ、どうも……初めまして……」
圧倒的な声量と、妙に高すぎる好感度に押されて、思わず引き気味になる私。
「あのね……ちょっと気になったんだけど。さっきノーベンバーが『重火器をアシスタントの全自動照準でぶっぱなしたら超楽しそう』って言ってたんだけど……。アシスタントとして、そういう運用についてどう思ってるのかなって……」
私は内心、アシスタントちゃんに安全運転をお願いしますと窘めてくれるはずだと期待していた。
……だが。
『――最高ですね!!!!!!』
「……はい?」
間髪いれず、ノーベンバーのアシスタントが力強く言い放った。
『最高ですよ、アルファ様!重火器の全自動補正斉射!これぞロマンを追い求めるプレイヤー様の極致に他なりません!!』
「えっ、あ、えええ……!?」
『想像してみてください!モニターを埋め尽くす弾頭の群れ!空気を引き裂く重火器の発射衝撃!そして着弾と同時に巻き起こる、巨大な火炎と爆風のタペストリー! これこそが戦場の芸術! 圧倒的な真理ですよ!!』
「熱弁しないで!! アシスタントが爆風と火力を力説しないで!!」
『火力は正義です!爆風は祝福です!弾が空になるまで撃ちましょう、ノーベンバー様! 次の演習ではぜひ、ロケットランチャーの全弾発射演習を提案いたします!!』
「聞いたアルファ!?アシスタントちゃんも撃ちまくれって言ってるよー! やっぱり火力は正義なんだー!」
「ノリノリで乗っからないでノーベンバーーーッ!!」
コックピットの中で頭を抱え、絶叫する私。
分かった。完全に分かったわ。
このアシスタントちゃん、学習したんだ。「命中は二の次、とにかく撃ちまくれれば幸せ」というノーベンバーの頭の悪いプレイ思考を毎日毎日記録した結果、プレイヤーの狂気に完全に感染した大火力至上主義へと進化しちゃったんだわ。
(類は友を呼ぶって言うけど……プレイヤーに似るなんて聞いてないわよ!!)
『……アルファ様。お察しいたします!』
私のアシスタントちゃんが、どこか切なげに光の強弱を落とし、深々と同情を込めた声で呟いた。
「うう……ありがと、私のアシスタントちゃん……。あんたが常識的な子で本当によかったわ……」
『恐縮でございます!なお、アルファ様が手動リロードで連続千回全命中を達成された暁には、私からの記念として『限界突破・超高速スライド操作音』の演出効果音を追加するご用意がございます!!』
「……ん?それってカチコチ音がかっこよくなるの?」
『はい!最高にクールな金属音がコックピットに響き渡ります!!』
「……ちょっとやりたいかも」
『ふふっ、承知いたしました!一緒にがんばりましょうね!』
……だめだ。
私のアシスタントちゃんも、私の生真面目な手作業こだわり癖を日々学習して、地味に怪しい方向に進化しかけているかもしれない。
「よーし! アルファ!次はロケットランチャー持ってきて、どれだけ綺麗に爆風が広がるかの演習やろうよ!」
「やるわけないでしょ!! 大人しく三点バーストでリロードの練習しなさーーーい!!」
こうして、コラボイベントに向けた私たちの地道で基礎的な特訓は、全く地道ではない賑やかすぎる爆音とともに、どこまでも明後日の方向へと突き進んでいくのだった。
(……はぁ。こんな調子で、本当にフィン様とのコラボ本番までにハイパー・モードを完璧にできるのかしら……。がんばれ、私の胃袋と脳のメモリ……!)




