いち話 触れたら終わりの石
いきなり10歳で父親死亡で借金まみれです。
こつこつ投稿するので読んでね
ルーデン領の空気は、重かった。
雨は降っていない。
それでも屋敷の中は、湿ったように息苦しい。
葬儀は終わっている。
だが、誰も泣かなかった。
泣く余裕がない――それが現実だった。
応接間の長椅子に座るカイルは、足が床に届かないまま前を見ていた。
目の前には、黒い外套の男。
「この度は、ご愁傷様でございます」
口ではそう言いながら、男の目は部屋を値踏みしている。
家具。絵画。調度品。
どれを売ればいくらになるか――そんな目だ。
「さて、本題に移らせていただきます」
机に書類が広げられる。
「ご当主様のご逝去に伴い、債務はすべてご子息――カイル様に相続されます」
淡々とした声。
だが、どこか楽しんでいる響きが混じっていた。
「総額はこちら。返済期限は三十日」
並べられた数字は理解できない。
だが、“終わっている額”だと直感で分かる。
沈黙。
カイルは何も言えない。
男の口元が、わずかに歪む。
「……もっとも、いきなり全額というのも酷な話でしょう」
指で書類を軽く叩く。
「長期契約に切り替えることも可能です。年利は多少上がりますが……二十年ほどで完済、という形になります」
にやり、と笑う。
「ええ、二十年。坊ちゃんが大人になる頃には、きれいさっぱりです」
やわらかい口調。
だが、意味は違う。
二十年で、全部を奪う。
「その間、領地の運営は我々が“お手伝い”いたします。ご安心を。飢え死にするようなことはありません」
“飢え死に”という言葉だけ、やけに生々しい。
部屋の隅で、使用人が目を伏せた。
男は続ける。
「最近は物騒でしてねぇ。再建の見込みがある土地を好む方も、いらっしゃる」
わざとらしく肩をすくめる。
「例えば――隣を治めるレグナス様などは、実に商売熱心でいらっしゃる」
くつくつと笑う。
「困っている家に手を差し伸べる。立派なことです」
誰も返事をしない。
だが、意味は分かる。
(……最初から、狙われてる)
父の死。
借金。
期限。
全部、繋がっている。
「さて――どうされます?」
選択肢などないと知っていて、聞く。
カイルは黙ったまま、拳を握った。
爪が食い込む。
だが、それでも何も言えない。
「……異議は?」
静かな確認。
カイルは、ゆっくりと首を横に振った。
「賢明なご判断です」
男は満足そうに立ち上がる。
「では、三十日。楽しみにお待ちしておりますよ」
扉へ向かい、ふと振り返る。
「……先祖の加護など、本当にあるのでしたら――こうはなっていませんでしょうな」
言い捨てて、去った。
扉が閉まる。
静寂。
やがて、使用人たちも何も言わずに出ていった。
一人、残る。
カイルは動かなかった。
(……終わる)
ルーデン領は、三十日で消える。
それだけが、はっきりしていた。
「……まだだ」
小さく、声が漏れる。
思い出す。
屋敷の裏の森。
先祖の墓。
子供の頃に聞いた、曖昧な話。
――あそこには、何かがある。
馬鹿げている。
だが、他に何もない。
カイルは立ち上がった。
⸻
森は静かだった。
風もない。鳥の声もない。
自分の足音だけが響く。
やがて、墓所に辿り着く。
古びた石の並び。
その奥に、違和感があった。
空気が、歪んでいる。
「……なんだよ……これ……」
一歩、踏み出す。
音が消えた。
呼吸すら、遠くなる。
そこにあったのは――
黒い石板。
異様なほど滑らかで、苔一つない。
触れてはいけないと、本能が告げる。
(……関係ない)
ここで何も起きなければ終わりだ。
カイルは迷わなかった。
手を伸ばす。
指先が、石に触れる。
――視界が反転した。
⸻
白。
どこまでも、何もない空間。
「……な、なんだよ……ここ……」
声が震える。
その時。
“それ”が動いた。
見えた、と思った瞬間。
視界が揺れた。
何かが通り過ぎた。
一拍遅れて、違和感に気づく。
(……あれ?)
身体の感覚が、おかしい。
足がついていない。
手も、動かない。
視界だけが、妙に低い。
少し離れた場所に、自分の身体が見えた。
倒れている。
首から上が――ない。
「……え?」
理解が追いつかない。
それでも、分かってしまう。
(……これ……俺……?)
暗転。
⸻
立っている。
同じ場所。
同じ白。
「……あ……」
喉が鳴る。
手で首を触る。
ある。
ちゃんとある。
なのに。
(……死んだ……?)
言葉にした瞬間、震えが止まらなくなる。
吐き気がこみ上げる。
膝をつく。
「……う……っ……」
何も出ないのに、えずく。
怖い。
分からない。
なのに。
“それ”が、また動く。
「来るな……!」
叫ぶ。
届かない。
分かってしまう。
(避けられない)
斬られる。
暗転。
⸻
立つ。
息が荒い。
「……また……」
理解してしまう。
(死ぬ……また……)
終わらない。
逃げられない。
「……やだ……もう……」
涙が出る。
止まらない。
それでも、“それ”は止まらない。
また来る。
何度も。
何度も。
何度も。
叫びながら、泣きながら、殺される。
⸻
やがて。
声も出なくなる。
動く気力もなくなる。
「……もう、いい……」
力が抜ける。
どうせ死ぬ。
何度やっても同じだ。
目を閉じる。
来る。
その瞬間。
身体が、ほんの少しだけズレた。
刃が頬をかすめる。
「……え」
何が起きたのか分からない。
次の一撃。
斬られる。
暗転。
⸻
立つ。
呼吸が荒い。
「……今の……」
分からない。
偶然かもしれない。
でも――
何かが違う。
また来る。
カイルは、何も分からないまま見た。
踏み込み。
刃。
身体は動かない。
斬られる。
暗転。
⸻
立つ。
息。
震え。
恐怖。
全部そのまま。
それでも。
「……もう一回……」
小さく呟く。
その時。
「――いしをもつものよ」
声がした。
びくりと身体が跳ねる。
周囲には何もない。
だが、確かに聞こえた。
低く、感情の薄い声。
「……だ、誰だ……!」
「見ている」
短い言葉。
意味は分からない。
だが、“それ”が構える。
「……まだだ」
踏み込んでくる。
カイルは反射的に動く。
ほんの少しだけ、ズレる。
「……ちがう」
次の一撃は速い。
斬られる。
暗転。
⸻
立つ。
「立て」
声が落ちる。
命令だった。
意味は分からない。
でも――
(……立て……)
頭に残る。
怖い。
逃げたい。
それでも。
「……やる……」
声は震えている。
だが、消えない。
“それ”を見る。
来る。
踏み込み。
刃。
ほんのわずかに動く。
少しだけ、長く立つ。
一瞬。
本当に一瞬だけ。
前より、生きている。
その瞬間。
世界が歪んだ。
⸻
視界が崩れる。
白が砕ける。
落ちる感覚。
「――っ!」
気づいた時には。
冷たい土の上に倒れていた。
森の匂い。
風の音。
現実。
「……は……っ……」
呼吸が荒い。
身体が震える。
(……戻った……)
夢じゃない。
確かに、あそこにいた。
カイルはゆっくりと手を握る。
ほんのわずかに。
さっきより、動く。
「……なんだよ……これ……」
震える声で呟く。
答えはない。
ただ一つだけ。
はっきりしていることがあった。
「……終わってない……」
三十日。
その時間が、ただの絶望じゃなくなった。
カイルはゆっくりと立ち上がる。
森の奥を見た。
あの場所。
あの石。
「……もう一回……」
小さく呟く。
足はまだ震えている。
それでも。
止まらなかった。
続きすぐ載せるるかも




