第13話 思い出される過去
上原と佐山の報告を受けたあと、相原は再び被験者の報告画面を開いた。
石井彩佳 21歳。
試験中のデータは、数字だけを見れば成功例だった。
反応性は高い。
乳汁分泌量も伸びている。
sIgAも上がっている。
B群の中でも、結果だけを拾えば“前に進んでいる”被験者だった。
だが、モニターの端に表示された顔写真を見た瞬間、過去の記憶が不意に浮かび上がった。
小出美紀。
顔立ちが似ているわけではない。
目元の形も、輪郭も違う。
ただ、眼差しだけが似ていた。
自分のことより先に、誰かが救われるならと考えてしまうような、あの意志の強さ。
危ういほど真っ直ぐな、自己犠牲をいとわない眼差し。
「……小出…美紀」
口にした瞬間、胸の奥に沈んでいたものが蘇る。
十二年前。
新型ウイルスの蔓延で、今よりもっと多くの人が亡くなっていた。
医療も行政も崩れかけ、社会全体が結果を急いでいた。
あの時は、今回よりももっと露骨に、安全性より成果が優先された。
十分な確認も終わらないまま投薬が進められた。
止めるべき兆候だって、確かに出ていた。
それでも上から返ってきたのは、たった一つの言葉だけだった。
継続しろ。
その一言で、現場の迷いも、違和感も、被験者一人の身体も、全部が押し流された。
被験者死亡は事故として処理された。
問題として取り上げられることもなく、責任の所在も曖昧なまま、記録の中に埋められた。
自分も、その流れの中にいた。
「いや、違う」
相原は小さく声に出した。
罪悪感を振り払うように。
あるいは、今さら揺らぎそうになる自分を押し戻すように。
個人の感情など、必要ない。
そうでなければここには立てない。
あの時、自分は誓ったのだ。
社会が汚れ役を必要とするなら、
誰かが数字のために手を汚さなければ前へ進めないのなら、
自分はそのためにここにいるのだと。
それが正しいのかどうかは、もうずっと前から分からない。
ただ、そう思うことでしか自分を保てないことだけは知っていた。
目の前の一人を見れば、止めたくなる。
数字を見れば、進めるしかないと思う。
その間で揺れ続けるたびに、自分は“個人”を捨ててきた。
石井彩佳のデータ画面を閉じる。
閉じたはずなのに、胸の奥に残るものは消えなかった。




