9 深淵を越えた約束、エメラルドの誓い
はじめまして(お読みいただく前のお願い)
数ある作品の中から、このページを開いてくださり、本当にありがとうございます。
初めて「小説家になろう」に投稿させていただきます。右も左もわからない初心者で、操作一つひとつに緊張していますが、ずっと自分の中で温めてきた物語を形にしたくて、執筆を始めました。
不慣れなため、読みづらい点などあるかと思いますが、精一杯書き進めていきたいと思っています。
閲覧にあたっての注意点
本作は、絶望の淵に立たされた主人公の再生を描く物語ですが、テーマの性質上、以下のような描写が含まれます。
• 過去の辛い経験(性被害など)に関する回想や、心の葛藤
• 女子プロレスの試合等における、激しい痛みや流血、怪我の描写
• 精神的に追い詰められるような重いシーン
これらは犯罪や暴力を肯定する意図は一切ございませんが、読む方によっては強いショックを感じたり、お気持ちが沈んでしまう可能性があるかもしれません。
もし「少しでも辛いな」と感じた時は、無理をせず、すぐに閲覧をお控えください。
作品のテーマと設定について
• 本作はR15設定および**「残酷な描写あり」**の設定にしています。
• 物語の根底には**「被害者と加害者の境界線はグラデーションである」**という考えがあります。誰しもがどちらの立場にもなり得るという人間の多面性や、その果てに辿り着くそれぞれの場所を描きたいと思っています。
• 登場する人物や団体はすべて架空のものです。
執筆環境について(AIの使用明示)
本作は、執筆の補助として生成AI(AIアシスタント)をパートナーとして活用しています。
私自身、視覚障害や難聴といった体調面での制約があり、長い文章を一人で整えることが難しい場面があります。そのため、私が考えたプロットや言葉、込めた想いをAIに伝え、表現の肉付けや文章の整理を相談しながら原稿を作り上げています。
物語の核心はすべて私自身の経験や想いから生まれたものですが、AIという最新の補助具を借りて表現していることをご理解いただけますと幸いです。
感想・評価などの受付について
本作では、感想、評価、レビューの受付をすべて停止させていただいております。
まずは自分自身の心身を整えつつ、自分のペースでこの物語を最後まで書き抜くこと、そして一つひとつの言葉を大切に紡ぐことに集中したいと考えております。あたたかく見守っていただけますと幸いです。
更新は少しずつになるかもしれませんが、この物語がどこかの誰かの心に、微かな光として届くことを願っています。どうぞよろしくお願いいたします。
第1章:楽園への逃避行と、すれ違う情熱
1. 賑やかな出発と、消えない戸惑い
成田空港の出発ロビーは、旅情を誘うアナウンスと世界各国の言語が入り混じる、独特の喧騒に包まれていた。市原いずみ(いっちゃん)は、三泊四日のグアム旅行に向けて、期待と緊張が入り混じった溜息をつく。
隣では古河智が、無骨な顔を真剣に歪め、何度もバッグの中のパスポートや貴重品を確認していた。
「いずみさん、忘れ物……ないかな。パスポート、もう一回見ていいですか?」
「あはは、サトシさん、さっきから五回目だよ。大丈夫だって」
いっちゃんが微笑むと、サトシは「……そうですよね。よし、ドルに両替してきます。ここで待っていてください」 と少し照れくさそうに笑い、人混みの中へ消えていった。
一人になったいっちゃんが大きなスーツケースのハンドルを握り直したその時、背後から聞き慣れた、突き抜けるように明るい声が響いた。
「いっちゃーん! 準備万端!?」
「……お前、ニヤニヤしすぎ。気持ち悪いぞ」
振り返ると、そこにはド派手なキャリーケースを引いた綾瀬聡美と、松葉杖を卒業し、軽やかな足取りの青堀結衣が立っていた。いっちゃんは事前に二人が同行することを承諾してはいたものの、いざ実物を目の当たりにすると、顔が引き攣るのを抑えられなかった。
「……やっぱり、本当に来るんだね。せっかくの旅行なのに、どうしてついてくるの?」
いっちゃんがわざとらしく肩を落として文句を言うと、サトミは彼女の肩に腕を回してケラケラと笑った。
「いいじゃない、大勢の方が楽しいでしょ! 私も一度グアムに行ってみたかったんだけど、一人じゃなかなか勇気が出なくてさ」
「それだけじゃないだろ」
ユイが、いっちゃんの耳元でニヤリと不敵な笑みを浮かべて囁いた。
「お前とサトシが、現地でちゃんと『やる』か、この目で見届けてやらないとな。……勝負下着、ちゃんと新調したんだろうな?」
「なっ……!?」
いっちゃんの顔が一瞬で真っ赤に染まり、耳まで熱くなる。
「水着も大事だよ、いっちゃん。立派なものがちゃんとわかるようにしないとね」
「そんな、あ、あの……!」
サトミの追い打ちに、いっちゃんは意味をなさない言葉を漏らし、必死に自分の顔を両手で隠した。
2. 空の上の安らぎ、サトシの「魔法」
保安検査と出国審査を終えた四人は、搭乗までの時間をカフェで過ごしていた。サトシは、いっちゃんが少しでもリラックスできるよう、事前に調べておいたソファ席のある店へとスマートに誘導してくれた。
「案外スムーズにいきましたね。パソコンも出さなくていいし。今の空港はすごいな……」
サトシが感心したようにつぶやくと、横からユイがじろりといっちゃんの服装を眺めた。
「いっちゃん、そんな薄い服着てたら脱ぐ必要もないよな。……っていうか、それ、ちょっと透けてないか?」
「ひゃっ!?」
いっちゃんはとっさに両腕で身体を隠し、サトシの顔をチラリと見た。
「冗談だよ、馬鹿」
ユイが声を上げて笑う。サトミも「いっちゃん、とっても可愛いよ」 とフォローするが、いっちゃんは恥ずかしさで縮こまってしまった。
飛行機に搭乗した瞬間、いっちゃんの表情は再び強張った。機内の閉塞感と、巨大な鉄の塊が宙に浮くという事実が、彼女の高所恐怖症を刺激する。
「いずみさん、飛行機大丈夫? ……当たり前だけど、すごく高いところを飛ぶから、怖いよね」
サトシが隣の席から心配そうに覗き込む。
「た、たぶん大丈夫。映画を見れば……。三本は見なきゃ……」
「映画三本も見れないでしょ。三時間くらいしか乗らないんだから」
サトミのツッコミを聞きながら、サトシはいっちゃんの冷たい手をさりげなく、力強く握りしめた。
「大丈夫ですよ、いずみさん。アメリカの航空会社のパイロットは空軍出身者が多くて、何があっても対処できるって聞いたことがあります。……機内アナウンスで『宙返りしましょうか?』なんて冗談を言って、笑いをとった機長もいるらしいよ」
「大型機で宙返りしたら間違いなく墜落だろうな」
ユイが鼻で笑うが、そのおかげでいっちゃんの心はふっと軽くなった。
「……機内食、楽しみ。何があるかな」
いっちゃんは自分を勇気づけるように、サトシの手を握り返した。
3. 「中学校の英語」と、サトシの秘めた想い
機内サービスが始まり、客室乗務員(CA)が英語で話しかけてきた。いっちゃんもサトミもユイも、さっぱりわからず固まってしまう。
サトシが三人を振り返り、「飲み物、何がいいですか?」 と聞いた。
「ビールはないの?」というユイの問いに、サトシはCAに確認してから「有料みたいです。どうしますか?」 と丁寧に敬語で答えた。「じゃあコーラでいいよ」 というユイの注文を受け、サトシはCAに流暢な……とは言えないが、堂々とした様子でオーダーを伝えた。
「サトシさん、何を話していたの?」
「今回は卒業旅行ですか?って聞かれました。しかも、高校の!」
一同は顔を見合わせ、苦笑いした。日本人が若く見られるとはいえ、二十代後半のレスラー三人が高校生に見られるとは。
「それにしてもサトシさん、なんであんなにペラペラなの?」
いっちゃんの感心の眼差しに、サトシは照れくさそうに頭をかいた。
「ペラペラじゃないよ。中学校で習った英語を並べただけです。案外、それでなんとかなるもんだよ」
グアムの入国審査でも、サトシの「中学校の英語」は大活躍した。
彼は審査官に、後の三人は同じグループであること、そしていっちゃんを「自分の婚約者になる予定の人(fiancée to be)」だと伝えたのだ。
いっちゃんには意味がわからなかったが、審査官が「Have a wonderful honeymoon!」 と笑顔で言った際、サトシが「Thank you」と少し顔を赤くして答えたのを見て、何か素敵なことが起きているのだと直感した。
4. プールの煌めきと、届かない願い
ホテルにチェックインした後、いっちゃんとサトシは、サトミたちと別れてプールのエリアへと向かった。
「騒がしくなっちゃって、ごめんね。本当は、サトシさんと二人きりがよかったのに」
いっちゃんが申し訳なさそうに謝ると、サトシは「そんなことないよ。賑やかで楽しいよね」 と答えつつ、「でも……二人だけの時間も欲しいです」 と本音を漏らした。
プールサイドに現れたいっちゃんの姿に、周囲の宿泊客からも密やかな感嘆が漏れた。
彼女が選んだのは、肌を鮮やかに引き立てるエメラルドグリーンのビキニだった。元アスリートとしてのしなやかな筋肉の躍動感と、モデルとしての完璧なプロポーション。細い紐で繋がれた布地は、彼女の豊かな胸の膨らみを強調し、くびれたウエストから伸びる長い脚を際立たせている。陽光を反射して輝く白い肌は、まるで宝石のような気品を放っていた。
サトシは、少し視界が霞んで見えにくい目を持っていたが、それでもプールの青に溶け込むようないっちゃんの眩しい姿を、片時も離さず追っていた。網膜に焼き付くようなエメラルドグリーンの色彩と、彼女が動くたびに零れるような曲線の美しさに、彼は胸が苦しくなるほどに見惚れていた。
「競走しよう!」
いっちゃんは小学生のように無邪気にはしゃぎ、水しぶきを上げながらプールへ飛び込んだ。監視員に注意されて「あはは、ごめんなさい!」と舌を出す彼女の表情は、リング上の「クイーン」とは別人のように柔らかい。
サトシの泳ぎは驚くべきものだった。力感が全くなく、水面を滑るようにスゥーッと進み、あっという間にクイックターンを決めてゴールする。
「ちょっと! 少しは手加減してよー!」
膨れっ面をするいっちゃんだが、サトシのイルカのようにスムーズな泳ぎに、内心では見惚れていた。
その様子を、プールバーのカウンターでカクテルを傾けながら、ユイとサトミが眺めていた。
「見てよ、あの二人。まるっきりガキの遊びじゃない」
ユイが呆れたように鼻で笑う。
「いいじゃない。いっちゃんだって、サトシさんの前でしかあんな顔見せないんだし」
サトミが顎を突き出し、いっちゃんの弾けるような笑顔を指した。
「……まあな。あいつ、リングじゃ鬼の形相だけど、今はただの恋する女だ」
ユイが少しだけ目を細めてグラスを傾けた。
5. 決意の勝負下着と、夜の静寂
夜は四人でステーキハウスへ。ユイとサトミは三〇〇グラムの肉を豪快に平らげ、いっちゃんとサトシは一つのプレートを分け合った。サトシが席を立った瞬間、サトミがいっちゃんに身を乗り出した。
「いっちゃん、今夜は自分から行ってもいいんじゃない?」
いっちゃんも同じことを考えていた。ホテルの部屋はダブルベッド。自分がリードすべきなのだと。
ホテルに戻り、いっちゃんはバスルームで密かに息を整えた。鏡に映る自分の顔は、期待と極度の緊張で上気している。
彼女は意を決して、用意してきた「勝負下着」に身を包んだ。それは、夜の闇に妖艶に溶け込むような、深い紺色の最高級シルクと繊細なレースで仕立てられたランジェリーだった。胸元の深いカッティングは、普段のコスチューム以上に大胆に彼女の柔らかな膨らみを露わにし、透けるようなレースがいっちゃんの白い肌に影を落としている。鏡の中の自分は、自分でも見たことがないほど艶めかしく、そして無防備に見えた。
部屋の明かりを落とし、いっちゃんはサトシの背中にそっと抱きついた。自分の吐息が彼の首筋にかかる。
「……サトシさん」
自分から積極的にキスを交わし、震える手で彼のシャツのボタンに手をかけた。
「私を、全部受け止めて……」
しかし、サトシはいっちゃんの肩をやさしく掴み、その動きを止めた。
「いずみさん……無理しないで」
彼はやさしく抱きしめ、額にキスを返してくれたが、それ以上のことは決してしようとしなかった。
(……え?)
自分から求めたのに、断られた。いっちゃんは、心臓を氷で掴まれたような衝撃を受け、暗闇の中で呆然と立ち尽くすしかなかった。
第2章:エメラルドの誓い
1. 誘惑の残像と、暴かれた本心
翌朝、グアムの眩い陽光が部屋に差し込んでも、いっちゃんの心は晴れなかった。昨夜、勇気を振り絞った誘いを断られた衝撃が、鋭い棘のように胸に刺さったままである。
(私に、魅力がないのかな……。それとも、やっぱり「汚れている」と思われているの?)
そんな不安を振り払うように、いっちゃんなりの「反撃」に出ることにした。
ビーチに現れた彼女の姿に、サトシだけでなく周囲の視線が釘付けになった。昨日選んだエメラルドグリーンの水着よりもさらに大胆な、真紅のビキニ。肌とのコントラストが鮮烈な赤は、彼女の白い肌をより艶やかに際立たせ、細い紐一本で支えられた布地は、動くたびに豊かな胸の曲線を危ういほどに強調していた。
「サトシさん、見て! 今日はもっと焼いちゃおうかな」
わざとサトシの視界に入るように屈み込み、艶然と微笑みかける。サトシの気を引こうと必死であったが、当のサトシは、目のやり場に困ったように無骨な顔を真っ赤に染め、ぎこちなく視線を泳がせるばかりであった。
「……いっちゃん、必死ね」
パラソルの下で、サトミが溜息をつく。サトシは砂浜の端で、後悔に満ちた表情で波打ち際を見つめていた。
その背中を見送ったユイが、サトシの元へ歩み寄った。
「……おい。どうなってんだよ。いっちゃん、あんな格好までしてあんたの気を引こうとしてるぞ。めちゃくちゃ傷ついてるじゃないか」
サトシはハッとしたように顔を上げ、砂を握りしめた。
「……昨夜、いずみさんが、無理をしているように見えたんです。必死な顔をして服を脱ごうとされる姿を見て、僕は……。でも、今日、ちゃんとお伝えしようと思っていたんです。プロポーズを……」
2. 鏡の中の溜息と、裏側の作戦
その夜、二人は海が見えるレストランへと向かった。けれど、二人の間には昨夜からの気まずさが沈殿し、いっちゃんは逃げるように「ちょっと、お化粧直してくるね」と席を立った。
レストランのトイレ。豪華な装飾が施された鏡の前に立ったいっちゃんは、力なく自分の姿を見つめ返した。
(やっぱり、ダメなのかな……。こんなに必死に飾っても、サトシさんには届かない。私には、女性としての魅力が欠けているのかもしれない……)
指先で自分の唇に触れ、昨夜の拒絶を思い出しては、視界が滲んでいく。何度も深呼吸をし、泣き出しそうな自分を無理やり笑顔の仮面で覆い隠した。
その頃、テーブルではユイとサトミが、呆然とするサトシの両隣に陣取っていた。
「いい、サトシさん。いっちゃんが戻ってきたら、さりげなく時間を稼いで。私たちが合図するまで、絶対にレストランを出ちゃダメよ」
サトミが低い声でテキパキと指示を出す。
「……はい。あの、本当にうまくいくでしょうか」
「あんたの覚悟次第だよ。花火のタイミングは任せな。最高の舞台を作ってやるから、しっかりやりなよ」
ユイがサトシの肩を強く叩いた。サトシは「ありがとうございます……精一杯、頑張ります」と、震える拳を握りしめた。
3. 砂浜の告白、魂の敬語
食後、二人はサトシの誘導で誰もいない夜のビーチへと足を向けた。月光が海面に銀色の道を作り、寄せては返す波の音が、いっちゃんの不安を煽るように響いている。
サトシが砂浜に腰を下ろすと、いっちゃんも祈るような心地で隣に座った。
「いずみさん。昨日は……本当に申し訳ありませんでした」
サトシが居住まいを正し、真剣な声音で切り出した。
「せっかく勇気を出してくださったのに、僕が止めてしまったから……。でも、いずみさんが無理をしているように思ったんです。僕は……こういうことは、お互いの人生を丸ごと受け入れることだと思っています」
いっちゃんは、彼の横顔をじっと見つめた。その誠実な言葉が、凍りついていた心を少しずつ溶かしていく。
「私は、ずっといずみさんが眩しかった。ずっと一緒になりたいと願ってきました。でも、中途半端な気持ちではいけないと思っていたんです。私は、市原いずみさんのすべてを受け入れます。どこに行くのも一緒です。地獄に行くのであれば、僕も一緒に行きます」
サトシは、いっちゃんの震える手を自分の大きな手で包み込んだ。
「……私と結婚してください!」
いっちゃんは、息を呑んだ。その瞬間、夜空を切り裂くように、大輪の打ち上げ花火が花開いた。色鮮やかな光がいっちゃんの涙を照らし出す。
「……っ、サトシさん……」
これまでの不安、恐怖、自分への絶望。それらすべてが、サトシの言葉によって「愛」へと昇華されていった。
4. 砂の上の抱擁、混ざり合う意志
「私は……いずみさんのためなら、なんだってできる気がします」
サトシの声には、揺るぎない決意が宿っていた。
「自分がどうなっても構わない。いずみさんを守るためなら、たとえ世界を敵に回して悪者になったっていい。いずみさんのためなら」
「……私も同じだよ。私も、サトシさんのためなら何だってできる」
いっちゃんは、弾かれたようにサトシの胸に飛び込んだ。潮の香りと、サトシの独特の安心感を与える匂い。
二人は砂の上で、何度も、何度も口づけを交わした。これまでで一番長く、深い、魂の融合を確かめるようなキス。砂のざらつきさえ愛おしく、月明かりの下、二人の影は静かにひとつに重なった。
第3章 魂の融合
1. 祝福と、照れくさい種明かし
「おめでとーーー!」
背後から、ユイとサトミが拍手をしながら現れた。
「おめでとう。砂まみれになるよ」
ユイがからかうように言うと、いっちゃんとサトシは慌てて上体を起こした。二人の顔は、月明かりの下でもわかるほど真っ赤に染まっている。
「サトシ、あれでよかったか? ったく、こき使いやがって」
ユイが腰に手を当てて笑うと、サトミも満足そうに頷いた。
「なかなかの演出だったでしょ。私もそんなことしてくれる男が欲しいわ」
呆然とするいっちゃんに、ユイが笑って種明かしをした。サトシの覚悟を知った二人が、花火の手配からタイミングの調整まで、すべてを裏で支えていたのだ。
「もう、バカ……!」
いっちゃんは顔を真っ赤にしてサトシを軽くどついたが、すぐにまた、誇らしく、愛おしそうに彼を抱きしめた。
2. 真実の融合、愛の深淵
その夜。ホテルのダブルベッドの上で、二人は向き合った。
「……トラウマは、まだ怖い。でも、それ以上にサトシさんにすべてを包み込んでほしいの」
いっちゃんの正直な告白に、サトシは彼女を優しく引き寄せた。
「ひとつひとつ、進んでいけばいい。焦る必要はないよ。その時の気持ちに、正直に従えばいいんだ」
二人はいつもより深く抱き合い、長く、熱いキスを交わした。いっちゃんの手がサトシのシャツの中に滑り込み、その逞しい背中、肩甲骨のあたりを求めるようにさする。
「……直接、触って」
サトシの手が、いっちゃんの下着の下に滑り込んだ。柔らかな肌に触れる熱い手のひら。いっちゃんはサトシの手を取り、自ら自分の下半身へと導いた。
ショーツ越しに伝わる、彼の大きな手の重みと熱。かつての恐怖は、驚くほど静かに消えていた。そこにあるのは、身体中が沸騰するような熱さと、意識がどこまでも遠のいていくような、圧倒的な「多幸感」だけである。
(私は、今、本当に愛されている……。サトシさんと、ひとつになっている……!)
二人は呼吸を合わせ、互いの存在を確認するように深く、深く求め合った。気付けば二人は、生まれた時と同じ無垢な姿で抱き合い、幸福な疲労感の中で眠りについていた。
3. 深夜の目覚め、果てなき冒険
夜中にふと目を覚ましたいっちゃんは、隣で穏やかに寝息を立てるサトシを愛おしく見つめた。
自分の裸の身体に、彼の腕が触れている。その大切な場所に感じる確かな重みを、彼女はそのままにしていた。
彼女はサトシの身体を、まるで未知の宝物を探す冒険家のように優しく、隅々まで撫でていった。 彼が反応し、無意識に腕に力がこもるのを見て、いっちゃんの胸はかつてないほどの熱い悦びで満たされた。
サトシがゆっくりと目を開け、目が合う。キスが自然とより深く、激しくなっていく。いっちゃんはサトシのあらゆる場所にキスをし、彼の敏感な場所を見つけるたびに、冒険に成功した少女のように無邪気に喜んだ。
「サトシさん……大好き」
サトシの顔も真っ赤に染まり、いっちゃんもまた全身が熱くなる。
(これが、永遠に続けばいいのに……)
二人は夜が明けるまで、何度も互いの存在を確かめ合い、愛を刻み込み続けた。
4. 瓦礫の教会の、笑いと祈り
翌日、四人は街の外れにある小さな教会を訪れた。観光客もいない、静寂に包まれた木造の教会。窓からは南国の鮮やかな木漏れ日が差し込み、古い木の床を黄金色に染めている。
「よし、せっかくだからここで挙式のリハーサルといこうじゃないか」
サトミがニヤリと笑い、祭壇の前に飛び出した。
「アーメン……。えー、汝、この無骨な男を夫とし、永遠の愛を誓いますか?」
サトミが仰々しく神父の真似を始めると、ユイもニヤリとしていっちゃんの隣に立った。
「おい、いっちゃん。親父役は私がやってやるよ」
ユイはいっちゃんの腕を強引に取り、自分の腕に絡ませた。
「ほら、しゃきっと歩け。バージンロードだぞ」
「ちょっと、二人とも……!」
いっちゃんは戸惑いながらも、ユイにエスコートされるようにして、祭壇までの数メートルをゆっくりと歩いた。サトシは祭壇の前で、照れくさそうに、けれど真剣な顔で待っている。
「新婦入場!」サトミが口でファンファーレを吹く。
「……お前をサトシなんかにやるのは惜しいがな。幸せになれよ」
ユイが低い声で父親役を演じると、いっちゃんはついにこらえきれずに吹き出した。
「あはは! ユイちゃん、全然お父さんに見えないよ!」
「うるさい、演技指導は受け付けてない!」
四人は祭壇の前で、芝居じみたこの状況に顔を見合わせ、お腹を抱えて笑い合った。地獄のようなリングを戦い抜いてきた彼女たちが、心から子供のように笑う。その声が教会の高い天井に響き渡る。
やがて笑い声が静まると、誰からともなく教会のベンチに座った。
それまでの喧騒が嘘のように、四人は静かに、落ち着いていく。
いっちゃんとサトシは隣り合い、そっと手を重ねて目を閉じた。幸せを祈る静かな時間。木造の建物特有の、古い木の匂いと穏やかな風。
いっちゃんは、これから訪れる未来がどんなに過酷なものであっても、この温かい絆がある限り歩き抜けることを、静かに神に誓ったのである。
第4章:砕け散るエメラルド、そして無償の盾
1. 絶頂のランウェイ、そして「再生」の輝き
グアムから帰国したいっちゃんの周囲には、目に見えるほどの「光」が満ちていた。
モデルの撮影現場。スタジオの真っ白なホリゾントの中で、ストロボの閃光を浴びる彼女は、これまでのどの瞬間よりも気高く、美しかった。
「いっちゃん、今の表情、最高だよ! 肌が内側から発光しているみたいだ」
カメラマンの称賛に、彼女は頬を染めて、かつてないほど柔らかな声で答えた。
「……ありがとうございます。私、今、本当に幸せなんです。だからかな、自分でも不思議なくらい力が湧いてきて」
鏡に映る自分の肌艶は、サトシに愛され、自らの過去を丸ごと受け入れたことへの、身体からの回答のようであった。
その充実感は、過酷なプロレスのリングを、輝かしい「祝祭」の場へと変えていた。
キャンバスを蹴る足音は力強く、空中でひるがえる身体は、重力から解き放たれたかのように自由であった。古傷を全く思わせない体のキレ、華麗な飛び技の数々。
いっちゃん、サトミ、ユイの三人がリングに揃えば、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。女子プロレスの人気は最高潮に達し、彼女は今、女子プロレスブームの頂点という「ランウェイ」の真ん中を、サトシとの愛を糧に確かな足取りで進んでいたのである。
2. 凍りついた時と、絶望のサンドバッグ
しかし、地獄はもっとも幸福な瞬間に、その口を開ける。
ある日のビッグマッチ。リングの対角線上で入場を待つ、いっちゃんの視線がふと、客席の最前列で止まった。
そこには、自分への憎悪を隠そうともしない、豊田麻子の姿があった。
だが、いっちゃんの心臓を氷の牙で貫いたのは、その隣に座る「男」であった。八年前。漆黒の路地裏。自分のすべてを蹂躙し、壊していった、あの市川が、そこにいたのである。
その瞬間、世界から音が消えた。
「あ……、あ……」
いっちゃんの喉は、目に見えない巨大な手に締め上げられたように強張り、急に息ができなくなった。指先から急速に体温が失われ、リングを照らす照明が、まるで遠い星の光のようにかすんでいく。
ゴングが鳴る。
しかし、いっちゃんの身体は、泥に足を取られたかのように一歩も動かない。対戦相手の猛攻が、無防備な彼女を襲う。鈍い衝撃がいっちゃんの肉体を叩くが、彼女は痛みを感じることさえできなかった。
(嫌……こっちを見ないで。私に触らないで……!)
客席から自分をなぶり殺そうとする市川の、蛇のように粘着質な視線が、皮膚の上を這い回る不快感。恐怖がいっちゃんの全てを覆い尽くしていた。
いっちゃんは、ただの「肉塊」と化した。防御することも、逃げることもできず、ただ打たれ続け、マットに叩きつけられるだけの「サンドバッグ」となり果てた彼女は、あえなく、そのまま無惨な敗北を喫した。
麻子はそれを見て、市川の肩に手を置きながら、いっちゃんを指差してニヤニヤと嘲笑している。その仕草は、八年前の悪夢を再び召喚するという、残忍な紹介のようであった。
3. 絆の深呼吸、サトシの誓い
いっちゃんは、崩れるような足取りでリングを降りると、誰の呼びかけも拒絶するように控え室へと逃げ込んだ。扉を閉めた瞬間、堰を切ったように恐怖が爆発した。
「……っ! ハァ、ハァ……! ああぁぁっ!」
全身がガタガタと打ち震え、過呼吸で喉がヒューヒューと鳴る。視界は涙で歪み、彼女は正気を保てないまま床に崩れ落ちた。
「いずみさん!!」
扉が開き、サトシが駆け込んできた。彼は床に蹲るいっちゃんの姿に絶句し、必死の形相で彼女をギュッと抱きしめようとした。
「やめて!! 来ないで!!」
いっちゃんは絶叫し、サトシの手を激しく振り払った。今の彼女にとって、男の手は、たとえ愛する人のものであっても「暴力」の象徴でしかなかった。サトシはショックを受け、空中で手を止めたまま立ち尽くした。
「大丈夫だよ、いっちゃん。落ち着いて……。この人はサトシさんだよ。いっちゃんの味方だよ」
背後から、サトミが静かに、けれど芯の通った声で語りかけた。その言葉が、いっちゃんの混濁した意識を呼び戻した。
「……サトシ、さん? ……あぁ……サトシさん……っ!」
いっちゃんは崩れるようにサトシの胸へと飛び込み、ブルブルと震えながら、彼のシャツを掴んで慟哭した。
サトシは何も言わず、ただ優しく、いっちゃんの背中をゆっくりとさすり続けた。
「私はここにいます。いずみさんも、ここにいます。地に足がついていますよ。ゆっくり目を開けてみて。いるのはいずみさんと、私と、サトミさんだけです」
サトシは自分の呼吸をいっちゃんに見せ、ゆっくりと吸って、ゆっくりと吐くことを繰り返した。
サトシに先導され、いっちゃんはようやく呼吸ができる感覚を取り戻していった。落ち着きを取り戻しつつある彼女に対し、サトシは揺るぎない覚悟を込めて語りかけた。
「私がいずみさんを守ります。何があっても。私がどうなろうと、いずみさんを守ります。だから安心してください」
「……サトシさん……私を、一人にしないで……」
いっちゃんは再びサトシの胸に全てを預け、彼という「盾」の温もりの中で、静かに涙を流し続けた。
4. 侵食される日常、そして沈黙の恐怖
サトシがいっちゃんの側に立ち、サトミやユイ、そして渋川亨が周囲を固める「守護者たちの輪」が完成し、彼女の世界はようやく平穏を取り戻したかに見えた。サトシがそばにいる時間の安心感は、何物にも代えがたい救いであった。
しかし、底知れぬ悪意は、その強固な守りをあざ笑うかのように、音もなく彼女の私生活を侵食し始めていた。
それは、いっちゃんが一人で自宅のポストを確認した時から始まった。
最初は、何の変哲もない街中の風景写真だった。どこにでもある雑踏。ただのいたずらか、あるいは誤配か。そう自分に言い聞かせ、彼女はそれをゴミ箱へ捨てた。
だが、その翌日。ポストに投げ込まれていたのは、エスカレーターの下から見上げるような角度で撮られた写真だった。あたかも、背後から音もなく忍び寄り、スカートの中を盗撮したかのような、卑劣で粘着質な視線がそこに定着していた。
いっちゃんの背筋に、氷水を流し込まれたような戦慄が走る。
そして、恐怖のパレードは最悪の段階へと至る。次に届いたのは、プロレスの試合会場の控え室で、いっちゃんが着替えのために下着姿になっている瞬間を、物陰から盗撮したものであった。
その写真には、血が凍りつくようなメッセージが添えられていた。
『こんなに男を誘惑するような身体をしておいて、こんな下着ではダメだよ。どれだけの男がいっちゃんを使っているか、その期待に応えないとね』
その文字を目にした瞬間、いっちゃんの指先から力が抜け、写真が床に散らばった。
(……見られてる。どこにいても、何をしても。あの男の目が……)
止まらない身体の震え。歯の根が合わず、ガタガタと音を立てる。八年前の路地裏で感じた、あの「獲物」を見る獣の視線が、今、自宅の壁を突き抜けて自分を凝視しているかのような錯覚に襲われた。
いっちゃんは、床に散らばった写真を必死にかき集め、震える手でそれをカバンの奥深くに隠した。
何があっても守ると誓ってくれたサトシ。自分のために「盾」になると言ってくれた彼に、このことを伝えなければならない。頭では分かっていた。
けれど、今の彼女には、その一歩が踏み出せなかった。
(これを知ったら、サトシさんはどう思うだろう。私を守るために、また無理をしてしまう。……それに、こんな辱めを、どうしても彼にだけは見せたくない)
愛する人をこれ以上巻き込みたくないという悲痛な思いと、自分の中に澱のように溜まっていく汚泥のような羞恥心が、いっちゃんの唇を固く閉ざさせた。
最強の守護者たちに囲まれながらも、いっちゃんの心は、誰にも届かない深い絶望の淵で、一人静かに悲鳴を上げていたのである。
エメラルドの輝きを喰らい尽くそうとする闇は、すぐそこまで迫っていた。




