見る目が変わるep2
私の名前は来栖愛美ただの女子高生です。比較的小柄なため皆からはマスコット扱いされています。そういう扱いも慣れてしまえば皆が構ってくれるということなので嬉しく感じてしまいます。学校生活は楽しいです。話しかけてくれる子もたくさんいますし、学校での活動では今まであまり話したことないような人とも関わりました。人付き合いはそんなに得意ではないですが、相手がぐいぐい来てくれると私は相手と仲良くできると言うことをクラスメイト人から知りました。
学校生活を送っているある日のことです。その日もいつも通り、登校して、授業を受けて居ました。お昼はお母さんの作ってくれたお弁当を食べて、その次の授業を受けていました。その最中のことでした。コンコンと小気味のいいノックの音が響いたあと、教室の扉が開きました。そこには教頭先生がおり、『来栖さん、来栖愛美さんのクラスはこちらで間違いないですか?』とクラスの中を見ながら聞いてきました。呼びかけられた私は少しびっくりしながらも手を挙げて少し小さめの声で返事をしました。
「私ですけど……」
その後、私は教頭先生に言われるがまま教室を出ました。『付いて来てください』と言われるがまま、教頭先生の後をついていきました。内容も伝わらないまま後ろを付いていく、というのは何を話されるのか分からない不安感が大きくなっていきます。授業中なので歩いている廊下に生徒は私だけ。前には教頭先生のが歩いているのに、世界に私だけが取り残されてしまったような気がしてきます。不安感に押し潰されそうになりながら教頭先生の後をついていくとそこは教頭室でした。私の教室からそんなに距離が離れているわけではないのですがとても長い距離に感じました。
「来栖さん、先に言っておきますがこれから話す事は大変なことですが大丈夫ですので焦らず聞いてください」
教頭室に入り、自分の机ではなく対面式のソファに腰掛けた教頭先生は、その対面にあるソファに私を座るように促してきました。そして私が座ったタイミングを見計らって話し始めました。。
「え、っと、分かりました」
何の内容か分からないけど、私にとって何か重そうな話であることは分かります。姿勢を正して聞く体制に入りました。
「先程、病院の方から電話がありまして。来栖さんのお母様が職場のほうで倒れてしまったと。処置は完了して大事ないようですが、検査のため暫く入院するらしいです」
「えっ」
その話を聞いたとき私の思考がが絡まりました。お母さんが倒れたという話、そして入院するという話。頭の中では何でどうして、という理解ができない感情と死んじゃうかもしれないという恐怖の感情が入り混じって訳がわからなくなってしまったのです。
「あっ、えっ」
朝、普通にお弁当を作ってくれて学校に送り出してくれたお母さんが居なくなってしまう、そんな気がしてしまった私は言葉を紡ぐことができなくなってしまいました。自分自身の自己評価として何が起きても対応できると思って居ましたが、実際に何かが起こってしまった際、私はこんなにも何も出来ないのかと痛感しました。
「きっと大丈夫ですよ。病院の方からはすでに意識はあると聞いています。何が原因でどんな症状か、までは部外者の私には聞かされていません。病院の方から家族の方に来ていただきたいとそういう電話がありました。なので、これから病院へ車を出すのでついてきてください」
「えっと、私一人でいけます」
「遠慮とはまた違うと思いますが、今の来栖さんは少しでも気を緩めるとお母さんのことを考えてしまうでしょう。そのような状態の生徒を一人で向かわせるわけには行きません。それに早くお母様に会いたいでしょう?一人で行くよりも車で行くほうが早く会えますよ」
教頭先生のその言葉に私は頷くほかありませんでした。確かに教頭先生の言うことは正しいと思います。考え事をしながら歩くのは危ないので。それに今ここで教頭先生の申し出を断っても、相手は譲らずこちらも譲らずで平行線になってしまいそれこそ時間の無駄になる気がします。ここは大人に甘えるという選択肢をとるのも子供である私の特権でしょう。
「分かりました。よろしくお願いします」
その後、教頭先生と共に教室へ行き、私は鞄の中に荷物をしまいます。その間に教頭先生は授業を行っていた先生に事情を説明してくれていました。後ほど担任にも伝えてくれるそうです。荷物を入れているときにお昼に食べたお弁当箱が鞄の隅に見えました。お母さんが作ってくれたお弁当。これを食べている時には数時間後にこんな気持ちになるなんて思いもしなかったです。なんだか、涙が出そうになるがグッとこらえて荷物を全てしまい終え教室を出ました。
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車に乗り病院へ。事前に言われていたのであろう救急用の入り口から入った私は対応してくれた病院の人に名前を言いました。『少し、お待ち下さい』と病院の人に言われ立ちながら待っていると、お医者さんと思われる方が出てきました。『来栖さんのご家族の方ですか?』と聞かれたので首肯。一応、学校の責任者として教頭先生も付いてきてくれたので教頭先生はその旨も説明。
お医者さんに付いてお母さんの病室に向かう。その間に簡単な事は説明されました。恐らく過労で倒れた事。倒れた時に頭を打ってしまったので検査のため入院するということ。現状、命には別状がないことを説明されて安心しました。
お母さんのいる病室に着くとそこは個室でした。お医者さんに促されるまま入るとそこにはベッドで横になって寝ているお母さんがいました。私は泣きました。病院だから声は出せませんでしたが声を押し殺すように泣きました。お母さんに会えた嬉しさで涙が止まりませんでした。教頭先生の『すみません、私は帰ります』と言った言葉に対して声を出して答えることができず、ただ首を振って答えることしかできませんでした。
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病院から入院の手続きの紙や、入院中に必要な持ってくるものの話などをされ家に帰ってきました。お母さんの意識はあるため、金額などが絡む話は直接本人とするらしいので私は着替えや歯ブラシなどのものに名前を書いて持ってきてほしいということでした。
家に帰ると一人きりの空間。今日は大変なことがありました。朝出た時にはこんな一日になるとは思いませんでした。帰ってきたら夜で、今日は新月の日なのかお月様が見えませんでした。何を思ったのか、私はその日から毎日お母さんが、元気になるようにお月様に祈ることにしたのです。新月から半月になり、満月になるまで毎日。奇遇なことに雲で月が隠れる日は一日もありませんでした。毎日、お母さんのところへ行き、家に帰って月に祈るの繰り返しでした。学校へは、1ヶ月程度のお休みを貰いました。お母さんに『治るまでは看病する』と言いましたが、流石にお叱りを受けたので学校に相談しました。そしたら、勉強のプリントと定期的に学校への連絡をすることを条件に休学を認めてもらいました。そのことをお母さんに伝えるとため息をつかれながら頭を撫でられました。
来る日も来る日もお母さんの回復を月に願い、新月から満月になるまで月に祈りました。そして満月はまた欠けていき新月に戻っていきました。
一ヶ月も立つ頃にはお母さんは回復して退院のめどが立ちました。ついには『ちゃんと寝てる?左目充血してるけど』と私の心配をしてくれるようになりました。元の生活にやっと戻れると安心し、喜びがわき上がってきます。明日からは学校にもいけます。
そして新月の日に祈りを始め、次の新月まで祈り続けた私は、その次の日の朝、鏡を見て悲鳴を上げることになります。
いつも通り朝めが覚めて、今日から登校だと自分を鼓舞します。目に違和感があるなと思いながら洗面台へ向かいます。顔を洗い、違和感がある目も洗いました。そして鏡を確認します。
「なにっ!なにこれ!」
お母さんに充血していると指摘された目が私の目じゃなくなっていたのです。実際に私についているものなので私の目なのですが明らかに今まで生きてきた人生で毎日のように見ていた私の目は鳥の目になっていたのです。
「どうしよ、どうしよ」
パニックです。パニックになりました。病院に行こうとも考えましたがこれは何なのか考えると訳が分からなくなり一旦落ち着くことにしました。状況確認をします。朝起きたら左目が鳥の目になっていました。おしまいです。何の前触れもなくいきなりそうなりました。外に出るには眼帯を付ければいいけど、この先どうすればいいんだろう。すごい痛かったり何かあったりしたら病院に行こうと思うけど、今はただ違和感があるですし……。
「ってかこれなんなんでしょう」
右目をつぶって左目だけで自分を見る。鏡に映るのは鳥の目をした私。今までと同じように見えている。ただ目の形だけが変わっているという違和感を感じるだけででした。
「怖いけど……。とりあえず一日過ごして何かあったらその時考えよう」
そう思って学校の準備を始めようとします。時計を確認すると遅刻が確定するような時間でした。流石に想定外すぎることが起こっているので遅刻など些細な問題でしょう。約一ヶ月ぶりの登校で遅刻というのも恥ずかしいですけど。人間遅刻しそうというときは自分にできる限りの急ぎをして頑張りますが、遅刻が確定してしまった状況だと逆にゆっくりした行動になってしまうものです。ゆっくりと支度を終え、もう一度鏡を確認。先ほどと同じように鳥の目が左目になっています。深い溜息を付いて、薬箱から男性用の大きな眼帯を取り出して左目に着けました。
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学校へ行く間も気が気ではありませんでした。何かの拍子に眼帯が外れてしまわないように細心の注意を払って進んでいきます。幸いにも自宅から学校までは徒歩ですぐの距離。今日一日、眼帯が取れないようにするという人生で経験したことのない心労を感じることを考えるとそれだけで気が滅入ってしまいます。
「校門、閉まってますね」
始業のチャイムはもうなっており、当然ながら校門は閉まっています。校門の前に立つと久しぶりの学校は少し大きく見え、今日からまた学校のみんなと勉強ができるのをうれしく思います。眼帯のことを聞かれたらどうしましょうか。ずっと治らなかったら……。その時はその時で何とかしましょう。今考えても無駄です。
私は、覚悟を決めて校門に手をかけました。一応中を確認します。チャイムが鳴ったあとに校舎の外にいる人は当然いません。重い校門に手をかけ、人一人通れるくらいのすき間を少しだけ開けます。何となく、悪いことをしている気分になりました。それが良くありませんでした。校門の少し出っ張った部分に眼帯が引っかかってしまったのです。それにびっくりした私は、前に倒れてしまいました。一日の最初からこのような事になるとは前途多難です。周りに人がいなかったから良かったですが。
引っかかった眼帯を回収し、一応左目は手で隠します。指の隙間から少し外が見えました。すると、前方から人が歩いてきました。この場でそそくさと眼帯をつけると何かの拍子に目を見られてしまうかもしれないと考えた私は手で左目を押さえながらその人とすれ違い、そして眼帯をつけようとしました。
この時間にすれ違う人ってなんだろうとふと思ったとき、思い出しました。確か今すれ違った人って同じクラスの鏑木さんでしたよね。なんかひどく調子が悪そうというか落ち込んでいる様子でしたし大丈夫でしょうか。私は心配になり後ろを振り返ります。すると、同じようなタイミングで鏑木さんも振り返り目が合います。偶然、目が合ってしまって何とも言えない空気が流れました。私はその空気がいたたまれなくなり、声を掛けることにしました。
「鏑木さん、ですよね?調子悪いの?大丈夫?」
私がかけた声に、彼女は目を大きく開き、そして後ろを向いて逃げていきました。
「え」
流石に声をかけただけで逃げていくというのは考えていませんでした。あの人はクラスメイトの鏑木……さん。下の名前はちょっと覚えていません。学校の活動で私にぐいぐい話しかけてきてくれた人。何故か始業のチャイムが鳴ったあとに学校から出てきて帰ろうとしていた彼女。その彼女が走り去って行ったのを呆然としながら私は見ていました。意識がはっきりとした時には走り去った彼女の姿は見えず、律儀にも校門は私が閉めた時のまま確りと閉められて。とりあえず私は眼帯をつけて校舎に入りました。
・
私の驚きはそこで終わらなかったのです。
一ヶ月ぶりの教室。もう授業が始まっています。授業が始まっている教室に入るのは学校生活を送る中でも勇気のいる行動だと思います。開けた瞬間、皆の目が一斉に私に向きます。それを想像するだけでも怖いですが、教室に入らないわけにもいきません。私は教室の扉を開けました。
やはり、予想通り教室にいる皆の目は一斉に私に向きました。申し訳なさそうに笑いながら私は自分の席に向かいます。その時、教室の中のある一点がひどく不気味な様相をしていました。一つだけ誰も座っていない席。その机の上には花瓶と花がありました。私はその席に目を向けて数秒固まったあと周りに目を向けました。すると周りの人はもう私を見ていませんでした。私を見ていないというよりも何かから目をそらすように見なかったことにしたようなのです。先生の方をみました。先生は困ったように微笑みながら『早く座りなさい』と着席を促すだけで誰も、何もその場では言いませんでした。
授業が終わったあと、仲のいいクラスの子に聞くことにしました。『久しぶり』『元気だった』などの挨拶は程々に気になっていたことを小声で聞くことにします。先ほどの皆の反応からあまり大きな声で話すような内容ではないのでしょう。
「ね、あの席って鏑木さんの席、だよね?何で花瓶あるの?虐め……じゃないよね」
机の上に花瓶が置かれて死んだ扱いされるという虐めを聞いたことがあります。机の上に花瓶があるという事実に真っ先に思い浮かんだのは虐めでした。授業中に教室にいないのが鏑木さんだということに気付き、あの席が鏑木さんの席だと考えました。恐らく虐められているから、こんな早い時間に帰って、あんな顔をして、こんな場所から逃げてしまったのでしょう。いじめを許してしまうようなこのクラスに、この学校に怖くなりましたが、何が起こっているのか憶測だけで判断できません。
「あのね、これっきりにしてほしいんだけどさ」
「うん」
「愛美ちゃんが学校休んでる間に、鏑木さん亡くなっちゃって……。毎日、お花を花瓶に挿してるんだけどね。鏑木さんの話はみんな悲しくなるからしないようにってクラスの暗黙のルールみたいになってるんだ。鏑木さん、ムードメーカーみたいなところあったでしょ?だから、ね」
その言葉を聞いた時に私は衝撃を受けました。一つは今、話に聞いた鏑木さんがもう亡くなっていると言うこと。そしてもう一つは亡くなってしまった鏑木さんに今日の朝会っているということ。花瓶があるということ、先生も何も言わないということから恐らく本当に鏑木さんは亡くなっているのでしょう。皆はそう思っている。でも実際に私は朝、鏑木さんに会っています。似たような人物かもしれませんが、流石にクラスメイトの顔を間違えると言うことはないと信じたいです。
「だから虐めとかそういうんじゃないんだ。みんな悲しい。それを分かってほしい」
そういう友達の声は右から左に流れていきます。『そういえば眼帯つけてるけど大丈夫?』と言われた質問に適当に答えて私は窓に向かいます。自分の考えを整理するためです。多分、みんなは鏑木さんが見えていない。というよりも普通は死んでしまった人間をみることなどできません。でも私はみることができました。私には霊感があるかもしれない、そう思ったとき左目が少し疼きました。ふと、私と皆の明確な違いに気づきます。今日の朝、起きた時に何故か変わっていた私の目。鳥の目になっていましたがこれが原因なのでしょうか。まだ左目が疼いています。
窓の外から外をみます。太陽が燦々と輝いていて、今の私の感情からは少し鬱陶しいように感じました。それが嫌で目線を下げます。私の教室からは校門が見えます。先ほど鏑木さんをみた場所であり、逃げていった場所。左目がまだ疼きます。校門の向こうに誰か立っている人が見えます。その人物はこちらの教室をみています。距離があるためこちらからははっきり見えませんが風貌から考えて鏑木さんのように思えます。疼く左目を空気に触れさせるように眼帯を少しだけずらすと、先ほどまで見えていなかった遠くの存在がよく見えました。鳥、特に猛禽類の目は人間の視力の六倍以上あると言われています。そういえば私の目がすぐに鳥の目だと分かったのは猛禽類っぽいからだったのですね。
やはり校門のところにいたのは鏑木さんでした。彼女からはこちらが見えているのでしょうか。よくわかりませんがそれを確認するためにも彼女の方を見つめて小さく手を振りました。多少距離があっても分かるはずです。すると、彼女は辺りを見回します。周りには誰も居ないことを校舎の中に居る私からは分かっても彼女は分からないでしょう。周りに人が居ないことを確認すると彼女は大きく手を振り替えしてきました。とても大きな行動。窓の外を見ているのは私だけではありません。でも彼女に気付いけるのは私だけしかいませんでした。窓越しに『少し待ってて』とジェスチャーを送り、友達に『一ヶ月ぶりに学校来て調子悪くなっちゃったから保健室に行く』と言ってから私は校舎の入り口に向かいました。この位置なら教室の窓から見られる心配もありません。
校舎の入口に着くと、校門が見えます。彼女は律儀に手を振ったところと同じところで待っていました。彼女は何なのか、私にはわかりません。でも、今の彼女を認識できるのは私しかいないのかもしれないから彼女から話を聞く必要があると私は思います。そのためにはまず彼女にこちらへ来て貰う必要があります。流石に復学初日から早退するわけにもいきません。そう思って鏑木さんに手を振り、こっちに来てとジェスチャーをするのでした。