探し物ep4
「それにしても空穂ちゃんは流石だな。お守りの効力があったとしてもこんなのすぐ本命に当たるなんて」
僕は歩みを進めながら独りごちる。誰かと会話しているわけでもないし、そもそもこの空間で他の人の声が聞こえてくる訳もない。ここはもう人の世界とは少しズレた世界であると、意識的にも無意識的にも感じてしまう、そのような感覚が肌に触った。
辻のように、この世界には境界というものが存在している。死後の世界では三途の川などが有名だろう。ただ人間の生きている現世でも境界は存在する。その境界は現世との『ズレ』であり幽世とのズレでもある。経験として分かりやすいものと言えば、電信柱だ。電信柱とブロック塀等の人一人入れるような隙間を通ったとき、頭が浮くような、一瞬意識を失うような感覚になった人は居ないだろうか?その場所こそが現世と幽世の境界線である。それがなぜ起こるのか、詳しいことは何もわからないが、僕は吹き溜まりのようなものと考えている。
この世界は極々僅かなズレが常日頃から起こっている。家を出たときに右足から出すか、左から出すかを無意識的に行うことにより目的地までの時間認識のずれや、何かを行おうと考えていたはずなのに別のことをしてしまうような自己認識のズレ。一つ一つは取るに足らないような本当に小さなズレでも、そのズレたという事象だけが一つのところに、少し強い程度の風が落ち葉を巻き上げ小さな竜巻のように一箇所に集まる吹き溜まりのようなものが出来上がってしまう。その吹き溜まりも何かがそこに介入すればすぐになくなり僅かな違和感で済む。電信柱の間を通ったときに人が感じる違和感。それを感じるのも人だが、その人の介入によりその違和感の正体も霧散するのだ。今回のこの路地は建物と建物の間の狭い空間、そして辻神のいた事により現世と幽世のズレが大きくなったことによって生まれた吹き溜まりであった。その吹き溜まりは人が入ることもなく長年積み重なっていたところで、そこに別の存在が介入した、ということになるだろう。現世とズレた世界は、現実外の存在にとっては絶好の隠れ蓑になりえるというのに。
「ズレといえば認識のズレで空穂ちゃんは……」
今回の依頼、僕は明らかに空穂ちゃんには危険だと判断して依頼を排除していた。排除した依頼を空穂ちゃんは簡単だと言い、依頼完了へと行動した。その結果がアレである。
「次の子からはもっと厳しくしないとね」
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「そろそろかな」
暗がりの空間を体感時間にして10分程度進んだ場所で僕は立ち止まる。ずっと同じような光景。道がループしていると言われればそう感じてしまうような代わり映えのしない道。
その場所で僕は、直感的にこの場所だと断定し準備を始める。偶然的な直感ではなく、"必然的に起こる偶然な直感"を信じて。
そもそも今回、空穂ちゃんがああいう風になったのも僕が原因と言えなくもない。猫又を見つけるだけ見つけて逃げてくると思っていたからだ。猫又が居た場所や、その空間や、見つけたタイミング等の悪い偶然が重なっただけであった。
空穂ちゃんが偶然にも依頼達成への必要条件である『猫を見つける』という運命を引き寄せたのはお守りとして渡した石にある。僕が渡したのは空穂ちゃん曰く『壺のような形』が掘られた石。壺の形ではなくそれを90度回したものが正しいのだが。渡したのはルーン文字で『ᛈ』と書かれたものであった。梨の木を表すとされている一文字。ラテン文字では『p』の音をハメられている。ルーン文字一文字一文字には意味が込められていると言われ占いなどにも使われていた。日本における陰陽道や風水に近しいものなのかもしれない。言葉一文字に意味がある、そして今回の空穂ちゃんに渡した石に書かれた意味は『偶然・運命』。何か起こる事象を察知して渡したのではなく、空穂ちゃんが『偶然』猫を見つけることができて、自分の運命を手繰り寄せる事ができたらいいな、程度に考えて渡した。実際、猫を見つけることはできたし、ある意味運命を手繰り寄せた、手繰り寄せてしまったとも言えるだろう。
「とりあえず、こちらからは見つけられないし……。向こうから来てもらうしか無さそうだね」
こちらからは幾ら進んでも進んでも猫又には会えない。それはあちらがこちらを認識していないから。目で見えるとか音で感じるとかそういうものではなく、感覚的にそこに居ないのだ。そのため、向こうにこちらを認識してもらう必要がある。そのために僕が行える方法はただ一つ。
「タマ」
名前を呼ぶことだった。
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名前を呼ぶ。その行為に何の意味があるかと言われれば作ったルールに乗っ取ってそのものに役割を与えることである。その反面、ルールの外にあるものを無理やりルールの中に引きずり込む行為ともいえよう。
自然災害などを考えてみると、名称がない場合複数の自然災害も同一のもの捉えられてしまう。台風も雨、スコールも雨、狐の嫁入りも雨。それぞれに別の名称をつけることで起こった事象を区分化し、その言葉が表す現象に役割を与える。つまり名前というものは"そのものを形作る楔"だと考えている。そして僕の呼んだ『タマ』という名称。それはこの世というかこの世界に存在する猫又の中で、今探している物を認識するための楔を打ち込む行為であった。元々は誰かが管理するために作り出された『タマ』という名前。それがあるおかげで僕は『タマ』を形成している猫又を呼び出すことができる。
「我を呼んだのはお前か?」
「うお、でっか……」
今まで何もなかった空間に突然巨大な猫が現れた。威圧感も去ることながらやはりこの世のものとは違う事を認識させられる。びっくりして準備していた石を猫又の足元に落としてしまった。
「そうそう僕。僕が呼んだ。君のご主人様に探して、連れ戻してほしいって言われてね」
「我は自由になった身。元の場所へ戻る気はない」
僕の言葉を鰾膠もなく突っぱねられる。拒否される気はしていたがここまで即効否定されると遣る瀬無い。
「名前でその存在を縛られているのに?」
「縛られているのではない。我が猫又としての存在を名に通して作り上げたのだ。我はタマ。猫又という妖怪。猫という生物から進化した存在である。『又』の逆読みでタマ。昔、普通の猫として生きていた世界とは逆の世界に生きていける。この名を産んだ時からこちらの世界の者として我は産まれたのだ」
逆さ言葉。倒語とも言われるそれの歴史は古く、日本書紀にも出てくる。この当時のものは暗号や呪いではないかとされているが、その辺は詳しくは知らない。
「面白いね。逆の世界の理に準じるために自分の存在を逆にしたのか」
「そうだ。つまり我は今、ここに存在している我こそが我であり、他のものに縛られるのは……収まらん」
幽世を現世の逆と定義した場合、今いるこの場所は生きている世界と逆とも言えなくはない。事実はそうであったとしても、そうでなかったとしても、猫又がそのように思っているのならば猫又の中ではそれが真実になる。一種のプラシーボ効果のようなものだろう。効き目がない薬を効果があると信じて飲み続けることで症状が改善する思い込みの現象だ。思い込みといえば悪く聞こえることもあるだろうが、自分の中の意識を信じ込む力とも言えるだろう。
「でも、うちに来た依頼なんだ。探してくれって。それにうちの社員も被害に遭ったし……」
「シャイン……?とは何だ?」
こちらの世界の言葉をある程度分かる猫又も、人間世界の言葉を全て知っているわけではない。現世に存在しない生き物は僕に問いを投げかけた。
「あー、知人みたいなものだよ。分かるんじゃない?さっき女を食ったでしょ?」
入り口に頭部のない女子高生……空穂ちゃんらしきもの。ほぼ確証めいたことを猫又に聞く。
「確かに、我の存在が知られたため食ったが。全く腹の足しにもならぬ者であったな」
この手の輩は嘘をつかない。嘘を付くということを知らない。狡猾さを手に入れるところまでは成長していないのか、はたまた人間とは違う世界にいる生き物に嘘を付くという必要がないのか。嘘を付くということは自分を守るために付くものだ。それは弱い人間だからこそ、自分を守りたい防衛本能なのかもしれない。力を手に入れてしまった猫、恐れや自分を守るなどという行為すら存在していないのである。
「それはそうでしょ。うら若き、女子高生、肉付きもいいとは言えないし美味しくはないだろうね。でも確かに君はあの子を食べた。被害が出てるんだ。なら、この依頼を達成しないわけにはいかないよね。信用問題もあるし」
「ほう、我とやるのか?先ほど変に食ったせいで腹が空いている。そのような気がしてきた」
「そりゃちょうどいいね、さっき買った魚があるだけどどうかな?猫と言えば魚でしょ?」
魚屋から買った籠を猫又の前に差し出す。猫と言ったら魚、図らずとも空穂ちゃんの考えそうなことを言ってしまった。
「抜かせ!妖怪と言えば食うものは人であろう?」
人を食べる妖怪は昔にいたという伝承も残っている。しかし今の現世で妖怪に人が食べられるという話は聞くことがない。伝承や噂話でも『人を食った』妖怪がいるだけで『人を食っている』妖怪は出てこない。人々の噂話から妖怪というものは産まれたのか、妖怪と言うものがいて、そこから噂話になったのかは定かではないが。
「いいや、違うね。今の世界に妖怪が食べるものは……何もない」
そう、妖怪が食べるものは何もないのだ。




