溜まりに溜まってep5
今回のことの顛末。
ゲティが写真立てを燃やして終わった。
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僕らは写真立ての入ったバックをもってゲティのところへ向かう。先ほど並んでいたお客さんはちょうど最後の一人が入っていくところだった。お店にはすでにCloseと書かれた板が掲げられていた。
ゲティの占いの店『レメゲトン』の入り口に、『本日は貴方の過去、現在、未来を占う日です。嘘偽り無く答えるようお願いします』と書かれていた。ゲティは日によって占う内容を変えることによって様々な層の客をゲットしているらしい。
「ちょっと待ってようか」
お客さんが居なくなるまで待つ。
何故、ゲティに相談することになったのか。僕たちでは解決できないというのが一番大きな理由だが、その他にもゲティは魔術を使って"攻撃"をすることができる。厳密には魔術を使って召喚した存在によっての攻撃だが。『てけてけ』を殺した時もそうだが、ゲティの召喚する悪魔は大いなる力を持っている。それをゲティは使役している訳だが、その力の代償も凄いだろう。何を代償にしているか、など他の魔術師に伝えることはしない。だから、僕も知らない。
今回の写真立てもゲティによって、壊さない方法でどうにかできないかと考えたのだ。
適当に調さんと喋っていると最後の客が店から出ていった。一緒にお店の鍵を閉めに外に出てくるゲティ。僕と目があった。僕はゲティに軽く手を振るが、ゲティは嫌そうな顔でこちらを見ている。そして僕の横にいる男の方を確認して更に嫌そうな顔になった。ゲティは、溜息を吐き、鍵を閉めるのを止め店の入り口を開ける。
「とりあえず入れ。そんなところに居たら邪魔だ」
ゲティにそう言われ、僕たちは二人で『レメゲトン』へ入っていった。
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僕たちは新調したであろう真新しいカーペットが敷かれた部屋に足を踏み入れた。少しふかふかしていて踏み心地がいい。ゲティは椅子にすわり、対面の椅子を指さし、僕らに『座れ』と命令する。言われるがまま僕たちは椅子に座った。
「調。お前帰ってきてたんなら顔見せろ。どうせお前また帰ってきて寝てたんだろ。一応心配もしてるんだ。帰ってきたらまず――」
開口一番、お説教。ゲティのお説教常連の僕なら分かる。ゲティのお説教は始まると長い。事実を列挙して、一つ一つ丁寧に何がだめだったかをいい、どうするべきかを此方に問うてくる。間違えると理解していないといい、それに対してまた説教が始まる。正直、調さんには悪いが説教を受けてもらおう。
でもそれは今ではない。今はそんな事を言っている時ではない。結構切羽詰まっているのだ。神様が相手。何事も早く行動をしなければ手遅れになるかもしれない。
「ゲティ、ごめん。ちょっとそんな時間はないんだ急ぎの相談」
「分かった。話してみろ」
説教を始めようとするゲティを真剣な声で遮る。巫山戯ている余裕がない。ゲティは一瞬、驚いた表情をしたがすぐにこちらの話を聞いてくれる姿勢になった。こちらの真剣さが伝わったのだろう。僕はバックの中から、ルーンとともに袋に入れた写真立てを出す。やはり瘴気が漏れている。抑えきれていない事がはっきりと分かる。
「これ、結構ヤバイ奴。僕じゃ壊せないけど何とかならない?後でちゃんと説明するから。多分破壊するんじゃだめだと思う。消滅させてほしい」
説明すると長くなるため説明は省略する。後で口頭で説明するか報告書を読んでもらおう。要件だけを簡潔に伝えすぐに行動を起こしてもらう。
「消滅?ちょうどいい。すぐ準備するから待ってろ。お前の魔術は解くな」
僕の言葉に、何も疑問を持たず、すぐに準備に取りかかってくれるゲティ。僕一人だとそうはいかなかったかもしれないが調さんが僕を止めなかった、ということからやるべきことだと判断したのだろう。
ゲティが、いつも通り詠唱を始めた。
先程まで営業していたのか、机の上には猫?っぽい何かのぬいぐるみが置いてある。ゲティは占いの時に様々な動物のぬいぐるみを使うらしいが今日は猫の日だったようだ。
「まだあいつを完全にあっちに帰して無くてよかった。もう一度最初から呼ぶと色々面倒だからな」
そう言って猫のぬいぐるみを手に取る。
「いいか、絶対にお前らは喋るな。もし何か聞かれたらはい、いいえで絶対に嘘をつくなよ」
僕たちは首肯する。ゲティが、態々僕らに釘を刺すと言うことはそれ相応の事が起こるということ。専門家の言うことにはきちんと従わないと最悪の場合死ぬ。
「36軍団を率いる序列64番の地獄の大公爵、『フラウロス』。その姿顕現せよ」
ゲティが召喚術を行使する。持っていた猫のぬいぐるみが炎に包まれ、そのぬいぐるみの中から一匹の猫科動物が現れた。呼んだ対象は『フラウロス』。36軍団を率いる序列64番の地獄の大公爵。豹の姿をしており、過去、現在、未来の質問に対して答えると言われる悪魔。嘘を付くと敵だと認定され焼き尽くされる。
僕はカーペットを見る。そこには大きな三角形が書かれていた。フラウロスは三角形の魔法陣の中にいる時は真実をいい、その外にいる場合は嘘を付く。ぬいぐるみを媒体にフラウロスを召喚しているため、広範囲には移動ができない。そのため、部屋のカーペットを三角形の魔法陣のものにして本日の営業をしていたみたいだ。
「また呼んだのかよガキ。用件を早く言え」
「すまんな、敵だ。存在ごと燃やし尽くしてくれ」
「この包みか?あいよ」
出てきた『フラウロス』に袋を燃やさせる。『フラウロス』はその袋に近付いたかと思った次の瞬間、灰も残らないほどの火力で消滅させてしまった。木で出来た写真立てということもあったのか一瞬の出来事だった。近くにいたのに全く熱くなかった。悪魔の使う炎は現世界の炎とは違うものみたいだ。
「今度こそお疲れ、もう帰っていいぞ」
ゲティはヤバいものを一瞬で、燃やすほどの悪魔に尊大な態度を取る。契約者じゃなかったら敵と認定され燃やされているかもしれない。悪魔を召喚する者は、性格も悪魔的なのかもしれない。
「悪魔みたいなガキ。俺たちよりもよっぽどな」
そう言って『フラウロス』は消えていった。召喚から帰すまでのスピードが早く、僕らが驚いている間に終わった。この場に残ったのは猫のぬいぐるみだけ。先程の火力を見ると、このぬいぐるみすらも恐ろしく見える。
燃やされた事により、写真立てとそれに入っていた心霊写真は消滅した。心霊写真に映っていた両親は両方とも死んでいるわけだし、この写真がなくなっても何も問題はないだろう。
嫌な気配も無くなったし、これで依頼解決だろう。
「ありがとう、ゲティ」
「ああ。それで結局、アレなんだったんだ?当然、嘘はつくなよ?お前も燃やされたくないだろ」
先程、僕が呆然としていたのを見ていたのだろう。ニヤニヤしながらゲティは聞いてくる。なんというか、とても苛つく。弱みを握ってやった、みたいな顔をされるのが非常に不快である。嘘を付くという行為は元からする気がないがいつもなら本当のことも伝えない。しかし、ゲティには本当のことを伝えることにした。本人もそれを望んでいるから。
「心霊写真」
「は?」
「だから今燃やしたやつ、結構やばめの写真立てに入った心霊写真。よかったよ、ゲティが燃やしてくれて」
怖いものが嫌いなゲティ。顔が少しずつ青ざめていくのが分かる。僕からすればどう考えても、実害が出そうな悪魔のほうが怖い。
心霊写真を燃やしたら呪われるんじゃないかと騒ぎ始める。呪いなら専売特許の人に解いてもらえるからまだマシである。それに、僕は心霊写真がヤバいものとは一言も言っていない。ゲティが勘違いしているだけだろう。ヤバい代物だったのは写真立ての方。嘘をつかず、ちゃんと正直に言ったから僕は燃やされない。
あの心霊写真はただの家族写真。泣いている女の子に寄り添う両親の写真がヤバいものな訳ないんだから。
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「これで依頼解決。依頼人には連絡しておくから今日は帰っていいよ」
事務所に戻り、報告書を書く。依頼を受けたのは僕と調さんのため調さんにも署名をしてもらう。そこで仕事が一段落したので今日はもう解散とする。あのあとゲティは自室になっている奥の部屋に入ってしまったので僕は説明も出来ずに追い出されてしまった。ちゃんと報告書を見せないと後が大変そうだ。
「おう。お疲れー」
なんだかんだ有耶無耶になってゲティのお説教から逃れた調さんは上機嫌に部屋へと戻っていく。逃れた訳ではなく先延ばしになっているだけなのに。多分怒りが蓄積しているだろう。溜まりに溜まったゲティの怒りを受ける日は遠くない。
今回の依頼も、僕一人の手ではできなかった。出来たとしても解決には時間が掛かっていただろう。調さんの力とゲティの力を借りて達成した。僕の魔術は守るための力。皆に何かあった時にどうにかできるようにするのが社長としての僕の務めだと思っている。先生にも『上に立つ者は下の者を守る必要がある。僕は君の先生だから、君のことを守るよ』と言っていた。
「先生か……」
当然ながら日本に戻ってきてから一度もあっていない。連絡は来るが返すこともあまりない。連絡が嫌、とかではなく確りとした挨拶もなしに、通っていた学校を卒業したから日本に帰る、その流れでお別れをした。住まわせてくれたお礼も、魔術を教えてくれたお礼も何も言えてなかったのだ。それなのに連絡を気軽に返すと言うことが僕にはできなかった。
「何か連絡を返すのに値するような出来事でも有ればいいんだけどね。とりあえず今日来た依頼を整理しないと」
僕は悩みを取っ払うように仕事へ打ち込む。学校の怪談を調べる依頼や遠くの神社関係の依頼など様々なものが来ている。その中で一枚魔術師の家系からの依頼が来ていた。
『依頼 祖父の遺した物が何かわからない。それを探してほしい』
これなら僕一人で出来る依頼だ。それに適した魔術もあるし、何よりも報酬がいい。今回の報酬は物でも道具でもなく金銭だった。事務所の運営にもお金がかかる。ゲティは占い師、調さんはフィールドワークして調べた土地の伝承などをまとめて本を書いて出版している。僕は『何でも屋サークル』しか仕事をしていない。そのため依頼の報酬頼りの生活をしているのだ。最近は光熱費や、食費がどんどん値上げされていて生活が苦しくなる。金銭が報酬かつ、期間のかからなさそうな依頼は積極的に受けることにしているのだ。
「簡単で割のいい仕事がどんどん来ないかな」
日本には言霊と言うものがあり、言葉には力が宿ると言われている。下卑たる考えだから今、僕の言った言葉に力が宿ってそう言う仕事が沢山来ればいいと心から思った。




