さがしものep1
『さがしもの』
1
東京都のとある街に構えられた雑居ビル。その中には『なんでも屋サークル』という業務形態も不明な、謎の会社が一室を借りていた。事業登録をされているサークルだが、一般の人が立ち入ることはない。
荷解きされていない段ボールもあれば、壁に掛けられたタロットカードのように風変わりなインテリアも飾られている。室内の装飾には統一感が感じられず、歪な雰囲気すらも感じられる。
子供たちの声が外から聞こえ、そろそろ日も傾きそうな時間。静寂を破る女性特有の甲高い声が室内に響く。依然として紙をめくる音と書類に何かを書いているペンを走らせる音が事務所の中にリズムよく流れていた。森のざわめきにも似た、文字が綴られていく音が止まることはない。
「社長、そろそろ仕事しましょうよー」
「今選んでるから待っていてね」
「なんでもいいですけど暇なんですよぅ。せっかくアルバイトでここにいるのに何もしていないのも嫌ですしー」
ソファに背を預けながら、スマホを弄っている学生服姿の少女の名前は鏑木空穂。どこにでもいる普通の女の子であり、街を歩けば同じ顔の人が数人いる程度の特徴がない顔。唯一の特徴として肩甲骨にかかる長さの髪を結ってポニーテールにしていた。間延びしたような喋り方は空穂の特徴でもあり、朗らかな雰囲気を感じさせられる。
サークルでアルバイトとして雇うことになったが、元々アルバイトを雇う気はサラサラなかった。事情があって彼女にはここで働いてもらっている。
面倒くさそうに答える僕は『なんでも屋サークル』の社長をやっている化野業。古来より風葬地として人の死が色濃く残る地名を苗字に持ち、仏教では人間の行いすべてを表す名前を持つ。自分の名前を伝えることは少なく、アルバイトである空穂ちゃんも僕の名前は憶えていないだろう。
社会人らしくスーツ姿で仕事をする様は新入社員にしか見えないが、この会社の社長であることに間違いない。
「っていうか、そもそも今日も人が来ないじゃないですかー」
「今日? 人が来ないのはいつものことだけどね」
「……社長は何をやってるんですー?」
人が来ない。事務所を構えている会社にとって致命的だがそれはいつものことだった。その理由を作り出しているのは僕なのだが、空穂ちゃんは人が来ないという事実を強調するように伝えてきた。
朝から夜まで事務所は開けており、空穂ちゃんが来るのは学校が終わってからのため、基本的に僕は一人で仕事をしている。今の時期は他の従業員も忙しく、この事務所に立ち寄ることがほとんどない。空穂ちゃんは僕以外の面々とは顔を合わせたことがないくらいだ。だからこそ常にデスクワークをしている僕に対して、慣れた様子で仕事をしていないと嫌味を言ってくる。出会ってから数日で距離を詰めてくるコミュニケーション能力には脱帽するばかりだ。
「今日、投函されてた仕事を確認してるんだよ。急ぎのものからやらないといけないからね」
「どんなのが来てるんです?」
ソファから立ち上がった空穂ちゃんは床に置いてあったバッグに気が付かないまま歩き始める。僕の目には足を引っ掛けそうに見えたが、躓くことなく机を挟んだ向かいへと移動した。覗き込むように僕の手元の依頼の紙を見始める。
「こらこら、空穂ちゃん。勝手に見ちゃだめじゃないか。守秘義務もあるんだからね」
「分かってますよー。でも今どき紙でしか依頼を受け付けないなんて非効率的ですねー。インターネット使いましょ。インターネット」
「インターネットね。あまりいい思い出がないから使いたくないんだよね」
事務所への依頼は、入り口横に置いてある投函箱に依頼内容の書かれた紙を入れてもらう形になっている。依頼人によっては人に見られることを嫌がる場合もあり、様々な事情を配慮してこの形をとっていた。
他にもインターネット等の人の目に触れやすいところは業務的に不都合になることがあるためインターネットは使わないことにしている。
「いい思い出がないって叩かれたりしたんですか?」
「叩かれる? ブラウン管テレビじゃないんだから」
「ブラウン管ってなんですー?」
ジェネレーションギャップか、知識不足か分からないことを言い出す空穂ちゃんを無視して受けるべき仕事を選別していく。対応できる社員がいない状況ではどうにもならないものもある。それに海外からの依頼などは移動費等を考えても受諾できない事も多かった。
僕が不要な依頼を纏めて処分するため机上にある箱へいれると、空穂ちゃんが声を上げる。
「社長。……これ依頼とかどうですかー? 今、社長が除外したところの一番上に入ってたんですけど」
「どれかな?」
空穂ちゃんが依頼の書かれた紙を指で差した。
『依頼 私の手から離れてしまった猫を探し出してほしい。お腹をすかせていると思います』
猫探し。それは僕が関わる必要なしと判断し、依頼を受けることをやめたものだった。依頼者は知人ということもあり、解決を急ぐ必要もない。
「猫探しの依頼ですよ。すごく私向けだと思いませんか? 探し物は毎回見つけられますしこれならすぐ終わると思います」
自信満々に空穂ちゃんは僕の瞳を見つめた。彼女はこの手の依頼達成率は高く、自信をつけてしまっているのだろう。まだアルバイトで雇ってから数日だが、無くした鍵を見つけてほしいという依頼や落とし物探しの依頼、そして今回と同じようなペット探しの依頼なども経験して解決している。人が見つけにくいところにあるものを偶然探し当てるのが得意なのだ。
「本当にこれやるの? 僕はやめたほうがいいと思うけどなぁ」
依頼に関しての詳しいことは説明できないため、僕は説得する材料を持たない。アルバイトと言えど僕の正体も、この会社がどのような会社であるかも伝えていない。
空穂ちゃんに依頼をやめるようにやんわりと伝えるも、僕が面倒ごとを避けているように思ったのか、彼女は両拳を握りしめて俄然やる気を出していた。やめたほうがいいと感じるのは事実に基づく直感である。
直感が告げるのは成功や失敗ではない、面倒事に巻き込まれる予感。
「暇ですしやりますよー。パパっとやってきちゃうので依頼書を貸してください」
「貸せないよ。触らないように。そこに置いておくからそのまま読んで」
依頼書の向きを空穂ちゃんが読みやすいように半回転させると、空穂ちゃんは文句を言いながらも机の上に置かれた依頼書を熟読する。空穂ちゃんは強引なところがあり、やる気になった時点で引き留めるのは難航する。それならば何かあったときに処理をするほうが簡単だと僕は判断した。
「猫探しですけど、特徴は『尻尾が二本生えている』ことと『少し大きい』って書かれてますね。名前はタマ――って猫にありがちな名前ですね。呼び掛ければ反応するって書かれてますし、かなり探しやすそうですよー」
「まぁ、空穂ちゃんがそれでいいならいいけどね」
依頼書を隅々まで見ているが依頼文を額面通りにしか受け取らない。僕は空穂ちゃんが長期間サークルにいるとは考えておらず、働くものとしての心構えを説いていなかった。
この会社に来る依頼がとても危険なものだということを。
「空穂ちゃん」
「なんですか?」
早速外に出ようと準備をしている空穂ちゃんに声をかける。目の前に姿はなく、いつの間にか入り口近くまで移動していた。外へ出るために制服の上からパーカーを着ている最中だった空穂ちゃんは、僕から呼びかけられたことで足音を立てずにこちらへ近付いてくる。
「この依頼文におかしいところあると思うんだけど分かるかな?」
「この特徴のところですか? 確かに変わった猫だと思いますけど」
依頼書を見ながら首を傾げ、文章の間違い探しを始めた。
「例えば空穂ちゃんは猫を探してほしいときどういう風に言うかな?」
「えっと、普通に猫の特徴を書いて、猫を探してくださいって書きますねー」
「その依頼文は?」
「『私の手から離れてしまった猫を探し出してほしい。お腹をすかせていると思います。』なにか変です? 普通の文章だと思いますけど」
「普通、猫を探してほしいのに『私の手から離れてしまった』って書くかな?」
「でも事実は同じじゃないですかー。逃げちゃってるわけですし」
「現在起こっている事象は同じかもしれない。でもね、それが起こる過程によって未来は変わるんだよ」
空穂ちゃんは言葉の真意が分からないのか、傾げた首を戻さない。早く探しに行きたいのか、結論を急ぐように彼女は出入り口の扉の方を見ながら僕に問う。
「つまり?」
「――気を付けてってことだよ」
自分自身で考えることをせず、他人に答えを委ねる事は僕が仕事柄避けているものだった。思考を放棄した空穂ちゃんには呆れながら心配の言葉を投げかけるだけである。痛い目を見るのはいつだって短慮な者だ。
数度の成功体験が空穂ちゃんを慢心させていた。敢えて簡単な依頼だけを回していたことが裏目に出ている。
「わかりました。とりあえず行ってきますー」
そう言って空穂ちゃんは扉の方へ歩いていく。危険を伝えても、やる気になった空穂ちゃんは止まらない。アルバイトを危険に合わせないことも雇用者の役目なのだが、短慮な行動がどのような結果を招くかも、空穂ちゃん本人に理解してほしい僕は引き留めることをやめた。
「空穂ちゃん」
再び声をかけて空穂ちゃんの足を止めさせて呼び止める。扉から出ていく所だったのか建付けの悪いドアノブに手をかけたまま、彼女は不満げな顔で振り返った。
「今度はどうしたんですかー?」
「これ、お守り。持っていってよ」
僕は机の引き出しから巾着袋を取り出して彼女に投げ渡す。十センチ程度の可愛らしい柄をした巾着袋は中身の重さによって弧を描きながら空穂ちゃんの元へと飛んでいく。
「なんですかーこれ?」
「ほら僕が内職で作ってるお守り」
「あぁ。あの石に何か模様を掘ってるあれですか」
僕は依頼以外に内職としてお守り作りをしている。一度限りの効果を齎すお守りだが、リピーターも多く、依頼の報酬よりも月の収入として多い時もあるぐらいだ。
「なんですかこの簡単に書いた壺みたいな絵」
渡された巾着袋を開けて中身を取り出す。
神社のお守りなどは中身を取り出すことを良しとしない。神様へ祈祷を済ませた護符を封印するために袋へ入れており、お守りには封を開けて確認する事で力がなくなってしまう物もある。
幸いにも僕が渡したお守りは神社などで配られるものではなく、オリジナルのもの。時間をかけ、丹精込めて石へ文字を刻んでいる。
空穂ちゃんが取り出した石には壺の絵のようなものが書かれている。象形文字のようにも見えるが、その文字こそ僕が作ったものである証拠。
「お守りだからね。そんなに気にしなくてもいいよ。運気を上げるようなものだと思ってもらえれば」
空穂ちゃんは訝しみながらも巾着袋に石を入れてからパーカーのポケットに入れた。
「それと、空穂ちゃんだけだと心配だから僕も後で行くことにしたよ」
すでに扉を開け、片足をサークルの外へと出していた空穂ちゃんは振り向いてニタァとした笑みを浮かべる。
「先に猫を見つけておくのでボーナスよろしくお願いしますねー」
扉も閉めずに事務所を出ていく空穂ちゃん。出ていった彼女は気を遣うかのように廊下を歩く音も、階段を下りる音も立てずに外へと出て行った。僕は窓辺に近付き、彼女が外へ出ていく姿を確認すると、数瞬してから空穂ちゃんの姿が道路に現れた。小走りで移動し、すでに辺りを捜索し始めている。道行く人々は彼女の奇怪な行動には目もくれない。
「ボーナスか。命あっての物種なんだけど。――さて、空穂ちゃんが心配だし準備してから僕も行かないとな」
ハンガーに掛けてあるジャケットを手に取り袖を通す。机の上に広がってる依頼書を眺めながら準備をする。空穂ちゃんは他にも依頼があるにもかかわらず猫探しの依頼を選んで受けた。
尻尾がふたつに分かれた猫、現実では存在し得ない怪異に関する依頼。
「相も変わらず"そういうモノ"に引かれてしまうんだね、彼女は。――さて、僕も出るとしようか」
誰もいない事務所では答える声もない。
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