9.でっかい生物を何とかしよう
大量の画像の浮かぶここはVR空間と呼ばれる場所の一チャットルーム。とはいえ、アバターで作業している人も居れば、携帯端末から見ているだけの人、コメントだけする人などいろいろだ。
入場自由で比較的小さめの、ごく普通のだべり部屋である。利用者が多いせいか何か事件が起こると集まる集合場所の一つになっている。
街を逃げ回っていたドラゴンっぽい人造大型生物、愛称鶏ゴン。
その逃走劇に関する情報を集め、ドローンやライブカメラの映像を駆使して追跡、実況している所だった。
現在は企業が経営する大農場の倉庫におびき寄せて閉じ込める作戦をライブカメラを通して見守っているところだ。
― 何これ?
― 干し草の山……かな?
― え!? 多!! でか!!
― ファンタジアフォレスト4の備蓄だしなぁ
― 緊急過ぎてこの山は運び出せなかったか……
閉じ込められたことにも気づかず倉庫を探検していたトリゴン。目の前には干し草の山。
― ふぉあっさー
― トリゴンやりたい放題か
― 遊びたくなるのは分かる
― 後片付け大変だぞこれ
何を思ったか干し草の山にじゃれはじめるトリゴンである。
― 砂浴び気分かな
― 羽のばさばさで乱れ飛ぶ干し草、傍若無人
― 動きは鳥っぽいんだよな
― 羽繕いかなこれは
― まるい
― これで小さかったらなぁ
― まるくなるとかわいい
― トリゴンのかわいさの80%ぐらいは鳥から来てると思うから鶏おすすめ
― これ寝に入ってない?
― 図太いな
― 怖いもの知らずか
― 外で動きが
― 重機?
― どうすんだ?
― 騒音で起きるぞ
― ぐっすり寝てるよ
― 寝る子は育つ
― 7メートルは育ちすぎ
― 餌に睡眠薬入れておいたらしい
― あーなるほどね
― 毒ならすぐだったのに
外のドローンの映像を見ていた人が気付いた。
― 入り口の方からプロテクターの人達が入っていくね
― 捕獲部隊かな?
― じゃあ外の重機止めろよ、どっちか一方にしろ
― あ、この倉庫の天井開くの?!
― どうすんだ?
― 結構大きく開くね。何の設備なんだ?
― ファンタジアフォレスト4第一倉庫に詳しい人居る?
― 何か天日干しとかに使うのかなとか
― ここから逃げたらどうすんだろ
― ロープ?
― クレーンが動いてるね
― 血抜きに吊るす用?
― 寝てるんだからさっさととどめ刺しちゃえばいいのに
― 玉掛
― クレーンで吊るすのか
― 慎重だな
― 生き物動くから
― ……今気づいたけど、もしかして生きたまま捕獲する予定だな?
― そうだね、超大型トラック来てるし
― よかった。捌かれちゃうかと思った
― 完全に食うつもりで見てた
― トリゴンどんな味すんのかなって思ってた
― お前ら……俺もグラムいくらぐらいで市場に来るかなって思ってた
こうしてトリゴンは無事ウォーターガーデンに戻され。帰って来たばかりの頃は色々なものに怯えていたが、徐々にいつもの生活を取り戻した。
まだお肉にはされそうにない。
破壊された施設はウォーターガーデンの弁償により元の姿を取り戻した。
個人宅の庭木はバイオテクノロジーで枝を復活させることも提案されたが、家主は丁重にお断りしたらしい。
― つまり吊り橋効果と言うやつか
― 少々尋問に付き合ってもらうぞ
トリゴン脱走事件から数日後。VR空間の一チャット部屋。通称だべり部屋で事務机が囲まれていた。ただの机ではなく、ある人物のアバターである。
最初にトリゴンが飛びついたエアリアル第七ビルに居た机の陰の人である。あの時のお礼を言いに適当なアバターの姿でだべり部屋に来たのだが、囲まれて尋問を受けていた。
― あの騒ぎがきっかけでお世話になっていた先輩とお付き合いする運びとなりました
― おめでとう爆発しろ
― 待って、あの時何があったか詳しく
― あの時に消火器を噴いたのは俺なんですけど
― えーと、よそのチャット部屋で消火器特攻勧められてたのは君じゃないんだよね?
― それは多分課長。でも、かなり歳いってる人なんでそんな無茶振り実行する体力無かったんです。そんな時にこの部屋でそれを聞いて、そういう方法もあるのかって、ちょうど近くにあった消火器を構えてはいたんです
― 無茶しやがって。危ねーからやめさせろって注意したんだぞ
批判された事務机が困った様子を見せる。
― トリゴン、最初は窓の外から吠えてたんだけど、あの時は急に部屋の中にまで首が入ってきたから焦って……やっぱりあの後の被害は俺のせいですかね……何か……訴えられたりします?
だべり部屋のアバター達は顔を見合わせる。
― 机さんのせいじゃないでしょ
― 司法だって裁けないよ、そんな未知の生物への対応が正しいか間違ってるかなんて
― んー結果論だけど良い判断だったと思うよ。
狭い所に首伸ばしてきたって事は攻撃する気だった可能性もあるし。そしたら人は重傷、悪くて死亡。トリゴンも殺処分不可避よ
― ドンマイ。遅かれ早かれビルの間を飛び移って逃げてただろうから野次馬は巻き込まれたと思う
― リアル現場に行って巻き込まれる野次馬が悪い、ドローンですら邪魔にならないように気を遣って飛ばしてるのに
ドローン勢の愚痴大会を置き去りにして、当時の続きを促す。
― それで怪物から助けた王子様になってお付き合いする事に?
― いえ、先輩は人波すごくて俺の事は見てなかったんですけど、トリゴンが首伸ばしてきたパニックで人が流れた時に倒れて結構怪我してて。
それで皆さんの助言に従って周りに指示を出したり、救急が来るまで上着を広げて横になってもらったり冷やしたスポドリ持って行ったり救急車まで肩貸したりしたら何か頼りがいを感じてもらったっぽくて
― やっぱ優しい男はもてるよな。昔は「友達としか見れないの」とかいう断り文句が流行ったけど
― その流行何十年前?
― いつの時代もワルぶってる奴がモテるのは中二病周囲十歳ぐらいだぞ
― 若者がそんなにバカっぽく見えんのかよ
― ちげーよ?! いつの時代も人類の何割かは若いときに闇属性に惹かれるんだよ?! 俺達の黒歴史よ!?
― 俺らを巻き込むな
― すいません俺の黒歴史です
― うっ頭が……
― なんだろう……胸が苦しい……
取り囲む野次馬の負のオーラが一段落付いたところで少女のアバターが歩み出てきた。
― 何はともあれ
直径50センチぐらいあるでっかい丸い帽子を被った雪ん子のような少女のアバターが、T字型の発破器をどこからともなく取り出す。ダイナマイトを遠くから爆破する時のスイッチのあれである。
― これは祝いだ。受け取れ
リアルが充実している者が爆破されるやつである。T字が押し込まれた。
突然、ティラノサウルスの頭部が出現して机の人のアバターに噛みつく。
― ぎゃあああああああああああああ!!! あ! 違う大丈夫ですVR空間で、はい。びっくりしただけです! すいません!
悲鳴を上げて狼狽した机の人は現実空間に居るらしい人に声をかけている。
VR空間で事務机が倒れてバタバタする様はシュールである。
ティラノはまだガブガブしているが、当たり判定は無いので事務机という名の虚空を噛んでいる。
― 一歩間違えばこういう事もありえたって分かってんだろ? これからは不用意に命張んな。先輩泣かすなよ
雪ん子アバターの人はこの説教を言いたいがためにT字の発破装置にティラノサウルスの飛び出す仕掛けを仕込んでいた様である。
― マインドブラクラ乙です
― 机さん、敬語で返事したって事は、もしかしてお付き合いしてる先輩がそこに居るのか
― さっさと爆発してこい
アバターの人達が繰り出すVR空間の爆発エフェクトに追われながら、机の人は現実空間に帰って行った。
流行りの低負荷環境メシ
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完