プレゼント
「今日採取してて必要だと思った道具とかあるか?」
「んーと、スコップとロープかなー。ヨモギだけだったら必要は無いけど、クズみたいな大きい根っこの薬草には必要だし」
「そうだな、あとは革袋とかあると良いかな。ホーンラビットが二、三体入りそうなやつ。普段は畳んで籠に入れておけば良いし」
「魔物退治を専門にする人は、魔石と角と尻尾だけ回収するのが普通なんだって。皮を剥いで、お肉はその場で焼いて食べちゃう人も居るみたいだけどね。毛皮もそこそこ良い値段で売れるみたいだし」
「解体するのかよ……それは避けたいな」
「私が出来るけど?」
「お前ほんとすごいな」
「お前じゃなくてエリナ! お兄ちゃんが出来ない事は私が出来るし、私が出来ない事はお兄ちゃんが出来るって事でいいじゃない!」
「そうだな、だいぶエリナに頼っている状態だけどな。あともうそのキャラ辞めろ」
「お兄ちゃんヘタレの癖にめんどくさーい! 細かい事気にしてるとハゲるよ?」
「ハゲてねえっつってんだろ! これからハゲる予定も無い!」
キャッキャと腕に抱き着きながら笑顔を俺に向けるエリナ。
「まぁまずはギルドに行って金を預けるか。不用心だし、落としたらそれこそハゲる」
「私も預けたい!」
冒険者ギルドにたどり着くと早速いつもの事務員に話しかける。
エリナは俺の腕から離れない。
「金を預けたいんだが」
「私もです!」
「かしこまりました。特に利息等は付きませんが、国が存続する限り預かり金は保証されます。ギルドが無くなった場合は銀行で引き出しが可能です。よろしいでしょうか?」
「はい!」
「ああ、構わないがやっぱり冒険者ギルドって危ないのか?」
「世界が平和になったら真っ先に無くなる組織ですからね。むしろここに所属してる連中ごと無くなれば世界に平和が訪れるのではないかと」
「否定できないけど、先ずは暗殺ギルドと盗賊ギルドの方を無くしたほうが良いと思うぞ。構成員ごと」
俺は手持ちの内金貨七枚、エリナは銀貨十三枚をカウンターに置く。
「では登録証をお願いします」
電卓のようなものに数字を打ち込んだ事務員がその電卓を登録証にかざす。
エリナの登録証にも同様の作業をして処理は終わったようだ。
「これでお預かりは完了しました。残高はギルドで登録証を見せて頂ければ確認できます。また、引き出し制限等はありませんが、国が戦争状態になったり、天災が起きた場合などで非常事態宣言が出された場合、引き出し制限が掛かります。ただしその状況でも一日銀貨一枚の引き出し額は保証されています」
「結構細かいんだな」
「国が潰れたら全額没収ですけれどね」
「それまでには金庫を探しておくよ」
「マジックボックスという魔道具があれば金庫よりも安全なんですけれど」
「マジックボックス?」
「魔道具ランクによって変わるのですが、一番安い物でも百キロ程度の荷物を収納できる魔道具です。本人にしか使えないので、捕まって脅されたりしない限りは中に入れた荷物は安全です」
「おお、そんなものが。いくらくらいするんだ?」
「一番安い物でも金貨十枚くらいでしょうか?」
「高過ぎだな。まあ追々だな追々。じゃあまた来るよ」
「いってらっしゃいませ」
背負い籠で十分じゃないか。と背負い籠を背負いなおす。
「お兄ちゃん、ほーすとぶいよん! あと下着!」
「そうだな、三日目は初体験でちょっと不快感が凄い。服屋に案内してくれ。下着だから新品が良い」
「任せて!」
「あとブイヨンってもう一回言って」
「ぶいよん?」
こてりと頭を倒してブイヨンというエリナにちょっとドキっとした。
なるほど、これがどこかで聞いた妹萌えって言う奴か。
そんなアホな会話をしながらエリナに先導されて門の方へ歩いていく。
「お兄ちゃんここだよ! 新しい服も売ってるんだって!」
「確定じゃない言い方なのは、来たことが無いからか」
「そうだね!」
「相変わらず返事だけは最高だな妹。じゃあ入るか」
シャンプーを買った店のようにガラス戸を使った高級店に入る。
すぐに店員からのいらっしゃいませの言葉にビビりながらも、目的の下着を探す。
「どの辺にあるのかね」
店内を見ていると、男性用女性用どちらも揃っているようだ。
男物の下着はどこだろうときょろきょろしている俺に、すぐさま女性店員が声を掛けてくる。
前世じゃすぐに話しかけてくる店員がいる店には近づかなかったヘタレな俺だが、どこに何があるかわからない状況だとありがたい。
「新品の男性用の下着を探しているんだが」
「でしたらこちらでございます」
店員が案内してくれた場所にはたしかに下着があった。
安い価格帯の下着は、ボクサーパンツというかショートパンツみたいな形で紐で縛るタイプのようだ。
ゴムは高価って婆さんが言ってたしな。
ちなみにこの価格帯のパンツは、前が開くようには出来ていない。
高価格帯の方を見ると、ゴムだったり前開きタイプもあるようだ。
「一番安い奴で銅貨三百枚か。想像してたよりは安いな。三着、いや四着買うか。サイズは……これでいけるか」
下着を手に取ろうとすると、エリナが横から奪い取る。
「何してんのお前」
「これは私がお兄ちゃんにプレゼントする!」
「いや、いいよ。全部で銀貨一枚と銅貨二百枚だぞ。高いって」
「大丈夫! 初めてのお給金だし、お兄ちゃんにプレゼントしたいの!」
初めての給料でお世話になった両親への贈り物を買おう、みたいな文化がこの世界にもあったんか。
まぁ俺には両親が居ない代わりに施設長というか先生だったけど。
そういえばギルドに預ける時エリナは銀貨二枚残してたんだよな。
エリナが手元に置くには多いなとは思ってたが、そういう事か。
「わかった。じゃあありがたく頂くよ」
「うん!」
腕を組んだままカウンターに行く。
腕を組んだ男女が、男物の下着を女性が金を出して買うという状況にめまいがしそうになったが、なんとか踏みとどまって会計を待つ。
「ありがとうございます。銀貨一枚と銅貨二百枚ですが、おまけして銀貨一枚で結構です」
「わあ! ありがとうございます!」
そういうとエリナはポケットから銀貨一枚を出し、品物を受け取る。
ほぼ一着分をおまけって……これさっきのプレゼントって会話聞かれてたな。
「はい! いつもお世話になってるお兄ちゃんへプレゼント!」
「ありがとうなエリナ。大切に使わせてもらうよ」
「うん!」
エリナの満面の笑顔に、ちょっと涙が出そうになったのは秘密だ。
「古着というか中古の服の取り扱いはあるか?」
「ございます」
「色やデザインは気にしないから、俺のサイズで春から秋で使えるズボン三着、長袖、半袖それぞれ三着を買うといくらになる? あと靴のサイズで二十七センチに合う靴下を新品で三足欲しいんだが」
「そうですね、銀貨四枚位で揃うかと思いますが、探してみましょうか?」
「頼む。あとそうだな、幅の広い白いリボンはあるか? これは新品で二本欲しい。それとデザインはお任せで、女の子が喜びそうな色のリボン四色を二本ずつで八本。これも新品で」
「かしこまりました。お持ちしますので少々お待ちください」
店員が商品を探しに棚の方へ行く。
「ここで買うの?」
「中古服の質を見てからだな、新品も意外と安かったし。子供服の取り扱いもあるようなら、ガキんちょどもの服も買ってやりたい。せめて冬までには」
「お兄ちゃん……」
「お待たせいたしました。こちらになります。全部で銀貨五枚と銅貨四百枚になります」
畳まれた服と靴下、リボン十本がカウンターに置かれる。
ズボンとシャツをそれぞれ広げてみると、継ぎ接ぎどころか沁み一つない品だ。
新品と言われても信じてしまうだろう。
デザインも町中でよく見る、首元に紐がついてて温度調節できそうな物だ。
サイズも問題なさそうだし、いい店だな。意外と安いし。
「子供服の取り扱いもあるのか?」
「新品も中古も取り扱ってございます。そうですね、来月辺りには中古の冬用の服が一番安くなると思いますので、よろしくお願いいたしますね」
なるほど、先程の会話もバッチリ聞かれていたようだ。
この世界は優秀な商売人が多いな。
悔しいが防具屋筆頭に。
「子供服はそうだな、人数が多いので、サイズを測る為に店員に来て貰うことは可能か? 商業区域の外れにある孤児院なんだが」
「十着以上の大口なら受け付けております。もちろん価格がお気に召さない場合でも料金は頂きません」
「わかった。じゃあ今回はこの品を買わせてもらおう」
「ありがとうございます。ではこちらの価格は、銀貨五枚で結構です」
銀貨五枚を置いて品物を受け取る。
「じゃあまた寄らせてもらうよ。子供服のサイズを測る件はまた別途相談しに来るから」
「はい、お待ちしております。冬用の子供服の在庫、集めておきますね」
「値段次第だからな。安くて良い物を頼むぞ」
「はい、是非またお越しください」
「じゃあ次はほーすだね!」
「エリナ、ちょっと待て」
腕に抱き着いたまま、服屋を出ようとするエリナを止める。
「なぁに? お兄ちゃん」
「ちょっと髪を触るぞ」
「いいけどどうしたの?」
腕にしがみつくエリナを剥がし、後ろに回ると、エリナの髪を手櫛で纏め、先程買った純白のリボンを使って、大きな蝶々結びで華やかに見えるように結わえてポニーテールにする。
養護施設で良く懐いていたガキんちょに結わされていたから、最低限の結び方は覚えてるんだよな。
多分店員にもわかってたんだろう、純白の生地にレースが使われてて、そこそこ高級感がある女物のリボンだ。
まとめ買いだったから値段はわからないが、少なくとも俺の下着以上はするだろう。
「お兄ちゃん?」
「髪を纏めておいた方が採取するにも邪魔にならないからな」
「鏡をお持ちしました。どうぞお使いください」
サービス満点じゃないかこの店は。
店員から手鏡を受け取り、エリナに見せる。
「わあ!」
「どうだ? ポニーテールっていう髪型なんだが」
「お兄ちゃん!」
エリナに見せる為に少しかがんでいた俺にいきなり抱き着く。
顔がエリナの胸に当たって少し痛い。
胸甲は着けていないはずなのに。
「お兄ちゃんありがとう! すごくうれしい!」
「まぁ俺にとってもこの世界での初任給みたいなもんだ。エリナには世話になってるからな。俺からのプレゼントだよ」
「うん! ありがとう!」
「じゃあ次は皮製品を扱ってる店に案内してくれるか?」
「任せて! お兄ちゃん!」
手鏡を店員に返し、服屋を出る。
超絶ご機嫌なエリナは、腕にしっかりとしがみついて離れない。
ポニーテールが揺れて、まるで喜んでいる子犬のようだった。




