生きる為の訓練。
螺旋階段を降りてすぐ広い円形のエントランスの様な物があり、そこから放射状に長い廊下が三本走っていた。
その内の一本に目を向けると…
牢屋。
鉄格子が付いた牢屋が一本の廊下につき十部屋程並んでいる。
そして、その牢屋の鉄格子を挟んだ真向かいに用途不明の椅子が備え付けられていた。
「…流刑所…?」
「はい。此処は男性専用の最終流刑所です。あぁ、そんなに怯えないで下さい。コージ様を収容する為にお越し頂いた訳では有りませんから。」
顔に出ていたのだろう。
パルメはニッコリと笑いそれを否定した。
逆にその笑顔が怖かったりするんですが…
丁度その時、一人の若いサキュバスが鉄格子の前にある椅子に腰掛けた。
顎に人差し指を当て、難しい顔をしている。
次の瞬間
「ぐああぁあーーっ!!痛い痛い痛いっ!!」
男性の絶叫が廊下に響き渡る。
途端にざわめき出す周りの牢屋の中の男性達。
そして、次々と絶叫し出す男性達。
良く見ると、若いサキュバス達が次々と現れ最初の一人と同じ様に椅子に腰掛け、鉄格子越しに中の受刑者を難しい顔で見詰めていた。
響き渡る男性の悲鳴、絶叫、怒号。
まるで悪夢の様だ。
「始まりましたね。ここでは日に三回この様に若いサキュバスが訪れます。」
「…彼女達は…何をしているんです…?」
「わかり易く申し上げれば「訓練」です。」
「訓練!?」
これが?
この悪夢の様な物が訓練?
「コージ様はサキュバスの食事は何だかご存知ですか?」
「…え?えーと…男性の精神力と生命力ですよね?」
「その通りです。神に禁止されてからサキュバスは番以外の生命力吸収…所謂「エナジードレイン」を使う事を禁じられています。よって、普段は主に精神力を吸収…つまり「マナドレイン」にて食事を行います。」
前にソフィアに説明された通りだ。
パルメは続ける。
「実を申しますと…サキュバスという種族は、マナドレインを使えないのです。」
「…え?」
「あぁ、語弊がありましたね、生まれながらに「マナドレイン」を使えないのです。サキュバスとして生まれ落ちた時点で「エナジードレイン」は使えるのですが、マナドレインは訓練にて習得しなくてはなりません。」
「成程…それは分かりましたが…あの絶叫や悲鳴は一体…」
「手際の悪いマナドレインは精神的苦痛を伴います。実際に肉体的ダメージはありませんが、精神的負担が激しく日に三回か限界なんです。いくら犯罪者とは言え、殺してしまっては先に繋がりませんから。」
まるで拷問だ。
ここに収容される位だから、余程の事をして来たのだろう。
「…不謹慎かも知れませんが…良いですか?」
「はい、どうぞ。」
「…練習相手は…その…足りてるんですか?」
彼女はここを最終流刑所と言った。
つまりはそれ相応の事をしないとここへは送られないという事だ。
結城クラスの犯罪者が常に現れるとは考えにくい。
「……実を申し上げますと…全く足りません。ここ数百年、この場所に送られて来る様な重犯罪者と言われる者は殆ど現れていませんので…」
「やっぱり…あの、パルメさん。俺に考えがあるんですが…」
「?」
多分上手くいく。
それには先ず結城からスキルを奪って許可を得ないとな。
「…取り敢えず結城の所へ案内して貰えますか?」
「…あぁ、はい。こちらです。」
明確な答えを伝えないまま首を傾げるパルメに案内を頼み結城の元へ向かう浩二。
やがて三本の廊下のうち一本の最奥の牢屋へ辿り着くと、そこには質素な服に身を包んだ結城が力無く横たわっていた。
どうやら日に三度の訓練が終わった直後らしく、パルメを見てビクッと身体を跳ねさせた結城は、濁った目で浩二を見ると鉄格子に駆け寄り必死に訴えかけてくる。
「岩谷っ!助けてくれっ!頼むっ!このままじゃ殺されるっ!」
「…大丈夫だよ。簡単には殺さない筈だから。」
「なっ!?貴様っ!今の俺を見て助けようと思わないのかっ!人で無しっ!!」
はぁ…こんな奴に勇者にスキルを全部返すまで会いに来るのかと思うと…気が重い。
「俺はドワーフだからな。さて、チャッチャと終わらせるか。」
鉄格子にしがみついていた結城の腕を徐に鷲掴みにすると、『掠奪』を使い『女神の加護』を奪う。
そして腕を離し何の感情も含まない表情で結城を見ると「じゃあな。」とだけ口にしてその場を後にする。
「…嘘だ…加護が…俺の加護が…」
膝をつきワナワナと震えブツブツと呟きながら床に目を落とす結城。
そして歩き去る浩二の背中に絶叫とも取れる叫び声を上げる。
「貴様あっっ!!返せぇっ!俺の加護を返せぇぇっ!!」
その言葉にピタリと動きを止めた浩二は首だけで振り返り
「お前に加護なんて最初からねーよ。」
そう言葉を投げつけ、結城の叫び声が木霊する地下流刑所を後にした。
□■□■
「女神様…取り返しましたよ。」
螺旋階段を上り終えた所で浩二は女神に語りかける。
《………っ!コージ君っ!!》
「うおっ!?…びっくりしたぁ…どうしました?女神様。」
感極まった様に名を呼ばれた浩二は突然の事にビクッと身体を縮めて驚く。
そう言えば名前を呼ばれたの初めてだな。
《…ありがとう…本当にありがとう…っ!》
「そんなに嬉しかったんですか?」
《勿論だよ!…実を言うと…もっと時間が掛かると思っていたんだよ。君に『絶対魔法防御』のスキルが発動した時点でね。》
「…成程、確かにスキル全般が使えなくなりましたからね。」
《…だから半ば諦めていた。…なのに君はものの数日で打開策を見つけてしまった。あの時、君に『魂転写』のヒントを与えたのは私自身の為でもあったからね…全く…私は女神失格だよ…》
喜ぶと同時に自己嫌悪に陥る女神。
全く…この女神様は本当に人間臭いな。
「仕方ありませんよ…あんな奴と一緒にいたら気落ちするのも無理無いですし…それよりも、女神様に言っておきたいことがあります。」
《…なんだい?》
少し緊張しているのを感じる。
「お帰りなさい、女神様。」
浩二はニカッと笑って嘘偽り無く思った事をそのまま口にする。
《……ただいま…コージ君っ!》
そう言った女神の顔が見えたのなら…きっと満面の笑みだっただろう。
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