『鍛冶の魔王』
「やっとの事で辿り着いた儂が見た物は、夥しい数のサイクロプスの死骸と血塗れでダイダスに抱き締められ泣きじゃくるソフィアの姿じゃった…」
「………」
唐突に語られた惨劇に言葉も出ない浩二。
しかし、続けて語られる話は更に酷いものだった。
「ここからはダイダスに聞いた話なんじゃが…街の城壁で何とかサイクロプスの攻撃を耐えていた所に城門が破壊されたと報告が入ったのじゃ。急いで駆け付けたパイトスとダイダスが見たのは、身の丈3mを超えるサイクロプスが巨大な鎚を振り回し兵士達を蹂躙する姿じゃった。恐らくこの個体がサイクロプスの上位種であるギガンテスだったんじゃろう。」
「そ奴が完全に戦意を喪失していた兵士達を次から次へと屠ってゆくのを止めたのはパイトスじゃった。そのすぐ後ろでダイダスが兵士達に指示を飛ばし市民達を安全な場所へと逃がしていたのじゃが…」
「振り返ったダイダスが見たのは、斧を持っていた右半身は潰れ地面へと倒れ込んでいたパイトスの姿じゃった…」
ここまで話しギルの言葉が詰まる。
こんな話…辛くないはずが無い。
愛する孫が…失われた時の話など…
しかも、それを孫から聞いたのだ。
自らが居ればこうはならなかっただろうと本気で自分を責めただろう事は簡単に想像出来る。
「ギルさん…もうこれ以上は…」
聞いてはいられなかった。
しかし、ギルはグラスに酒を溢れる程注ぎ一気に煽る。
「いや、聞いてくれ。これは儂の贖罪でもあるんじゃ…何も出来なかった儂が唯一出来る孫の生き様の話なんじゃ…」
真っ直ぐに浩二を見るギル。
その瞳は涙で潤んではいたが、真剣そのものだった。
「…分かりました。お願いします。」
浩二は佇まいを直し聞く体制に入る。
ここまで言われたら聞くのが自分の役目だと。
何より、この話を聞きたがったのは自分なのだから。
「…既に虫の息となっていたパイトスに止めを刺そうと振り上げられたギガンテスの鎚とパイトスの間に割って入ったのがソフィアじゃった。いつの間にか付いて来ていたんじゃろうな…兄を庇うように立ちはだかったんじゃ。」
「ダイダスは止めた。逃げろと叫んだ。しかし、ソフィアはそこを動こうとしなかった。ギガンテスはそんなソフィアなどお構い無しに振り上げた鎚を振り下ろした。じゃが…ソフィアはその鎚を受け止めおった。右手一本で。」
「…『剛力』ですか…でも、衝撃までは…」
「そう、下半身を半分以上地面にめり込ませそれでも一撃を受け切ったのじゃ。そして、何の重さも感じないかのようにギガンテスごと鎚を持ち上げその場で振り回すと、鎚から手の離れたギガンテスを奪った鎚を使い一撃で沈めたそうじゃ。」
「そして、止めを刺したソフィアが振り返ると…そこにはダイダスに抱かれ息を引き取ったパイトスの姿があったんじゃ…ソフィアは力の入らない下半身を引き摺るようにパイトスの元へと近寄ると、泣き叫びながら何度も何度もパイトスの名を呼んだが…当然返事は無く…」
「やがてソフィアはゆらりと立ち上がり、パイトスの治療に使い半分近く残っていた上級ポーションを一気に煽ると、軋む足を引き摺るようにギガンテスの鎚の元へと歩いてゆき…軽々とその巨大な鎚を持ち上げ走り出したんじゃ。リーダーを殺され浮き足立っていたサイクロプス共の元へと。」
「…後は一方的な殺戮だったそうじゃ…元々素早くは無いサイクロプス共を身の丈よりも大きな獲物で次々と屠っていったそうじゃ…泣き叫びながら兄の敵と声を枯らしながらの。ダイダスが止めるまでその殺戮は続き、数百いたサイクロプスは逃げ果せた十数匹を残し全てソフィアがたった1人で仕留めてしまった…」
「………」
想像以上の凄まじさだ。
最早言葉も出ない。
「…どうじゃ?凄まじいじゃろ?」
「…もう、なんて言えばいいか…」
「…儂も当時はかなり塞ぎ込んだよ…儂さえ出掛けていなければ、回避出来た惨劇だからのぉ…そんな中、ソフィアが天の声を聞いたんじゃ。」
「上位種を倒した事で種族進化したんですね?」
「うむ。『金属の英智』というスキルと共にな。ソフィアがこのスキルを手にした事により、ドワーフ族は一気に他種族から認められる様になっていった。ドワーフにとって金属とはそれ程までに大きな物なんじゃ。」
「ソフィアは塞ぎ込む暇もなく「魔王」認定され、『鍛冶の魔王』として、借り物じゃった今のルグルドを含む周辺の土地をドワーフ領として手に入れたのじゃ。」
「…こう言っては何ですが…ソフィアって思っていた以上に凄いんですね。」
「そうとも!我等ドワーフ族の救世主と言っても過言ではない!祖父として鼻が高いわい!」
先程までとは打って変わって嬉しそうで誇らしげだ。
浩二はそんなギルを見て笑顔になる。
「ん…ゴホン!」
ふと自分が孫馬鹿になっていると気付きわざとらしく咳払い。
そして、自分が直接浩二に聞きたかった話題へとすり替える。
「今ではダイダスが鍛冶の総責任者、その両親…儂の息子夫婦がルグルドを統治しておる。儂は自由気ままな隠居じゃよ。そして、ソフィアはこのシュレイド城の管理を任されておる。一応、人族領の監視という仕事もあるがの。人族領に逃げ込み、封印された…かつて世界を混乱に陥れた『生きた闇』の監視が本来の目的だったんじゃが…」
「『生きた闇』…あ!ギルモットですか?」
「そうじゃ、お主が倒したリッチーの事じゃよ。」
「…やっぱり有名な人だったんですね…二つ名なんてあるから案外名の知れた人なんじゃないかなとは思ってましたけど。」
「…有名どころの話では無い、奴は数多の種族と敵対し、その生命力を糧に世界中を荒し回った大悪党じゃ。」
うわぁ…大魔王みたいな存在だな…
「ん~…でも、消える直前には邪気…と言いますか、邪悪なものは殆ど感じませんでしたよ?俺の右腕を冥土の土産にするみたいな事を言って笑ってましたし。」
「右腕…?ソフィアからはお主が一人で倒したと聞いたが…?」
「あぁ、違います。こっちの右腕です。」
浩二は右腕を上げ、気で出来た義手を消して見せる。
「なんと!その右腕は義手じゃったか!」
「はい。ギルモットに呪いを掛けられてこの切り口から先が再生しなくなってしまったんです。」
「不便では無いのか?」
「はい、全く。寧ろ、この切り口が俺の体の一部と認識されないお陰で『絶対魔法防御』がこの部分だけ発動しないんです。ですから、右手からなら魔法も使えます。」
「…何とも皮肉な話よのう。」
ギルは腕を組み苦い顔をする。
「俺自身はギルモットに感謝していますよ。呪いを掛けられていなければこうして魔法を使う事も、皆に武器を作る事も出来なくなっていましたから。」
「ふむ。前向きじゃの。男子たるものそうでなくてはな!」
豪快に笑いながら浩二の肩をバンバンと叩くギル。
実に力強い。
結構痛いしな。
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