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9 腹心たち

 直談判後、牢の中で五日を過ごした。

 その間に父の処刑は施行された、とだけ伝えられた。くわしい内容はまだ聞いていない。

 ここにいる間に、他の牢に入れられていた者たちも何らかの刑に処されたのか、もう鈴乃が入っている牢しか使われていない。


 見回りが来る以外には音もなく、卵の殻の中にいるかのような、孤独なのに孤独ではない不思議な感覚になってくる。

 これから悪役の殻を脱ぎ捨てて、今までと全く違う新たな人生を生きていくのだから、その感覚は正しいといえるのかもしれない。

 聖人を探すにはどうするか、と方法をある程度考え終えてしまったら、やることもないのでぼんやりとしていた。


 生き残ってしまった。

 身の内の底にあるらしい、体の自然な反応として、生きれることを喜ぶ感覚はわいてくる。

 けれど、頭は呆然とするばかりだ。

 生きる個人的な意味がない。

 そもそもなぜ人は生きたいと思うのか。


 仮にこのまま死んだとしても、死後の世界でもきっと特に目的もなくいるのだろうと思うから、あえて死のうとも思わない。だが気づいたときには心のなかった鈴乃には、この世の意味が分からない。

 心がまともに機能していれば、もっといろいろ希望があるのだろうか。

 そういえばいづこかの芸術家が、なぜ芸術を生み出し続けるのかと聞かれて「暇だからだ」と答えたと書物にあった。

 わりと人生に暇している人というのはいるのかもしれない。


 生きるので精一杯の人からすれば憎らしいようなことだろうけれど、それならば生きるので精一杯の人を減らすことをしよう、と思うと義務という名の生きる意味を見つけた喜びがかすかに身の内にわいてくる。

 そういえばどこかの異なる世界の物語を描いた書物に、


「誰かのためになにかをすることこそ至高の喜びなのだ」


 という言葉があった。

 至高というほどかは分からないけれど、鈴乃の心さえも動かすというのはなるほど普通であればもっと強い衝動をもたらすもので、自分にもそれは適用されているのかもしれないなと妙に納得をしていると、見張り番の部屋から複数の人が出てきて歩いてくる音がした。


 ヴィンツェン王子たちだった。

 壁掛け松明の明かりだけが頼りの闇の中では、茶色の髪はその色をより濃く見える。


「待たせたね。もう、大丈夫だ。やっと出してあげられる。何日もこんなところに入れてしまって、ごめんね」


「ここでの生活に特に文句はないわ。気になさる必要はなくってよ」


 牢での唯一の問題であった、死ぬまでずっとおにぎりか問題は解決していた。

 ヴィンツェンと面会をしたあとは、お盆の上に焼き魚と汁物と白米と付け合わせが少々ある、という、なかなかに豪華なものを与えられていたのだ。


 もちろん姫としての食事に比べれば質素であるけれども、十分腹はふくれるし、特に運動をしていない身には多すぎるほどである。

 だから牢生活は鈴乃にとって快適であった。

 正直な感想ではあるが、まぁ普通ではないのは分かっている。

 ヴィンツェンだけでなく他の男たちも、驚いた顔をしていた。


「そうか。それならよかった」


 ヴィンツェンは笑いながらそう言って、牢の扉を開ける。きぃと鉄のこすれる音がして開いた鉄格子の扉をくぐって出て鈴乃が出て行くと、彼は手をさしだしてきた。


「行こうか。鈴乃」


 姫と呼ばなかった。


「腹はくくったわ。ついていってあげる」


 感情もなく言うと、見上げた先で青い瞳の王子様は、笑みを深くした。

 新しい人生が始まる。





 白い漆喰の壁の城内は住む人の人種は変わっても変わりない。白と木の茶色の柱がおりなす美しい調和を保っていた。

 ヴィンツェンに手を引かれながら、兵士に囲まれた状態で城の中を進み、鈴乃がもともと使っていた自室につれてこられる。

 証拠やらなにやらで持って行かれたのか、荷物が減って、家具ばかりの殺風景なものになっていた。

 それでも慣れ親しんだ部屋だ。自然とほっと体から力が抜けた。

 そんな鈴乃に、王子が青い目を細めて言う。


「せっかく君の部屋があるのだからね、そのまま使ってくれ。荷物は戻せるものは戻させるよ。すぐに必要なものがあったら言ってくれ。不便をかけてすまないね」


「多分なご厚意、というものだと思うわ。ありがとう。必要なら伏して礼をとるけれど、ここはケルンの文化にあわせてひざを折って頭を下げるだけの方がいいのかしら?」


 ケルンの支配地でのやりかたは調べているが、さすがに上層部ではどうしているのか聞いていない。

 支配地の文化を尊重しながらケルンの文化も流入させていると聞いているが、鈴乃は今、どうするのが正しいのか分からない。


「どなたかに教えを乞うてもいいかしら?」


 いくら一目惚れしたと言われたとはいえ、ヴィンツェンは王子である。教えを乞うのは不敬ともなりえる。

 ヴィンツェンの背後に控える六人の男たちを見た。


 執務室に訪問したときにいた青いマントをつけた金髪の偉丈夫がいる。

 他には、見目麗しいケルンの絵物語に描かれる王子様のような金髪の青年。そして城内を歩いているときに鈴乃の右脇を固めていた、赤みがかった茶髪に怜悧なまなざしの青年と、左脇を固めていた淡い茶髪の武人然とした壮年の男性。


 さらに銀髪というふしぎな髪色で女性と見間違うような愛らしい顔をした背の低い青年……少年?

 そして彼らの中では唯一の、南方大陸つまり鈴乃と同じ人種でケルンの人よりは背丈が低く(だが少年? よりは背が高い)肌が日焼けた色をした黒髪に黒い瞳の冷徹そうな眼差しをした青年がいる。


 戦地を管理する人間にしては比較的年齢層が低い。

 おそらく王子の腹心の部下なのではないか、とあたりをつけた。国の重要人物というよりも、彼に従い彼についてきた彼の世代を支える仲間なのではないかと。

 それぞれに表情の違いはあるが、陽気そうに微笑むマントの彼も、流麗に微笑む王子様風の彼も、穏やかそうな雰囲気の顔でうかがうように鈴乃を見てくる少年? も、あからさまに表情の硬い他の三人と同じようにまなざしは冷たい。鈴乃を警戒し、また見定めようとしている。

 当然であろう、と鈴乃は微笑んだままでいた。


 ちなみにここにいるケルン人は全員まとめて強度の違うくせっ毛で、直毛は黒髪の南方人だけだ。北方の人たちは色素が薄く、巻き毛が多いのである。

 そんな彼らの中心で、くせ毛の国の王子様は「いや」と言って鈴乃の視線を奪った。


「君に関することで他の男に任せることはできるだけ減らしたいんでね、質問にはなんでも僕が答えよう」


 声はおだやがかだ、有無をいわさぬ気配を放っている。

 けっこう独占欲強そうだな、と鈴乃は思った。


「我が国では、支配地ができるだけ自治することと文化の多様性を保つことを念頭に置いているから、礼ひとつでも礼をとる人間の選んだ文化のものでよい、とされているよ。全員で同じ礼を取るべきところではケルンのものが使われるが、個人間でのものは基本的に自由だ」


 なるほど、とうなづく。


「だから、ここでは君は火黄の礼で、ただ腰を曲げるのでもいいし、ケルンの礼でひざを折るのでもいいよ。でも火黄の伏礼はちょっと大仰だから、できれば僕はやめてほしいかな」


「分かったわ。では」


 鈴乃は王子の青い目を見ながら、下腹の上で両手を重ねる。


「多分なご厚意、ありがたく思います。ふつつか者でございますが、これからよろしくお願いいたします」


 言ってから腰を曲げて頭を下げた。

 顔を上げると、首をかしげる。


「それで、私は本当にあなたの配下ということになったの? そちらの方たちは納得してらっしゃるのかしら?」


「ああ、君は牢を出たその時より私の臣下となった。異議は受け付けないよ」


 強い声で言う。その声の強さは、鈴乃に向けたものでもあるのだろうけれど、背後にひかえる者たちにも向けているように思う。

 鈴乃は苦笑して、とりあえずそのことについて言うことはやめた。

 彼らの信頼があろうがなかろうが、やるべきことをやるだけだ。邪魔さえしてこなければいい。


「ヴィー、いえ、もう敬語を使った方がよいかしら?」


「そのままで頼むよ。ぜひとも、ね」


 臆面もなく一目惚れしたと言うような人だ、そう言うだろうと思ってはいたがその通りの反応が来て、鈴乃は思わず笑いをこぼした。


「そう、ではヴィーはこのままでいいわね。そちらの方たちにはどうすればいいかしら? 敬語がいい? いくら臣下に下ったとしても、いきなりそこの方たちと同等ということはないでしょう?」


「すまないが、そうなるね。私に対してはどこでもそのままでいてくれていいが。こいつらの他にも君より上の立場になる者は多い。そういう者たちには敬語で対するようにした方がよいだろうね」


「そう。自分で使ったことはないけれど、ずっと使われてきたから覚えてはいるつもりよ。努力するわ」


「がんばってくれ。それと、明日正式に任命することになるが、君の立場はデサラ・フィアというものになる」


「デサラ・フィア?」


「火黄国に適当な言葉がなかったから訳せないんだが、国の臣下ではなく私だけの臣下で、国からの命令にも逆らうことができる立場だ。国が君に何事かを命じることはできない。


 だが私兵のようなものではなく、国のれっきとした役職でね、かなり特殊な立場なんだ。国からの査察が入った場合の拒否権はないし、仕える主が悪事を働いたときには国に報告する義務がある。


 義務だから、もし主が悪事を働いてそれが露呈したなら、主ともども重い罰を下される厳しい立場にある。もちろん僕は悪事を働くつもりはないから鈴乃にその心配はいらないけどね」


 ケルンのことはいくらか調べて知っていたつもりだが、そんな役職のことは知らなかった。


「王が暴君であった場合でも国をできるだけ平常に保つために置かれた職業だけど、その立場を利用して悪事に使われやすい身でもあるから、そこを逆手にとって国に報告の義務をつけられた監査官なんだよ」


「二重隠密といったところね」


「そうともいえるね。何の問題もないときは、貴族のおかかえ便利屋といったところかな。状況によって重い責任を負わされることになるから、その役についたのが平民であれば一代限りの子爵位が叙勲じょくんされる。


 鈴乃は姫であったけれど、さすがに何も悪いことをしていないまっさらな姫と同じように侯爵位をあたえることはできない。君にとっては力及ばず助けられなかった者たちだろうけれど、その者たちへの罪滅ぼしとして爵位を賜らずに平民の立場となり、さらに悪事を働けばすぐ罰せるよう私の下について働く、ということにした」


 それなら鈴乃も罪をつぐなっていないという嫌な立場にならないですむ。

 感謝の意味も込めてうなづいた。


「それにあたって一代限りではあるがデサラ・フィアの子爵位をじょすることで、君を支持する者たちにも一応の理解を得らるようになった。

 君をただの平民にするのなら暴動も辞さないという様子だったんだが、デサラ・フィアがあってよかったよ。さすがにただで君に爵位を与えるのは許されないからね」


「暴動? 支持する者って、私の配下の者たちが?」


「いいや。君の配下だった者たちと、君に助けられた人たちがだ。各地で君に助けられたという声があがって、ちょっとした騒ぎになっていたんだよ」


 そこまでしたのか、と考えてから、そこまでしたことで国民たちにも広く鈴乃が悪ではないと言い広めることができたのだろうと察する。

 ヴィンツェンたちを説得して、上からただ鈴乃は善だと説明をされても民は憤りを感じただろう。

 だが国の各地で鈴乃の助命を求める声があがっていたらどうだ。

 噂が噂をよんで、人々は鈴乃が助けられることを受け入れる心の準備ができていたのではないだろうか。


「君の噂が広く浸透したころに、君に救われた者たちの代表を名乗る者が嘆願にきた。明野宮あかるのみやという名だったな」


 明野宮といえば、かつて父王を殺してくれるだろうと鈴野が期待を抱いていた名家だった。

 惜しくも父王に叛意を見破られて当主は獄送り……あの西塔の地下へ送られ、子息は命を取られかけていたところを鈴乃に助けられて逃げた。


 それ以外の身内は王の手が及ぶ前に国外へ逃げきったと聞いている。おそらく逃げた先はケルン国領内だ。かつての火黄国が手出しできない国など他にない。

 当主はあの西塔の地下で生きることを選び続けた心の強い人でもあった。


 鈴乃が助けた者の中ではその子息は一番の名門であるし、あの王に刃向かったとして民からの信も厚いから、代表となったのもうなづける。


「君の評判も今は善悪両方流れていて、どっちつかずの微妙なところだね」


「そう……」


 それなら仮にヴィンツェンの代わりに鈴乃が聖人を探していることが聖人に知られたとしても、即刻逃げるということはないかもしれない。

 聖人確保の可能性がよりあがった。


「聖人探しは僕がしている、ということにして君の名はあがらないように手配はするが、そういうわけだから、もし君と知られても大丈夫だ。気兼ねなく僕の臣下として聖人を見つけだしてくれ」


 聖人、とはっきり言われた。

 この場にいる男たちが皆、信頼に足る者と彼は判断しているのだ。


 が、それが確かであるというものでもなく、デサラ・フィアという監査官じみた立場になったのであるから、王子が疑うことをやめた彼らを鈴乃がかわりに疑いの目を持とう。


 結局のところ、鈴乃はいつでも疑いの目を捨てずにいたからこそ、あの火黄国で本物の悪人たちの中にあってもその性根を知られることなく悪女として生き抜いてこれたのである。

 デサラ・フィアという変わった役目は、鈴乃にとっては慣れたことをするものでしかないのかもしれない。


「デサラ・フィアとしての心得なんかは、そこの子供みたいな男に聞くといい。君の先輩にあたる、それでも二十三歳の成人男性だよ。小さいのは民族性だから、あまり小さい小さい言わないでやってくれ」


 小さいと言われて思わず見てしまった少年? 改め、銀色の髪をした二十三歳の小柄な成人男性は、かわいらしい顔をむっとさせて王子を見上げた。

 そんな顔も可愛い。なんかちょっとかわいそうだ。


「さっきから小さい小さい言ってるのは殿下だけで、お嬢さんはなにも言ってませんよ!」


「ははは。そうだな。ちょうどいい、自己紹介といこうではないか。鈴乃、ここにいるのは私の腹心の部下と言ってよい者たちだ」


 そう言って、また鈴乃の手をひいて部屋の奥へ導き、振り返らされると、扉の前の畳の空間に六人の男性が横一列に並んでいた。

 土足……土足やめなさい。

 今更もう遅いから後で言うことにした。なにを隠そう鈴乃も土足なのだ。

 主たるヴィンツェンに導かれて、靴を脱ぐ間がなかった。


「左から、今紹介した小さいのがザグー・トワイダ。北方の海にある小さな島国の出身で、今までは私のたった一人のデサラ・フィアだった。元平民で、今はデサラ・フィアのトワイダ子爵だね」


 名指しされた少年、いや青年は、胸の前に握った拳をあてて、おろす。


「左から二番目、見て分かるように南方人のクロマ・トトキ。律京語だと戸時黒真」


 ヴィンツェンは鈴乃によりそって空中に指で文字を書く。

 黒髪の青年は、冷ややかな眼差しを鈴乃に向けもせず、先ほどザグーがしたのと同じ仕草をする。


「元は砂翔国の出身だ。南方攻略のために仲間に引き入れた。南方人ながら古株だよ。情報監査部の長官だ」


 砂翔国は南方の国々と元祖ケルン大帝国の国境にあった大河から数えて南に二つ目の国だ。彼が仲間になったのはいつからなのか。


「次に、少し赤毛っぽい茶髪のそいつがカウエル。彼の家名は秘されているから家名もない平民ということになっている。赤翼軍の大将だ」


 彼は怜悧な眼差しを鈴乃にひたりと向けて、きっちりと胸の前に拳を当てておろした。


「その隣が緑壁軍大将のテナート・クラウツ。僕に武芸を仕込んだ師匠でもある」


 淡い茶髪の壮年の男性は、ギラッとした獣のような目で鈴乃を見ると、にっと笑った。


「よろしく」


 みんなと同じ仕草をする。


「次がセオ・カッツァー。僕の近衛隊の隊長だよ」

 

 長い金髪を頭後ろで結んでいるらしい美麗な青年は、鈴乃と目が合うとにっこりと笑んだ。

 ヴィンツェンは鈴乃の腰を抱いて引き寄せ、耳に口を寄せてささやく。


「優しい男だけど、惚れちゃだめだからね?」


 耳がくすぐったい。ぞわぞわとしたものが耳から全身を駆けめぐる。

 ぐっと唇を締めて、うなづいた。ヴィンツェンは満足げに微笑む。

 当のセオは苦笑していた。


「セオです。近衛はあまりあなたに協力できませんが、ヴィーが居るときは別です。そのときはご遠慮なく」


 にっこりと微笑んであの仕草をするけれど、その目の奥には鈴乃を警戒する色がある。

 さすが近衛。これでこそ近衛だ。

 元自国の近衛隊がだめだめ揃いだっただけに、ちょっと感動ものだった。

 背に青いマントがついている。彼が父王と戦った人の一人だろうか。


「最後に、コルネリウス・ミッドウィー。青の部隊と呼ばれる精鋭部隊の隊長だ」


 一番右端に立つのは、以前にヴィンツェンの執務室へ押し掛けたときにいた金髪の偉丈夫だった。セオの金髪は黄色みが強く、コルネリウスの金髪は赤みが強い蜂蜜色だ。


 彼も青いマントをつけているが、マントの模様でも違うのだろうか。あえて同じ色のマントにすることで、敵を攪乱かくらんするとかなんらかの狙いがあるのかもしれない。


「コルネリウスだ。また会えたな嬢ちゃん。いろいろよろしくな」


 一番気さくで、一番警戒心がない人だった。一度会っているからなのか、そういう人だからなのか。

 つい彼に向かってうなづくと、ヴィンツェンに腰を寄せられた。


「鈴乃」


 声がした方を見上げると、ヴィンツェンの青い瞳がじっとこちらを見ていた。


「君が軍の兵士を使いたい場合でも、青の部隊は容易に使わせてあげられない。カウエルの赤翼か、テナートの緑壁の兵を借りることになる。仲良くするならカウエルかテナートにしなさい」


「……関わる人間まで指示されるのは気に入らないけど、まぁ分かったわ」


「はは。君の配下の者たちも、名目上はどこかに属す形になるから、他の四人とも話せるようになっておくといい。お前たちも、彼女を邪険にするなよ」


 やわらかい声で鈴乃に言って、最後は重い声で六人の男たちに言う。

 それ少し公私混同ぎみではないだろうか、とも思ったが、彼の配下でいじめなんてものがあったら彼の監督責任になるからそうでもないか、と思い直して指摘せずに黙った。


「りょーかい」


 と笑って軽く答えたのは右端の青の部隊隊長コルネリウスだけだった。

 それを咎めるでもなく、ヴィンツェンは鈴乃の肩に手を置いて言う。


「先に言ってあったが彼女が鈴乃だ。聖人捜索の任につく。

 火黄国の官吏や軍人でまともと判断された人間のほとんどが彼女の配下だった。よって彼らをまとめて彼女の配下の者とするが、職としてはばらばらにして君たちの元につける。誰がどこにつくかは鈴乃、君が判断しなさい。

 君たちは彼らが我が国になじめるよう、いつものように頼む。また彼らが鈴乃の指示で働けるように配慮を」


 はっ、と全員が小気味よく返事をした。


 さて、どうなることやら。

 鈴乃の配下に立場をつけてもらってすぐ彼らを使うのはよくないだろう。ケルンになじむだけの時間を少しあけなくてはならない。


 かといってその間なにもできないのでは手持ちぶさただ。

 とりあえず町に降りて国の現状を確認しつつ、かつて協力してくれていた商人でもあたってみるか。

 そんなことを考えているうちに場は解散となり、ヴィンツェンも名残惜しげにしていたが「またね」と言って去っていった。




 次の日、軍の上位関係者が並ぶかつての王の間で、鈴乃はデサラ・フィアの官位をおしいただいた。

 玉座の前に立つ正装のヴィンツェンの前にひざまづき、神に捧げものをするようにあげた両手で、一振りの剣を受け取る。白いさやに金の細工がほどこされた美しい剣だった。持ち手の柄頭つかがしらには、赤紫色の宝石がはめ込まれている。


 刀とはちがう両刃の剣。


 部屋に戻ってその剣を抜き放つ。窓から入る光を反射した反りのない剣をみて、この国は確かに他国に侵略されたのだと、はじめて強く実感した。

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