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それは黒くて重かった  作者: D.K.B.Y.
第一章
2/45

旅立ち

前回の投稿から1週間で投稿出来ました。週刊誌みたいな感じに次回も同じ位には投稿出来るようにがんばります。

 抜けるような青い空がどこまでも続いている。北の大地の空は険しく高い山脈の影響で天候が変わり易く晴天になる事が少ない為、今日の様な青空は貴重で気持ちの良い物であった。

「ふぅ~」

自宅の裏、少し離れた場所に建っている石造りの小屋から出てきた人影は、10代半ば位、少年から青年に向かう年頃の人間である。激しく運動していたかの様に汗びっしょりの身体を手拭いで拭いながら、深呼吸をゆっくりと行う。作業着を脱いだ裸の上半身は引き締まって、全体的に猫科の動物の様な印象がある。ボサボサの黒髪と優しそうな黒い瞳、同年代の平均的な身長よりは少し低い身長は、どこか草食動物の様な印象を受ける。

 凝り固まった身体を解す為に、腕や首を回したり、ストレッチを行う。十分な時間を使って身体を解したその顔は、どことなくやるべき事をやり切った満足感の様な物があった。

 サクサクサク

軽い足取りで枯れた草の上を歩く足音が家の方向から聞こえてくる。聞き慣れた音に、笑みを浮かべながら聞こえて来た方向へと視線を向ける。こちらへと向かってくる姿は予想通りでありながら、思わず微笑を浮かべてしまうような光景であった。

「ダスク、キミっていつも着替えを忘れるけど、間抜けなのかい?」

「黒炎、君もなかなか楽しい状態だけど」

家からこちらへと向かって来ていたのは、艶やかな黒い毛皮の獣、黒炎である。6年前よりも大きくなり、少年改め、ダスク・ウォールの腰の辺りまで届いている。その頭には手拭いが、背中にはダスクの着替えが載っている。微笑ましいというか、楽しい光景になっていた。

「キミの母ちゃんが持って行けって、乗っけたんだよ」

不満そうな様子で、ルビーの様に紅く輝く瞳を細めてダスクを睨んでいる。

「あはは、持ってきてくれてありがとう」

頭の手拭いをどかしてゆっくりと撫でながら笑顔で礼を言う。汗の引いた身体が冷えないうちに、背中の着替えも受け取って着替える。黒炎は撫でる手に気持ち良さそうな顔をした後、全身を振るって毛の乱れた場所を直す。

「それで、完成したのかい?」

「うん、父さんの腕には及ばないけど、僕なりに納得できる物が出来たよ」

黒炎の問いに、満足そうな笑顔で答えるダスクの顔から、それが嘘では無いと納得できる。嬉しそうに尻尾を一振りした黒炎は、ダスクを石造りの小屋、鍛治小屋へと向かうように押す。

「早く見せてよ、ボクも他人事じゃないし」

「いいよ、家に戻るから全部装備して見せてあげる」

頷いて扉を開け、黒炎をその場に残して再び扉を閉める。ダスクが、黒炎にはフル装備を見せたいと考えたからだろう。黒炎の方も楽しみらしく、尻尾をブンブンと音が出る位の勢いで左右に振っている。

 ガチャ

扉が開く音に、黒炎は、弾かれたように視線を向ける。扉の形に暗い室内が窺え、一瞬何も無い様に見えたが、くすんだ黒色の塊が動き出した事でダスクが出て来た事を確認できた。6年前から使っている鎧は、定期的に調整されて今の体型に合わせてある。とはいえ、相変わらずのずんぐりとした印象は拭えない。

「相変わらず丸いな~、それでも少しはましになったと思うけど」

「まあね、父さんの形見だから基本的な所はあまり手を加えてないから。

 でも、遺言通り、自分の手で調整しながら良くなる様に努力はしたよ」

最初の分厚い鉄板を鎧の形にしただけのようなデザインは、父親がダスクへの課題として遺した物である。己を鍛えるのは、身体能力だけでは無く、鍛治の技も含まれていたからだ。

 ただ分厚い円筒等で構成されていた鎧は、所々、湾曲した部分を加え、衝撃を受け流す効果が加わっている。それに加えて、ワンポイントの装飾も目立たない様にされている為、見る者が見れば価値のある造形物であると評価されるかもしれない。

 黒炎は、ゆっくりとダスクの周りを回りながら採点する様に眺める。その尻尾は機嫌の良さそうな動きでゆっくりと振られていた。

「なかなかいいね、ボクも手伝った甲斐があったよ」

「ありがとう、お眼鏡に適って嬉しいよ」

嬉しそうな声が鎧の兜の辺りから聞こえてくる。全身鎧なのでほとんど外に出ている部分がない為、声以外はダスクの様子を確認する術は無かった。

「それで、それがキミの造ったモノだね」

そう言う黒炎の瞳は、ダスクの両手に持たれている物に惹き付けられている。その巨大な物体は、ダスクの様な小柄な体格の人間にはとてもじゃないが持てないと、誰でも思う様な装備に見える。両利きなので左右は関係ないが、右手に持たれている物は身長より長く、幅や厚みも通常の物とはかけ離れている。一方、左手に持たれている物はずんぐりとした鎧全てを覆い隠す程の大きさがあり、厚みは鎧に使われているものよりも厚いので、その重さは簡単に計算する事も出来ない位であると予想された。

「でっかいね……大丈夫なのかい、それ」

ずっと一緒に居た黒炎でも驚く位、それらは大きな存在感と重量感をもってその場に存在していた。

「大丈夫、両方合わせても父さんの形見の鍛治用ハンマーより軽いから」

苦笑いする様な声色で答えるダスクは、頬を掻きたかったのだろう、右手を空けて兜の横をゴツイ籠手で触れている。置かれた長い方は、地面に少々沈み込んでいた。

「そっか、それじゃあ戻ろうよ。お腹空いちゃったよボク」

「そうだね、僕も仕上げをするのに昼飯も抜いちゃったから、正直しんどい」

頷き合って家へと向かう。黒炎は軽い足取りで先を歩き、ダスクは重さを感じない動きでそれに続く。驚いた事に重量感のある足音は聞こえず、普通の人が歩いている様な足音であった。

 ガチャ

家の裏口の扉を開けると、待っていたかの様にダスクの母親が仁王立ちしていた。

「いつまでも戻って来ないから、どうしたかと思ったわよ」

バツが悪そうな様子になったダスク達は、それぞれ頭を下げたり、耳と尻尾を力無く垂らしたりして謝罪の気持ちを伝える。

「ごめん、ちょっと話し込んじゃって」

「母ちゃん、ごめんよ」

「もぅ、しょうがないわね、ダスクはさっさと鎧を脱いできなさい、黒炎はこっちで手伝って」

「うん、行ってくる」

「は~い」

それぞれの答えを返して、それぞれの方向へと向かう。ダスクは自室へ、母親と黒炎はいつも食事を摂っているリビングへと。

 部屋着に着替えたダスクがリビングへ入ると、母親は台所で料理を温めなおしており、黒炎は器用にテーブルを布巾で拭いている。入ってきたダスクに気が付いた黒炎は、不満そうな声で愚痴を言う。

「母ちゃんったら、獣使いが荒いよ。出来るからってボクにテーブル拭きをさせるなんて」

「あはは、ご苦労様。それにしても、黒炎も大きくなったな~」

笑いながら黒炎の頭を撫でたダスクは、テーブル拭きを交代する。面倒臭がっていても、黒炎は仕事をほぼ済ませていた。テーブルの上は端を除いて拭き終わっている。

「いいのよ、黒炎だってウチの子なんだから、手伝うのは当たり前」

台所からスープの入った器を持ってきた母親は、テーブルに皿を並べながら言う。ダスクはパンを運ぶのを手伝ったりしながら、黒炎用の水等を用意した。

「さあ座って、それでは、いただきます」

「いただきます」

「いただきま~す」

全員揃って『いただきます』を言う。これが普段からのこの家の基本ルールである。ゆっくりと食事をする母親を尻目に、ダスクと黒炎は勢い良く食事を掻き込んでいく。母親は呆れたようにその様子を眺めており、口元には笑みが浮かんでいた。

 ある程度食事が進んだところで水で食べ物を流し込み、ダスクは真剣な表情になる。その様子を黒炎はチラリと見るが、何事も無かったかの様に食事に戻る。母親は気付いているのかどうか、相変わらず笑顔で食事を続けていた。

「母さん、話があるんだけど、いいかい?」

「いいけど、なんだい?」

ん?という表情で自分を見る母親を見ながら、ゴクリと唾を飲み込む。食事を続ける黒炎は、ピンと立った三角の耳がピクピクと動いて聞き耳を立てている。

「お願いがあるんだ」

普段通りの顔で話の続きを促す様に母親はダスクの目を見る。ダスクはしっかりと目を見返しながら、あの時からずっと考えていた事を伝える。

「6年前の学院長さんの事、覚えてる?」

「ああ、あの時の学院長さんだろ?大怪我してて大変だったね」

「うん、黒炎が見付けた時の血塗れの様子はすごかった」

自分の名前が出てきた黒炎は、耳をピクリと反応させたが、気にしないように水を飲む。

「それで、学院長さんが帰り際に誘ってくれたんだ。

 王都で自分が責任者をしている学院に来ないかって、紹介状も書いてくれたんだよ」

「まぁ、そんな事があったのね……それでお前はどうするんだい?」

再びゴクリと唾を飲んだダスクは、逡巡する様な表情で口を開いたり閉じたりする。それを見た母親は一転して厳しい表情に変えてダスクを見る。

「その程度の気持ちなのかい?何をやるにしてもそんなんじゃやるだけ無駄だよ」

その言葉に、知らずに俯いていた顔が跳ね上がり、その勢いのまま椅子を蹴倒して立ち上がる。奮然とした表情になったダスクは、母親にくってかかる様に声を荒げる。

「そんな事は無いよっ!僕は6年間この為に色々な事をやってきたんだっ!

 父さんの言った通りに鍛えてきたし、仕事もやってお金も結構貯めた。

 遺言だった形見の鎧を自分の物と言えるモノにもしたし、

 それに、それにっ!」

「じゃあ、いいんじゃない?」

「えぇっと、後は、後は……えっ?

 いいの?僕が……僕と黒炎が王都に行っちゃっても」

「ぷっ、あははは、なんて顔してるんだい」

ポカンとした顔で母親の顔を見返すダスクの表情が面白かったのだろう、盛大に笑いながら腹を押さえる母親の様子に呆然とした様子で、ダスクは固まっている。

「ぷぷぷっ」

傍らから聞こえて来た黒炎の笑い声に、ダスクはハッとした様子で我に返ったようである。怒ったような、困ったような、複雑な気分で母親の方へと視線を戻す。

「母さん……ふざけてないで真剣に考えてよ」

「何言ってるんだい、全然ふざけてないよ。

 何かを成そうとするんだったら気持ちで負けてたらだめじゃないか」

「それはそうだけど……」

不満そうな顔で見てくる我が子の様子に、母親は相手を慈しむ様な表情に変える。

「知っていたよ、この6年間、何かの目標に向かって進もうとしているのを。

 あたしは、あんたの母親だよ?それくらい分からなくてどうするんだい」

「っ、だって僕達が居なくなったら母さん一人になっちゃうんだよ?」

「そんなの大丈夫だよ、あたしを誰だと思っているんだい。

 息子の夢に反対する様な肝っ玉の小さい女だと思われたくはないね」

「母さん……」

ダスクは己の視界が歪んでいるのを自覚する。その原因が頬を伝って流れ落ちるのを感じながら、胸中を熱くする感情に、しばらく動く事が出来なかった。

 少し無言の時間が流れた後、ふと(あし)に暖かいものが触れるのを感じる。ダスクが視線を向けると、心配そうにこちらの顔を見上げてくる黒炎の瞳があった。フッと、知らずに止めていた息を吐き、黒炎の頭を撫でてから、気が付いたように頬と目元を拭う。拭い終わった手の下からは、少し赤くなった目と感謝の笑顔が出てきた。

「ありがとう、僕には母さんと黒炎、それに心の中に父さんが居る。

 とても心強い味方がずっと側に居たんだね」

「ほらほら、これから目標に向かって進んでいく男が、小さな子供みたいに泣いているんじゃないよ」

すこし赤くなった目でこちらを見る母親に頷いたダスクの顔は、短い間に少しだけ成長して、大人の顔に近付いたかと錯覚させた。

「母さん、約束するよ。絶対に僕は強くなって、誰かを守れる人間になるって」

「ああ期待しているよ、夢をかなえて戻ってくるのを、父さんと一緒にずっと」

「うん、待ってて」

暖かい空気がその場に満ちている、そう思えるような和やかな時間を過ごす。親子の絆を実感できる貴重な機会を得られたダスクは、益々力が湧いてくる心地であった。

「ちょっと、ボクの事も忘れないでよっ」

完全にのけ者になっていた黒炎が拗ねたふうにダスクの脚を突付いてくる。それを見たダスクと母親は楽しそうに笑い声を上げた。

 そっぽを向いてしまった黒炎に、ダスクは真剣な顔に戻ってから黒炎の傍らにしゃがむと、その首をギュッと抱き締める。ビックリした様子で固まる黒炎に、ダスクは艶やかな毛皮を撫でながら言葉を贈る。

「忘れるはずがないよ、僕達はずっと一緒だから」

瞳を閉じて気持ち良さそうな顔をする黒炎の尻尾は、リラックスした様にゆったりと振られている。

「(そうだよ、一緒に居てくれなきゃ)……約束だから一緒に居てあげるよ」

前半は小さくてほとんど聞こえてなかったが、期待通りの言葉にダスクは嬉しくなって、もう一度ギュッと抱き締め直した。

「ありがとう、頼りにしてるよ、相棒」

その様子を嬉しそうな顔でジッと見ていた母親も黒炎に向けて頷く。

「黒炎、その子の事お願いね」

「ふんっ、しょうがないから任されてあげるよ」

照れ隠しの様な言葉で母親と話す黒炎の尻尾は、その言葉を裏切って、頼られた事を喜び嬉しそうに振られていた。

 ダスクは、仕切り直すように深呼吸を1回してから、改めて席に座り直す。今度は、少し冷めてしまった食事を食べ終えてから続ける事にした。せっかくの料理がもったいないと思ったようである。黒炎は既に食べ終わった食器の前から暖炉の前へ移動して丸くなった。

「それで、いつ出発するつもりなんだい?」

何度かお替りしたスープがダスクの皿の中から無くなるタイミングで、先に食べ終わっていた母親からの問いが来る。スプーンを置き、カップの水を飲み干したダスクは、口元を拭ってから母親へと顔を向ける。

「うん、鎧と装備が出来たから、ちょっと急だとは思ったけど明日出発しようかなと思ってる」

その言葉に、一瞬表情を変えた母親だったが、誰にも気が付かれない程度であった。色々と思う事があるのだろう、余りにも突然の事なので動揺が表に出てしまったのかもしれない。

「ずいぶん急だね、準備は出来ているのかい?」

「うん、少しずつ必要そうな物はまとめていったから」

「そう、忘れ物があったら困るだろうから、ちゃんと確認しておくんだよ」

「わかった、ちゃんとやっとくよ」

嬉しそうに答える息子の様子に、複雑そうな顔の母親は、親の心子知らず、という言葉が頭に浮かんだ。

「そうだ、渡しておく物があったんだ」

「なにかしら」

「これなんだけど、母さんに使って欲しくて」

そう言いながら腰の後ろから取り外したのは、重そうに膨らんだ皮袋であった。ダスクは身を乗り出して母親の目の前に置く。金属のこすれる音と共に、重そうな音がテーブルに響いた。

「これは?」

「中身を見てみてよ、母さんの為に用意したんだ」

首をひねりながら皮袋の口を縛っている皮ひもを解く。皮袋を開いた母親の顔には、ランプの灯りが反射する中身からの照り返しの光が当たっている。皮袋の中身は、銀貨が詰まっており、所々、価値の高い金貨が覗いていた。

「これ……こんな大金どうしたんだい?まさか……」

「待って、待って、別に悪い事をして稼いだんじゃ無いから!」

顔の前で両手を振るダスクの様子に、嘘は言っていないと納得した母親は不思議そうな顔になる。

「じゃあどうやって稼いだんだい?」

「うん、実は魔狼の毛皮を売ったりしたんだ、都会から来た行商人に結構高く売れるんだよ。

 まあ、高価な金貨は珍しく魔皇熊(まおうぐま)を狩れたから、その毛皮のおかげなんだけどね」

「魔皇熊っ!あんた、あんな危険なヤツを狩ったのかい……本当に無茶するねぇ」

今迄見た中で一番驚いた顔になった母親は、心底呆れたようにダスクの顔を見る。魔皇熊はこの辺りでも珍しい獣で、普通の熊の倍以上になる。性質は獰猛で、出会ったら必ず死ぬと言われており、狩りを生業にしている猟師達も避ける獲物である。しかし、その毛皮は美しく、大部分を占める白銀の毛の中で四肢だけが黄金の毛に覆われている見事な物である。好事家には人気のある物なので大金で取引されている。

「それはいいとして、こんなに受け取れないよ。お前達もこれから必要になるだろうし」

「大丈夫だよ、王都までの旅費とか食費は抜いてあるし。

 実際に学院に通う事になったとしても、学院長さんが奨学金を出してくれるらしいからね」

「そうだとしても、お前だって都会の生活なんてした事もないだろう?

 どれくらい必要になるかなんて分からないじゃないか」

「平気だって、必要になってもならなくても向こうで働くと思うから」

「いいからもっと持っていきなさい」

「いいって、母さんが使ってよ」

平行線になった会話に、双方とも引く事をしない、ある意味似た様な親子である。譲り合う両者に、寝ていた黒炎はうるさそうな様子で首を上げると、テーブルの方へと視線を向ける。

「もぅ、何でそんな無駄な言い合いをしてるんだよ」

「無駄じゃないわよ、お前達がこれから村の外で生活していくんだから必要だろ」

「違うよ、母さんだって生活があるんだから必要になるだろっ」

「むぅ、だったら分ければいいじゃん!

 銀貨は半分にするとして、金貨の方はダスクが命懸けで母ちゃんの為に熊倒したんだから、それは受け取らないと駄目でしょ」

「「うぅ」」

折衷案でありながら、説得力のある解決方法を黒炎に言われた二人は、反論も出来ずにただただ黙るのみであった。知性は人間並みに高いとはいえ、動物に言い負かされている人間の様子は、この場面を見ている人が居るならば、とても滑稽であると思っただろう。

「はぁ、そうしましょうかね、まったく頑固なんだから」

「母さん、頑固なのはお互いさまだろ」

相変わらずの二人の様子に、似たもの同士だな、と思いながら首を振り振り再び丸くなる黒炎であった。

 その後は、意見がぶつかる事も無く、順調に会話は進む。明日の天気の事や、昔の事、これからの事について母親と話す。今迄、こういう事を親と話す事が無かったダスクは、新鮮であり、意外と楽しいものだったんだなと実感すると共に、しばらく離れ離れになる事がきっかけではあったが、こういう時間が持てて良かったと思った。

「そろそろお開きにようかね」

「そうだね、明日も早いし」

頷いて立ち上がり、食器をまとめて流しへと運ぶ。洗い物を始めた母親を手伝おうとしたダスクではあったが、母親に止められ、あっちへ行けと手を振られる。

「お前達はさっさと部屋に行きなさい。準備を終わらせて明日に備えるんだよ」

「うん、ありがとう、母さん」

ダスクはそう返事をして洗い物をする母親の背中を見る。その小柄な背中に深々と頭を下げると、暖炉の側で丸まっていた黒炎を連れて部屋へと向かう。

「うにゃ」

寝惚けて変な声を出した黒炎の声を最後に、その場には洗い物の音だけが聞こえていたが、少しして違う音も聞こえてきた。

「うっ、うぅ……」

押し殺したような声が、途切れ途切れに水の音の合間に漏れるが、それを聞いている者は発している本人のみであった。

 ガチャ

部屋に黒炎を入れてから扉を閉めたところで、ダスクは溜息を吐いてからベッドへと移動すると、身体を投げ出すようにしてうつ伏せでベッドに横たわる。

「ふぅ、説得というよりも母さんが察してくれただけだし、何やってるんだろうな」

自嘲的な言葉が口から飛び出す。もっとうまく出来たはずだという不満が言葉の端々から滲んでいる。その様子に、暖炉の種火に口を使って器用に薪を積んでいた黒炎は、呆れたような声でダスクに言う。

「いいじゃん、結果的にはうまくいったんだから」

「ホントにまだまだ駄目だな、僕って奴は」

「そんな事より、明日の準備とか、持ち物の確認とかやらなくていいのかい?」

「いいんだよ、時間をかけて準備してきたんだから大丈夫。

 明日の朝に最終確認だけすれば問題ない……それに、今日はもうやる気が起きないし」

「相変わらずだなあ、キミは」

しばらくすると、パチパチと音を立てながら燃える薪が部屋の中を暖めてくれる。黒煙は気持ち良さそうに暖炉の前で丸くなり、ダスクは布団に潜って顔だけ出して暖炉の方を眺めていた。

「ねえ、黒炎、僕達はうまくやれるかな?」

「分からないよ、こればっかりは実際にやってみないと」

「そうなんだけど、僕達はノースアタロスから離れた事が無い田舎者だろ。

 今までの慣れ親しんだ場所から離れて、王都なんていう都会で生きていけるのかなって」

「大げさだな~、なんとかなるって、ボクも一緒にいるんだし。

 どんな事があってもボク達ならどうにでもなるって」

「そっか、そうだよね、僕達なら大丈夫。今迄も、色々な事を一緒に乗り越えてきたもんな」

「でしょ、とにかくボクについてこいっ!」

「あはは、頼りにしてるよ、ホント」

笑い合いながら双方共に不安を心から追い出そうとする。これはダスクと黒炎が出会ってから続けられてきた習慣の様なものである。こうやって色々な問題と立ち向かってきた。異種族でも心が通い合えば良い相乗効果を生み出す一例であった。

「ホッとしたら眠くなってきたよ、明日の為にさっさと寝ちゃおう」

「そうだね、ボクも眠くなってきたし」

「ありがとう、おやすみ、黒炎」

「おやすみ~」

 不安だったのはダスクと黒炎の両方だった様で、暖かくなった部屋と安心感からか吸い込まれるように睡魔に身を(ゆだ)ねる。あっという間に部屋の中に聞こえる音は、薪の弾ける音とダスク達の安らかな寝息の音だけになっていた。


 チュンチュンチュン

早朝の薄明かりがカーテンから漏れる窓の外からは、目を覚ました小鳥達の鳴く声が聞こえてくる。暖炉の火も種火の大きさになり、冷えた室内ではベッドの上のふくらみだけがモゾモゾと動いていた。

「……むにゃ……」

言葉にならない寝言をつぶやいたダスクは、寒そうに身震いすると、暖かさを求めるように側にあるモノを引き寄せる。寝ている事もあって、少しでも近づける為に手加減抜きでギュッと抱き締めた。

「ふにゃ……っ、イダダダダダッ!

 ちょっ、ちょっと、ヤバイって、出ちゃう、中身が出ちゃうよっ!」

ミシミシと身体中が悲鳴を上げている音を聞きながら、黒炎らしき影はダスクの腕から逃れようと暴れる。悲鳴と一緒に、前足でダスクの顔をバシバシ叩いているうちに限界が近付いてきた。『ボク、もうダメなのかな』、そう思った瞬間に腕が緩んで開放される。荒い呼吸を繰り返す黒炎の姿に、目を覚ましたダスクは不思議そうな顔を向ける。

「ふわぁ、おはよう、黒炎。また僕の布団に入ってきたのかい。

 それにしても、いったいどうしたんだ?グッタリしてそんなに呼吸を荒げちゃって」

「キミがっ……はぁ、もういいよ。潜り込んでいたボクが悪いんだよ、きっと」

「???」

 トンッ

不思議がっているダスクを残して、黒炎はベッドから軽やかに床へと降りる。暴れて乱れた毛並みを直す為に全身を振るうと、サラサラの毛はあっさりと元の艶やかな状態へと戻る。固まった身体を解すように全身を弓のようにして伸びをする様子は、当人ではなくても気持ち良さそうに見えた。

「遅くなったけど、おはよう。早く朝ごはん食べて準備しちゃおうよ」

ベッドから降りたダスクは、両手を上に挙げながら伸びをしていた手を降ろして頷く。

「そうだね、着替えるからちょっと待ってて」

そう言って、手早く寝巻きから普段着に着替えると、扉を開け、黒炎を促して部屋を出る。

 リビングに向かいながら、いつも通りのスープの良い匂いを感じて少し寂しい気分になる。明日からは慣れ親しんだこの匂いが無い場所に居るのだろう。感傷に浸りそうになる気分から逃れるように、軽く首を振ってリビングに入る。

「おはよう、母さん」

「おはよ~」

「おはよう、顔洗ってうがいでもしてきな……黒炎、あんたもだよ」

「えっ、ボクも?……はぁ、わかったよ」

外の水場へと方向転換したダスクとは逆に、暖炉前の定位置に行こうとしていた黒炎は渋々とダスクの後を追いかけて行く。家を出て井戸から水を汲むと、半分は地面の桶に注ぎ、半分はそのまま井戸の石組みの上に置く。触れる水は予想通り冷たく、洗顔やうがいをするとサッパリとして眠気はすっかり無くなった。

「母ちゃん、いつも通りだったね」

器用にうがいっぽい事をした後に、黒炎は桶に顔を突っ込んでから水を振り飛ばす。

「だね、やっぱり母さんは強いや」

手拭いで水気を拭い、深呼吸をして朝の空気を胸一杯に入れる。ダスクは、吐く息と一緒にモヤモヤとした気分も一緒に出ていってくれればいいのに、と思っていた。

 外から戻り、リビングに入ると朝食の準備は既に済んでいた。何事も無く、いつも通りの朝食風景がある。昨晩の出来事はまるで夢だったかのようである。

「今日はどうするんだい?朝食の後すぐに出発しておくかい」

「そうだね、食べ終わったら、持ち物を確認して出発するよ。

 あっ、村を出る前に父さんに挨拶してからにする。報告するのを忘れてた」

「それがいいね、ちゃんと『いってきます』の挨拶をしていきな」

食事を終えて、先に済んでいた黒炎と共に立ち上がる。昨晩に続き、片付けの手伝いは断られてしまったダスクは、笑顔を母親に向ける。黒炎も思うところがあったらしく、ジッと見詰めていた。

「ごちそうさま、美味しかった」

「ごちそうさま~」

これからしばらくは食べれないお袋の味は、気持ちの違いなのか、いつもより美味しかったと感じた。

 部屋に戻り、荷物を検める。日にちをかけてきただけあって、旅をするのには十分な荷物が出来上がっている。黒炎は手持ち無沙汰らしく、暖炉の前で横になってダスクの方を見ていた。

「黒炎、これ作ってみたんだけど、どうかな?」

「ん?なに作ったんだい?」

ダスクが手に持っている物を良く見ようと近付いていくと、それは金属と革等で出来た……何かであった。不思議そうな顔をしている黒炎に痺れを切らしたダスクは、手に持っている物を見やすいように広げた。

「分からないかな、黒炎用の背嚢とか部分鎧とかだよ」

「えっ、それボクの分?重いのは苦手なんだけどな~」

「これから何があるか分からないから必要かと思ってね、

 とりあえず背嚢に予備の保存食くらいは持ってもらおうかと思ったんだ。

 鎧に関しては僕が持っていくから安心してよ」

「それくらいならいっか、せっかく背嚢も黒く染めた革や布を使ってくれてるんだし」

「毛の色に合わせてみたんだ、我ながら良い出来だと思うよ」

自信作なのだろう、ダスクはニコニコしながら製作中のあれこれについて語っている。黒炎は、また始まった、と呆れながら聞いていた。

 持ち物の確認が終わったところで、黒炎に背嚢を背負わせ、鎧と荷物を身に付ける。ダスクと黒炎は無言で部屋の中の物を順に眺める。出発点の光景を目に焼き付けるかのようにゆっくりと。

「さあ、僕達の長い旅を始めよう。笑顔でこの場所に戻って来れる様に頑張ろうな」

「そうだね、大変そうだけどつきあってあげるよ」

頷き合って歩き出し、扉を開ける前に暖炉の火も完全に消しておく。扉を開け、黒炎を促してリビングへ行くと笑顔の母親が待っていた。その手には大きめの包みが持たれている。

「はい、これ、お弁当を持っていきな。飲み物も入ってるからちゃんと食べるんだよ」

「ありがとう、母さん」

兜を外して顔を出し、同じく笑顔で受け取ったダスクは、自分の背嚢に大切そうに入れる。

「気を付けて行っておいで。

 お前達はあたしの大事な息子達だからね、帰ってくる時は一緒に帰ってくるんだよ」

目を少し赤くした母親は、そう言ってダスクは鎧の上から(少々抱き締めにくそうにしていた)、黒炎はしゃがんで目線を合わせて、抱き締める。ダスクは泣き笑いの顔で鎧に涙の雫を落とし、黒炎も珍しく紅く輝く瞳に涙を溜め、別れを噛み締めていた。

 別れの後には新しい出発が待っている。涙を拭い、表情を笑顔に変え、この出発を明るいものとする為に、元気良く玄関へと移動する。扉を開けると今日も空は青く、気持ちの良い一日になりそうだった。

「いってらっしゃい」

優しい声で送り出してくれる母親に応える様に、元気良く始まりの言葉を告げる。

「「いってきます!」」

手を振り合って離れていく。最後まで笑顔で居てくれた母親に、まだまだ勝てないなと思うダスク達であった。


 ガチャ

ダスク達の姿が見えなくなった後、家に入って扉を閉めた母親は抑えていたものが溢れるのを感じる。

「アナタ、あの子達を守ってやって下さい……」

誰も見ていない場所で、亡き夫に祈る姿を見る者は誰も居なかった。


 無言で村の外れまで歩いていく。村の北東の柵の(そば)には、この村で亡くなった人達の墓石が立ち並んでいる。墓石の間を抜けて、一番柵に近い所にウォール家の墓がある。右の墓石、盾の意匠がされた方には祖父と祖母が、左の墓石、交差した(つち)の意匠がされた方には父が葬られている。墓石の周りの雑草を手早く取り除いて、祖父と祖母にも簡単に出発の挨拶をすると、ダスクはジッと父の墓を見詰めた。

「父さん、これが僕の技だよ。まだまだ未熟だと言われそうだけど、これが今の僕なんだ」

両手の装備と鎧を見せるように両手両足を広げる。陽光に照らされて、尚そのままの、くすんだ黒色に光っている。

「しばらく村を離れる事になったから、母さんの事を見守っていて。

 僕の方は大丈夫だから、黒炎が付いて来てくれるし」

「うん、ボクが一緒だから心配ないよ。母ちゃんの事は父ちゃんの役目だからね」

黒炎も思うところがあったのだろう、墓石にポンッとタッチすると尻尾で挨拶するようにゆっくりと振る。それを見て、ダスクも黙祷を捧げた。

「それじゃあ、いってきます、父さん」

「いってきま~す」

一礼をして歩き出す。墓地から中央を貫く東西の道に戻り、西の端にある門へと向かう。早朝なので、まだ人の姿は見られない。出発の挨拶は前もって行ってあるので心配はなかったが、知人の顔を見ずに別れるのは少々寂しいものなんだとダスクは思った。

「おはよう。早いな、とうとう行くのか?」

「おはようございます。はい、いってきます」

門の側に居た守衛に声をかけられる。一人だけでも別れに立ち会ってくれる事が、なんとなく気持ちを楽にしてくれる。一つ頷いた守衛は、すぐに門を開けてダスク達を通してくれた。

「気を付けてな」

「ありがとうございます」

「いってきま~す」

ダスクは頭を下げて手を振り、黒炎は尻尾を大きく振る。少し歩いて、守衛が小さくなってきたところで、黒炎の三角の耳がピクリと動く。何かたくさんの音が後ろから聞こえてきた気がした。

「何か聞こえるよ」

「ん?どこから?」

「後ろ、村の方向からだね」

「後ろ?何だろう?」

そう言って、後ろを振り返ったダスク達の目に思ってもみなかった光景が飛び込んでくる。そこには、ほとんどの村人が集まって、こちらに向かって手を振っていた。

「がんばれよ~」

「身体に気を付けるんだよ~」

「お前の母さんの事は心配するな、みんな村の仲間だから任せておけ~」

「途中で逃げ帰ってきたらしょうちしないぞ~」

「ダスクくん、黒炎ちゃん、がんばって~」

 ・

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村人達からの温かいエールが辺り一面に響き渡る。今迄に無い人々の大きな声に、鳥達は飛び立ち、獣達は森の奥から何事かと様子を窺っている。晴れ渡った青空に応援の声、旅立ちの門出には相応しい光景が目の前にあった。

「みんな……」

「いいやつらだな~」

「そうだな、良い人達だ」

あまり大きくない村だから村人全員と面識がある。だからといって全員と同じ様に親しい訳では無かった。それなのに、ほぼ全員の村人が自分達の見送りに来てくれた事が自然と胸を熱くさせる。

「「いってきま~す!」」

顔を見合わせて頷き合わせたダスク達は、タイミングを合わせて大声で応える。ダスクは目立つ両手の装備を振り、黒炎は大きな尻尾を激しく振る。少しずつ進みながら何度も振り返り、だんだん小さくなっていく村の前、見えなくなるまで村人達は見送ってくれた。

「なんか力をもらったって気がする」

「やる気の足しにはなったんじゃないかな」

「うん、改めてここで誓うよ、絶対に夢をかなえて村に帰るって」

「いいね、ボクも一緒だから、ますますかないそうだね」

温かい気持ちになりながら笑顔で先へと進む。いつの間にか別れの寂しさを忘れている事にも気が付かず、足取りも軽くなっていた。


 ここから先はほとんど行った事の無い場所になっていく。街道に入れば人通りも増え、見知らぬ土地、見知らぬ町、見知らぬ人々が待っている。道は未来へと通じているけれど、それはどんな未来へと導いていくのだろう。ダスクと黒炎は無事に王都へと辿り着けるのだろうか。

楽しんで頂けたでしょうか。続きも早く読んで貰えるように頑張ります。

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