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ファイアボール・キリング  作者: 桜山うす(J.I.A)
第五話 ファイアボール・キリング
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エピローグ

 市場通りを抜けると、人の波が薄くなった。


 連行、といっても、腕はもう離されていた。図書館までの道を、二人は並んで歩いた。夕方の風が、店じまいの匂いを低く運んでいた。


「ねえ」早鐘は、前を向いたまま言った。「さっきの話。ボルダーさんは、平気なの」


「何がっすか」


「タダノフさんの。……自分で壊した、って話」


 ボルダーは、すぐには答えなかった。三歩ぶん、靴の音だけがした。


「法律の上では問題ないけど、そういう話じゃないっすよね。……俺にはタダノフさんの気持ちが分かるっす。早鐘には、大切な人を失った気持ちが分からないんすか」


「わかんないわよ。わたし、みんなより先に死んで異世界転生したんだもの。失うほうは、やったことないの。――けれど、ゴーレムにだって、感情はあるでしょ?」


「ゴーレムに感情はないんすよ、早鐘」覚えた文句を読む速さだった。「本当なら、ゴーレムが意見して止めること自体、起こり得ないことなんす。何かの、不具合だったんす。

 ……けどタダノフさんは、これ以上ゴーレムに止められたくなかったんす。決意が変わらないのなら、最後には結局――立ちはだかるゴーレムを、壊すしかなかったんすよ」


「それって、止められたくなかった、じゃなくて」


 早鐘は、足を止めた。


「――止まっちゃうのが、怖かったんじゃないの」


「……どういうことっすか」


「少なくとも、タダノフさんは、止まってしまいそうになったんだ。――消えてしまった人たちの気持ちは、わからないし。唯一生き残ったゴーレムは、人じゃない。……どっちが正解なのか、わかるはずがないことだもの」


 ボルダーは、立ち止まったまま、何も言わなかった。

 決意が変わらないなら壊すしかなかった、と自分は言った。

 順序が、逆だったのだ。壊さなければ、決意のほうが、変わってしまうから。


「……それでも」声は、少し低くなっていた。「感情は、ないんすよ。人の作ったパンに、感情があるわけないんす。そんなのは、当たり前なんす」


「感情がないなんて、誰が決めたのよ」


「――タダノフさんとか俺は、物の鑑定とかよくしますけど、魔力痕を読んだときに見えるのは、それを作った人なんすよ」ボルダーは、早鐘を見た。「パンを通して、作った人の感情が見える。タダノフさんには、見えてたんす。お父さんが。消えた半島の、人たちが。……だから、止められたくなかったんす。だから――」


 そこで、ボルダーは一度、言葉を切った。切って、自分で拾い直した。


「――だから、やらなきゃならないんすよ」


「何が」


「デピスを蘇らせるってことは、故郷を蘇らせるってことと、同じなんす。そこに違いはないんすよ」


 早鐘は、黙って聞いていた。


「あの人は半島と一緒に、いまの自分を見る目を失くしたんす。半島の人たちが生きてたら、いまのタダノフさんをどう見るか――それを見られる目は、もう、この世にひとつしか残ってないんす。だから蘇らせて、見せるべきっす。あの火がいま、何を守ってるのか。タダノフさんは復讐をやめて、その先に進もうとしてる。その先で見つけたものが、本当に半島の人たちの望んだものなのか、その答え合わせをしないといけない所に、来てるんすよ。――ボノムさんが最後に見たのは、復讐のための黒い火なんす。それきりで終わらせちゃ、だめっす」


 早鐘は、しばらく足元を見ていた。


「……そこは、いいと思う」


 顔を上げた。


「でもね。見せるのって、ボルダーさんが思ってるより、ずっと辛いことだと思うよ」


「え」


「タダノフさんの仕事って、本当は、きれい事ばかりじゃないと思うよ」


「……」


「蘇ったボノムさんは、それを、ぜんぶ見るんだよ。いいことも。そうじゃないのも」


 ボルダーは、答えなかった。


 見せるべきだ、という理屈は、まだ胸の中にあった。

 ただ、その理屈の重さを、量りかねていた。


 二人とも、次の言葉を持たないまま、立っていた。


 頭の上で、鉄の音がした。

 高架を、電車が渡っていくところだった。灯りの点いた窓が、数珠つなぎに流れていく。誰が乗っているのかは、下からは見えなかった。窓明かりだけが、等間隔に、夕方の空を横切っていった。


「明日、何か予定はありますか」


「ダンジョン」


「もうちょっとお洒落なお店に行きませんか」


「奢ってくれるのなら考える」


 音が、遠ざかった。

 高架の向こうに、図書館の丸屋根が見えていた。

 二人は、また歩き出した。


 * * *


 家に着くころには、日が暮れていた。

 木箱を土間に置き、棚の瓶を、全部下ろした。クローブの箱。ナツメグの包み。シナモンの包み。卓に、順に並べた。

 ゴーレムが、台所から出てきた。


「ボノム」


 彼女は、止まった。


 いつもの、整備の姿勢だった。器を焼き直すたび、何十回と繰り返してきた、直立のままの停止。


 タダノフは背の継ぎ目に指をかけ、蓋を開けた。

 蓋の裏に、刻印があった。IG32。


 核は、奥にあった。小さく、鈍く、光っている。

 留め具を、一つずつ外した。



 出所した日、彼は海へ行った。

 故郷のあった海に、入った。

 ファイアボールは、水の中では燃えない。

 彼は、深く沈んだ。



 三つ目の留め具は、固かった。年数のぶんだけ、錆びていた。工具を替え、油を差し、ゆっくり回した。



 底は、暗かった。

 その暗がりの中で、何かが、きらりと光った。

 核だった。

 ――タダノフ様。どうか、ご自愛ください。

 彼は核を掴み、水を蹴った。



 最後の留め具が、外れた。

 両手で受けて、核を抜き出した。手のひらに、ちょうど収まる大きさだった。



 浜に上がって、火を焚いた。

 砂と流木で、不格好な器を焼いた。最初の、パンの器だった。

 核を、収めた。

 それから、二人で、海を見ていた。



 核を、布の上に置いた。

 生地を練り、型に敷いた。

 核を、据えた。


 蜜を、注いだ。瓶を一本ずつ開けて、全部注いだ。十二本と、棚の分の、全部だった。


 三つの包みを開け、振り入れた。三つの香りが、一つに混ざった。


 生地を、閉じた。

 型を窯に入れ、火を入れた。


 小さな火だった。

 彼は窯の前に座り、動かなかった。

 火の音だけが、していた。

 夜が、深くなった。


 * * *


 火が落ちたのは、夜明けだった。

 窯が冷めるまで、さらに待った。


 型を、開けた。

 焼き上がっていた。


 彼は器を立たせた。ほとんど人と変わらない、出で立ちだった。焼きたてのパンの、艶があった。


 朝の光が、土間に入っていた。


 彼女が、目を開けた。

 タダノフを、見た。


 核に、灯がともった。

 彼女が、口を開きかけた。

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