第六章 最終幕
玄之丞はただ青い空を見上げていた。
梅屋の裏手では、藍色の羽織が風に揺れている。
幾多の血と煤に塗れたその布地は、丁寧に洗われて本来の鮮やかな紺青を取り戻していた。
縁側に腰掛け玄之丞は、赤銅の煙管から紫煙をくゆらせていた。
何気なく、胸元に手をやる。
あの若葉色の勾玉はもう無い。
腰に収まる大小——肩車と往反の鍔は、陽の光を浴びて、今は穏やかに……眠っているようだった。
「おい、おっさん! ぼさっとしてないで手伝えよ!」
台所の方から、騒がしい声が響く。
まつりが角を揺らす。
「銀兄も硝之介のオジキも、もうすぐ仕事から帰ってくるんだからさ!」
お椀を両手に抱え、額の汗を拭いながら怒鳴っていた。
「ほら、飯が炊けたよ!」
玄之丞は煙管の灰を落とす。
そしてゆっくりと腰を上げた。
卓に並べられたのは、温かい味噌汁と、塩の振られた焼き魚。
炊きたての真っ白な白米。
箸を取り、湯気をまとったまま口へ運ぶ。
温かさが五臓六腑に染み渡っていく。
玄之丞は一膳目をあっという間に平らげた。
味噌汁を一口すすり、静かに息を吐く。
まつりが不敵に笑いながら、大きなしゃもじを突きつけた。
「ほら、おっさん。……おかわりは?」
玄之丞の手が止まる。
湯気が立つ。
生意気な笑顔を向けられ、しばし、玄之丞は茶碗を見つめる。
「……なんだよ?」
玄之丞は目尻をわずかに緩めた。
「はは、旨そうな匂いだね。」
腹をさすりながら銀二が帰ってきた。
玄之丞は、立ち上がると、しゃもじを手に取り——。
「……ほら。」
と、茶碗によそう。
まつりが茶化すように続ける。
「おっさん、自分も食えよ。おかわりは?」
空になった茶碗を差し出しながら、男は低く答えた。
「ああ。……往反、だ」
木の上から硝之介はその様子を見届けると、屋根の向こうへ姿を消した。
(焼野の月 ——梅屋始末帖—— 完)




