2話 セラとの出会い
初めての夜。
灰色の空は音もなく色を失い、やがて村全体が闇に沈んだ。
「夜の時間だ」と誰かが呟き、鐘の音が低く鳴り響く。
灯りも星も月もない完全な闇。
僕はその暗さに息を呑んだが、村人たちは慌てることもなく、用意された灯火を当たり前のように手にして帰路についた。
(……なんで、こんなに普通にしていられるんだろう)
疑問は胸に残ったが、疲れ切った身体はすぐ眠りを求め、
与えられた部屋の寝台に横たわった。
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翌朝――いや、空の色は変わらないのだから“朝”と言えるかどうかも怪しい。
ただ、鐘の音とともに村が動き出した。
外に出た僕は、手元に木の桶を抱えた村人に声をかけられた。
「新しい人には、仕事を覚えてもらわないとね」
そんな流れで僕が案内されたのは、糸を紡ぐ作業場だった。
そこで彼女に出会った。
「……あら、新しい人?」
振り返った少女は、僕と同じくらいの年頃に見えた。
栗色の髪を後ろでまとめ、穏やかに笑んでいる。
けれど、その物腰は年齢以上に大人びていた。
「私はセラ。ここで糸の仕事を手伝っているの。あなたは……」
「あ、タクミです。昨日、来たばかりで」
「タクミ……ね。よろしく」
微笑む彼女の声は、不思議な安心感を与えた。
初めてこの村で、自分の存在を認めてもらえた気がする。
(……良かった。少しは居場所ができるかもしれない)
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セラは僕に道具の扱いを教えてくれた。
木の糸車に繭をかけ、ゆっくりと紡いでいく。
手本を見せるセラの指はしなやかで、迷いがない。
「慣れないことばかりでしょう? でも、大丈夫。私がいるから」
その言葉は、張りつめていた心を優しく解きほぐした。
ブラック企業で怒鳴られ、追い詰められていた僕にとって、
彼女の存在は救いのように思えた。
けれど。
一瞬、セラの視線が僕の背後を鋭く射抜いた。
「……?」
気づいた時にはもう、彼女は穏やかな笑みを戻していた。
(気のせい、かな……)
自分にそう言い聞かせる。
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休憩の合間、僕は勇気を出して聞いた。
「この村って……変わってるなって思うんです。
空は灰色だし、夜は真っ暗になるし。掟とか石碑とかも……」
セラは少しだけ目を伏せ、そして微笑んだ。
「この村は、役を果たすことが大切なの。
役があれば、誰でも受け入れてもらえる。
あなたも、きっとすぐに見つかるわ」
「役を……果たす?」
「そう。糸を紡ぐ人、畑を耕す人、鐘を鳴らす人……
みんなが役割を持って、笑顔でいること。
それが、この村の一番大切なことなの」
彼女の言葉は優しかった。
けれど、どこか誘導されているような響きもあった。
(……役さえあれば、生きていける?
それって、本当に“自由”なのか……?)
疑問が頭をよぎるが、声には出さなかった。
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作業場を出た帰り道、セラと並んで歩く。
道の両脇では村人たちが糸を紡ぎ、誰もが笑顔を絶やさない。
「見て、みんな楽しそうでしょう?」
セラの微笑みは柔らかい。
僕もつられて笑みを返す。
(……そうだ、ここでなら……新しい人生をやり直せるかもしれない)
そう思った瞬間、ふと空を見上げた。
灰色の空。
どこまでも、色も変化もない虚ろな天。
胸の奥に、言葉にできないざらつきが広がる。
僕の隣で、セラは微笑み続けていた。




