第55話 布教
遅くなりましたが久々の更新です。よろしくお願いします。
「ちょっと待ってくれよ」
レストランから出て一歩目で男子学生に呼び止められたことは、俺にとって大変な驚きであった。ついに俺もおやじ狩り、オタク狩りのターゲットになってしまったかと、悲しみと恐怖と驚きの三重奏に襲われたものだが……深呼吸してあたりを見回し、この学生が一人であること、人通りの多い周囲、見た目を確認すれば彼の用事が物騒なものではないことはわかった。
この学生、運動部なのだろう。肩幅があり、袖から見える手首は太く、顔は日焼けして浅黒い。髪は染めたりしておらず、清潔感のある短いスタイルに整えている。
そういった乱暴な真似をする人間には見えない好青年だ。見た目で判断できないのが人間だが、印象は見た目に引っ張られる。初対面でも話を聞いてやってもいいかな、という気分になるからね。
「何か御用かな」
改めて顔をよく見て、脳みその記憶フォルダから一致する顔を検索。うん、初対面だ。間違いない。学生の知り合いなんてナメクジくん以外じゃ親戚にしかいないから忘れるはずがなし。
「話がしたい。いつもあなたと一緒に食事している女の子のことだ」
「何かあったのか?」
「いやそうじゃなくて……言い直します。話が聞きたい」
なんだよ紛らわしい言い方しやがって。一瞬焦ったじゃないか。
「話ねぇ……立ち話もなんだし中へ。コーヒー代くらいは出そう」
「結構です」
「俺が座りたいんだよ。仕事で疲れてる」
そういって学生君を連れて店の中に戻ると。忘れ物ですか、と聞かれた。そうじゃない、大人一人学生一人と伝えて適当な席に着く。相手は真剣なまなざしで俺のことを見ている。ホモか? いや、ナメクジ君のことで話があるなら違うだろう。とりあえず自分の分のアイスコーヒーを頼んだ。
「多分、勘違いをしている。彼女とはただのゲーム友達で、それ以上の関係ではない」
多分、聞きたいのはそういうことだろうからありのままを伝える。そこまで外れてはないんじゃないかな。
「ただの友達が、二人でカフェに入ってパフェを食べさせあうんですか」
「あれはなぁ……誤解されてもというか。誤解させるために彼女から頼まれたんだ。学校の男に言い寄られてうっとうしいから協力してくれって」
片思いで空回りしている人間に、お前は脈なしだぞ、と伝えるのは残酷かもしれないが、隠したり誤魔化したりするメリットもないし、気を使ってやるほどの仲でもない。また正直にネタバラシをしてやった。
それに、アーンするところを見られたのだし。その程度のことでショックを受けたりしないだろう。むしろこの答えはとらえ方によっては希望にもなる。
許可を得てないのにネタばらしをするのはどうかって? 協力しろとは言われたけど黙ってろとは言われてないからセーフセーフ。なんか言われたらそう答える。
「つまり、あの子とは付き合ってない、ってことか」
「当たり前だろ。サラリーマンと学生の恋愛なんて不純極まる。会社にばれたらえらいことになる」
どれだけプラトニックな関係だと主張しようが、絶対に周りは信じないだろう。バレたら仕事で積み上げてきた信頼が一気にどん底。昇進するより転職するほうが給料アップへの近道になる。
ナメクジ君は確かにかわいいが、ファンメールのこともあるし、異性として見るのは無理だ。せいぜい年の離れた妹くらい。
「だからお節介に、同年代の恋人を作って俺とは会わないように言ったんだが……」
コーヒーと一緒に続きの言葉を飲み込む。これ以上言う必要はない。
「そういうことだから、あきらめずに頑張って口説いてみたまえ」
「やってる。結果につながらないだけで。そもそも口説こうにも話にノッテくれないんだよ」
「ゲーマーだからな。そっち系の話をしたらいいんじゃないか。知らんけど」
人の恋愛事情に口出しできるほど経験豊富ではない。下手したらこの学生君のほうが経験豊富かもしれない。さわやか系イケメン、運動部の引き締まった体。モテない理由がない。
「なんでそんなこと知ってるんだ」
「ゲーム友達だし」
「それはさっき聞いた。知りたいのはどうやって仲良くなったか、きっかけが知りたい」
「そいつはリアルで? ゲームで?」
「現実のほう」
そうかー。現実のほうかー。教えるのはいいんだけど、信じてくれるかどうか……絶対信じてもらえないだろうな。
「雨の日に、傘を忘れて困ってる女の子に傘を渡して立ち去った。紳士として当然の行いをした結果、後日恩返しということで一緒にご飯を食べるようになって……で、いろいろあって。ゲーム友達ってことが発覚して、定期的に一緒にランチをとるようになった」
「……おちょくってんのか?」
「会社に誓って現実だ。彼女に確認してくれてもいい。ああ、これをネタに話ができるじゃんやったね少年」
「馬鹿にされてる気分だ……」
「してない、してない。純粋な心で青春を応援しているのさ」
俺もまだ若いが、昔を懐かしむ気持ちはある。これほど青春らしい青春は送れなかったけど、それだけにまぶしくて、魅力的で、この先を見守りたいという思いに駆られる。
結果が轟沈だろうと、それはそれで面白いからヨシ。成功したら、ナメクジ君がまっとうな方向へ進んだと安心できてヨシ。どちらでもいいのだ。
「……ところで、彼女の遊んでるゲームがなんだか教えてもらえないか」
「BSO、Broken Steel Online」
つづりを紙に書いて渡す。公式HPも見せてやる。もし新規参入となればうれしいことだ。自分の参加している界隈がにぎわうのは良いことだし、新人の加入は寿命の延長・新作にもつながる。教えない理由がない。
「VRゲーム……」
「楽しいぞ。一度体験するともう病みつきになる。ロボットはお好きかな」
「いや……そんなに」
「おめでとう。今日はロボットを好きになった記念日だ。このPVを見てごらん。砂埃の中を突き進む鉄塊、飛び交う砲弾をはじき返す分厚い装甲、激しい爆発と黒煙を突っ切って登場するロボット。これは実際のプレイ映像を編集して作ってあるんだ。現実みたいだろう、これを、自分が乗って動かして再現できるんだ。もちろん、再現以上のこともできる。ロボトの見た目は好きにカスタマイズできる。頭と胴体と手足の四部位で基本フレームを作って、武器と内装を足して自分だけの機体を作り上げて好きに遊べる。戦いを楽しむもよし、眺めて楽しむもよし、荒れ果てた世界を探索するもよし。いろんな楽しみ方ができるんだ。戦闘の相手はプレイヤー同士もあればAI搭載のモブだって居る。PvPに行く前にモブ相手に戦って感覚をつかまないとすぐやられて楽しむどころじゃなくなるから、ある程度慣れてから参戦することを勧めるよ。PvPはバトルロイヤルとチームバトルの二種類で、さらに細かい特殊ルールもあって飽きることはない。アップデートも頻繁にあるし、イベントもこまめにやってる。最近だとアリ退治とか大規模チームデスマッチ。この先もいろいろあるだろう……けど、学生にはいろいろ厳しいかもなぁ」
一人でヒートアップして語りまくって、一人でクールダウン。VR環境を整えようとしたら20諭吉さんくらい必要なんだよな。やってみたい、と思わせておいて、無理じゃん、となったら申し訳ない。反省。でもナメクジ君と仲良くなりたいなら、それ以外に方法は思いつかない。
「何が厳しいんだ」
そんな俺の様子を見て、不審そうな視線が刺さる。店員さんもこっちを見ている。「この前女の子を連れてきてイチャイチャしてたら今度は男の子? まあ不潔。見境がないわね、怖いから近寄らないようにしないと」……そんな内容のひそひそ話をされている気がする。気のせいだろうか。たぶんそう。
「主に、金だよ。ハイスペックなパソコン15万とヘッドセット5万。環境を用意するだけで最低20万はかかる……」
その金額で得られる体験を考えれば安い。だが、学生と社会人の金銭感覚は大体10倍違う。ナメクジ君がそう言っていた。彼にとっての20万は、俺にとっての200万くらい。とてもとても……出せる金額ではないだろう。親にお願いしてポンと出してもらえる金額でもない。
「そんなに!?」
「そんなに。だから学生には厳しいんだ。ごめんな」
「じゃあ、あの子はどうやって……」
「彼女の名誉のために言っておくが、やましいことは何一つないぞ。兄の古いパソコンを譲ってもらったらしい。ヘッドセットは自分で買ったらしいが」
「20万……」
「バイト頑張るか、親に借金するしかないな」
これに関して俺からしてやれることは一切ない。困っている子に傘を譲る。話のついでにコーヒーをおごる。それくらいのことはできるが、パソコンをゆずるほど気前は良くない。アラブの石油王なら20万くらいポンと出せるのかもしれないが。
「そういうことだから、あの子はほかのネタで口説くことだ……それじゃあさようならだ」
ああ……彼もプレイできたなら、ロマンに目覚めたかもしれないのに。金がないというのはもったいないことだなぁ。かわいそうに。
だが俺にはどうすることもできないので、うなだれる彼を放っておいて会計を済ませ、今夜の夕飯の食材を買って帰った。
余談ですが、ノベルアップのHJ大賞2020後期に応募していた本作品が一次選考に入っておりました。更新はその祝い、というわけではないですが。




