第一話、別に?
知らないほうが良い事は、この世の中にはいくらでもある。
だけど、知ってて得する事はその100倍くらいあって、私はその両方をほんの少し掬い取れる。
この細腕に、この小さな手にほんの少しね……
「ぼーっとしちゃって、どうしたの沙耶?」
「別に〜……」
今日は湿度が高いせいか、はたまた、生理になってしまっているからか、頭がぼーっとしていた。同じ高校の友達、佐山真由美、いつも連れ歩く親友であり、幼馴染だ。
あ……ヤバイ。
歩道を今、真由美が左側に私は右側に陣取り並んで歩いている。とても狭い歩道だ。
でも、この配置を代えてあげる事にした。突然制服の裾を引張られ、真由美がきょとんとした顔で私を見ている。真由美を右側に移し、私は左側に移動した。これでいいのだ。
バシャ……
「あー足濡れた〜」
「あぁ、ごめんよ!」
豆腐屋のおじさんが、水巻をしようとした際に、通りがかりの私に気づかずに水を浴びせてきた。当然私の靴下、靴、スカートまで濡れました。
腹は立ちますけど、許します。分かっていたから。
「気にしないで、おじさん、直ぐ乾くから」
「本当にごめんよ〜」
「気をつけてよね、おじさん!」
真由美は怒っていた。うん、本来彼女が怒るべきだから、存分に怒りなさい。
だって、今の水はあなたが浴びるはずだったんだから……
おじさんは、薄い髪の後頭部に手をあてて、何回も罰が悪そうに謝っていた。
振り向いてみる。まだ謝っている……ふ……まだ、ましな方ね。良い人の部類だわ。
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「またね〜」
この交差点で真由美と帰路が分かれる。私は手を振り真由美に笑顔で、再度会うことを誓う。またね〜って言うのは、そういう事なのだ。 だから、どうしたって事は無いけど、人間の縁というものは、こうして繋がっていくのだと常々思っている。ハハ、私って哲学っぽい?
「おかえり〜」
「ただいま〜」
母雅恵と挨拶を交わした。母にして天敵、油断のできない相手だ。
なぜなら……
「テスト返って来たんでしょ? 見せて!」
「は〜い……」
ふー、筒抜けだった……
あんまり勉強していなかったから、もちろん成績はもう最低なのだ。だけど、母はそれほど叱責を飛ばさなかった。母ももちろん、分かっていたから。一度みた面白いドラマを二度目みても感動が薄れるのと同じ事で、この場合の怒りの持続も難しい。うちの家系はね。
「お兄帰ってるんだね」
「お兄ちゃん、今日、学校休んだのよ」
「あら、まぁ」
知らなかった。大抵の事は分かるんだけど、私は母ほどの力は持ち合わせていない。
家族のそれが分かるのは母だけだ。
「お兄、ずっこー!」
ドアを開け広げ、ベッドに寝ている兄啓太に向って、私は言った。どうせ仮病に決まってる。分からないけどね……女の勘、いや、この場合は妹の勘かな……
「ゴホゲホ……沙耶……うるせーよ、ゴホ」
熱で火照った赤い顔で苦しそうに咳き込んでいる。外れたか……山勘はずれ、ちょっと悔しい。それにしても、かわいそうに……ま、普段仮病使いすぎてる罰かもね。ここまで言っちゃ悪いか、反省。
私は反省ついでに、兄にリンゴをむいてあげる事を約束して、部屋を出たけど……
あーーーヤバイ……また私の心の中に置かれた、テレビに映像が映りこんだ。
どうしよう、リンゴ、母に頼もう、ごめんよ、お兄ちゃん。
私は台所に足早に向うと、母にリンゴを兄に持っていってやる事を頼もうと――したら、既にリンゴは赤い皮をそぎ落とされ、4つに分けられ皿に乗っていた。微笑むだけに止める。母も微笑む。いや――それどころじゃない!
「ちょっと行って来ます〜!」
「行ってらっしゃ〜い」
帰ったばかりだって言うのに、また学校行かなきゃならないなんて〜!
私は半べそ掻いて、学校へ向けて勇み足で走る。
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「どうした? 沢渡」
「先生……」
私は肩で息をしながら、職員室へ駆け込んだ。いやもうね、焦ったよ。
「今日提出した私のノート見せてください」
「は? ノート? 英語の課題のか」
猿田先生はちょうど、課題の採点をしていたとこらしい。テーブルに山積みになったノートが積み重なっていた。私はひやひやしながら、自分のノートを探し始めた猿田の手に注意していた。
そして――
「あったぞ……」
「貸して下さい!」
悪いけど、引っ手繰らせてもらいました。
背中を先生に向けて、ノートの間を必死に探ると、やはりありました。
危なかった……これは持ち帰ります。
「先生はいノート]
「どうしたんだ?」
「いえ、お金挟んだままだったんで」
「馬鹿な奴だなぁ、危うく使っちまうだろ? ハハハ」
いや〜、それはまずいでしょ〜、先生冗談になってない……
でも、嘘だからいいよ。さて、帰りますか。




