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銃火のオシナー  作者: べりや
終章 東方大演習
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クワヴァラード 【ケヒス・クワバトラ】【オシナー】

 王都を脱出した余は再び海を経由して東方に帰還した。凱旋のはずの帰り。だが現実は惨めな敗走以外の何物でもない。

 東方一の都であったクワヴァラードに帰り着く事が出来ても、大した感慨も浮かばなかった。



「無事の御帰還、我ら一同心よりお喜び申し上げます」

「バアル、嫌味か?」



 東方辺境総督府から見下ろす街は砲撃による爪痕が荒く、見ている傍から寒々しい思いがした。

 だが、それも悪くは無い。この莫迦な娘の最期の地としてこれほど似つかわしい場所はケプカルトはおろか、世界の果てまで探しても見つからないだろう。



「バアル。今から余の筆頭従者の任を解く。お前は騎士団の残存部隊をまとめて包囲軍に降伏せよ」

「それは承服できません」



 振り返るといかつい顔が「やれやれ」と言いたげに緩んでいた。この男、このような顔を見せるのだな。



「すでに戦局は喫したのだ。余の復讐は、終わった」



 余の復讐は、全て無駄だった。父上はきっと知っておられたのだ。知って、余から王権を取り上げたのだ。

 父上は王の中の王だった。だから余の王位継承権を下げたのだろう。余が王とならぬようにするために。

 それなのに余は独りよがりに復讐を企て、多くの騎士を死地に追いやってしまった。

 父上の忠臣の一人にしてこの地で散ったガウェインは『我らがこの地に散ろうとも、殿下が我らの本懐をなして下さるのなら、我らの犠牲はその時こそ報われるのです!』と余を諭した。


 だが、王領での敗退から起死回生の一打を打てるはずがないのだ。いや、もし奇跡が起きて回天の戦が出来たとしても余はもう王には成りえない。いや、こんな無能が王になってはいけないのだ。

 それにもっと早く気づいていれば余は、全てを無為にしてしまう事もなかったろう。

 父上の想いも、騎士達の本懐も、全て、全て。



「バアル。今度こそ、余は反逆者として現王に首を差し出す。そうだ、うぬが余の首を持参して降伏するのだ。さすれば多少の慈悲くらいかけられるだろう」

「殿下! お待ちください」

「……うぬの忠義、ありがたく思う。だが、ここまでだ。莫迦な小娘に付き合う義理も無かろう。もう、良いのだ」



 もし、バアルでは無くヨスズンが隣に居れば、なんと言ってくれたろうか。

 今思うと、アレは余が謀反を起こす事に反していた。やれ戦力の再編だの増強だのと言って余を諫めてくれていた。だとすると、おそらく父上がくれた歯止めだったのかもしれない。

 そう言えば、余が本格的に謀反の計画を練っていたのはヨスズンが戦死してからだったか。



「いえ、なりませぬ」

「バアル、お前はそこまで聞き分けの無い家臣だと思わなかったぞ。それとも余の手にかかって死にたいか?」

「我らの王は、貴女様以外におりませぬ」

「莫迦を申せ。余は王の器などでは無い。貴族を御する力も無く、民を統べる徳も無い。そんな小娘につき合う義理など無かろう」

「義理ならありましょう。我らは殿下の家臣ですぞ」



 この聞き分けの無い石頭になんと言葉を尽くして分からそうか。それとも、言葉では通じないのか?

 ならば――。



「殿下、身に過ぎた事とは存じますが、あえて申し上げます。殿下はいささか短慮にございます。上手くいかなければすぐに力を行使なされる。そうでありあますな」

「……そうだ」

「では我らは全てをクワバトラ家に捧げている身である事もご存じでしょう。我らはまだ諦めておりません。

 諦めては、本当に全てが無為になるのですぞ。

 ガウェイン殿も、ヨスズン殿も、全ての死が無意味となってしまいますぞ!! それを、それを貴女様は――」

「分かっておる。全て、分かっておる」



 自分の莫迦さを、愚かしさを、余は知っている。故にもう死ぬのは余一人で十分なのだ。



「今まで、生き延びすぎた。余はもっと早くに死んでいるべきであったのだ。王宮で暗殺されていれば良かったのだ。さすれば、皆、皆まだ生きていただろうに……」



 虫のいい話だな。

 全て余の身勝手が生んだ結末では無いか。



「殿下、失礼いたします」



 バアルが一礼したかと思うと、視界の端に何か、鋭い動きが見えた。途端、眼前が白く明滅し、鋭い痛みが頬から脳を揺らした。



「な、なにをする!!」

「申し訳ありません」



 サッと跪くバアルに血の気が上がってくる。腰に吊られた剣に手を添えながら「貴様、何をしたか分かって居るのか!?」と問わずには居られなかった。

 王家の血を引く者に手を上げる意味が――いや、血がけでは意味が無いのだ。余は、すでに王では無いのだから。



「非礼をお詫び申し上げます。ですが、殿下は怒っておられるほうが殿下らしい」

「……なに?」

「それです」



 何を言っているのだ。ヒリヒリとする頬に手を当てたい衝動を噛み殺して睨みつけると「それでこそ、我らの殿下にございます」とバアルは言った。



「短慮であり、いつも不機嫌さを隠さないのが殿下でありましょう」

「貴様、死にたいのか?」

「すでにこの命に未練はございません。いえ、嘘を申しました。一つだけ未練がございます。それは、殿下のご存命にございます」

「余の?」

「畏れながら申し上げます。殿下は復讐を諦めたとおっしゃられましたが、我ら誰一人とて諦めた者などおりませぬ。

 我らが諦めれば、誰がこの古都で勇戦の果てに散って逝った者達の事を語り継げましょう。

 我らは忘れたくは無いのです。それが、我ら東方辺境騎士団の総意にございます。

 貴女様は、我らに火を付けてくれたのです。

 焼尽に帰したこの街で我らを導いて下さったではありませんか。嬉しかったです。

 私はクワヴァラード掃討戦末期に入団した若輩ではありましたが、今でもあの地獄のような戦場を覚えております。

 あの地獄をくぐり抜けた者たち全てが心に脱力感と虚無感が巣くっていました。

 そんな燃え尽きた我らに明日を生きるための明かりを灯してくれたのは、貴女様ではありませんか! 挫けた我らを立たせてくれたではありませんか!!

 それこそ、我らの王に相応しい」



 バカだ。バアルと言う男を余は買いかぶっていたようだ。



「うぬは、大馬鹿だ。こんな小娘につき合うなど正気の沙汰ではない」

「正気を疑うと言うのなら、まずご自身の正気を疑うべきでしょう」



 父上が見たら、きっと余は――いや、わたくしは叱られてしまうのだろうな。

 おそらく東方に近衛騎士団――東方辺境騎士団を使わして戦力の消耗をするよう命じたのも父上なのであろう。

 父上、どうかこの愚かな娘をお許しください。



「馬鹿共には馬鹿な王が必要か」

「その通りにございます」

「……。クワヴァラードを脱出する」

「打って出るのですね」

「フン。最後まで、あがいて見せよう。一分でも可能性があるのなら戦おう。……バアル」



 余の言葉に姿勢を正したバアルが籠手を胸に打ちつける。



「ありがとう」



 この様な救いようのない娘に付き従ってくれて。

 戦しか知らぬ余に仕えてくれて。

 そして共に戦えて。



「余は歴代ケプカルト王家の中でもっとも愚かな娘だが、もっとも優れた臣を得ていたのだな」



 ふと、余の中で張りつめていた糸がゆるんだ。侮蔑するだけの笑みが、意味を変えた。



「……もったいなきお言葉」



 深々と頭を下げたバアルに、胸が詰まった。

 ヨスズン、お前にも、この言葉をかけてやれば良かった。

 もし、共に地獄で会えたなら、そう言ってやろう。



   ◇ ◇ ◇



 久しぶりの東方辺境領。その姿は、思ったより凄惨だった。



「派手にやったもんだな……」



 馬車の窓から見えたクワヴァラードの城壁はひどいの一言につきた。

 ただでさえ数々の戦禍から傷ついてきたそえは、東方連隊の砲撃をもってして止めを刺されたような有様だ。

 その風景を眺めていると、馬車が止まった。目的地にたどり着いたのだ。

 簡単に身だしなみを整えて馬車から降り立つと「(かしら)(なか)ッ!!」の号令がかかった。

 赤い軍服を着た兵士達。誰も彼もが泥と灰で汚れ、顔には披露が浮かんでいる。だが、それでも彼ら、彼女らの瞳に強い物が宿っているようだ。

 そんなみんなに答礼を返して直れの命令が飛ぶ。

 そして、片耳のエルフが列から一歩前に出てきた。



「お帰りなさい、オシナーさん」

「ただいま。ユッタ」



 少し、やつれたかもしれない。

 そんな不安が胸中から喉に出かかるが、その前にユッタが「攻城司令部に案内します」と背を向けた。

 久しぶりのせいか、何を言っていいのやら分からずにその背中に従い、司令部に入る。

 懐かしい紫煙の漂う司令部には、見知った顔が集まっていた。



「おやおや。やっと大将のお出ましですかい。いや、少将殿でしたな」

「そっちももう少将のようなもんじゃ無いですか、スピノラさん」



 嬉しげに煙りを吐き出す元歴戦の傭兵。



「お待ちしておりました。時間はあったので弾薬の備蓄も完璧です」

「苦労をかけるな、メルン」



 我らが輜重参謀たるホビット族は小さな体を伸ばして答えてくれた。



「砲兵は先にやらせてもらってますが、兵達の多くは同族相撃にためらいを覚えております。できればクワヴァラード砲撃はなんとかならんですか?」

「大丈夫だ。ローカニル。策がある」



 アムニスを共に戦った古参兵は不安がるように口ひげをいじっている。



「オシナーさん、あの、怪我の方は良いんですか?」

「心配してくれてありがとう。でも、俺が決着をつけないといけないんだ」



 何度世話になったか分からないエルフの副官。

 みんな、みんな良く俺に付き従ってきてくれた。



「これが最終決戦となる。どうか、どうか俺のわがままにつき合ってほしい」



 すると、司令部の中に急に笑いが漏れた。こっちは真剣なんだぞ。



「今更ですよ、オシナーさん。わたしは貴方のわがままのおかげで、今、こうしていられるんです。

 つき合いますよ。それに、それが副官の仕事でしょう」

「ユッタ……。ありがとう」



 みんなの暖かい視線が、胸の底でマグマのような熱を作ってくれるようだ。



「ありがとう。俺は、様々な理由で戦ってきた。

 東方諸族のために、火器を作った者の責任を取るために、そして俺の武器と作戦によって戦死していった奴らに報いるためにも戦ってきた。十分、戦ってきてくれた。

 その根底にあったのは、誰かを守りたい、平和を守りたいと言う思いだった。

 俺は、自分が成しえなかった事を、東方で、そしてケプカルトで成し遂げたい。

 これが俺のエゴだと言うのは理解している。だが、それでも俺は守るために戦いたい。全てをとは言わない。それでも、俺の手で届く範囲なら、それを守りたい。

 そのために、力を貸してくれ」



 するとスピノラさんは「なーに、今更じゃありませんかい」と言いながらニヤリと笑った。



「もちろん乗りまさぁ。少将が帰ってくる前の定時報告で総督府に冷血姫の将旗が揚がったと聞いています。あの姫君と一戦交えられるなら、軍人冥利につきるってもんです」



 そうか、やはりケヒス姫様は東方に戻ってきていたか。



「それで、策と言うのは?」



 ローカニルが太い腕を組みながらいぶかしげな表情を投げてくる。



「包囲に隙を作って外に誘因して決戦を挑む」

「え? 攻城は?」

「ヨルンの問いももっともだが、ケヒス姫様の事だから、このまま黙って包囲殲滅の憂き目にあうつもりは無いだろう。

 だから予め包囲に穴をあけて敵を誘い出してやれば、あの方は俺達を雌雄を決するために絶対に出て来る」



 すでに攻城の準備を整えてもらっているところ悪いが、このまま攻城戦を行っては恐らく俺たちは負けるだろう。

 あの人なら、こんな包囲の突破など易いはずだ。

 それに、東方辺境騎士団のみが脱出してくれれば兵士達に同族相撃の悲劇を生まずにすむ。



「兵力を集めろ。とくに騎兵戦力は重要だ。あ、コレットの騎兵隊は第一連隊だったか? 他にケンタウロス騎兵は――」

「あの、それなですが、何故か第一連隊から離反と言いますか、何度か東方辺境騎士団以外の戦力を騎士団のバアル様が外に出しているんです」



 ユッタの報告に眉を潜める。

 戦力を減らして特など無いだろうに。



「バアル様は、どうやら東方辺境騎士団のみで戦をするつもりのようです。

 コレット少佐の話ですと、東方諸族を巻き込みたくない、と」

「……そうか。バアル様が」



 まさか破滅を予見して東方諸族を解放した?

 いや、そんなはずはない。だが……。



「分かった。それじゃ、戦力の再編と行こう。ユッタ、説明を頼む」

「了解です。オシナーさん」



 地図に並ぶ駒達。それから起こるであろうケヒス姫様との対決。

 あの人なら、どう動くだろうか。



   ◇ ◇ ◇



 ついに重々しいクワヴァラードの城門が解き放たれる。そこから飛び出す東方辺境騎士団はまさに風のように街道を駆けていく。

 それは予め包囲を解いた箇所であり、東方辺境騎士団でもこれが罠である事など先刻承知だった。それでもケヒス姫様は俺の作戦にのった。

 いや、のってくれたのだろうか?

 だがどちらにしろ賽は投げられた。

 すでにクワヴァラードに残ったホルーマ第二連隊はこの機に攻城を開始する手はずとなっており、残ったフシャス第三連隊は包囲の隙の先――北方の街道に展開して今か、今かと東方辺境騎士団を待ちかまえていた。


いよいよ最終決戦間際。あと三話でエピローグを入れて完結となる予定です。

最後までどうかおつきあいください。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

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