表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銃火のオシナー  作者: べりや
終章 東方大演習
119/126

戦局回転【オシナー】【ケヒス・クワバトラ】

「敵騎兵が来るぞ。総員着剣! 方陣を組め!! 魔法使いが来るまでの時間を稼ぐんだ!」



 予備兵力を召集し、即席の壁を作り出す。

 歩兵対騎兵。

 いくら火器を装備し、改良を加えたと言ってもまだ騎兵突撃(ランス・チャージ)を止められるほどの完成を見てはいない。

 自動撃発式の銃を研究しておくべきだったと後悔を覚えながら俺はケヒス姫様から賜った軍刀と回転式拳銃を引き抜く。

 今や反乱軍の長に収まってる姫からもらった軍刀で指揮を執ると言うのもまた皮肉だな。



「く、フハハ」



 思わず漏れた笑みに周囲の兵がギョッとした顔を俺に向ける。

 そして「少将が笑っている……!」「戦好きの冷血姫の下に仕えておられたのだからな」「これが東方連隊の長か」と噂話をしている。

 だが、それを相手する余裕は無い。

 戦場を迂回してきた騎兵に対してこちらは歩兵の方陣で対抗しなくてはならないのだ。

 一応、この騎士達を撃退できるよう魔法使いをシューアハ様に集めてもらっているが、それまで持つだろうか。その上、保険として騎兵を呼び戻すよう信号ラッパを吹かせたが、戦場の混乱の中からそれを聞きだせるか微妙なところ……。

 後は情けない事だが運を天に任せるしかない。



「くるぞ! 総員構え!」



 (はらわた)のちぎれるような馬脚の音が聞こえてきた。

 整然とした騎兵の横隊が土煙を上げながら迫ってくる。

 冷たい汗と共に顔が恐怖に歪みそうになるのを必死に矯正する。きっと不気味な笑顔なんだろうな、俺。



「狙え!」



 撃鉄が起こされ、タウキナの猟兵達が歯の根を震わせながら引鉄に指をかける。

 殺意のこもったプレッシャーが百メートルも先から迫って来ると言うのに彼らは恐れを殺し、小銃を敵に向けている。よく訓練された兵士だ。



「少将!」



 少尉の階級章をつけた士官が脂汗を流しながら振り向いた。

 俺は少尉に構うことなく騎兵との距離にのみ目をこらす。


 八十メートル……。七十メートル……。


 すでに射程には入っているが、出来るだけ引きつけたい。だが、周囲の兵から「早く!」と言う爆発しそうな緊張が伝わってきて思わず「撃て」の号令をかけたくなるが、まだ我慢。


 六十メートル……。五十メートル……。



「撃て!」



 連続した弾幕が騎兵を襲う。

 弾丸が風切音を残してプレイトメイルを抉り、馬の肉を削ぎ、悲鳴を生む。だがその光景も黒色火薬独特の白煙によってかき消される。

 一瞬だけ再装填させてもう一撃加えようかと悩んだが、これだけで足を止める騎士団では無い。まだ足元から伝わる地響きは生きて居る。



「馬がくるぞ! 方陣に隙間を作るな!! 槍嚢を作れ!!」



 それが一つの生物であるように兵士達は身を寄せあい、槍のカーテンを作り上げる。

 べっとりとした汗が軍刀の柄に流れ、そこに砂塵がくっついて不快感が増す。

 いくら唾を飲み込んでも喉はカラカラに乾いている。

 その時、白煙を裂くように剣を振りかざした騎士が続々と現れだした。



「王国万歳! 第三王姫殿下万歳!」



 鬼気迫る喚声に恐怖が駆け上がる。

 だが、それを押し殺して軍刀を構えた。



「王国万歳! タウキナ万歳!!」



 兵士の誰かが叫んだ。

 それに連れられるように周囲の兵士達が言葉だったり、そうでなかったり、とにかく勇気を奮い起こすように声を上げ始める。


 双方の叫びで張り裂けそうな戦場。


 そして方陣に騎士が飛び込んできた。

 馬上から振るわれる槍が猟兵の首を跳ね上げ、猟兵の銃剣が馬の横腹を抉りとる。

 それでも騎兵突撃(ランス・チャージ)の突破力は衰えず、ついに方陣の一辺が喰い破られた。

 なだれ込んでくる騎士の一人が俺に目をつけ、槍先を俺に向ける。



「東方のオシナー殿とお見受けする! お命頂戴!!」

「そう簡単にやるか!!」



 鋭い突き。それを軍刀で跳ね上げようとして――無理だ。重くて跳ね上がらん!!

 軍刀から力を抜いて馬と接触しないように体を捻った、つもりだったが、右半身が騎士と接触して吹き飛ばされた。

 頭に鈍い痛みが走る。口の中に鉄と泥の味がする。そして耳に聞こえるは兵士の悲鳴と蹄の音。

 早く起き上がらなくてはと思うも頭に火を押し付けられたかのような痛みが走って動けない。

 思わず土と鉄の神様にお祈りを捧げそうになった所で、敵の足音が遠ざかっていった。

 そこで軍刀を杖に起きあがると全身泥まみれ。視界の一部は赤く染まっていて目を開けて居られない。それを拭おうとするも、ぬめっとしたそれは次から次へと溢れてきてきりがない。



「少将! ご無事ですか!?」



 先ほどの少尉だ。彼も無事だったのかと安堵を覚え、周囲に視線を向ける。

 騎士達はすでに方陣を突破し、反転しかかっている。どうやら背後から撃たれるのを警戒して司令部より先に俺たちを潰すつもりのようだ。



「少尉! 兵をまとめろ。方陣を組み直せ」

「わかりました! ですが少将、血が――!」

「気にするな! それより早く兵を動かせ!! 全滅するぞ!!」



 騎兵達も少なくない損害を出しているはずだが、一撃離脱を繰り返されてはいずれこちらが圧し負ける。

 早く友軍の騎兵に援護してもらわなくては――。



「少将! 信号ラッパです!!」

「どこの部隊だ!? どこの部隊が来てくれる!?」



 先ほどの一撃で鼓膜をやられたのか、それとも興奮しすぎて耳がおかしくなったのか、よく聞き取れない。

 それでも少尉は混乱する戦場の中で俺の耳代わりとなってくれた。



「この符丁は……。停戦信号です」

「停戦!? どうして?」



 今、互いに停戦するメリットなど無い。

 もしかして主戦場では決定的な動きがあったのだろうか。

 ケヒス姫様なら負けても勝っても停戦信号を出すような事はしないだろう。あの人ならどちらかが全滅するまで戦うはずだ。

 と、言うことはシブウス様か? だとして、どうして?



「どうしましょうか!?」



 少尉の声に我に返る。とりあえず突出してきた騎兵達に視線を向けると、彼らもどうして良いのか分からないといったようにざわついているようだ。



「まずは方陣を組み直せ。警戒を怠るな。様子を見よう」

「ハッ!」



 それからまた信号ラッパが響きわたった。

 それは王家の来臨を告げるものだった。



   ◇ ◇ ◇



 思わず身を乗り出して敵陣に視線を走らせる。敵も訳が分からないと言う様に三々五々に戦闘を取りやめているようだが……。



「殿下! この停戦信号は――!」

「それは分かっておる。何故の停戦なのか確認を急がせろ」

「御意!」



 遠眼鏡を敵陣に向ける参謀に怒りが湧いてくる。

 あの符丁は確かに王家の来臨を告げるものだ。

 それが戦場に流れたとなれば無視は出来ない。


 しかし、一体誰だ?


 シブウス兄様とアウレーネでは無いはずだ。残る王族はエイウェル兄様のみ。

 だがエイウェル兄様はエルファイエルとの戦争で失脚して体調を崩して王都の郊外で療養中のはず。

 まさか己の復権を掲げて出しゃばってきたか?

 だが、第一王子とは言え大敗の将たるエイウェル兄様が動かせる兵がどれほど残っているものか。

 大局に代わりはない。

 だが――。



「奴ら、まさか我々の浸透攻撃に恐れをなして時間稼ぎでもするつもりでしょうか」



 参謀の一人が顔を歪ませてそう言った。

 先ほどの信号のせいで戦線各地で戦闘が中断。仕切り直しと言ったように各部隊の再編を急がせている。



「王家来臨の知らせだぞ。いくら戦のためとは言え、みだりに使えばそれは王家を侮辱しているのと同義だ。自ら逆臣である事を示す通りもあるまい」

「では、何か不足の動きがあった、と?」



 参謀の疑念を無視して再編を進める隷下の部隊を見やればひどい有様だ。

 この野戦は贔屓目に見ても敗北だ。やはり農民の徴用には無理があた。まず練度が違う。

 それを恐怖で統率した所で質は補えない、か。その上で挺身部隊を以てしての擬似的な浸透戦術をしかけたが、これでは失敗と言って良い。

 だが――。



「もう一戦はちと厳しいな」



 もう一度、前面的な攻撃に出て敵の薄い個所を探すには兵力が不足する。



「では――」

「後詰めの騎士団を前進させよ。いかな弾幕の濃いタウキナと言えど消耗しておろう。確かに火器は画期的な兵器ではあるが、それでも騎兵の優位が崩れた訳では無い。

 忠勇の誉れ高い騎士によって敵陣を蹂躙してやろう」



 これはまだ前哨戦にすぎない。

 切り札は練度の高い王国騎士達だ。

 元々農民の敗北など折り込み済み。そこで浸透戦術が成功すれば御の字と見ていた。

 故に王国の守護者を自負する騎士達に花を持たせてやろう。


 もっとも、その騎士も余と考えを同じくした所で東方再平定では傍観を決め込んだ卑怯者共であり、前王ゲオルグティーレの配下に居たゴミだ。確かに騎兵突撃は有効ではあるが、消耗は必ずする。故にここでタウキナと相打ってもらえば掃除が楽と言うもの。

 それに余が即位した後に行われる軍制改革に旧態とした騎士はいらない。

 必要なのは余に忠を誓う東方辺境騎士団のみで十分なのだ。



「森に潜んでいる騎士達を前進させよ。ただし先ほどのドラゴンの降下の件もある。必要な予備兵力は常に本陣に張り付けておけ」

「御意に!」



 不敵な笑みを残して去る参謀の後ろ姿を見送り、改めて主戦場に視線を戻す。

 どうやら大半の再編は終わりを迎えたようで、兵士達が緊張をこみ上げてくるのを感じるようだ。



「第三王姫殿下!」

「うむ。何事だ?」

「はッ! 部隊の再編が完了致しました。ですが――」



 なるほど。余に奏上出来ぬほどの損害か。

 だが、良い。



「く、フハハ」

「で、殿下――?」

「良い、許す。なに、戦はこれからよ。各部隊に再度の攻勢に備えるよう命を出せ。聞かぬ者はその場で叩き斬るのだ」

「御意に。しかし、よろしいのですか。先ほどの信号ラッパの真意に戸惑っている者もおります」

「なに、苦し紛れの欺瞞であろう」



 王族が現れた所でエイウェル兄様のみ。ならばそれごど粉砕するのみだ。

 こちらは残存の歩兵部隊と各公国騎士団、併せて一万と六千。もっとも歩兵は数を減じているが、まだ魔法使いもいる。

 先ほどの攻勢の報告を早急に集めて敵戦線の薄い所を一点に絞って突破して包囲。

 余にはその作戦を可能にする兵力と、損害を受けても痛くもない兵隊が居る。

 どんなに損害が出てもかまわぬ兵。それをすぐに補給させる制度。

 それらを身につけた余の兵団に勝てるものなどいない。



「勝つのは、余のようだな。く、フハハ!」



 笑いが止まらない。

 タウキナには確かにもう一個師団の兵力が残っているとは言え、この戦は決定的な戦の流れに影響を与えるだろう。

 この会戦に勝利を刻んだ暁には中立を掲げる公国も旗色を決めるはず。

 それにベスウスの魔法使いは補給に難がありすぎる。ここで魔法使いを捕虜にするか、殺す事が出来ればベスウスの戦闘能力を摘み取る事だって出来る。



「殿下! 連合騎士団、ただいま推参致しました」



 ドラゴンの偵察を警戒して夜間のみの移動と森の中への隠蔽を厳重に行ったおかげでおそらくこの部隊は発見されていないだろう。

 恐らくオシナーは本陣でこの五千に及ぶ騎士団を見て対策に頭を痛めているはずだ。



「く、フハハ! 良い! 良いぞ!! 全軍に達する突撃よう――」



 突如として再び信号ラッパが響いた。



「……停戦信号? それに王家の来臨のラッパが再び、だと?」



 その時、敵陣から一騎のドラゴンが飛び立った。

 ノルトランドの小娘の操るドラゴンだ。

 その背にまたがった小柄な影が何か、旗を広げた。



「……王家の紋章に、それに停戦旗――」



 イヤな予感がした。

 非常に、イヤな予感が。



   ◇ ◇ ◇



 その男は周囲をタウキナの歩兵に護衛されながら戦場のど真ん中に現れた。

 不健康そうに痩けた頬。だが、その視線は強固であり、意志の強さを感じさせるしっかりとした青だった。

 その青目の男は双方の軍勢を、双方の軍旗を、双方の空を見渡すと満足したように従者に顎で合図を送る。

 すると従者が拡声の魔法陣を広げ、またある従者が恭しくイチイの杖を男に手渡した。



「ご準備が整いました。はい」



 従者の言葉に男は小さくうなずくと、魔法陣の上に足を置き、静かな、それでもはっきりとした調子で言葉を発した。



「諸君。出迎えご苦労。王の帰還である!!」



 周囲に同様が生まれたのは言うまでもない。

 その男――ケプカルト諸侯国連合王国現王ゲオルグティーレ一世はその動揺を静かに、そして冷ややかに見ていた。



「生きておられた……」



 アウレーネ様の目尻にたまった暖かな滴が頬を流れていく。

 だが、多くはその生還よりも疑問が勝っているに違いない。

 誰もが「どうやって生き残ったのか?」と思っているに違いない。俺もそう思っていた。

 だが、陛下と共に現れた旅装束のエルフが司令部で全ての経緯を語ってくれた。



「あれは、雪解けの近い頃でした。川に水汲みに行ったらお二方が倒れておられて……」



 その旅装束のエルフは徴兵経験者で、西方戦役の際に負傷して除隊した者だった。

 本来であれば人間とかかわり合いを持たない孤高の一族が人間に手を差し伸べたのは自身が亜人差別の為に戦った経験があったからだと言う。



「私は人間の魔法使いに命を助けてもらいました。ですので、私も、と思って救助したのですが、まさか王族の方とは思わず――」



 近衛第一連隊が血眼になって捜索にあたっても見つからなかったその訳はエルフの隠れ里で療養していたからと言うのもうなずける。

 それにアウレーネ様やシブウス様の反応からして影武者などでは無い事は疑いの余地が無い。それにあの宰相閣下の影武者など人格的にそろえられないだろう。



「ですが、戦局が回天しそうです」



 ケヒス姫様がこのクーデターの首謀者である事はもうケプカルト中が知ってる。

 だがそれは現王陛下がお隠れになっていると言う前提条件があったはずだ。現王陛下の生存を聞いて中立を守っている諸侯はこちら側につくだろうし、離反していた公国の中からも帰順の姿勢を見せる者だっているだろう。



「攻勢の準備を整えましょう」

「……はい」



 頬を強引に拭ったアウレーネ様が安堵の色を浮かべているシブウス様に視線を向ける。



「良かろう。準備を進めるように。だが、我は大将を降りよう。父上に軍権をお返しする」

「御意に」



 後は、首謀者ケヒス姫様を捕らえるのみ……。


ちょっと駆け足気味でごめんなさい。


それではご意見、ご感想をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ