激突【オシナー】【ケヒス・クワバトラ】
久しぶりに見たケヒス姫様は相変わらず冷たい微笑を浮かべていた。
この人は変わらない。いや、変われない。
復讐の炎をたぎらせ、無慈悲な嗤いを顔に張り付ける冷血姫は「人は変われない」と西方で言っていた。
そんな冷血姫に向かってシブウス様が吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「久しぶりだな、ケヒス」
「フン。兄上は少し痩せましたか?」
「余計な事を。貴様のせいで満足に肉が食えん。
だが、それは民とて同じだ。お前のせいで民は焼け出され、畑に塩まかれたのだぞ。民の生活を奪っておいて玉座を我が物にしようだと? ハッ! 笑わせる」
「勝利を得るために最小限の犠牲はつきものです。もっとも余が、余の騎士団が東方で民のために戦っている間に飽食を尽くしてきた兄上にはわかりますまい」
痺れるほどの緊迫した会話。そして俺達は確信した。もう互いに『降伏』などと言う文字は存在しないのだと。
それでもシブウス様は形式と言わんばかりに降伏勧告を出す。
「ケヒスよ。我に降伏せよ。貴様に義が無いことは明白だ」
「く、フハハ。義が無い? では余の軍勢はなんなのでしょうか。
余に付き従う血に飢えた兵をご覧ください!
皆、この三年で生まれた王国の歪みなのです。余はそれを正し、あるべき姿に変えるために玉座につきます。義が無いのは果たしてどちらの方なのでしょうか? 悪い事は言いません。兄上こそ降伏なさってはいかがか?」
俺は小さく「シブウス様」とつぶやいた。
もう、これ以上の言葉は不要だろう。
後はもう、殺しあうしか無い。
「フン。うぬも偉くなったな。ドワーフの拾われ子が王族に意見するか」
「ケヒス。俺はお前を絶対に殺す」
「く、フハハ。生意気な奴め。生きている事を後悔させてやる」
短い言葉のやりとりだったが、もう十分だった。
互いに言葉は届かない。
ケヒス姫様の復讐心も、俺の東方を守るという思いも、もう交わる事はない。互いに交わるのは矛だけだ。
「ゆくぞオシナー」
「御意」
互いに背を合わせて去る。言葉は無く、ただ両軍の張りつめた空気の中を歩く。
そして陣地に戻るや、すぐに準備砲撃の命を下した。
「敵は数で勝ります。少しでも砲撃で数を削りましょう。理想としては砲兵の防御を主眼に戦うべきです」
「私もそう思います。それにドラゴンを使って早々に敵砲兵を叩きたいのですが」
「良い許す。シューアハ」
「御前に」と膝をついた老兵にシブウス様はニヤリと不適に笑った。
「我の喉は乾いておる。それを癒すために勝利の美酒を求めるものだ。そちらにそれが献上できようか?」
なんと答えようかと思ったが、俺もアウレーネ様も膝をついて一斉に答えた。
「御意に!」
◇ ◇ ◇
フン。忌々しい肉塊だ。だが、あの豊満に肥えたあの顔も今日が見納め。夜が到来するほどには首が晒されていることだろう。
「歩兵を前進させよ。数の利で攻める。敵の砲兵と魔法使いは強力だ。兵を出し惜しみしていてはその端から戦力を削り取られる。常に歩兵は全力を尽くすのだ。
まずは歩兵で攻めろ。砲兵はその援護。第一騎兵隊と挺身隊、魔法使いはまだ後方で様子見だ」
恐ろしいのはシューアハ率いる魔法使い共だ。
馬に乗れば騎士と変わらん早さで陣地転換出来る砲兵となる。
故に相手も魔法使いの投入は慎重になるはず。
数で劣る奴らは砲兵や魔法使いを使ってこちらの兵力を漸減して決戦と言う作戦を取らざるを得ない。つまりこちらがすり潰されるまえに歩兵同士の混戦に持ち込めるか否かが勝敗を決める事に成る。
とにかくこちらは数の利を生かすのみ。
「ラッパを鳴らせ! 軍鼓を打て! 奴らに我らの戦意を聞かせてやれ。全軍、攻撃開始!」
「御意に!」
高らかな音と共に横隊を組んだ歩兵達が歩き出す。
タウキナのように楽器の音に合わせた歩調が心地よく耳に流れてくる。
軍靴の足音のなんと心を揺さぶる事か。王国劇場で歌劇を鑑賞するより胸が高鳴ると言うものだ。
「敵の砲兵が撃ちました!」
無粋な砲撃だな。
濛々と戦場に突き刺さる砲弾は隊列後方に着弾して濛々と土煙をあげた。
「第二射、きます!」
「通信兵に伝令。歩兵隊に足並みを乱さぬよう念を押させろ」
早々に新設した兵科の出番か。
通信兵は魔法使いより魔力は劣るがある程度魔力を持つ者を選んで任命した。
その任務は『激励』にある。
『勇敢なる兵士諸君! 動じるな! 祖国のために進むのだ。諸君の背後に居るのは誰か!? 愛する者を亜人に蹂躙されても良いのか!? 動じるな! 祖国のために進め!!
また、後退するような亜人主義者はケプカルトに住む権利など無いのである。
亜人を、亜人主義者を討て! 討てよ諸君!!』
勇ましい声が音色に混じる。
以前使った拡声の魔法陣を王都で大量に印刷し、それを兵の後ろに配した。
「フン。急造ではこれが限界か」
士気の維持は勝敗に深く関わる。特に職業軍人では無い農民や商人、スラムに巣くっていた連中等と騎士の胆力とは根本から違う。
その差を埋めるために様々な事を考えさせられた。
「確かにうぬが言った通り火器を持っ民は騎士を殺す。
だが、それを永遠と戦場に押し留めておかねば意味は無いのだ」
「あの、何か?」
不安そうに固まる幕僚。そいつに「なんでも無い」と言い放って遠眼鏡を目に当てる。
足を揺らす着弾の衝撃がついに歩兵を捕らえた。
球状の砲弾が人を肉塊に変えて行く。
「先制は取られたな」
「も、申し訳ありません! ど、どうかお許しを」
砲兵参謀が深々と頭を下げる。その顔に浮かんだ恐怖の色に苛立ちを覚えるが、ここでそれを爆発させる訳には行かない。
「余の砲兵はどうした? 何故撃たん」
「もうじき準備が完了するものと思われます!」
その途端、こちらの野戦重砲も火を噴いた。
砲弾が友軍を飛び越し、敵の頭上に降り注ぐ。まだ命中とは言い難かったが、それでも敵に圧力を加えられるだろう。
「く、フハハ。良いぞ、良いぞ。出し惜しみするな。全力で敵の砲兵を狙え」
「御意!!」
「で、殿下! わ、我が軍の左翼が!!」
鎧姿の騎兵参謀がわなわなと震えている。その指先には発砲を始めた敵の歩兵とパラパラと逃げ出すこちらの歩兵。それでも敵に打撃を与えられたのか、敵の戦列も大いに乱れている。
オシナーの事だ。すぐに予備兵力を投入して穴を埋めようとするだろう。だが、あそこ予備兵力を投入すると言う事はそれ以降の守りが脆弱になると言う事……。
「くそ! なんたる様だ。連鎖的に逃げ出し始めおって……!!」
騎兵参謀の歯ぎしりが聞こえる。だが、これも予定の内と言う物だ。
「良い。おい、騎兵と魔法使いを投入。我が軍の退路を絶て」
崩壊を始めた戦列。だが、その背後に炎の壁が立ち上った。
魔法使い達が逃げ出した兵に火炎の魔法を浴びせているのだ。
それでもその攻撃を解潜った悪運の強い者には騎士が槍や剣で命を奪っていく。
「通信兵に伝令。逃げ出す愚か者共に戦列に戻れと言わせろ」
「御意!」
確かに余は奴らに勝利が掴めるとは思っていなかった。だが逃げ出す弱兵などいらぬ。
余の兵であるなら最期は最前線で倒れるべきなのだ。
それが出来ぬ弱兵など、いらぬ。
「殿下! ドラゴンが!」
「予備の魔法兵を使って撃ち落とさせろ」
いよいよ来たな。
宙に浮かぶ黒点が徐々に大きくなってくる。そしてその胴体に見慣れた馬車が吊られていた。
「クソ。降下龍兵か」
忌々しい。あのエルフ共め。東方に居るうちになんとしても首を刎ねておきたかった。さすれば後方を脅かされるような事も無かったろうに。
それにこのままでは我らの作戦が露呈する恐れもある……。
「おい、第二騎兵隊に伝令。森にドラゴン接近、降下龍兵に注意せよとな。それと本陣の守りを固めるのだ。奴らは二百メートルあれば余を殺せるからな」
忌々しい。あぁ忌々しい、忌々しい。
必ず殺してやる。オシナーも含めてな。
◇ ◇ ◇
司令部の天幕から一歩出て遠眼鏡で戦場を俯瞰する。ちょうど司令部として陣取った丘からは戦場の様子が一望できる。
すでにこちらの右翼――タウキナ第一連隊第三大隊の損害が大となりつつあるようだが、それでも前線を支えている。
それを俺の隣で見ていたアウレーネ様が安堵と緊張の混じった溜息をもらした。
「なんとか持ちこたえられました」
「そのようですね……」
ふと、遠眼鏡の向きを転じて空に向ける。それと同時に歩哨に立っていた兵が「ドラゴン、無事に帰還してきます!」と報告してくれた。
それに思わず安堵してしまう自分がいる。
「法兵の迎撃を受けていると聞いたときは肝が冷えましたね……」
「えぇ。ドラゴンは敵にとって脅威以外の何物でもありませんから」
アウレーネ様の言葉に頷き、遠眼鏡を宙に浮いた黒点に向ける。
ヘルスト様の操るタンニンが悠然とこちらに飛んでくる。行きと違い、荷馬車が投棄されているようだ。きっと迎撃を逃れるために切り捨てたのだろう。
そのまま視線を敵の敵陣に向ける。タウキナ第八大隊と戦闘していた敵右翼部隊の壊走、その後部隊を再編して再度戦場に進出するもの――だと思っていたが、後退する歩兵を敵の魔法使いが炎の壁を作り出して後退を阻んでいる。
その上、騎兵も投入されて戦線離脱する兵に凶刃を振るっているようだ。
「まるで督戦隊だな……。自分達の兵を攻撃させるなんて――」
「伝令! 第八大隊が後退の許可を求めています!」
「後退させろ。代わりに予備の第十六大隊を前進させて右翼の穴を埋めるように。それと法兵に敵法兵の撃滅を急がせろ」
ケヒス姫様は砲兵と法兵を使って後退しようとする自軍に攻撃を加えている。
その上、降下龍兵を警戒して主要な戦力を前線に投入する余力が減るはず。
「今頃、お姉さまは慌てて本陣の守りを固めている頃でしょうね」
「恐らく……。きっとヘルスト様の運んだ馬車の中が空だと思って居ないでしょうから、兵を退くはずです」
そう、ヘルスト様には誰も乗っていない馬車を運んでもらった。
それで降下の動作を行えばケヒス姫様はそれを警戒せずには居られないだろう。
なんたってエルフの浸透戦術をもっとも間近に見た王族なのだから。
もっとも、モニカ支隊を東方から呼び寄せて実際に作戦に組む事も提案されていたが、それはモニカ支隊の合流が間に合いそうになかったので却下された。
「ドラゴン、帰還します!」
無事に舞い戻ってきたヘルスト様が疲れをにじませたように大きなため息をつきながら本陣に来られた。
さすがに敵の奇襲を警戒しての広範囲偵察から敵陣への切り込みと任務の密度の高い彼女にはそろそろ限界が迫っているようだ。
「ヘルスト様!」
「やぁ、やったよ。あいつら、見事に術中にはまった! 痛快な思いだよ」
気丈な言葉に口を思わず閉ざしてしまった。
彼女には無理をさせたくはないが、それでもこの戦を勝利に導くには彼女無しには無しえない。
俺は静かに頭を下げて天幕へヘルスト様を招いた。
そこで待っていたシブウス様やシューアハ様と言った首脳部は「ご苦労であった」と口にしながらテーブルに広げられた地図に視線を向ける。
それに合わせてヘルスト様は指で地図をさしながら戦況を教えてくれた。
「敵の予備兵力は大したことはなさそうです。
敵主力はすでに前線に投入されているようです。敵右翼の壊滅により、他の戦線も徐々にですが後退の兆しを示していました。
ですが、友軍同志の戦闘を見てか、そのまま壊走するかは疑問です。
それと森の中にも伏兵がいるようでしたが、敵の攻撃がすさまじくて詳細はつかめませんでした」
すでに戦局はこちらに傾きつつある、か。
「なるほどな。シューアハ! 敵の歩兵は限界だろう。打って出て雌雄を決そうでは無いか」
「確かに我が軍に流れが生まれたようですが、相手は冷血姫。何をしてくるか判断がつきませぬ。
しからばオシナー殿のご意見をお聞きしたい」
地図に目を通しながら「シブウス様の作戦で大丈夫だと思います」と答える。
森の中の伏兵は気になるが、それでも敵本体はすでに壊走の体だ。それを無理やり督戦隊で引き留めているのならこちらが打って出れば少なくとも前面の敵は粉砕できるだろう。
「よし、ではラッパを鳴らすのだ! ケヒスに引導を渡してくれる!! 全部隊、攻撃開始!!」
大公国軍の各部隊に突撃の号令がかかる。
準備砲撃が終わり、騎兵を先頭に歩兵が追随していく。
敵の歩兵は自軍の騎兵と我らの騎兵の挟撃を受ける形となり、逃げ場を失った多くの将兵が戦闘を放り投げてしまう。
そこに銃剣を光らせた歩兵が突撃し、いよいよ敵歩兵は統率が取れなくなる。中には部隊単位で投降する者も出る始末。だが、戦力数で勝る敵軍の抵抗は凄まじく、中には突出した騎兵を包囲して殲滅する光景も見えた。
混沌の広がる戦場にはすでに収拾をつけることが困難になりつつある。
「さらに予備兵力を投入する事は出来ないでしょうか?」
「これ以上はさすがに……」
司令部の地図に残った駒を見つめながら呟かれたアウレーネ様の言葉に顔をしかめる。
確かにシブウス様は全部隊を以てしての攻勢を命じられたが、それでも少数の予備兵力を残しておかなければ心もとないと言う物。
だが、予備兵力を投入し、戦線を一気にこじ開けると言う手も悪くは無いかもしれない。
「伝令! 伝令!!」
「何事だ?」
司令部に飛び込んできた青軍服の伝令は「敵騎兵! 右翼の兵を迂回して突撃してきます!」と息つく暇なく叫んだ。
「な!?」
「敵騎兵は我が軍右翼を寡兵で突破しつつあります! 今までの敗走を止めるような行動では無く、一気呵成に突撃してきています!」
右翼は先ほど予備兵力を投入して戦力が手薄になっている。
我が軍の中でももっとも脆弱な個所に食いついてきた!
「やれた! 浸透戦術のつもりか!?」
「どういう事です?」
アウレーネ様に「敵全戦力を投じて戦線の薄い個所を探していたんです!」と早口に言う。
その一点を機動力の高い騎兵で急襲し、戦線に穴を開けるつもりだ。
「シューアハ! おるか!」
「御前に」
敵の戦線突破にこちらも慌ててその対応にあたり出す。
だが、後方に残る戦力は砲兵と魔法使いと予備戦力の歩兵のみ。
確かにこれらの火力は劣性を覆すほどの力を持つが、それは歩兵と言う壁があってこそだ。
本来であれば敵の騎兵突撃を歩兵の密集陣型で受け止め、砲兵で敵の密集陣型を粉砕して友軍の騎兵突撃を支援する。
それらは密接に協力しあう事で絶大な戦力となりうるのだが、それが偏ってしまえば機能不全を起こしてしまう。
「シューアハ様! 魔法使いを集めて何か、壁のような物は作れませんか? もしくは深い堀を作るとか、なにか時間を稼げるような野戦築城を」
「いや、無理ですな。そんな大魔術を行使する時間が無い。代わりに魔法使いを集めて直接攻撃を行おうと思います。ただ、万が一の事が――」
シューアハ様の視線が大公国軍総大将に向けられる。
その向けられた本人は「どういう意味だ?」と目つきを険しくする。
「ヘルスト様! シブウス様をドラゴンに乗せて待避してください!」
「だ、だが!?」
「万が一があれば王位継承権をケヒスが握る事になります。そうなればこの戦に意味を持てなくなります! どうか、どうかご待避を」
「バカか! 飯と戦はイスに座ってそれが終わるまで動かぬものだ。たとえそれが負け戦であろうともな。
そもそも総大将が逃げ腰でどうする。それにシューアハの魔法使いは二度と破れん。そうであろう」
肝が座っているのか、それともシューアハ様を信頼しているのか。
それでも準備だけでも整えなければ。
俺はこっそりヘルスト様に耳打ちする。
「あの、もしもの時は――」
「だが、それだとオシナーが――」
俺?
パチクリと余裕も無いはずなのに俺はゆっくりと瞬きをした。いや、させられた。
いや、どうして俺が――。
「オシナー! 自分は、自分は君がこの世界から居なくなるのがイヤなんだ」
唯一、互いに前世の記憶を持つ者同士。
確かに多くの仲間が出来た。戦友も出来た。守りたい人も出来た。
だが、それでも彼女とは唯一、前世を知る仲間であり、互いにこの世界で同じ秘密を共有しあう仲だ。
「それでも、もしもの時は俺に構わないように」
「オシナー!」
その声に無理矢理、背を向け、俺は歩きだした。
唯一の存在であるが故に、こんな所で死なせたく無かった。
だから俺は突き放すように、背を向けた。
明日は所用があるので自動投稿にしようと思います。
投稿時刻は12時! どうかよろしくお願いいたします。
ご意見ご感想をお待ちしています。




