第二次南タウキナ会戦
ケプカルト諸侯国連合王国勢力図
戦局は微妙の一言につきる。
ベスウス・タウキナ連合軍が無事にタウキナの公都シブイヤを解放したは良いのだが、シペル・アマルス連合騎士団は依然と南タウキナを占領しており、撤退したとは言えクレム公国の残存兵力を見れば迂闊に攻勢に出れないでいた。つまり次の手が中々決まらないのである。そのため大公国軍司令部では日夜あーでも無い、こーでも無いと作戦会議が続いていた。
「ここは南タウキナ解放を主眼に置いて頂きたいのですが――」
「バカをぬかせ。我がクレム公だったらその隙に再度シブイヤを包囲するわ! クレム公国を攻略してからでなければ無理だ」
「ですが、そうすると南タウキナ奪還時の戦力が不足するのでは?」
「仕方あるまい。とにかくベスウスはクレム公国を占領してからで無ければ攻勢に出れん」
元第四王姫と第二王子の問答もこれまで幾度と繰り返されていた。
アウレーネ様は王都の奪還――このクーデターの首謀者であるケヒス姫様を押さえる事を主張するのだが、シブウス様は兵力の問題からそれを一蹴する。
それもそのはず。
タウキナとベスウスと大公国は反クーデター派であるのだが、その周辺の公国はケヒス姫様の根回しのせいかほとんどがクーデター派に回ってしまっている。
いかな二大大公国とて戦力不足が否め無い。
「やはり、どこかで一大決戦を相手に強いるべきですね」
地図に指を這わせながらその決戦の地を探すが、中々その場所は決まらない。
「オシナー殿、決戦は良いが東方はどうなのだ? 依然、クワアラード奪還の報が入らないのだが」
ベスウス大公シューアハ様が杖を肩に掛けなおしながら口を開く。要は他の公国と決戦を行うにあたって東方に展開している戦力を転戦させろと言う事なのだろうが……。
残念ながら東方は東方で戦力不足からクワヴァラードの包囲を固めるだけで手いっぱい。そこからさらに戦力を抽出してこっちの戦線に送り込む余裕などある訳無い。
強いて言うならモニカ支隊を派遣する事くらいだが。
「東方も芳しくありません。西方戦役の時もそうでしたが、同族相撃を嫌って東方各連隊は士気が落ちているとクワヴァラード包囲軍指令官のスピノラさんから報告を受けています。その上、クワヴァラードを包囲する二個連隊だけでは戦力が足りていません。
今後の事を考えれば東方の戦力をここで消耗させる訳にはいかないとスピノラさんは考えているようですが……。
ですが、それより気になるのは王都での政変です」
ケヒス姫様は亜人解放を端に生まれた失業者達をまとめ、彼らの不満の矛先を東方諸族に向ける事に成功したと言う。
それに現王様の諸政策を良く想わない反亜人派貴族と反軍制改革派、そして前王派の王姫が実権を得た事で貴族が息を吹き返して王宮の勢力図が描き変わってしまったらしい。
元々ケプカルトは『亜人』の脅威に対抗するための連合王国であり、『亜人』を認める事は初代ケプカルト王への裏切りであると批判が亜人解放の際にあったと言う。
ケプカルトにとって東方諸族が同じ友となった時間よりも圧倒的に敵であった時間が永いと言う歴史が『亜人』への恨みを増長させ、こうして燃え上がったのだ。
「それと、西方辺境領の事でノルトランドは身動きがとれません。東方とノルトランドは戦力として数えない方が良いと思います」
この政変に乗ずる形でエルファイエルが西方辺境領に攻勢をかけ、西方都ガザと目と鼻の先まで近づいていると昨日着たノルトランドの使者が言っていた。
そのせいでノルトランドはこのクーデター鎮圧に加わる余裕が無い。
まあ、ヘルスト様を連れ戻されなかっただけでも有り難いと思わなくてはいけないのだろう。
「ケヒスの事だ。ノルトランドが参戦しないよう西方蛮族に謀反の情報を流したのだろう」
「確かに、ケヒスならやりかねませんね」
「それとオシナー。貴様、アレは謀反を起こしたとは言っても王族に代わりはないのだぞ。いくら憎くてもその発言は不敬罪に問われても文句は言えまい」
「し、失礼しまいた」
どうもケヒス姫様に拘束されたあの時からケヒス姫様に対する何かが壊れてしまったのだろう。
だから俺はあの人を呼び捨てで呼ぶ。
だが、シブウス様のおっしゃる通りだ。改まった場では注意しなければ、不敬罪で捕まりかねない。気をつけよう。
「とにかく、攻勢の準備をしなければなりますまい。雪解けも過ぎ、もうすぐ種まきの季節、それにもうしばらくすれば冬撒きの麦の借り入れ……。農民共は畑に想いを馳せて戦どころではなくなります」
「シューアハの言うとおりだ。良いかアウレーネ。この連合軍の最高指令官は我ぞ。
王都を見据えた戦も考えねばならぬがまずは目先の敵を片づけ無くてはならぬ。特にタウキナは三方をクーデター派に囲まれておる。まずはこの包囲を打ち破らねばならぬな」
シブウス様の懸念ももっともだ。
だが、時を与えてはケヒス姫様に利を与えてしまう。
きっと、ケヒス姫様なら大公国周辺の公国で足止めをしつつ王都周辺の民を徴兵していくつもの連隊を作るだろう。
黄金の時間を使い戦力を増強して大公国に対抗しようとするだろう。
「シブウス様のおっしゃる事ももっともですが、守りに回るのは得策では無いと思います」
「なら、どうするのだ?」
「決戦を誘因すべきです。一大兵力を集結させ、決戦を誘うのです」
一大会戦で勝負を決める。
そうやってクーデター派に打撃を与え、戦意を挫く。
問題としてはこれが諸刃の剣と言うことだ。
もし攻勢に失敗すれば目も当てられない。
「そのため、各国から総戦力を投入しなければなりません。特にベスウスの魔法使いはこの作戦の要となるでしょう」
「オシナー殿の協力を惜しむ気は無いが、こちらはタウキナ継承戦争において魔法使いを一度に失った経験がある。それにクレム公国と国境を接しているのはタウキナだけでは無く、我がベスウスもである。本国の守りを手薄にする事は出来ぬ」
モニカ支隊の奇襲攻撃でシューアハ様は有望な魔法使いを失い、そして息子を失った。
そのため全戦力の投入をベスウスは嫌っている。これを身から出た錆と言うのだろうか?
「ですが、攻勢には反対されないのですね?
では作戦方針としてはクーデター軍に対して決戦を誘因し、一撃を以て敵に打撃を与えて継戦能力を奪う、でよろしいですか?」
「うむ。まずは手近な公国を攻撃して盤石な後方を確立したい」
「なるほど。ではクレム公国の占領が必要不可欠ですね。他の公国は今の所は中立を守っているようですし、こちらが優勢となり次第合流してくるやもしれません。まぁ逆もしかりですが……」
「わかっておるわ! シューアハ。手配をせい」
「御意」
反転攻勢に出た反乱鎮圧軍はまず、ベスウス騎士団の本隊がクレム公国を攻撃し、即座の国境を突破した。
クーデター軍はその救援に向かうためか南タウキナから前進を開始し、再びシブイヤに迫ろうと動きだす。それを迎撃する形でタウキナ・ベスウス連合軍も南下し、決戦の機運が高まって来た。
「よくあれだけの戦力を集めたな……」
ケヒス姫様から下賜された遠眼鏡で眼下の敵を観察する。
「オシナー! そろそろ本陣に帰ろう」
ドラゴンの羽ばたきに負けない声でヘルスト様が叫んだ。それに頷きつつ、名残惜しげに敵陣に視線を投げかける。
本来であればヘルスト様は近衛第一連隊として東方での現王陛下捜索に当たるはずだったのだが、急遽こちらに呼んだ。もっとも緊迫する西方辺境領にドラゴンが引き抜かれなくて良かった。
そのおかげでこうして敵情をつぶさに観察出来た。
それにしてもこの時期の上空は寒いの一言につきる。
こうしてヘルスト様の背中に抱きつくようにしているのはタンニンに振り落とされないためと言うものあったが、ヘルスト様が「その方が暖かい」と言ってくれたからだ。断じてやましい気持ちは無い。やらしい気持ちならあるが、それは絶対に心の内に秘めておこうと思っている。
「すごいな。ケプカルト公国のほとんどが集まってるんじゃないのか?」
元々、この決戦を誘因するためにタウキナは大々的な退役軍人の再召集を行い、その規模を二個師団と一個連隊ほどまでに増加させ、初戦やシブイヤ解囲戦で失った兵力を取り戻した形になった(むしろ初戦の時より戦力が増えている)。
それに呼応してクーデター派の貴族達が義勇軍と名うってケプカルト十三公国のうち七カ国が兵を連ねた。少なく見積もっても二万は集まっているように思える。
「タウキナ・ベスウス連合軍がおよそ二万と五千……。僅差ではあるけど、数的有利はこちらにあり、か」
「オシナー少将はどんな作戦を考えているんですか?」
ヘルスト様の口調は学校で分からない事を聞く生徒のそれだった。ま、あながち間違った関係では無いのだけど。
「ヘルスト中尉の考えを先に述べるように」
「うへ、まさかタンニンの背中で講義を受けるとは思わなかったな」と良いながらもヘルスト様はゴーグルの下の目を細める。
「数的にこちらが有利なのだし、砲兵火力に至っては断然こちらが上……。対してクーデター派は騎兵戦力がこちらを上回っているだろうし、それに東方から輸入した螺旋式小銃を多数配備してるだろうから、ある意味、防衛戦闘に徹した方が良いのかな」
「ま、そんな感じで」
だが騎兵の機動力が脅威である事に違いは無い。それに敵はタウキナの安価な小銃では無く東方産の高価な長射程小銃を配備しているから歩兵はリーチで負けてしまう。
だったらそれらをまとめて粉砕する砲兵を頼りに作戦を考えるしかない。
「理想的な戦術としては砲兵を守るように各部隊を配置して敵の攻撃から砲兵を守り、一発でも多くの砲弾を敵陣にたたき込む感じですね」
「えげつないな。でも、この戦が終わっても、終わりじゃ無いんだよね」
一度の会戦で勝敗のつく戦争もあるが、今回はそうはならない。
俺たちは王都を手中に納めたケヒス姫様と戦わなくてはいけないのだから。
「俺は、ケヒス姫様と戦うのか」
我ながらにその光景が想像出来なかった。
裏切られ、処刑されそうになったのにケヒス姫様と対峙する俺の姿を想像出来なかった。
「怖いのかい、オシナー?」
「……分かりません」
恐怖と言う感情とは違うと思う。
だが、何故かあの人と戦いたくないような、そんな気がしてしまうのだ。
「オシナー。君は冷血姫と戦うべきだと、自分は思うよ」
「どうして……?」
いや、聞くまでもない、か。
俺があの人に牙を与えたのだから。俺があの人を止められなかったのだから。
ヨスズンさんだったら、もっと上手くやれるのだろうけど。
「ヘルスト様の言うとおり、俺がやらなくてはいけないんですよね」
迷う必要は無い。あの人の従者だった俺こそが止めなくてはならない。
だから、まずはこの一戦を勝利しなくてはならない。
すでに敵は戦列を整えつつある。
「すぐに司令部に引き返してください」
「了解です、少将」
タンニンはグングンスピードを上げ、自軍の図上をフライパスする。「ヘルスト様、戦列の上を旋回して頂けますか?」と問えば「構わないさ」とタンニンの進行方向が変わった。こういう細やかな事が士気を高揚させるのなら、十分やる必要がある。だがすぐに後悔した。
そしてタンニン動きに俺の体がついていけない。そのせいで急激な過重がかかった時に視界がブラックアウトしそうになった。瞬間、何か、脳裏に見慣れない風景がよぎる。
鉄の室内、緑と薄い茶色のまだら、黒いライフル。そこの室内の両脇は大きく開いており、高速で景色が流れていく。
その光景に脳が処理能力の限界を感じ、少しだけ気分が悪くなった。久々のこの感覚だが、どうも前世の出来事がフラッシュバックしたようだ。
「大丈夫かい、オシナー?」
「えぇ。なんか、慣れていないせいか、旋回ってキツいんですね」
その言葉にカラカラ笑い声をたてるヘルスト様。
すると急にタンニンが急上昇に転じた。からかうにもほどがががが――。
「落ちる! 落ちるってヘルスト様!!」
「あはは、大丈夫、だいじょ――。って、どこつかんでるの!?」
近衛連隊の採用している茶色い外套越しでも分かる双丘が柔らかかか――。
死ぬ。
タンニンの鞍に取り付けられた安全紐がいつになく頼りない。
「オシナー、放して! その手をはな、あぁん」
「死ぬ、死ぬってヘルスト様!!」
二人の混乱を「おまえ等何やってんの?」とでも言いたげな鳴き声を出したタンニンが水平飛行に移る。
ユッタがドラゴンに乗る事を拒否する訳だ。
「ま、まったく。確かにオシナーはこの世界の唯一無二の友であるけど、自分は大公の娘なんだよ。その娘の自慢の胸を掴むとか――」
「でもユッタの方が大きかったような――。あ、待ってください。取り消します。
何も、何も言っていませんから。それより司令部に急ぎましょう、そうしましょう」
タンニンが着地した時、俺は鉄と土の神様に祈りを捧げずには居られなかった。
(次話のストックは)ないです。
そのかわり戦後のファンタジーが七万字を越えたので近々投稿しようと思います。
ストーリーは異世界で魔王との闘いが終わった後の世界でランボーのように戦争を引きずっている勇者がなんかするお話です。
それではご意見、ご感想をお待ちしております。




