零式艦上戦闘機へタイムスリップ
西暦2024年3月7日
今日は俺の誕生日だ。今年で満66歳になる。月日の経つのは早いものであっという間にこの歳だ。別に誕生日だからといって何がどうということは無い。今日は家でのんびりとワインでも飲もう。フランス、ブルゴーニュのピノ・ノアール、この日のためにネットでピノセット6本入りで買っておいたのだ、ペルチェ素子を使ったワインセラーに入れて保存しているもののうちの一本である。1997年物なのでそこそこに美味い。リビングのLEDライトに薄赤色の液体が揺らめいている。ピノ独特のやわらかいタンニンが鼻腔をくすぐりベリー系のフルーティな味わいが心を安らげてくれる。
色々あったなあ、、、、、人生を振り返るにはまだ早いとは思うがそれなりに生きたと思う。
俺の名は仲川一登 いつの間にか66年も生きたという思いが今さらのように、何か込み上げてくるものがあった。
テーブルの側面にはパソコンデスクがあり、俺はワイングラスをつかむとパソコンデスクの前まで行き専用の椅子に座る。ワインをグルグルと掻き回しルビー色の液体を眺めながらピノ独特の足の滴りをぼんやりと観察した。一口、二口
ちびちびと味わいながらワインを口に含む。
グラスをパソコンデスクにゆっくりおろし、とりあえずiマックの電源を立ち上げグーグルクロムを開きyoutubeを見る。
何やら見た事のない、チャンネルになぜか目を引かれた。タイトルに『ゼロの夢』とある、なんだろう?
俺は、ブルゴーニュ型のワイングラスに注がれたピノをまた一口グッっと飲むと、動画をクリックした。
動画は、何もない空の映像から、画面の真ん中に小さく何かが点のように写っている。そしてそれはだんだんと大きくなり
そして一機の飛行機だとわかった。それはぐんぐんと近ずいてくる。画面の中心から突然上昇して、お腹を見せた。そして宙返り、左に捻りながら反転機体を真横に向ける、お腹は灰色、翼面には日の丸、水平飛行に移った機体の色は濃いい緑だった。
第二次世界大戦に投入された零式艦上戦闘機、通称ゼロである。翼の形からおそらく21型だろう。翼幅12m全長9.05m,全高3.509m 栄12型エンジンは950馬力、引き込み脚、可変ピッチプロペラを装備し航続距離は3000kmにも及ぶ。
20mm機関砲を両翼に装備し7.7mm機銃をプロペラの回転同期によりエンジン下部から発射する。当時の技術でこの諸元は実に驚くべきものがある。
動画の零戦が反転するとその先には、数十機の見知らぬ戦闘機らしきものがいた。そして零戦の横には、これまた数十機の零戦がいる。
前方の戦闘機は零戦を見ると、たちまち攻撃態勢に入ったらしく、零戦めがけて突入してきた。
一斉に零戦は散開する、前方の戦闘機から機銃が発射されるが零戦はそれをかわしながら、急上昇したり、横転したり、下降しながら反転している。
敵はどうやら20機あまり、こちらの零戦は10機ぐらいだった。
零戦は果敢に反撃を始めた。凄い空中戦だ。敵の戦闘機が、次々に炎上していく。零戦のパイロットの腕はかなりのもののようだった。敵の機銃掃射を見事にかいくぐり、一機、二機と数を減らしていく、しかし、そのうち、味方の零戦にも被害がではじめた。宙返りで機銃を交わしていた一機の零戦の横から、3機の敵戦闘機が襲い掛かり機銃を雨霰と降り注ぐ、そして被弾、零戦はガクンと横転しながら、急降下を始めた。どうやら運悪く一発の弾丸が風貌を突き破って、零戦のパイロットを襲ったようだった。
零戦は下降を始めていた。どんどんと急降下してゆく零戦は、高度300メートルあたりで、水平飛行に切り替わりフラフラと海上を飛んでいる。
左前方に小さな島がある。どうやらあの島を目指しているようだった。
そして画面はいきなり零戦操縦席からと思われる位置からのものになり、前方の島を映し出していた。
島はぐんぐんと近付きそしてわずかに開けた草原へと不時着した。
なんともリアルな映像に俺が感心していると、急にガクンと大きな衝撃が体を襲った。
さっきまでリビングでワインを飲んでいたはずの俺の目の前には無数の計器が並びパタパタと止まりかけているプロペラが写っていた。一体なんなのだ。そしてそれとともに右肩に強烈な痛みを感じた。
あまりの痛さに痛みの場所に目を向けると俺の右肩から真っ赤な血が流れているではないか。いったいどういう事なのかさっぱりわからない、本当に最悪だった。さっきのyoutubeの映像はひょっとしたら本物?え? え? 俺って突然戦時中にタイムスリップ? しかも右肩負傷って、意味わからん!!
とにかくここにいても何も始まらない、肩の負傷も気になるし、どうやら俺は戦闘機のパイロットの体に意識が乗り移っているとしか考えられなかった。
メッチャ窮屈なコクピットから抜け出さないと始まらない、戦闘服にパイロット用のヘルメットらしきものをかぶった俺は、なんとかキャノピーを引き下げ、シートベルトを外してコクピットから抜け出した。
操縦席から抜け出した俺が見たものは明らかに零式艦上闘機、通称零戦だった。
どうやら、俺の意識は当時の零戦パイロット、その名を三上慎一海軍少尉の中に飛んだようだった。そしてどうやら三上真一は亡くなっている。それでもこの体の記憶は俺の意識へと流れ込んできた。
三上慎一の記憶をたどり零戦の足場を引き出し、なんとか地上に降り立つことが出来た。
ここはいったいどこなんだろう。慎一の記憶によると今現在は西暦1942年3月7日、そしてなぜか彼の誕生日も3月7日だった。同じ誕生日に同じ日、何かの大きな力が働いたのか?それとも単なる偶然か?ワインもう少し飲みたかったなあ、、、
ニューギニア戦線においてポートモレスビーの派遣をめぐり日本とアメリカ・オーストラリアが衝突するのだが日本軍が南海支隊の一部をサラモアに、海軍陸戦隊をラエに上陸させるのだが、その前日にラバウル航空隊から出撃命令を受け、サラモアへと飛んでいた。
そしてあと少しでサラモアというところで連合軍と遭遇、味方機25機に対し連合軍53機、壮絶な空中戦の後、前方から来たカーチスP40ウォーホーク戦闘機の12.7mm機関砲の一発が右斜め前方からキャノピーを貫通、慎一の右肩をも貫通し、その衝撃で慎一は戦線を離脱した。
右手がうまく動かせず、意識も朦朧としながら、高度6000Mから急降下、高度500Mでなんとか意識を取り戻し、機体を水平飛行に移してフラフラとソロモン諸島近郊を飛んで行った。そして燃料もそろそろつきかけたところで小さな島を見つけ、なんとか不時着に成功したが、右肩に被弾した際の出血があまりにも多く意識を失い、そしてそのまま息を引き取ったのだ。
俺はなぜか普通に意識を保てていた。どう考えても出血多量による死なら、今意識を保って俺として生きている事自体がおかしいのではないのか? そして、俺のというか、慎一の右肩は、出血も止まり、バックりと開いていた12.7mm機関砲の貫通穴が少しづつ閉じていっていた。なんだこれ?
そんな事を気にしてもどうしようもない、今はそれどころではないのだ、ここは1942年、第二次世界大戦真っ盛り、はっきり言って俺の人生詰んでるー!!!!!
もしかしてこれは夢なのか?夢なら覚めて欲しい、冗談だと言って欲しい、目の前には、不時着した零戦、
というかこのままだと、いずれアメリカ軍に発見されてしまうんじゃないのか?、発見されたらそれこそ詰みじゃん・・・
とにかく何とかして零戦を隠さないと、ヤバイんだよ。
俺は、周りをキョロキョロと見渡した。
どうやらここは本当に無人島なんだろう。誰もいないと思うが空からは丸見えなのだ。機体から10メートルくらい先にヤシの木っぽい葉っぱが群生していた。とりあえずこの葉っぱを切って機体にかけておくのがいいだろう。
そういえば操縦席の中に日本刀が立てかけてあったっけ。俺は操縦席によじ登ると中から日本刀を取り出した。
昔の戦闘機乗りは皆んな日本刀と一緒に大空を飛んでいたというのは本当だったみたいだな。
慎一の体は本当に健康だったようで、軽快に体が動かせる。元の俺は66歳の誕生日を迎えたもう老年期に入って来ているので、いきなりこの若い体だとめちゃくちゃ体が軽いのだ。
俺は取り出した日本刀を引き抜きヤシの葉を片っ端からぶった切った。いやいや、日本刀ってメッチャ切れるやん。
ある程度切ったところで葉っぱをよいしょよいしょと零戦の機体へと運ぶ、そしてどんどんと機体の上に掛けておいていった。
よし、とりあえずこれだけ掛けておけばなんとかカモフラージュにはなるだろう。
後は今日のねぐらを確保しないとな、ヤシの群生地の取っ掛かりに寝床を作ろう。だいぶ日が暮れて来たから早く作業をしないと日が暮れてしまう。
先ほどヤシの葉を切ったところについでに寝床ができるように3M四方くらいの空間を整地しておいたから、そこに屋根を作るのだ。近くに運良くヨシが生えていたので、それも日本刀でザクザクと刈り取った。よし、そしてヨシの茎をなるべく長く棒にしてそれをピラミッド状に組み上をカズラっぽい植物の蔓でしっかりとくくる。4面体の一面はヨシの茎を5本づつ3面に組み正面の入り口には1Mくらいの入り口を開けて、周りをヤシの葉で覆っていく。
寝床もなんとか寝れそうな物を作っておいた。
よしこれでとりあえず今日はなんとかなるだろう。
水だけは操縦席に水筒がおいてあったのでそれでとりあえずはなんとかなったがそれにしても腹が減ったなあ、、、、、
外はまだ日はあるが随分と暗くなって来たな。もう食事は無理かもな。
「慎一!御国のために頑張ってくるんだよ。何があっても死ぬんじゃないよ!」
目に涙をためながら震える手で慎一の手をつかんで母はそう言った。
「はい!何があっても生きて帰ります。待っていてください。お母さん、、、、、」
「おい! もう時間だ!」
玄関の前から声がかかった。海軍航空隊に配属が決まってついに出兵の日が来た。外で軍の車両で待機している、東大尉が呼びかけて来た。
「はい!では言って来ます」
慎一は母に敬礼をすると玄関を抜け軍用車両に乗り込んだ。
もうこれが見納めかもしれない、でも俺はきっと帰ってくる。何があっても、、、 これは慎一の感情なのだろう、、、、
見たことのない家、見たことのない女性、美しい人だった。おそらく慎一の母だろう。
記憶だけはあるが他人の感覚、とても不思議な感覚だった。もう死んだ人の体を俺は使っている。
何故か、普通に自分の体として感じ、自由に使えるのに記憶だけは他人のものとして認識しているのだ。
しかも、慎一の感情は全くと言っていいほどなかった。こんな経験をするなんて、本当に不思議だが、でも、それでも今はそれどころでは無かった。
この先どうなるのだろう? どうやって生き抜くのだろう? というか元の体に、元の世界に戻れるのか?
この島は何処なのか?亜熱帯なのか、熱帯なのか、3月だというのにとても暖かく、戦闘服のままで普通に過ごすことができた。とりあえず雨だけは降ってくれるなよ。そう願う、、 島の夜はかなり寝苦しかったがピラミッド型の簡易住居の中で俺はいつの間にか眠っていた。
開けて3月8日
慎一は、昨日で20歳だった。18歳で入隊して飛行訓練を受け、今年のはじめから任務に就いていた。
零戦の操縦はかなりの腕前だと自負しているフシがあるが、実際もし俺がこのまま操縦できるかどうかは怪しいものだ。それでも俺は若い頃から何故か零戦が大好きでプラモを作りまくったり、零戦に関する書物はある程度は読んでいたので、なんとなくもし乗ることになったらなんとかなるような気がしていた。
どちらにしてもここから出るためにはなんとかしてゼロ戦を飛ばしたいし、飛ばさないといけない。
それには今のこの機体の状態を調べる必要がある。
俺は操縦席の中に潜り込んでいた。
操縦席は慎一の血液でかなりの血だまりが出来ていたが、一晩たって随分と乾いていた。キャノピーには12.7mm機銃の貫通穴があり、慎一の肩を貫通してシートの右上にも穴が空いていた。それでも外傷はそれだけで、後は別段これと言った損傷はないようである。弾丸は多分機内の何処かに転がっているのだろう。
とりあえず、ゼロを飛ばすための燃料はあるのだろうか?
燃料計をみてみるがどうやらほとんどなくなっているようだ。
機関砲の弾丸はまだかなりあるのかな?あまり良くわからないなぁ、、、
どちらにせよ、燃料が無いと言うのはどうしようも無い。
やはり、このまま、ここで隠れながら過ごすしか無いのか、、、
俺は仕方なく操縦席を出て草むす大地へと降りた。
その時、何となく何かの気配を感じた俺は零戦のプロペラ側に目をやった。そしてそこには何故か、女性が立ってこちらを見ていた。それもとても美しい女性だった。年齢は20歳くらいだろうか。黒い髪に黒い瞳、どう見ても日本人に見えるがこんな南の島で日本人がいるわけもないのだが、、
女性はこちらへとやって来る、何故?、どうして?
「こんにちは。仲川一登さん」
何故か女性は俺の名前を読んだ。
「あなたは?」
俺は状況が理解出来ず女性に問いかけた。
「私は京子、あなたのアシスタントとでもいいましょうか、、言ってみればあなたを手伝うためにあなたよりもっと未来から来たものです」
言ってる意味が分からなかった?
「何を言っているんです?」
俺はこんがらがりながらも聞き返していた。
「そうですよね。状況はあまりにも不思議ですから、、
とりあえず、少し説明を聞いてもらえますか?」
京子と名乗る女性はそう言うと説明を始めた.
「あなたの今の状況はいわゆる転生というものです。あなたは今三上慎一の体に転生しているのです。そして、ここは第二次世界大戦真っ只中、ソロモン諸島からさらに東にある名もない小さな島、そう誰もいない無人島。三上慎一はアメリカ軍機と交戦するも、被弾して、戦線離脱ほとんど無意識の状態でこの島に辿り着きました。ここまではあなたも何となくわかっていますよね。」
「ああ、何となくだがな、だがそんな事とてもじゃ無いが信じられるものじゃないだろ! これは夢、そう俺は今夢を見ているんだよな。」
「残念ながらこれは夢ではありません。あなたは選ばれたのです。あなたには少しだけこの時代に鑑賞していただく事になります。あまり詳しくは話せませんが、これからあなたにはやっていただかなくてはならない事があります。
とりあえず、こちらへ来ていただけますか、、」
京子と名乗る女性は俺が作った簡易住居の少し右側へと歩いて行く、おれは仕方がないのでその後をついて行った。
南国特有のブッシュの中に細い獣道のようなものが続いている。こんなものあったっけ?俺が零戦を隠すためのヤシの葉を日本刀で悪戦苦闘しながらぶった斬っていた時にはこんな道無かったはずだが、、
暫く行くとこんもりと盛り上がった高さ6メートルくらいの地形が変わった場所へと行き着いた。そして、そこには洞窟のような穴が開いており、人1人なら余裕で通れるようだった。京子はその中へと入ってゆく。俺も後に続いた。
中は以外とカラッとしており嫌な感じはしない。入り口から10メートルくらい歩くとそこには頑丈そうな扉があった。
京子は扉に向かって右腕をかざす、すると扉は音もなくスルスルとシャッターのように上へと開いて行った。
京子は俺の方へ振り向くと無言で俺に中に入るようにうながした。俺は京子の側まで歩いていくと並んで中へと入って行く。
そこはコンクリートで囲まれた広さ20メートル四方ほどの大きな空間だった。そして、向かって右側に普通の扉があり京子はノブを捻ると扉を開け中へと入った。俺もその後を追い中へと入る。
そこはさらに不思議な空間だった。広さは6メートル四方くらいか、天上がやけに高い、真ん中に大きな長いテーブルがあり、椅子が両側に五つずつ置いてある。そして壁面にはデカいモニター、手前に複雑な操作パネルがある。
モニターには俺が椰子の葉でカモフラージュした零戦が上から俯瞰した映像が映っていた。
「ここは?」
「驚かれましたか?
ここは、AIG日本支部、第3基地の内部です。私達はあなたがここに来るのを2ヶ月前から待っていました。
三上慎一の乗った零戦がここに不時着するのは歴史的に決まっていたので、少し余裕を持ってあらかじめここに基地を作り準備をしていたのです。」
「はい?」
イマイチ理解ができない。
「つまり、、、この零戦はすでにここに不時着することが決まっており、パイロットの三上慎一は絶命し、その体に俺が転生することは決まっていたと?」
「少し違いますが概ねその認識で間違いないでしょう。しかしそれだけではありませんよ、あなたにはこれから色々とやってもらわなくてはいけません。」
「やってもらわないといけない事?」
「はい、私たちはこれからこの零式艦上戦闘機を改造します。そしてあなたにはこの戦闘機でこの時代に干渉していただきます。」
「それって、俺がパイロットとしてこの戦争に参加するってことか?」
「はい、その通りです。」
京子という女性は俺の目を強く見つめはっきりとそう言ったのだった。
「モニターを見てください。」
京子に言われモニターに目を向けるとそこにはもう零戦の姿はなかった。
「え?、、、、、零戦は?」
「ドアの外へ出て見てください。」
俺は言われるままに先ほど入ってきたドアを開け広い空間が広がっていた部屋へと出て行った。
そこには、何故か外にあったはずの零戦が置かれていた。
零戦の周りには2人の女性と、1人の男性がいて、ゼロ戦をあれこれといじっていた。
「これは?・?」
「私たちの技術では、物質転送という技術があります。外のゼロ戦を中に移動することなど簡単なことです。」
京子はさも当たり前と行った感じで俺に言った。
「紹介しましょう、」
「みんなこっちへ来て! 彼は仲川一登、いえ今は三上慎一、海軍航空隊少尉よ。」
さっと素早く俺の前にやって来た3人はみんなニコニコとしていた。
「私は早野美希、整備担当よ、よろしく。」
アニメっぽい声が部屋にこだまする。
「私は綾瀬はるみ、同じく整備担当、よろしくね。」
少しだけ低めだが魅力的な声の女性だな。
「俺は安藤幸雄だ、電子機器及び整備担当だ、試験飛行もやるからよろしくな。」
少しガラガラとした、野太い声だがよく響く、かなりガタイがいい。
「あっ仲川一登です。よろしく、、」
俺は咄嗟に挨拶を返してしまった。