最終話 未来
車を停めてある駐車場まで行き、祖母のいる建物を振り返る。
僕は子どもの頃から祖母が好きだったから、僕が結婚する人を紹介したくて美咲と一緒にここへ来た。きっと、喜んで『おめでとう』と言ってくれると思い込んでいた。
「大丈夫?」
美咲が心配そうに声をかけてくれる。
「うん、帰ろうか」
祖母との時間は決して楽しいというものではなかった。かと言って辛い、悲しいというものでもない。しいて言えば、深く濃い時間。
車の中で美咲は『昔の名作映画を観ているようだった』と表現した。
美咲にとって僕の祖母は、初めて会うお婆さんで、当たり前だが僕のような思い入れはない。それなのに大事な役割を演じてくれた。
「ありがとう。やっぱり美咲と来てよかった」
「私、感情移入しちゃって。本当にたっくんのお母さんになったみたいだった」
改めてお礼を言う。美咲は美咲で思うことはあったのだろう。
祖母と話したおかげで、僕の知らない両親のことを知ることができた。僕たちが生まれる前のこと、父があの吊り橋でプロポーズしたことも。そして何より、僕や姉の名前の由来には驚いた。
「僕の家では岐阜県に行ったことはなかった。両親はあの場所の話をしたこともなかったし、写真もなかった」
「お姉さんもそう言ってわよね」
「きっと行く必要もなかったし、形に残す必要もなかったんだろう。目を閉じればいつでもそこに行けるから」
さすがにこのことは確かめようがないが、偶然にも美咲が言っていたことと同じ理由だろう。
「それだけじゃないと思うわ。だって、たっくんとお姉さんが、その思い出の象徴なんでしょ?」
「僕たちの名前のこと?」
「そう。子ども達を見る度に、ゆづき、たくみって呼ぶ度に、ご両親はそこへ戻れたんじゃないかしら」
両親にとって、自分たちの幸せの象徴が僕たち姉弟で、だから僕たちにも惜しみなく愛情を注いでくれていたのか。
「先週、あの場所でプロポーズされたのは、たっくんのサプライズだと思ったの」
「結果的に、それは美咲の勘違いだったんだけれど。あれはすまなかった」
「ううん、いいの」
「あれは、ご両親から私たちへのサプライズだったのよ」
そう言った美咲自身が笑って、僕も笑うしかなかった。
途中のサービスエリアに寄って軽く昼食を済ませ、外に出て湖の見えるベンチに座る。
「並んで同じ景色を見るの、私は好きだな」
「僕も同じだ。でも大事なことを言うときには、ちゃんと顔を見ないとね」
そういって体を横に向けて美咲を見る。美咲も僕のほうを向いてくれた。
「この前、吊り橋の上でプロポーズしたのは僕の気持ちだ。でもね、言い出したのは、残念ながら僕の意思じゃなかった。だから、今日は自分の意思で美咲に思いを伝えたい」
僕が言おうとしていることがわかっているのだろう。美咲は少し緊張した顔をした。
「僕と結婚してください」
「同じ人から二回もプロポーズされちゃった。何回言われても、何回でもOKだよ」
顔をほころばせて嬉しそうに返事をする。
「先週のあの景色も絶対忘れないと思ったけれど、今日のこの景色のほうがもっと好き」
降り注ぐ太陽の光、それを受けて輝く湖面、穏やかな風、ここにいる人たちの楽しそうな笑顔。
いつか僕たちに子供ができたらこの想いを託そう。
「美咲」
「なに?」
「明日、指輪を見に行こう」
「うん、連れてって。たっくん、お揃いの物はあまり好きじゃないわよね」
「そうだね。ペアルックとか、なんか恥ずかしいし」
「ふふふ..結婚指輪はね、強制的にお揃いなんだよ」
僕の知らない僕の思い出 - 完 -
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