第九話 家族
故郷を後にして東京を目指す。順調に行けば夕方過ぎには都内へ戻れるだろう。
美咲は相変わらず機嫌がいいが、姉や伯父の家で話したことについては自分から触れてこない。僕のほうから何か言うまで待っているようにも思える。
僕は、頭の中がだいぶ整理できた。高速道路に乗って運転が少し楽になったので、美咲に全てを話すことにした。
「昨日から一緒に居てくれてありがとう」
「私こそ。本当に楽しかった。こちらこそありがとう」
「少し長い話になるかもしれないけれど、聞いてほしい」
「プロポーズのキャンセルとかじゃなければ、なんでも平気よ」
そう言って、口に飴を入れてくれる。おかげで僕の緊張もほぐれたようだ。そして僕は最初から話し始めた。
『村一番』で食事を待つ間、テレビを観ていたら夕月橋と朝日滝の映像が流れて、不思議な感覚を覚えたこと。マンションに帰り、改めてネットで検索して、そこへ行くことを思い立ったこと。
「真帆から連絡があって、後から追いかけた日ね。その夜に旅行へ行こうって電話をもらったんだよね」
たった数日前のことだから、美咲もよく覚えてる。
ここで誤解をされないよう、そこへ行くついでに美咲を誘ったのではなくて、どこであれ、美咲と一緒に旅行をしたかったことは強く念を押した。
「一人で行ってもよかったけど、置いていくと面倒だからついでに誘ったんだ、なんてこと思うわけないでしょ」
よかった。美咲に誤解されたくない第一関門は突破だ。次に第二関門。吊り橋の上でのプロポーズ。
「あの時、僕は何かに憑かれたような感じでプロポーズをしたんだ。あそこでプロポーズする予定はなかったんだ。でも、いずれするつもりだったのは本当だし、僕の気持ちに嘘偽りはない。本当に本当だ。」
このことだけは変に誤解されたくないし、なんとしても伝えたかった。
「きっと誰かが背中を押してくれたのね。プロポーズしてくれるのが早まったんだから、私としてはラッキーだったわ」
僕が必死に言いたかったことが伝わったのか、美咲は笑って答えてくれた。美咲に誤解されたくない第二関門はどうにか通過したらしい。これで僕の気持ちはだいぶ楽になって話を続けることができる。
旅館に戻り、昔の建物の写真を見たとき、懐かしい感覚を覚えた。それは、僕の前世の人の記憶だと思ったこと。
「真剣に写真を見ていた時ね」
「そうなんだ。でも、僕の考えは違っていたらしい」
美咲はずっと一緒にいて同じものを見ていたから、僕の話は伝わりやすいはずだ。
「姉さんも衝動的にプロポーズを迫ったって言ってたよね」
「うん、覚えてる。でも、あの話を聞いた時は、たっくんが衝動的にプロポーズしたって知らなかったから、普通に面白い話だと思ったわ」
「そうなんだ。でも、あの話を聞いた時、僕と姉さんの行動がよく似ていると思って、驚いていたんだ」
「そうね、今聞けばよく似ているわ」
「だから、僕が懐かしいと感じたのは前世の人のものじゃない」
「たぶん、両親の記憶」
伯父の話によると、両親が岐阜県に行って、父さんがプロポーズをしたらしい。それは美咲も聞いている。
「父さんも、あの夕月橋でプロポーズしたんじゃないのかな」
「たっくんには、お父さんが憑依したってこと?」
「いや、姉さんがプロポーズを迫った時には両親は健在だった。だから、憑依とは違うんじゃないかなって思ってる」
窓の外は景色が流れている。まるでそれが過去から現在、そして未来へ続く時の流れのように思える。
「僕が父さんに似ているのを誰も不思議と思わない。子供だからね」
「そうね、子供は親に似ているのは当たり前よね」
「子供は親から、体形や顔かたちという見えるものだけを引き継ぐわけじゃない。例えばしぐさとか考え方とか、好きなこと嫌いなこと。見えないものも引き継ぐよね。もちろん、後天的な要素も多分にあるんだろうけれど」
「確かにそうね」
「だとしたら、子供が親の記憶を引き継いでいても不思議じゃない」
チラリと横目で美咲を見ると、真剣な顔で僕が言っていることを一生懸命に理解しようとしてくれている。
「例えば、人間が歩くのも、鳥が飛ぶのも、魚が泳ぐのも。誰にも教えてもらわなくてもできるのは、先祖の記憶を引き継いだ上で成り立っているんじゃないかなって思うんだ」
「記憶を引き継がないとどうなるのかしら」
「記憶を引き継ぐから、子供はその記憶を元に、親よりさらに進化できる。逆に記憶を引き継がないと、いつの時代もみんなリセットしてゼロスタートになるから進化できないんじゃないのかな」
「面白いって言うか、すごい考えね」
「僕はそう思った。だから、僕の衝動的なプロポーズは、転生でも憑依でもなく、ただ父さんのやったことを思い出して真似しただけ」
僕が昨日から経験して、たどり着いた結論がこれだった。
「まぁ、それを証明しようとか思わないし、そもそも専門的な知識もないしね」
「昨日からずっと一緒にいて、お姉さんやおじさんの話を聞いて、たっくんの今の話を聞いて...難しいことはわからないけれど、たっくんが言うんならきっとそうよ」
「それ、母さんの言い方だね」
僕があのテレビを見なければ、あの場所へ行かなければ、美咲が一緒に行かなければ。もっと言えば両親が亡くなっていなければ。今回の出来事はなかったかもしれない。
人生は、今という瞬間は、いくつもの偶然が重なった先にあるものなんだろう。
「この旅行、来てよかったわね」
美咲の一言で全てが報われた気がした。
「結婚って不思議よね。たっくんと私が結婚するでしょ。私には欲しかったお姉さんができて、お姉さんには妹ができて。美波だって小さい頃からお兄さんが欲しいって言ってのよ」
「僕にも両親ができるんだもんね」
途中でサービスエリアに寄って休憩をとりながら、夜遅くならないうちに渋谷家に着いた。荷物を降ろし、レンタカーを返すのに僕一人でもよかったが、美咲も一緒に行ってくれた。レンタカーを返して、美咲の家までは歩いて十分くらい。
「やっぱり都内では手を繋いで歩くのは躊躇っちゃうわ」
僕は、そう言う美咲の手を少しだけ握った。
美咲の家に戻り、挨拶だけして帰ろうとすると、食事の支度をしてあるからと誘われた。テーブルには両親に加え、美波ちゃんも同席してる。アウェイな感じはしないが、少し照れくさい。
「どうだった、楽しかった?」
「うん、プロポーズされちゃった」
お母さんの問いかけに、美咲が嬉しそうに答えた。
(うゎ、いきなり言うか)
焦る僕にお構いなしで、なんと家族全員が喜んでくれる。そして僕に視線が集まる。
「あ、あの。本当はきちんと改まってと思っていました。こんな格好で、このタイミングですみません」
「拓海くん、形なんて気にすることなんてないさ。いいと思う時がいいタイミングなんだから」
僕があまりにも恐縮するので、お父さんの言葉に勇気付けられ、僕は立ち上がった。
「美咲さんと結婚させてください」
「いいよ。よろしく頼むね!」
「おめでとう」「おめでとう」
僕の言葉にお父さんは大きく返事をしてくれ、お母さんと美波ちゃんも祝福してくれる。
「たっくんの実家にも寄ってきたの。ご両親にもちゃんと挨拶してきたのよ」
「そうか、ご両親にも...それはなによりだ、よかった、よかった」
美咲の言葉に、僕の家の事情を知っているお父さんが目をしばたかせる。
「さ、冷めないうちに食べましょう」
お母さんの言葉を合図に食卓を囲むが、土産話とも言えない僕たちの話を楽しそうに聞いてくれる
「私は大きな声では言えないが、男の子が欲しかったんだ。それがこの歳で息子ができるんだよ、嬉しいね」
「私はお兄ちゃんが欲しかったから、兄ガチャ大当たりだわ」
美咲が車の中で言ったように、家族が増えることをお父さんも美波ちゃんも喜んでくれているし、お母さんも頷いている。
お土産タイムになり、美咲からみんなに渡すが、旅館の女将さんから貰った土産を開けると染物のハンカチが二枚。毛筆で礼状が添えてあった。そして最後に一期一生の文字。
「これはお父さんとお母さんに」
僕が美咲に目配せをすると、美咲が中居さんの話をして両親に渡してくれた。
「いい話だね、お礼状も一緒にありがたくいただくね。でも、ハンカチというのは、持って帰るときに荷物にならないようにという配慮なのかもしれないね」
お父さんがそう言うが、あの女将さんならそこまで気配りをしてくれるかもしれない。
「きっとそうだけど、そんなこと言うと私たちのお土産が霞むじゃない」
そういう美咲の言葉にみんなが笑う。
僕もそろそろ帰る時間になり、両親にお願いをした。
「来週の土曜日、また美咲さんを連れて行っていいですか? 長野県に祖母がいるんですけれど、美咲さんを紹介したいと思っています。今度は日帰りで戻ってきますので」
「拓海さんは家族を大切にするのね、気を付けていってらっしゃい」
お母さんが答えてくれたが、お父さんも了承のようだ。
みんなに見送られ渋谷家を後にしたが、駅までの道でこの二日間の思い出をさっそく懐かしむ。
故郷がなくなったような気がしていたが、そう思ったのは僕だけだった。そして、実家で座る場所を探した僕には、新しく座れる場所ができた。
今、自分は幸せなんだと感じた。




